3-7 竜哉、保険金詐欺を考える
迷惑を掛けてしまった村々への罪悪感から、
身を粉にして復興作業に力を尽くす竜哉。
しかし、無理な作業が祟ってしまい、炎天下で倒れてしまうのであった……
「だから言わんこっちゃない! 頑張りすぎなんだよ、アンチャン!」
「担架だ担架! 担架持って来い!」
作業員たちの声が遠く木霊する中、意識は闇に落ちる。
ああ、今度こそ俺は死んでしまったんだろうか?
☆ ☆
「…………あ?」
炎天下の工事現場とは隔絶した、穏やかな空気を頬に感じる。
狭くて近い天井は布張りで……ああ、テントか。どうやら俺は、救護テントに運び込まれていたらしい。
「お目覚めになられましたか?」
額の手拭いを取ると……メンソレータムが俺を覗き込んでいた。
機能性最優先の味気ない現代ナースではなく、ナイチンゲール的なあの装いである。
「喉が渇いておられません? 水をお持ちしましょうか」
「頼む……」
趣のあるナースキャップの娘が持ってきたヤシの実から果汁をすすると、ようやく一息つけた。
「キミが診ててくれたの?」
「はい」
「ありがとう、助かったよ…………うわっ!」
ベッドから降りて、歩こうとしたら、足がもつれてしまった!
「まだいけませんよ、養生なさってください」
「いや、休んでなんかいられないんだ俺。働かないと!」
焦燥感に駆られてテントの外へ出てみれば……
いつの間にか日が落ちていた。
昼は肉体労働者で溢れかえっていた工事現場も、すっかり人影が消えている。
「もう皆さん店じまいですよ」
救護テントへ戻ると、医療関係者も帰宅済みだった。
昼の喧騒も嘘のようだ。
「明日も働きたいのであれば、しっかり休んで英気を養って下さい」
と、看護婦は俺に茶色の瓶を差し出してきた。
「これは?」
「『命の水』です。弱った身体に活力を与え、滋養強壮に効くと言われています」
異世界のエナドリとかユンケルみたいなもんか?
「どれどれ……」
ソロリと一口、勧められるがままに呑んでみると……甘い。思ったより果実の甘みが強いが……
「美味い……」
これはかなり効きそうな感じがする。
疲れた身体に糖分が染み渡り、即効性の回復が見込めそうな気がするな。
グイッ!
その口当たりの良さに、思わず瓶ごと一気飲みしてしまった。
ぷはー!
なんだか……身体の内側からホット! ホット!
「命の水……これは薬草の煎じ薬か何かですか?」
体を温めるショウガ的な?
「いえ、主成分は甘蔗と呼ばれる砂糖の木で、その精製過程で生まれる糖蜜を発酵させて、蒸留した汁です。それに柑橘のフレーバーをつけてあります」
ええ……それは……いわゆる……
ラ ム 酒 で は ?
「は、はははは…………」
確かに聞いたことがあるよ。近代以前は、蒸留酒を万能薬として用いていた、という話を。民間療法が幅を利かせる時代は、まさに酒が百薬の長だったという話を。
ああ……回る、世界が回る。
疲労困憊の身体は、アルコールに勝てない。覿面で酔いが回っていく。
「大丈夫ですか? 横になられては?」
よろける俺をメンソレータムが介添えしてくれる。
「ありがとう……」
必然的に密着したまま、目が合う俺と娘、
(美しい……)
俺を看病してくれた娘は……工事現場の世話係とは思えないほど、美しい女だった。
クラシックな看護婦スタイルの彼女は、所作の一つ一つがたおやかだ。
ムンムン男気あふれる工事現場では、まさに掃き溜めに鶴。
場違いにも程があるよ。
「あっ……」
揺れる平衡感覚のまま、彼女をベッドに押し倒せば……引き締まった筋肉と、相反する弾力。
なんて心地良い抱き心地なんだ……
このまま彼女の腕の中で溶けてしまいたい……
☆ ☆ ☆
「やってしまった…………」
何度目だろう?
こんなにも自分を殴りたい朝は?
よかったよ。
現代日本にも異世界にも、銃がなくてよかった。
枕元に、護身用の拳銃が常備されているような世界なら、俺は何度、自分の頭を撃ち抜いたか分からない。
あれほど「今度こそ呑むものか!」と心に誓ったのに、
いや!
今回は不可抗力だよ。アルコールだとは知らずに呑んでしまったのだから。「薬だ」と説明されていたのだから。
いやいや……そんな理由で免罪されるものか……
結局、手を出してしまったのだから。見ず知らずの村娘の色香に負けて、手を出してしまったのは事実なのだから。
「――死のう!」
ちょうどここは河口近くの建設現場。建設途上の堤から身を投げて、人身御供になろう。
無理だ。
俺は泳げる。むしろ泳ぎは得意な方だ。入水自殺なんて、できっこない。
こうなれば多少苦しくても仕方がないか……と、首を括る用のロープを結んでいると……
「私を哀れんで頂けるのですか?」
目覚めたメンソレータムが、俺に尋ねてきた。
「 す い ま せ ん で し た ! 」
ベッドの上で五体投地である。全力土下座である。
「この私に出来ることがあれば、何でもお申し付け下さい! 死ねと言われれば死にます!」
昨晩、酒の勢いで大ハッスルしたシーツに額をこすりつけ、精一杯の謝罪を示すと……
「では……少し、私の話を聞いていただけませんか?」
「話……ですか?」
なんだろう? 慰謝料の話だろうか?
前世なら、それなりに蓄えはあったが、この世界では文無しに等しい。
異世界生命保険があれば、俺の受取人になってもらって……
「実は私、この国の者ではございません」
「はぁ……」
「隣国イーゲイムから参りました」
大規模公共工事の出稼ぎ? それとも嫁いできた、という意味か?
「それは淡口竜哉さま、あなた様と会うためでございます」
……え?
俺!?!?