表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/48

3-7 竜哉、保険金詐欺を考える

迷惑を掛けてしまった村々への罪悪感から、

身を粉にして復興作業に力を尽くす竜哉。


しかし、無理な作業が祟ってしまい、炎天下で倒れてしまうのであった……

「だから言わんこっちゃない! 頑張りすぎなんだよ、アンチャン!」

「担架だ担架! 担架持って来い!」

 作業員たちの声が遠く木霊する中、意識は闇に落ちる。


 ああ、今度こそ俺は死んでしまったんだろうか?


 ☆ ☆


「…………あ?」


 炎天下の工事現場とは隔絶した、穏やかな空気を頬に感じる。

 狭くて近い天井は布張りで……ああ、テントか。どうやら俺は、救護テントに運び込まれていたらしい。


「お目覚めになられましたか?」

 額の手拭いを取ると……メンソレータムが俺を覗き込んでいた。

 機能性最優先の味気ない現代ナースではなく、ナイチンゲール的なあの装いである。

「喉が渇いておられません? 水をお持ちしましょうか」

「頼む……」


 趣のあるナースキャップの娘が持ってきたヤシの実から果汁をすすると、ようやく一息つけた。

「キミが診ててくれたの?」

「はい」

「ありがとう、助かったよ…………うわっ!」

 ベッドから降りて、歩こうとしたら、足がもつれてしまった!

「まだいけませんよ、養生なさってください」

「いや、休んでなんかいられないんだ俺。働かないと!」


 焦燥感に駆られてテントの外へ出てみれば……

 いつの間にか日が落ちていた。

 昼は肉体労働者で溢れかえっていた工事現場も、すっかり人影が消えている。


「もう皆さん店じまいですよ」

 救護テントへ戻ると、医療関係者も帰宅済みだった。

 昼の喧騒も嘘のようだ。


「明日も働きたいのであれば、しっかり休んで英気を養って下さい」

 と、看護婦は俺に茶色の瓶を差し出してきた。

「これは?」

「『命の水(アクア・ヴィータ)』です。弱った身体に活力を与え、滋養強壮に効くと言われています」

 異世界のエナドリとかユンケルみたいなもんか?

「どれどれ……」

 ソロリと一口、勧められるがままに呑んでみると……甘い。思ったより果実の甘みが強いが……

「美味い……」

 これはかなり効きそうな感じがする。

 疲れた身体に糖分が染み渡り、即効性の回復が見込めそうな気がするな。

 グイッ!

 その口当たりの良さに、思わず瓶ごと一気飲みしてしまった。

 ぷはー!

 なんだか……身体の内側からホット! ホット!

命の水(アクア・ヴィータ)……これは薬草の煎じ薬か何かですか?」

 体を温めるショウガ的な?

「いえ、主成分は甘蔗(かんしょ)と呼ばれる砂糖の木で、その精製過程で生まれる糖蜜を発酵させて、蒸留した汁です。それに柑橘のフレーバーをつけてあります」

 ええ……それは……いわゆる……


 ラ ム 酒 で は ?


「は、はははは…………」

 確かに聞いたことがあるよ。近代以前は、蒸留酒を万能薬として用いていた、という話を。民間療法が幅を利かせる時代は、まさに酒が百薬の長だったという話を。

 ああ……回る、世界が回る。

 疲労困憊の身体は、アルコールに勝てない。覿面(てきめん)で酔いが回っていく。

「大丈夫ですか? 横になられては?」

 よろける俺をメンソレータムが介添えしてくれる。

「ありがとう……」

 必然的に密着したまま、目が合う俺と娘、


(美しい……)

 俺を看病してくれた娘は……工事現場の世話係とは思えないほど、美しい女だった。

 クラシックな看護婦スタイルの彼女は、所作の一つ一つがたおやかだ。

 ムンムン男気あふれる工事現場では、まさに掃き溜めに鶴。

 場違いにも程があるよ。


「あっ……」

 揺れる平衡感覚のまま、彼女をベッドに押し倒せば……引き締まった筋肉と、相反する弾力。

 なんて心地良い抱き心地なんだ……

 このまま彼女の腕の中で溶けてしまいたい……



 ☆ ☆ ☆



「やってしまった…………」

 何度目だろう?

 こんなにも自分を殴りたい朝は?


 よかったよ。

 現代日本にも異世界にも、銃がなくてよかった。

 枕元に、護身用の拳銃が常備されているような世界なら、俺は何度、自分の頭を撃ち抜いたか分からない。


 あれほど「今度こそ呑むものか!」と心に誓ったのに、

 いや!

 今回は不可抗力だよ。アルコールだとは知らずに呑んでしまったのだから。「薬だ」と説明されていたのだから。

 いやいや……そんな理由で免罪されるものか……

 結局、手を出してしまったのだから。見ず知らずの村娘の色香に負けて、手を出してしまったのは事実なのだから。


「――死のう!」

 ちょうどここは河口近くの建設現場。建設途上の堤から身を投げて、人身御供になろう。

 無理だ。

 俺は泳げる。むしろ泳ぎは得意な方だ。入水自殺なんて、できっこない。


 こうなれば多少苦しくても仕方がないか……と、首を括る用のロープを結んでいると……

「私を哀れんで頂けるのですか?」

 目覚めたメンソレータムが、俺に尋ねてきた。

「 す い ま せ ん で し た ! 」

 ベッドの上で五体投地である。全力土下座である。

「この私に出来ることがあれば、何でもお申し付け下さい! 死ねと言われれば死にます!」

 昨晩、酒の勢いで大ハッスルしたシーツに額をこすりつけ、精一杯の謝罪を示すと……

「では……少し、私の話を聞いていただけませんか?」

「話……ですか?」

 なんだろう? 慰謝料の話だろうか?

 前世なら、それなりに蓄えはあったが、この世界では文無しに等しい。

 異世界生命保険があれば、俺の受取人になってもらって……


「実は私、この国の者ではございません」

「はぁ……」

「隣国イーゲイムから参りました」

 大規模公共工事の出稼ぎ? それとも嫁いできた、という意味か?

「それは淡口竜哉さま、あなた様と会うためでございます」


 ……え?

 俺!?!?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ