3-6 竜哉、転生先で天職を知る
融通の利かない辺境伯+頭の固い教皇に対して、「トラック野郎しぐさ」をキメたリリー、
どうせ御破算になる話なら、後は野となれ山となれ……
そんな無軌道ムーヴをかました「冬騎王」に待っている運命とは?
トラック秘密結社『冬騎王』最初のプロジェクト、隣国イーゲイムとの長距離交易案は完全にポシャった。
となれば、次の案を考えつつ、当面、各自の課題を進めることになる。
錬金術師フランチェスカは新型エンジンの改善。
刀鍛冶ルーシーは新しい車体フレームの制作。
絵師タンユーと歌姫ダイアンは新しい作品を構想する。
とりあえず地固めだ。
まず自分の足元から固めないと、付け焼き刃のステージじゃ恥をかくだけだ。
稽古不足を幕は待たないよ。
「――そんな感じで、いいよなリリー?」
「了よ」
俺たちがフランチェスカの工房で、今後の方針を決めていたところへ、
「お嬢様」
リリエンタール家の執事が訪れ、
「夏管領レディオシャック・レオパード様より言伝を預かっております」
「なに爺や?」
「『至急、王城政庁まで御出座し願う』とのこと」
四管領家は同格とはいえ、夏はレオパード家の施政下。冬管領の娘でも、無碍には断れない。
管領様直々の呼び出しともなれば、なにやら面倒くさい予感がプンプンするし。
ここは素直に従うのが吉だろう。
「大丈夫! わたくしが不在であっても、竜哉がいれば何も問題はないわ!」
と全権を俺に委任し、リリーは夏管領の呼び出しに向かった。
☆ ☆
「とはいえ……」
管理を任されたとはいえ、四六時中、皆の作業をチェックしているのも生産的じゃない。
職人は職人の集中力を妨げず、一段落ついたところで寸評すればいいのだ。その方が職人だって気が楽ってもんだろう。
というワケで、俺こと淡口竜哉、大河イマゴム下流の街、アカッサに来ております。
大掛かりな堤防修繕工事の現場であります。都合、数百人単位の作業員が従事しております。
ええ……堤防工事ですよ。
謎の濁流が上流から突然流れてきて、大決壊を引き起こしてしまった、例の堤防です。
現在の大河は通常の水位に戻っているものの……
低地の家屋を眺めれば、屋根の近くまで泥の痕が……
(すいませんすいませんすいませんすいません! ほんと申し訳ない!)
いくら負けられないレースのためだったとはいえ、こんな被害を出してしまうとは……
なので俺は――天秤棒に畚を吊るして、土砂や石を運ぶのです。
ぐおー!
棒が肩に食い込む重労働。しかし、挫けてはいられない。
俺が、俺自身が冒してしまった罪に比べれば……焼け出された村や、水没の被害を受けてしまった方々のツラさを思えば、こんなもの!
「ふぁいとー!」
「いっぱーつ!」
灼熱の太陽の下、身を粉にして働くのです。それしかないのです。
この良心の疼きを治める方法は!
見ていてくれていますか、お天道様! この労働を民に捧ぐ!
「ごぐろさまです」「ごぐろさま~」
すると、見知らぬ農家の女性と子供が、跪いて俺を拝んでいる。道端で。
いやいやいや、俺は別に敬われるような人間じゃないのに……
「精が出るなアンチャン!」
「働き者だね、あんた!」
共に働く土木作業員からも褒められるし……
まさか前世で励んだ筋トレが、こんなところで役に立つとは……生々流転かな。
(でも、ありがたい……)
こんな、どうしようもない俺に、贖罪の機会を与えてくれた異世界に感謝だ。
ハードな肉体労働をこなすほどに、これまで俺が冒してきた罪が浄化されるようだ。
汗は心の贖宥状だ。
サンキュー労働、ありがとう異世界。
淡口竜哉は思う――罪を抱えた人間は転生した方がいい。
異世界こそが、俺が来るべき場所だったんだよ。異世界転移は必然だったんだ。
これが正しいリインカーネーションなんだ。
現世で懺悔を抱えてしまったような人は、異世界転移でリセットすればいい。
何の柵もない、真っ更な世界でこそ、純粋に罪を贖える。
誰も俺を助けない、手を差し伸べない、縁の切れた世界でこそ。
親友を裏切りそうになったメロスとか――
罪の意識に苛まれるジャンバルジャンとか――
彼らは異世界転移すべきだったんだ。
こここそが、最も心が軽くなれる、償いの地だ!
俺は、そう確信する!
「うおー!」
汗をかけばかくほど、乳酸が溜まれば溜まるほど、心の浄化度が上がっていく気がする!
叩け俺の心拍! 流れろ血潮!
履き潰した作業靴の数だけ、俺は清らかになれる!
アポロジャイザーズ・ハイ!
なんか周囲の視線が若干……何か奇異な存在を見る目に変わってきているような気がするが、俺は気にしない!
俺自身には守るものなど何もない、どれだけ無様で情けない姿を晒そうと構わない。
謝りたいんだ、許して欲しいんだ、罪を償いたいんだ。
間違いだらけだった俺の人生を塗りつぶしたいんだ。
うおォン、俺はまるで人間贖宥状発行所だ。
虐げられることで罪が浄化されていく。
もっと! もっと労苦をくれ!
☆
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
作業開始から何時間経ったろう? なんだか目が霞んできた。
いやいや、それは単に汗が目に入っただけだ。
「おい、あんた大丈夫か?」
「ちょっと張り切りすぎだろう? 少し休んだらどうだ? なぁ? あんた?」
平気ですよ、大丈夫です。もっと頑張れます。なんなら、二十四時間、頑張れます。
それくらい俺は嬉しいんだ。泥と歓喜に塗れている。
失敗だらけの人生を罪滅ぼしできるんだ。こんなに嬉しいことはない。
「なぁ? もう脚が覚束ないじゃないか! 休め! あんちゃん!」
止めないで下さい、俺はもっとやれる。やらなくちゃいけない。
「意識朦朧じゃないか? 誰か止めてやれ!」
大丈夫……ですって……ほんと……まだやれ…………‥‥‥‥・・・・
――そこで遂に、俺の意識は途切れてしまった。
Featuring, The Police / King of Pain