3-5 悪役令嬢だって風評被害には抗えない
分からず屋の辺境伯と教皇を前に、トラックのデモンストレーションを見せつけ、颯爽と辺境領を後にしたリリーと竜哉。
そんなことして大丈夫だったのか?
【(現教皇とクリソツの)巨大開祖像】造営労役からの脱走者ゴサークを最寄りの村で下ろし、再び俺たちトラック試作弐号機はアタガメイへの帰路に就いた。
再び、弐号機の助手席へ座った俺は、隣のリリーへ尋ねてみる。
「アレで本当に良かったのか? リリー?」
もっと穏便に済ませる方法だって、あったろうに。
「あんな去り方したら、リリエンタール家が風評被害を被ってしまうかもしれないのに……」
「構わないわ」
リリーは飄々と言い切った。
貴族の体面とか、社交界の処世術とか、気にも留めない。
リアンベルテ・リリー・リリエンタールは、そんなお嬢様だった。
「それより! これが『ぶゆうでん』って行為なのでしょう? 竜哉!」
「え?」
「舐めたシャバ僧をボコって痛快に去っていくのが、粋なとらつく野郎の生き方なんでしょう? 喧嘩上等でしょう?」
いや……スガワラさん、またちょっと「教育」を間違えていた予感……
「宴会の席では、そういう『ぶゆうでん』を持ち寄って披露し合うのが乙なのでしょう? これでわたくしも胸を張って宴席に出席できますわ!」
あんな、軽~く内政問題に発展しかねない武勇伝を披露されたら、一発で酔いも覚めると思うけどね……
(でもま、いいか……)
ご機嫌でハンドルを握るリリーの横顔を見られるのなら、それだけで満足だよ俺は。
早馬にも追い抜かれるようなノロノロトラックでも、彼女が満足ならそれでいい。
いいんだリリー。
雁字搦めの貴族生活も、ネグレクト親の寂しさも、スガワラという心の支えを失った悲しみも何もかも――――
このトラックという『生き方』で贖われるのなら、それでいい。
それで(こんな世界へ飛ばされてしまった)俺の存在意義も、報われるのだから……
リリー、俺は君だけを守るよ。
☆ ☆ ☆
そんなこんなで帰ってきたよ~帝都アタガメイ。
非力なルノアールエンジンをぶん回しつつ、なんとか山を越え、谷を越え、凱旋だぜい。
「ん?」
ところが、街は……不気味な違和感に包まれていた。
王国一の商都として、活気あふれる街だったはずじゃないか、アタガメイは。
しかし今は……行き交う人も疎らで、猜疑心で汚れた目の男たちが、通りのあちらこちらで群れていた。今にも暴発しそうな、危うい衝動を隠しながら。
不穏だ。
雰囲気が明らかに――
「殺気立っている……」
ただならぬ気配を察した俺は、
「リリー、裏へ!」
馬車よりも小ぶり弐号機で助かった。機関車サイズの初号機では入れない狭い路地だって、スイスイと小回りが利く。
目立たない空き地へ駐車し、再び大通りへ戻ってみると……
ウォーッ!!!!
始まっていた。
手に手にプラカードを掲げた群衆が、デモ行進を始めていたのだ。
勇ましいデモ隊の気勢が、帝都に木霊する。
「いったい何の抗議活動だよ?」
「反イーゲイム主義者の活動ね」
彼らが手にしたプラカードには、
【奴隷姫と第一王子の婚約を破棄せよ!】【奴隷姫は奴隷推進派!】【野蛮人は追い返せ!】
【悪しき旧弊の守護者、アタガメイの地を踏むこと能わず!】【奴隷姫を誅殺せよ!】
などと書かれてあった。
「隣国イーゲイムは奴隷制が残る国なのよ竜哉。このアタガメイとは違って、ね」
「そうなのか?」
「で、いまどき奴隷制度はどうなの? って周辺国からも圧迫されているんだけど……イーゲイム王家は頑なに拒否しているのよ」
「だから【奴隷姫】なのか……」
マムルーク朝的な意味ではないのね。
「そんな国から将来の王妃を向かえたら、自分たちも奴隷にされるんじゃないか? って恐れているワケか? デモの参加者たちは」
「いつの時代も、人心を乱すには恐怖が一番、ってこと……曖昧な情報に踊らされるのは、騙されやすい庶民なの。
現実問題、イーゲイムから后を貰ったところで、アタガメイに奴隷制が復活する可能性なんて、無きに等しいのに……」
管領家の令嬢であるリリーにとっては分かりきった事実でも、庶民レベルではそうではないのだろう。メディアが未発達な社会では、よくあることだ。
「でも、他国との縁談は内々の話だから、正式発表まで秘匿されるのが常なのに……」
「……誰かがリークしたってことか?」
「それも、かなり陰湿な悪意の尾ヒレをつけて、ね……」
「第一王子とイーゲイムの姫の縁談を壊したい奴がいる、ってこと?」
「そう考えた方が自然ではなくて? 竜哉」
「反対勢力のネガティヴキャンペーンってことか……」
「まぁ、政略結婚なんて大概そんなものよ? 関係者に隈なく祝福される縁談なんて存在しない。ありがちありがち」
とか、平然と言ってくれるリアンベルテ・リリー・リリエンタール。
国政を執り仕切る管領職、それを代々世襲してきた名家の令嬢だけある。
その気構えこそ、貴族の生き様なのだ。
好きとか嫌いとか最初に言い出したのは誰なのかしら? とかお気楽極楽な恋愛模様で右往左往している庶民とは、隔絶した結婚観だよ……
「それはそれとして【奴隷姫】とは考えたわね……いかにも庶民に響きそうなネーミングよ」
「確かに」
反対勢力の代理店には、有能なブレーンがついてそうだな……
情弱の扇動には絶好のフレーズじゃないか。
「竜哉、昔から、悪知恵は坊主の入れ知恵と相場が決まってる」
「フランチェスカ!」
「錬金術師先生!」
「リリエンタール嬢さまも、お帰りなさいませ。お疲れ様でございます」
偶然にも、マーケットへ買い出しに来ていたフランチェスカとバッタリだ。
「街まで部品を調達に来てみれば……いやはや迷惑な話だ」
荷車に謎の機材を積んだフランチェスカ、デモ隊に道を封鎖され、立ち往生していた。
「しかし、ちょっと唐突さも否めないな」
「そうか?」
「仮にリークがあったとしても、ここまで迅速に組織だった抗議行動など……怪しい……」
カネにならない政治運動などには全く興味はないが、
カネになるならどんな努力も惜しまないフランチェスカ、
目的のためなら手段を選ばない人種的に、本能的な不自然さを感じ取ったのか?
「もし、自分が黒幕の扇動者だったとしたら、表面的には庶民の奴隷忌避感情を焚き付けつつ、裏では何か別の企みを……まぁ、いいや。それより竜哉、弐号機はどうした? そっちが大事だ」
「裏に停めてきたけど?」
「正解だ」
ニヤリと笑ったフランチェスカが指した先では……
暴徒化したデモ隊が十数人、富豪の馬車に襲いかかっていた。
セイヤ! セイヤ! セイヤ! セイヤ! ワァァーッ!
「あー……」
ニュース映像で見たことあるわ。なぜ人間は、暴徒化すると車をひっくり返してしまうのか?
ふしぎだ……
「でも、これで完全に御破算だ、冬騎王のプロジェクトも、な」
「え?」
「ですわね……錬金術師先生」
「そうなの?」
「考えてもみろ竜哉、これは商売だぞ? 『奴隷姫が奴隷を搾取して作らせた作物』とか、売れると思うか?」
「なるほど」
元々、俺たちは隣国イーゲイムからの農産品輸入を目論んでいたワケだが……
そんなにもあからさまな風評被害には、勝てる気がしない。
「諦めた! 何か別のヤツを考えよう!」
拝金主義者の切り替えは速い。彼氏に幻滅した恋愛脳くらい速い。
『儲からないな』と判断した瞬間にゴミ箱へポイである。
もはや見事と唸るしかない。
でもまぁ、これで正式に隣国イーゲイムへの長距離交易案は却下された。
助かったよ、マチルダ伯爵とグレゴリー教皇への謝罪行脚もキャンセルで済みそうだ。