3-4 悪役令嬢、カノッサで屈辱 2
「荷を運ぶことで、皆を笑顔にしたい!」
そんな悪役トラック令嬢の願いを叶えるべく、
長距離交易ルート確立のため、マチルダ辺境領を訪れるリリーと竜哉。
しかし、そんな二人の前に、教皇グレゴリー・タスツーシンが立ちはだかる。
(こいつは…………)
マチルダ国教会教皇グレゴリー・タスツーシン。
神の代理人を騙って、自説を我田引水する傲慢さ……
実に!
実に中世らしい聖職者の振る舞いじゃないか!
国教の経典ともなれば、誰だって異を唱えにくい。それを曲解にも等しい解釈で、あたかも「神の言葉」と錯覚させる。
これは酷い……中世の暗黒性の最たるものだ。
現在通用する通俗語からは掛け離れてしまった古代語で書かれた経典――それを【人質】にとって人心を操る奴らを「聖職者」などと呼べるものか!
ルターやカルバンも激おこだよ!
殴りたい……
こいつの顔面に、力いっぱいの宗教改革パンチをお見舞いしてやりたい……
が、
そんなことをしたら一発でパーだ。
隣国イーゲイムとの輸送交易プロジェクトは、泡と消える。
国中に乱立する、あの「開祖像」を見れば、この生臭坊主グレゴリーがどれだけの権力を持っているか、俺でも推察できる。マチルダ侯爵を傀儡にして、この辺境領を牛耳っているに違いない。
竜哉、ここは耐えろ!
俺の役目はリリーの夢を叶えることだ。
一時の感情でプロジェクトを台無しにするなど、遭ってはならない!
チラリ……
もしリリーが俺と同じ衝動を抱えているとしたら、全力が俺が抑えないと。
いくら相手が傲慢な聖職者でも、暴力ではなく話し合いで落とし所を見つけるべき…………
(あれ?)
リリーは澄まし顔でお嬢様スマイルを浮かべていた。
(怒ってない……?)
その表情は、まさに明鏡止水。何者にも動じない、フラットな水面の静けさ。
俺の危惧は杞憂に終わった。
☆ ☆ ☆
結局、交易ルート確立に関しては、何の収穫もないまま、マチルダ伯爵との面談は終わった。
そりゃそうだ。
『牛馬と荷車での輸送しか認められない』と(二千年前の経典を盾に)突っ張られては、妥協点など見出しようもないのだ。
「徒労だったな……」
迎賓館の前まで見送りに来てくれた伯爵と教皇には悪いが、愛想笑いも難しいよ。
あんな、煮ても焼いても食えないゼロ回答を渡されたんじゃ。
「というか、リリーはどこへ行ったんだ?」
会談を中座したまま、しばらく姿が見えないが……
迎えの馬車も見当たらないし、男三人が迎賓館の前で立ち往生してても、間が持たないよ……
さて、どうしたものか? と俺が困り果てていると……
バパパパパパパパパパ!!!!!
(動作検証中で)調整不足のスパーク音が激しく鳴り響いた!
「まさか!」
お堅い宗教国家を刺激しないように、と宿の厩舎に隠しておいたトラックが!
フォーマルな迎賓館の正面玄関へ乗り込んできた!
「竜哉!」
「リリー!」
わざわざ宿屋まで戻って、トラックを持ってきたのか?
「こんなことしたら!」
心証最悪だぞ! あの【トラック否定派】の教皇は!
「な、なんですか、この邪悪なる馬車は!? 聖なるマチルダが穢れる! 穢れてしまう!」
そりゃそうだろうなぁ……小さいとはいえ、荷台の脇には『邪悪なる異教の神』がペイントされているんだから。これは国教会の関係者にしてみれば噴飯ものだろう。ヒップホップの迷惑グラフィティなんて目じゃないほどの冒涜行為だ。
「この罰当たり者が! 恥を知りなさい背教者! 悪魔信仰者! なんという悪趣味な!」
ほれみろ! 今にも血管が切れそうなくらいヒステリー!
凝り固まった宗教者は、自由な表現なんて害悪くらいにしか思ってないんだよ。
タンユーが公的な仕事から弾かれ、銭湯のペンキ絵師をやってた理由も、それと無縁ではない。
「今すぐ立ち退きなさい! こんな暴挙は神が許しませんよ! 地獄に堕ちますよ!」
「乗って竜哉!」
「リリー! マズいだろコレ! 言い訳できないぞ!」
「言い訳? 悪役トラック令嬢に言い訳が必要なの?」
「えー…………」
不敵に笑ったリアンベルテ・リリー・リリエンタール、これみよがしにエンジンを空ぶかし。
ブンブンブブブン! ブンブブン! ブンブンブブブン! ブンブブン!
(調整不足で)不完全燃焼の排ガスがボハボハでもお構いなし!
「止めなさい不信心者! このような異端の魔術を使うなど言語道断!」
敬虔な国教徒的には、内燃機関という科学も邪教の仕業らしいぞ、フランチェスカ?
だけどリリーは止まらない。
大型の蓄音機は載せられないので、代わりに積んだ小さなキーボード(鍵盤式ハーモニカ)で、
パラリラリラリ、パララリラ~
と、人を小馬鹿にしたようなメロディを吹くリリー。
これには辺境領のゴッドファーザーたるマチルダ伯爵も目を白黒、
教皇に至っては泡を吹いて倒れる始末。
「破門だ! あの娘は国教会から破門だーッ!」
卒倒して白目を剥く教皇、従者たちに抱えられながら、絶叫していた。
「さらば辺境! 我ら堂々と退場す!」
鍵盤式ハーモニカを俺に託し、極めて挑発的に、リリーはトラックのアクセルを踏んだ。
☆
「これで良かったのか、リリー……?」
「いいの。どうせ脈がないのなら、謙る必要もないでしょ?」
「でも、ここまでやっちゃったら、問題にならないか?」
リリーは押しも押されぬ良家の子女である。社交界の一員として、今後の評判が心配になるほどの無礼千万だった気がするが……
「わたくしを怒る人なんて誰もいないから。大丈夫」
「…………」
脳裏をよぎる、リリエンタール家の家庭事情。
娘のことを気にかけることもなく、好き勝手に自分の人生を謳歌する両親を思うと、胸が痛む。
「それに、これぞ正しい悪役トラック令嬢の振る舞いでしょ? 『御意見無用』よ!」
リリー……スガワラさんの教え方がマズかったのか、リリーが曲解してしまったのか……どうもトラック野郎とは微妙に認識がズレている。
「もうこんな場所に用はないわ! さっさと帰りましょ!」
パラリラリラリ、パララリラ~
鍵盤ハーモニカの音色を(俺が)奏でつつ、マチルダの街を後にしたところ、
「待ってくれ!」
一人の男がトラックの前に飛び出してきた。
「おい、危ないぞ!」
車は急に止まれない。初号機だったら、あんた、数十メートルくらい飛ばされてたところだぞ?
ケンタウロスくらい頑丈な身体でないと、即死だぞ?
「乗せていってくれ! 頼む!」
その男は見るから痩せ細って、病人の顔色をしていた。
☆
「すまねぇ……オラはヒジョーリ村のゴサークって者だ」
見ず知らずの者に下手なことをされても困る(弐号機は実証用のエンジンを荷台に積んでいる)ので、監視も兼ねて、俺とゴサークは荷台へ乗り込んだのだが……
「あんた、大丈夫か?」
見るからに衰弱したゴサークに、水とパンを分け与えると、彼は貪るようにそれを摂った。
「いったい何があったんだ?」
「租庸調だべ」
「そようちょう?」
「米や麦を収められない者は、代わりに労役を課される。そういう税制度のことよ」
運転席のリリーが解説してくれた。
「古い律令の制度で、もはやアタガメイ本国では廃止されているけれど……辺境領では、未だに残っているの」
「へぇ……」
「領主様は年貢を低く据え置いてくれたんだげどよ……何年か前に、いぎなり年貢が倍になって、払えなくなった百姓は、労役として【あれ】の現場へ徴用されることになったんだ」
ゴサークが指したのは、あの【開祖像】だった。
あのクソデカ銅像は、貧農の強制労働で作られていたのか……
「んだげど、まさが、あれほど酷い現場だとは思わねがった」
「酷い?」
「んだ。朝から晩まで毎日、石運びヨ……怪我する者、疫病で臥せる者、疲労で倒れる者、まさに生き地獄みだいな暮らしを何十日もやらされるのサ」
「そこから脱走してきたのか? ゴサーク」
「んだって、オラが村さ帰らねば、また年貢が払えなくなるべな!」
そうか。
農閑期だけでなく、農繁期まで働き手を拘束したら、生産性が恐ろしく落ちる。
それでまた年貢が払えなくなったら、悪循環から抜け出せなくなる。
「あの【像】だ。あれを国中に作り出してからおかしぐなったんだ。年貢は倍になるわ、労役の期間も倍になるわ、方々の村で農地が荒れ始めているって話だべ」
どうやら、マチルダ辺境領、思った以上に宗教勢力の専横が酷い地域だったらしい。
「これは、マチルダ伯爵は……」
「教皇の操り人形ね……」
人を救うはずの宗教が、私利私欲の道具にされている。
これは無理だよフランチェスカ。
「どうやら……まともな説得の通じる国ではなかったみたいだな……」
※教科書的な租庸調の説明とは、ちょっと異なっています。