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3-3 悪役令嬢、カノッサで屈辱

あたくしは悪役トラック令嬢として、がんばるのよ!


リリーの態度表明に、再び団結する【冬騎王】のメンバーたち。

決意も新たに、彼らが目指す「道」とは?

「OKOK、了解です、リリエンタール嬢さま」

 副都エーガス民を前に、悪役トラック令嬢の気概を表明したリリーに、さしもの科学至上主義者フランチェスカ・フランケンシュタインも白旗だ。

「嬢さまが望む通り、トラックの業務復帰を最優先しましょう。試作弐号機に実験中のエンジンを載せて、最低限の荷運びが出来るように組み上げる」

「任せたわ、錬金術師先生」

「ただし、相当小さめの車両になるのは覚悟してくださいよ? このデカブツとは比較にならないほどのパワーしか出せないんですから、現段階の新型エンジンでは」


 まぁ、内燃機関よ蒸気機関では、機械として求められる精度が違うんだろうしな……


 しかし、改めて見てもダンキチ号(試作初号機)、

 リリーの希望(スガワラの美学に近づきたい!)に沿うべく、出来る限り「トラック」に近づけたものの、実態は「道路を無理やり走る蒸気機関車」と言った方が早いよな……

 強引な二階建て仕様で前方視界を確保し、「言われてみればアメリカンなロングノーズトラックスタイル」と言えなくもないフォルム……

 いや、それ機関車だよ。

 高村君。機関車じゃないって言われても、やっぱりそれは機関車だよ。


 ☆ ☆ ☆ 



 そんなワケで――


「できた」


 エーガスから帰って数日のうちに、完成しました、異世界トラック試作弐号機。

「おー!」

 今度の車両は、全長三メートルちょい。幅が一メートル半ほどの、こじんまりとしたサイズ。

 荷台も二メートルほどしかないし、そこに工房から移設したルノアールエンジンとタンクが据えられているものだから、かなり積載空間が乏しい。

「まさに実験車って感じだ」

 それでも荷台の両脇に、二メートル×一メートルサイズのキャンバスが備えられ、今回も絵師タンユー・カノープスの力作が描かれている…………力作?

「タンユー……これはいったい?」

 地獄の門番みたいな悪魔的風体の人物が、都合七人も描かれている……

「お嬢の注文通りですよ、竜哉殿!」

 どういうオーダーだよ……????

「ありがたい異教の神は七人組らしいんですわ、お嬢の話だと」

 し、七福神か!? これが!?

 どうやったらここまで悪魔的に描けるんだよ!

 布袋様の背負っている袋が強盗の袋にしか見えないし、大黒様の小槌は人を殺める凶器だろ、そのヤバいフォルム! 恵比寿様は何を抱えてるんだよ、それ? 人食いの魔獣か? 火炎柄のフライングVを掻き鳴らす弁天様とか見たことねぇよ! 火まで吹いてるし!

 絶句である。

 これも一種の才能だわ……沿線の子供たちが見たら泣くぞ……


 と、唖然としながら絵を見ていたら、

「竜哉!」

 ブルン! ブルルン! ブォーン!

 (蒸気機関に比べれば、の話だが)聞き慣れた内燃機関の音でリリーが呼ぶ。

「乗るのだわ!」

 リリーは喜色満面で俺を促した。


「じゃ! 参るのだわ!」

「気をつけて、お嬢!」

「ルノアールエンジンのデータ、待ってるわよ~!」

 タンユー・フランチェスカ・ルーシーに見送られて、俺とリリー二度目の旅が始まった。


 ☆


「…………遅い」

 蒸気機関から内燃機関に進歩したはずなのに……相当に遅い。

 いったん速度が乗れば、結構な勢いで突進できた初号機に比べ、だいぶ遅いぞ弐号機。

 シリンダーやピストンから盛大な動作音が聴こえるが、全然トップスピードに乗らない。

 いやはや……まだまだ改良の余地があるぞ、ルノアールエンジン。


 しかしそれでも……リリーはご機嫌だ。

 ゆっくりと流れていく景色を眺めながら、鼻歌交じりでハンドルを握っている。


 蒸気機関では、必死の肉体労働(=石炭くべ)が必須だったが……ああ、何もしないで助手席に乗っていると、寝てしまいそうだ……

 それもこれも、あの優秀なポリンサスペンションシステムのお陰だな……

 レクサスの超高級セダンも斯くや? みたいな極上の寝心地…………


 いやいや!

 助手席で寝てていいのは、デート中の彼女だけだ。

 俺が寝てどうする?


「そういやリリー」

「ん?」

「これから向かうマチルダ辺境伯領って、リリーは行ったことあるの?」

「ええ、何度か」

「地図で見ると、歪な形してんな……」

 細長い。横倒ししたチリみたいな形とでも言うべきか。というか、全体的には(鋭角が十度くらいの)三角形なのだが、なんか変に歪な形で入り組んだ三角形だぞ。

「川と山に挟まれた地形だから」

「へー」

「その川側が国境になってて、アタガメイからイーゲイムへ抜けるには、必ずマチルダ辺境伯領を通過しなくてはならないの」



 ★ ★


 『荷運びで、皆に笑顔を届けたい』というリリーの意を汲んだフランチェスカは、一つの案を提示した。

 トラックの輸送力が最も喜ばれるのは、長距離交易ルートではないか?

 そう考えたフランチェスカは、隣国のイーゲイムからの農産品輸入を献策した。

「イーゲイムは農業国なのよ。農産品を輸出したがっているんだよ、竜哉」

「なるほど」

「マチルダ辺境伯領から王都アタガメイまでは川が流れているんだが、上流は流れが急で、海運には適していなくてね」

「そこでトラックの出番ってことか」

「イーゲイム産の小麦はとにかく安いんだ……あれを大量に輸入して売りさばけば、もうそりゃ濡れ手に粟の……ウヒヒヒヒ!」

「悪い顔! そこの拝金主義者!」

「失敬な! 竜哉! これは正当な対価だよ!」


 とまぁ、この先はいつもの水掛け論なので割愛。分かり合えない、キミと俺。


「しかしな竜哉、この計画には一つ難点がある」

「難点?」


 ★ ★



「その【難点】が、このマチルダ辺境伯領ってワケか……」

「ええ」

「でもさリリー、何が【難点】なんだ?」

 見たところ、トラック的に勘弁してくれ、な急坂、ワインディング、湿地などは見当たらない。

 ちゃんと川にも石造りの頑丈な橋がかかっているじゃないか?


「あれよ竜哉」

「……………ん!?!?!?!?」

 ありふれたアタガメイ地方の農村風景に…………突如現れた、巨大な像!

「なんだあれ!?」

 牛久名物、世界一のブロンズ像的な、老朽化で大問題となった淡路の大仏的な。

 デカさはまさにそんな感じだが、観音様とは違う、西洋風の巨大像が目に飛び込んできた。

「マチルダ正教会の開祖像よ」

「つまり、信仰心に篤いお国柄、ってこと? マチルダは?」

「合っているような合っていないような……」

 歯切れが悪いな、リリーにしては珍しく?


「とりあえず竜哉、行けば分かるわ」


 ☆ ☆ 


 そんなこんなで、目的の場所――――領都マチルダに着いたのだが……

「開祖!」

 思わず声が出てしまった!


 俺とリリーが通されたのはマチルダ伯爵の迎賓館。その名もカノッサ館。

 教会様式のステンドグラスが美しい客間だった。

 そこでマチルダ辺境伯の御出座(おでま)しを待っていたところ……

「お待たせした、リリエンタール嬢!」

「お久しぶりでございます! 伯爵さま」

 現れた恰幅のいい紳士、いかにも大貴族の風格を伴った彼は、間違いなく辺境伯その人だろう。

 問題は、その伯爵に付き添って現れた男――豪奢な金糸銀糸のあしらわれた祭礼服を着た彼、その装いからして高位の僧侶と分かるのだが……

 顔が!

 そっくりじゃないか!

 この都に着くまで、何体も見かけた、あの巨大開祖像。あれの生き写しなんですけど!?


「リリー?」

 小声でお嬢に尋ねてみる。

「マチルダ正教会って、世襲の教皇を戴く宗派なの?」

「まさか。正教会は妻帯禁止よ」

「でもあの人、似すぎてない? 開祖に? そっくりじゃん!」

「逆よ竜哉」

「逆?」

「開祖は2000年前の人なんだから、顔を見たことがある人なんて誰もいないわ」

「あっ……」

 じゃあ、つまり、あの「開祖」像は……

「そういうこと。マチルダ正教会グレゴリー・タスツーシン教皇の指示でああいう風に(・・・・・・)作らせたのよ」


 広大な辺境領を治める領主らしく、威厳に満ちたマチルダ伯爵に対して、

「このたびはお目通り叶い、恐悦至極にございます、伯爵さま」

 厳かな貴族式の礼で頭を下げるリリー、

 俺は彼女を邪魔せぬように、跪礼で頭を垂れる。

「ようこそいらっしゃったリリエンタールの嬢さま。お父上は息災で?」

「ええ伯爵様。次の任期に備えて、毎晩遊び呆け……英気を養っておりますわ」

 ぐらいのジョークを飛ばせる間柄。爵位高そうな奴らだいたいトモダチ、ってことね。


「それでリリエンタール嬢……わざわざ我が領地まで赴かれたのは、いかな御用で?」

「伯爵様にお願いしたき件がございまして……」

「それは、いかなる?」

「実は隣国イーゲイムからアタガメイに農産品を運ぶ事業が持ち上がりまして、

 つきましては、マチルダ領を通過させて頂く許可を、伯爵様に戴ければと存じます」

「なるほど、そのようなことであれば造作もな…………なに?」

 貴族と貴族、トントン拍子で話が進みそうだったのに、余計な入れ知恵をしてくれるなよ? 開祖と同じ顔の教皇さん。


 しばし、グレゴリー教皇からの耳打ちで「助言」を聞き入れたマチルダ伯爵、


「リリエンタール嬢……そのことだが……運ぶこと自体は構わないのだが…………」

「が?」

「このマチルダに於いて、輸送に使役する家畜は四つ足に限る(・・・・・・)と。なおかつ、それに曳かせる荷車は車輪が二つのもののみ(・・・・・・・・・・)を認めると」

「は????」

「神の御言葉たる、経典の教えでございます」

 申し訳なさそう伯爵に代わって、隣の教皇グレゴリー・タスツーシンが断言した。

「経典には、それ以外の記述は存在せず、それらのみが神に認められる道具である……と、解釈すべきでございます」

 柔和な笑みを浮かべつつも――開祖顔の教皇は俺たちに【拒否】を突きつけた。


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