3-2 少女よ、黒い大志を抱け!
今後の方針について、
金策を優先するか、被害に遭った村々の復興を優先するか、で意見が対立するフランチェスカと竜哉。
壊れたトラックの修理方針も決まってないのに、そんなんで大丈夫か?
【冬騎王】よ?
「「リリー! なんとか言ってやって! この分からず屋に!」」
すれちがい宇宙の、俺とフランチェスカ、
意見が割れれば、最後に頼るのはスポンサー様の『御聖断』である。
結局、【冬騎王】はリアンベルテ・リリー・リリエンタールありきのチームなのだ。
リリーの志が駆動力となって、グルグルと回るスクランブルエッグなのだ。
そもそも、彼女が最大の資金提供者でもあるワケで。
困った時は大旦那の意向に沿うのが、最も穏当な解決法である。
金策が先か、贖罪が先か。
ヒートアップした僕らとは対照的に、リリーは素っ気ない。
「そうね……」
エーガスの城門に引っかかり、動かぬオブジェと化した初号機に登り、
「錬金術師先生、とらつくを復活させる、最速の方法は?」
リリーはフランチェスカに尋ねた。
「そうだな……初号機は操舵系が壊滅したけど、機関部は残ってる。それを出来る限り流用するにしても、このスケールのフレームを修理するのは相当の手間だな。これを直すのなら、弐号機を組んだ方が早いんじゃないか……とは言っても、弐号機のルノアールエンジンは開発途上だから、まだ想定通りのパワーが出せてないし、現状で組むとなると、荷台は大幅に縮小しないと……」
「それでもケンタウロスよりは積めるでしょ?」
「三~四匹分くらいは積めるんじゃないか? 今の段階でも」
「いいわ。それで。直ちに弐号機を組んで堤防再建の資材運搬に当たりましょ」
「それはいいとしてお嬢、管領にギャラの増額交渉は……」
「必要なし」
「え"ー!!!!」
フランチェスカは露骨な不満顔だ。
「錬金術師先生!」
「はい?」
「とらつくは荷を運んでこそのとらつくよ。荷を運べないとらっかーは、タダの豚よ」
「お嬢……荷さえ運べれば、タダ働き同然でも構わないと?」
こくり。
「え"ー…………」
貴族の金銭感覚は、全く以て理解不能――――そんな顔したフランチェスカに対し、
「錬金術師先生、わたくしはとらつく野郎でありたいの」
まるで波止場立ちするマドロスばりに、傷だらけのボイラーへ足を乗せたリリー、
思い入れたっぷりに、己の信念を語り始めた。
「スガワラは言っていたわ――荷物は場所に運ぶんじゃない、人に届けるものだ、って」
いや、己というよりも、スガワラさんから伝授された生き様か。
「同じ空の下で、わたくしが運ぶ荷を心待ちにする人がいるの。彼らの元へ、迅速に確実に荷を届けることがとらつくの役目なの。存在意義なの。レゾンデートルなのよ!」
「…………」
「確かに荷運び業者など、名も残らぬ、タダの縁の下の力持ちかもしれない……
でもね! それは、なくてはならないロジスティクスなのよ!」
修羅場をくぐった戦友の車体を愛おしげに撫でながら訴える。
「このリアンベルテ・リリー・リリエンタール! 運びたいのは笑顔です!」
大破したトラック初号機の上で、大演説のお嬢さん。
ハーピーの村でもらった鮮やかな羽根飾りを頭に乗せて。PSYCHEDELIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCKな姿を誇示しながら。
その勇ましいスピーチに、野次馬の見物人たちからも拍手が飛ぶ。
「竜哉! わたくし、社会の歯車になりたいわ!」
「え?」
「スガワラは言っていた――『社会の歯車とは蔑みの言葉だと。つまらない人間を嘲う言葉だと。搾取される側が自嘲する言葉だと。
オレが子供の頃は、そんな使われ方をしていたが――
でも、それは違うんじゃないかと思った。
自分が大人になって思った。
歯車が寸分違わず動き続けるから、「社会」という精密時計は美しく動作する。
そんな大切な部品が蔑まれる理由など、一体どこにあるのか?
オレは歯車に成りたい。
他では代用できないような重要パーツになって、皆に貢献したい。皆を喜ばせたい。
輝くマニュファクチュールの一部として人生を捧げたい。
トラックならそれが出来ると思う』ってスガワラは!」
「…………」
「社会の歯車で何が悪いのか? あなたも! あなたも! あなただって! 皆の笑顔に貢献できる一人一人が英雄なの!」
リリーは野次馬の市民を指しながら、訴える。
「このわたくし、リアンベルテ・リリー・リリエンタールも、そうありたい!」
「リリー」
やっぱりキミは、スガワラさんの魂を受け継いでいる子だよ。
きっとスガワラさんも喜んでいるよ、草葉の陰で。
「竜哉!」
仮初めの演台となった初号機、そこから飛び降りた彼女を全身で受け止める。
軽いな。
こんな小さな体で、少女は大志を抱いている。
今まで(この世界では)誰も見たことがない大型輸送機械を、認めさせてやろうと決意してる。
支えなくては。
俺がリリーを支えるんだ。
彼女の想いを、俺が叶えてやらなきゃ。
淡口竜哉――お前は、そのために異世界に居るんだ。