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3-1 錬金術師、進歩には犠牲がつきものと主張する

ケンタウロス商会との荷運び対決には負けたものの、怪我の功名で流通業への参入を認められた異世界トラック、

しかし、過酷なレースで、肝心のトラックが大破状態。


早急な修理が必要となると思われたが……

「こりゃ派手にやってくれたわね……」

 ガード下(=エーガスの城門)に引っかかり、運転席をガッツリと(えぐ)り取られたダンキチ号を見上げ、苦笑いの錬金術師フランチェスカ。

 無惨な大破っぷりに、刀鍛冶ルーシー・エインズワースも笑うしかない状態だ。

「これ、フレームから作り直しでござるか? 錬金術師殿?」

「いやぁ……修理ってレベルじゃねぇぞ……」

 見事なほどにメインフレームがポッキリと逝っているため、さすがのフランチェスカも修理方針の青写真を描き兼ねているようだ。

「難儀を承知で修理するか、それとも思い切って一から作り直すか……いずれにしても……」

 ダブルピースならぬダブル「円」サインでアヘるフランチェスカ。

 言わんとしていることは「カネをくれ!」である。

 まぁ、拝金主義者のリクエストは九割方、それだが。


 しかし、おいそれとはいかない事情もある。


 この副都エーガスからも眺めることが出来る――火の手。

 幾筋もの煙が、近隣の村々から立ち上っている。

 それも、街道沿い=俺たちのトラックが爆走してきた道に沿って。

 過酷な旅程で大ダメージを負ったダンキチ号は車体各所から火花を飛ばし、エキゾースト(という名の煙突)からブハブハと火の粉を撒き散らしながら疾走ってきたんだ。

 そりゃ粗末な木造家屋が無事で済むはずがないのだ。

「うわぁ……」

 まるで戦場だ。

 ヤケクソの軍隊が焦土作戦を採ったみたいな有り様だ。

「どうすんだこれ……?」

 プラトーンのキービジュアルばりに天を仰げば、

「これで」

 リリエンタール印の小切手を切ったリリー、

「サラマンダーのブレスにも耐える、石の家を作るといいわ」

 とか言い放つ。

 悪い!

 なんて悪いんだ、この子!

 こちとら、やらかしてしまった不祥事で、良心が爆発してしまいそうなのに!

 狂おしい罪悪感で闇落ちしてしまいそうなのに!

 【カネで解決】かよ! 悪役令嬢みたいなことを!(※本人は自称・悪役令嬢です)


 そこへ、

「これがとらつく(・・・・)試作弐号機の図面でございます! リリエンタール嬢さま!」

 カネの匂いには人一倍鋭敏な女、フランチェスカがリリーに(ひざまず)き、絵図面をプレゼンする。

「今回は蒸気機関に代わって内燃機関を動力に据えました! これでボイラーを温める事前準備は不要となり、水の補給も要りません! 燃料も石炭から石油になりますので、重量も保管スペースも節約できます。ついでに機関室も排除できますから、運転席のレイアウトもフリーになり、背を高くしなくとも前方視界を確保できるようになります! いかがでしょう?」

「先生、いくら必要?」

 気前いいな、リリー!

 さすが都でも屈指の名家の娘だよ!

 そんな怪しい錬金術師の言い値で小切手を切るとか!

「ははー!」

 懸賞金を受け取る力士よろしく、小切手に手を伸ばすフランチェスカを俺が払い除ける!

「何をする! 竜哉ァァ!」

「こんな盛りすぎの概算要求が通ると思うか?」

 税務職員並みの鬼監査で、その請求書を(あらた)めてやるわ!

「宴会費? 交際費? 宣伝費、接待費、福利厚生、資料? ……ダメダメこんなの不許可!」

 不正な経費をバンバン撥ねていくと……

「これは何? ポリン捕獲費? 飼料代?」

「あれだよ竜哉。吸血鬼を冷凍保存しとくヤツ」

「ああ……」

 不慮の事故で轢いてしまった人を、吸血鬼化(不死化)させることで結果、交通事故死ゼロを達成するという悪魔的発想の事故対策。

 しかし、結果として、吸血鬼用のアイシクルポリンが、俺たちの窮地を救ってくれた。絶体絶命の渡河作戦は、あの氷ポリンをつんでいなければ成し得ない最終手段ではあった。

「ううむ……」

 俺は渋々、経費に承認の丸をつけた。

「ん?」

 アイシクルポリン(吸血鬼の棺桶冷凍用)、蛍光ポリン各種(電飾用)の他にも、ポリンの捕獲と飼料費が計上されてるじゃないか?

「あ、そっちはハイドロポリンだな」

「なんじゃそりゃ?」

「竜哉さ、最初に乗った時と較べて、相当に乗り心地が良くなっていると思わないか?」

「言われてみれば……」

 仮組みした初号機の試走をした時は、「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」的な振動がヤバいくらいに伝わってたのに――――いつの間にか、荷運びレース用仕様では、見事な改善を果たしていた。

 巡航運転中でも普通に会話できるくらいに、滑らかな走りを見せたっけ……


「これだよ」

 まるでバイクのリアサスペンション(モノショック)みたいな位置に、謎のダンパー機構がついている。だけどシリンダーが……俺の知っている筒状の奴じゃない。

「なんだこれ……?」

 フランチェスカが謎のシリンダーを開けると――そこにはオイル色のポリンが詰まっていた。

「これがハイドロポリンだよ」

「……ハイドロポリン?」

「こいつはね、振動が大好物なんだよ――見てな、竜哉」

 バールのようなものを持ち出したフランチェスカ、小刻みにオイル色のポリンを突くと……

 あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"

 嬌声を上げて身悶えした――ような気がする。

 ポリンなのでよく分からないが、まるで撫でられた猫のようだ、とも思えた。

「このポリンは、振動を与えれば与えるほど、柔らかに膨らむ特性がある」

「へぇぇ……」

「だから、こんなに走っても、むしろ乗り心地だけはキープしてたろ?」

「してた!」

 確かに言われてみれば、その通り。

 他の部分は走るほどに壊れていったが、乗り心地だけは嘘のように滑らかだった。

「こいつのお陰だったのか!」

 ハイドロポリン、膨らむことでトラックの揺れを収めていたのか……

 いやはや、便利な生き物もいるもんだね、異世界は。

「ま、時折メンテナンスしてやらないといけないんだがね……」

 フランチェスカが針でハイドロポリンを刺すと、

 プシューッ!!!!

 エアが抜けて、体積が百分の一くらいになっちゃった。あっという間にリセット完了だ。

「これをやらないと、ハイドロポリンは永遠に膨らみ続けて……シリンダーの中で圧死する」

「なるほど……」


「てなワケだよ竜哉。必要だろ? ポリンは欠くことのできないパーツなんだ」

「まぁ……確かに……」

「この優秀なサスペンションシステムを始めとして、試作初号機で得られた成果をフィードバックして、更に性能の良いとらつく(・・・・)を仕上げてみせる。それが錬金術師の使命よ!」

 と、胸を張るフランチェスカ。

「だからこそカネが要るんだカネが! 先立つ物はカネよ、竜哉! モアマニィー!」

 懇願。

 まさに魂の叫びだ、拝金主義者。

「なぁ竜哉、もう一度、春管領と交渉しよう! 公共事業なのに儲けなしのダンピング価格なんて馬鹿げてる! 貰えるものはキッチリと貰わないと!」

「ダメだダメ、それはダメ!」

 火の粉を吐きながら暴走したり、渡河のために川を凍らせて洪水を引き起こしたり、迷惑をかけたのは俺たちなんだ。がめつい見積書なんて、提出できるものか!

「だったらやっぱり、リリエンタール嬢さまから資金を戴くほかないじゃないか!」

「ダメだよ、フランチェスカ……」

「竜哉! イノベーションにはカネがかかるんだよ! なぜ分かってくれない?」

「パトロンの財布は無限の宝物庫じゃない!」

 スポンサーだって慈善事業じゃないんだよ。対費用効果を考えて、お金を出してくれるんだぞ?

 長く良い関係を続けていくためには、相手の懐事情も察していかないと。

 いくらリリーが大貴族の娘でも、青天井の放漫予算を浪費し続けたら……最悪、親のカードを使いすぎた子供みたいになるぞ?

 それでもいいのか?

「竜哉……犠牲はつきものだよ、科学の進歩には……」

「進歩は必ずしも善じゃない」

 「足るを知る」も正しい、人の生き方として。身の丈に合った生き方だっていいじゃん。

「進歩こそ善だよ、竜哉! 洗練と効率化こそ人類が歩むべき道なんだ!」

 それも分かる。

 分かるが、自分の理想のために他者(の財布)を蔑ろにしていいのかよ?

「優先順位が違うフランチェスカ! なるべく犠牲の少ない、迷惑かからない方法を採ろうよ!」

「違わないよ、間違っているのは竜哉の方だ! 試行錯誤は失敗の積み重ねだろ? 虎穴に入らずんば虎児を得ずだよ!」


 これは…………危機?

 早くも【冬騎王】解散の危機ですか?

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