2-16 異世界トラック令嬢、損して得とれ
遂にゴールの副都エーガス!
「これで勝った!」と思ったのも束の間、最後の最後で最大のアクシデントが!
「あー…………」
カブリオレ状態で、すっかり風通しが良くなった機関室――そこからヒョイと頭を出して後方確認すると……
数秒前まで運転席【だった】ものが城門に引っかかり、無惨に吊るされている。
「これは……」
ほとんど晒し首だ。
なんとも残酷な姿に、リリーの頬へ涙が伝う。
ま、ありがちなことさ、トラックには。
俺たちの世界だって、痛々しい事故の跡が残るガード下は珍しくない。
トラックの宿命であり天敵なのだ、低い高架は。
「わたくしが、もっと早く気づいていれば……」
「気に病むなよリリー、仕方がない」
いきなり公道初体験だったんだぞ? このトラック初号機は。
あんな速度を出したのも初めてなら、制動距離も空間感覚も掴めるはずもないさ。
せめて一度でも試走できてれば、こんなことには……かえすがえすも口惜しい……
「これで我々の勝ちですな! リリエンタールのお嬢様?」
意気消沈する俺たちに向かって、ここぞとばかりに冷や水を浴びせつける、ケンタウロス商会顧問弁護士・モダスオペランディ。
「ぐぬぬ…………」
悔しいけど、俺に反論する言葉はない。
俺たちのトラックは、かろうじて機関部が城壁門をくぐり抜けたものの、運転席は完全に失くなってしまっている。動力機関が無事であっても、操作系は全部オシャカだ。このままでは徴税倉庫まで導くことは出来ない。
「ほら! チンタラするな! チャッチャと運べ!」
俺たちが抜き去ってきた鈍足ケンタウロスも続々と副都エーガスへ到着、
中には、あの崖上から俺たちに妨害工作を仕掛けてきた奴らの顔も見える。リタイアした飛脚に代わり、荷を受け継いで来たんだろう。
翻って俺たちは……
街の入口で止まったトラックから「手作業で」小麦を徴税倉庫まで運ぶのは無理がある。
単純な体力勝負では、どうしたってケンタウロスには敵わないのだ。
「負けを……認めますか? ンフフフフフフフ……」
「く、悔しいが……」
タオルを投げるのはセコンドの役目だ。
勝ち誇る顧問弁護士に、俺は屈辱の敗北宣言を返そうとしたが……
「お待ちなさい」
いけ好かないダンディの声が、それを分けた。お高くとまった大貴族の制止だった。
「春管領さま!」
この勝負の見届人、春管領・エウスカルテル・エウスカディだった。
そもそも、こんな私的な諍いなど、部下の事後報告で充分なはずなのに――早馬を飛ばして、ゴールを見届けに来るとか、どういうつもりだ?
生意気な小娘が負けて泣くところを見たかったのか?
この嗜虐性癖の変態貴族め!
「…………」
憔悴したリリーに舐めるような視線を向けるエウスカディ、
俺は笑顔で中指を突き立ててやったが……この世界の人は理解るまい、このハンドサインは。
「御身自ら、我らケンタウロス商会の勝利を祝福くださるとは、身に余る光栄にございます!」
大権力者に対して露骨なほど慇懃に頭を垂れる、オペランディ。
褒められたくて仕方がない犬か、お前は?
「確かに! 全ての小麦袋を確認いたしました、管領さま!」
部下の報告に頷くエウスカディ。
「――ケンタウロス商会、モダスオペランディよ!」
「はっ!」
「大義である」
「ありがたきお言葉!」
確定だ。見届人である管領が認めたのだから、勝者は商会、敗者が俺たちだ。
これでリリーの夢は潰えてしまった……
「よくやった。よくやったよリリー、お前は本当によくやった」
歓喜に湧く商会の姿を見せないように、俺は背中から彼女の目と耳を塞いでやった。
「こんな悪条件で、健闘したよ……スガワラさんにも見せたかったな、お前の勇姿を」
ふえええ……
そんなに泣くな、リリー。もらい泣きしてしまうじゃないか俺も。
ごめんな、お前の夢を叶えるために俺がいるのに。
俺はダメだ。現代でも異世界でも、結果を残せない半端野郎だ。
どうやってキミに謝ればいいのか分からない……
「して、オペランディよ」
「は、管領さま」
何か褒美でも貰えるのか? と上機嫌の顧問弁護士に、
「明日から通常業務に戻れる飛脚は、どの程度か?」
喜色満面だったオペランディが――一気に青ざめる!
「いや……それは……」
痛いところを突かれた、と顔に出てるよ、オペランディさん。
ケンタウロスは機械じゃない。過酷なレースで脱落した者も多数に及んだはず。怪我や疲労で、いつも通り走れない飛脚が続出じゃないか?
まさかのブーメラン!
「商会は帝都の流通を一手に担う、責任ある企業」と息巻いたオペランディ自身の言葉が、ブーメランとなって突き刺さる!
「この惨状では、呑気に勝ち誇る状況でもあるまい……この帝都を収める治世者としては、甚だ遺憾であるぞ」
社命を賭けた全力勝負を命じられた飛脚たち、エース級のケンタウロスは平然としていても、残る大半はグッタリと虫の息だ。特に最下層は見るからに消耗度が酷い。
「いささか無茶が過ぎたなオペランディ」
「は…………」
大権力者のシビアな指摘に、うなだれる顧問弁護士。
「そこで、このエウスカディの提案であるが――機能不全に陥った流通網を立て直すに、ケンタウロス商会、並びにリリエンタールのとらつくなる新型輸送馬車、ともに力を携え、尽力してはくれぬか?」
「えっ!?」
管領さん、それって……
「どうしたリリエンタールの。もはやあの新型馬車は動かぬか?」
「そんなことはありません!」
「フランチェスカ!」
俺たちの仲間も早馬でエーガスに到着した!
「運転席は派手にやられたようですが……すぐ直してみせますよ、この錬金術師フランチェスカ・フランケンシュタインにお任せあれ!」
「ここまで耐えた車体だ、ちょっとやそっとじゃ壊れませんて!」
一緒にやってきた刀鍛冶ルーシーも太鼓判だ。
「ところでリリエンタールの」
「はい?」
「先程なぜか下流のエニサギで堤防が派手に決壊したという報告を受けてな……原因不明の大洪水が突然上流から襲ってきた、と」
ギクッ! ギクギクッ!
思い当たるフシがありすぎて、笑顔が固まる俺とリリー。
こ、このダンディ為政者、どこまで知ってるんだ?
「堤の復旧ともなれば大量の資材を移送せなばならぬが……請け負ってくれるな? その方らの新型馬車で」
「も、もちろんでございます、管領さま! もう、格安で勉強させて頂きます!」
揉み手で機嫌をとる俺を、慌てて制止するフランチェスカ、
「おい竜哉、公共事業なんだから、もっと吹っ掛けろ! 税金なんだぞ? 為政者の懐は傷まないんだぞ? ここは取れるだけ毟り取っ……」
「うるさいフランチェスカ、欲をかくな! 困ってる人には奉仕するんだよ!」
ここは身銭を切るくらいでないと、俺の良心がどうにかなりそうだよ。
俺は悪役令嬢の傲慢さも拝金主義者の面の皮の厚さも、持ち合わせていないんだ!
「うむ。良きに計らえリリエンタールの」
これでリリーの夢もつながった! 実質的に、トラックの流通業参入が公認されたも同然だ!
「やったな!」
「やりましたわ!」
ガッチリと手を握り合い、頷き合う俺とリリー。
苦労した甲斐があった! この笑顔のために頑張ったんだから!
さっきまで泣き腫らしていたお嬢様、キリリと胸を張り、
「ようやくのぼりはじめたばかりだからな、このはてしなく遠い《とらつく》坂をよ!」
ドヤッ!
「……って仰るんでしょ、竜哉? こういう時」
「ま、それでいいや!」
ほんと、スガワラさんはこの純真無垢なお嬢に何を教えたのか?
今となっては知る由もないが……結果オーライってことにしておこう!
そんな、最終的にどっちが勝ったか分からないような空気の中で、
「春管領・エウスカルテル・エウスカディが命ずる――半壊した帝都の流通網を、皆の力で立て直すこと!」
十重二重に集ったエーガスの群衆を前に、帝都の最高権力者は高らかに宣言した。
これで第二章、終了です。
続きは、来週くらいには何とか……リリース開始したい……