2-15 雪崩込め! 勝利のゴールへ!
いやもうなんだか、シッチャカメッチャカになりつつある異世界トラック初号機の旅。
関係各所に多大な迷惑、憎まれっ子世に憚る?
果たしてリリーと竜哉、無事にゴールへ辿り着けるのか?
「ワルいわ! 超ワルいわ! 極悪同盟よ!」
運転席のリリーは超ハイテンションでトラックを疾走らせているが、俺は胃が痛い。
ある意味、【走る大災厄】と化してしまった異世界トラック。
図らずもやらかしてしまった、『アース・ウォーター(水害)&ファイアー(火事)』の始末を考えると、今すぐ火室へ身投げしたくなるほどの、自責の念に苛まれる。
いや、俺が詰め腹を切ったところで、(事態解決のためには)何の足しにもならないが。
それよりもう、ここまでして負けるんじゃ、何のために犠牲を払ったのか分からない。
大迷惑をかけまくってしまった人たちにも顔向けできない。
「もうこうなったら破れかぶれだ! 絶対に追いついてやるぞ!」
「そうよ竜哉! 卑怯なケンタウロスどもに吠え面をかかせて差し上げましょ!」
「おうよ! リリー!」
「シフトアップ! ギアアップ! カムヒア―! 大胆に!」
と、リリーは俺を急かすが……
「それは問屋も卸せないよリリー」
「もっと出せるはずでしょ? こんなトロトロ走ってたんじゃ、スガワラに笑われてしまうわ!」
分かる。気持ちは分かるがリリー。
「ムチを入れなさい! ハイヨー!」
でもな、現実を見ようや。
大河イマゴムの渡河で無理をしたツケは、確実に車体を蝕んでいる。
迂闊に出力を上げたら、いつ機関が致命傷を抱えてしまうか……正直、ヒヤヒヤしながらの出力調整である。
いくら運転手に煽られようと、機関士的は速度を抑えたい。
ドライバーはパッションを、エンジニアはロジカルにストラテジックに。
栄光は冷静と情熱の間にあるのだ。
それでなくとも、未だにトラックは、エキゾーストマフラー(という名の煙突)から火の粉をブハブハ吐き続けているのだ。
延焼する(荷運びレースには全く無関係の)道端の畑や家を見て心穏やかでいられるほど、俺は鉄面皮ではない。
だが――
「見えたわ! 竜哉!」
単眼鏡で進路を斥候していたリリーが叫ぶ!
「商会の最後尾?」
「ちがう! 両方!」
両方!
つまり俺たちが狙うケンタウロス商会の最後尾と……ゴール地点である副都エーガス、どちらも視界に捉えた、ってことか!
「やるしかないか……」
ここが胸突き八丁、踏ん張りどころの正念場!
本気で勝ちを狙うのなら、無理を承知でプッシュしなければいけないところだ。
「やるか……」
手元に残る火種を見つめながら呟く……
これを投入してしまったら、爆発的燃焼でボイラーに激しく負荷がかかる。
現状でも機関は一杯一杯なのに。動力部のいたるところから白煙が漏れているのに。入ってはいけない箇所に亀裂が生じているのは明白だ。
そこへ過大な圧力が加われば、破滅的な結末を招く可能性が非常に高い。
分かりきっているのだ、その危険性など。
しかし――
「やるなら!」
「「やらねば!!」」
これぞスガワラ氏の心意気よ!
たとえ倒れるにしても前のめり! ビビってブレーキ踏むくらいなら運否天賦、思いっ切りアクセル踏め! 床まで踏み抜けろ!
「いくぞ、リリー!」
惜しむことなく、俺は火室へ火種を放り込んだ! 手持ちの在庫を全部!
ノーグロードダンジョン名物の燃焼剤を!
燃焼時間は短いが、爆発的な業火を生み出すレアドロップを!
――ブフォン!!!!
一瞬のラグを伴って、衝撃が走る! ムチの入った駿馬の如く、トラックの全身が痺れた。
ブハッ! ブボボボ……ボファァッ!
蒸気と土煙が朦々と立ち込める中で、激しく散る火花!
こすれる金属と、クラックから吹き出す火炎と、激しい外向きの圧力が迸る!
「耐えろ! 耐えてくれ! 燃える男の赤いトラック!」
多大な犠牲を払ってここまで来たんだ! ここで終われない、終わりたくない!
応援してくれた仲間にも、手伝ってくれた仲間にも、華々しい『栄光』を持ち帰る!
「すすめぇええ!」
(頼む! リリーの夢を叶えてくれ!)
グワッ!
盛り上がるトルク! 鋼鉄の車軸を無理無理に押し付け、車輪は軋みを叫ぶ!
俺とリリーの願いが通じたか?
爆発的な燃焼がピストンへと伝わった! やがて猛烈な上下運動が始まる!
プホォォォォォォォォ!
蒸気機関の咆哮を伴って、トラックは前へ進んだ。力強く、車輪が回る!
「キタキタキタ―!」
ここまで我慢に我慢を重ねたポテンシャルを最大開放!
まさに【暴走トラック】の勢いで、副都への街道をひた走る!
「どけどけどけどけ―!」
もう先頭のケンタウロスはゴールに着いているだろう。運動能力の高いエリート飛脚たちは。
しかしこの勝負、『全ての荷を徴税倉庫まで届けた』方が勝ちだ!
商会は運び手全員がゴールしないといけないが、俺たちは俺たちだけでいい。なにせこのトラックは、全ての小麦袋を荷台に積んでいるのだから!
「轢くわよ、轢くわよー! どかないと轢くわよー! 道を開けなさい!」
稀代の暴れ牛を御するカウガール、リアンベルテ・リリー・リリエンタールの剣幕に、ヨレヨレのケンタウロスは抗う気力もない。白旗で道を譲り、道端でへたり込む。
その数、一人、二人、三人……ま、何人でもいい。一人でも追い抜けば俺たちの勝ちだ!
二、三人誤って轢いてしまったような気がしないでもないが、見なかったことにしよう。
(※悪役令嬢に感化されてしまった者の思考)
こうなれば、あとはケンタウロスではなく自分との戦い。
バコッ! バコン!
道の小さな段差を乗り越えるたび、前方から小さなフレームの部品が飛んでくる。
「保ってくれ! あと少しなんだ!」
それでも副都エーガス市街を囲む城壁門まで数百メートルもない。門を抜ければ徴税倉庫まではウイニングランだ。
「うぉー!」
――ラストスパート!
ボロボロになりながらも異世界トラック、街の門まで辿り着いた。ようやく! 遂に!
「よし! 勝った! 俺たちの勝ちだ!」
あとはもう、街中へ入れば、惰性だけでも辿り着ける!
ところがそこで…………
「竜哉!!!!」
「え?」
どうしようもない僕に天使が降りてきた。
突然、運転席のリリーが下へダイブしてきたのだ。
「リリー!?」
慌てて彼女を受け止めたが……どうしてさ?
「まだ勝利のセレブレーションには早すぎるぞ、リリー!」
ゴールはここじゃない。徴税倉庫までトラックを導くのが運転手の役目だろう?
「竜哉、頭! 引っ込めて!」
「えっ?」
小柄なリリー渾身の力で引っ張られ、僕ら二人は機関室の床へ倒れ込んだ――――すると、次の瞬間、
ドカーン!!!!
見上げると、そこにあったはずの天井が……
運転席ごと、天井が消えていた…………