1-3 異世界Uber Eats、「トラックを作れ!」とか言い出す
追いすがる吸血鬼は振り切ったものの……恩人のバイクを壊してしまった!
淡口達哉、恩人に迷惑かけっぱなしでは男が廃る!
ということで、異世界バイクを直すために向かった場所とは……
「おぉーい、フランチェスカ! ……フランチェスカ?」
街外れのジャンクヤード、廃材や壊れた機械類が、雑多に積み重ねられている施設が、彼女の工房だった。
彼女――フランチェスカ・フランケンシュタインは錬金術師を名乗る怪しい女だ。
いや、怪しいなんて言ったら失礼か。
なにせ俺は彼女に頭が上がらない。
いきなり異世界転生して右も左も分からなかった俺に、この世界の生き方と仮の宿りを与えてくれたのは彼女・フランチェスカ・フランケンシュタインなのだから。
つまり、このジャンクヤードは(この世界での)俺の住まいでもある。
無人島の掘っ立て小屋よりマシな程度だが、タダで住まわせてくれる彼女には感謝しかない。
だからこそ、彼女のために超危険な『火種』採りを志願したんだ。
「フランチェスカぁー? いないのか?」
勝手知ったる工房を探しても、彼女の姿は見当たらない。
「どこか出かけたのか?」
仕方がないのでお隣さんを訪ね、何か言付けでも残していないか訊いてみるが……
「知らないね」
無愛想に返されてしまった……
「参ったな……」
フランチェスカは怪しい錬金術師で、錬金術なんて使っているのを見たことがないが……
機械いじりは得意そうだったのに。
なにせ彼女の工房には、何の用途か全く分からない、謎の構造物が幾つも鎮座して……
「えうれかー!!!!」
なんだなんだ?
工房の方から珍妙な叫び声が聴こえた……
まさかあのお嬢様が、何かやらかしちゃいました?
工房内は、なんかよく分からん煙がプシュープシューと吹きまくっている。
怪我でもされたら、今度こそ顔向けができない――フランチェスカにも、あのリアンベルテと名乗るお嬢様にも。
「どうした!!!!」
全速力で工房に戻って、リリー嬢様の安否を確かめたら……
「竜哉! わたくし三国一の幸せ者よ!」
などと意味不明の供述をしており……
目をキラキラ輝かせながら、ガラクタだらけの工房を乱舞していた。
「幸せ者? どういうことだい、リリーさん?」
バレエダンサーのようにクルクル踊る彼女に尋ねてみれば、
「これ! これは圧力機関! 蒸気の出力装置よ!」
「あ? 言われてみれば……」
そういえば、どこかの科学館で見たことがあるような……
ボイラーで沸騰した水蒸気が巨大なピストンを駆動させている。造り酒屋の仕込み樽ほどもある巨大装置だが、駆動原理は蒸気の力っぽい。
「あーた、何を呆けてらっしゃる? これ世紀の大発明なのよ!」
そ、そうですか……?
巨大さといい、動きの単純さといい、遊園地のスイング系アトラクションくらいにしか応用できないような気もするが……
それよりも俺は魔法の存在の方がスゴいと思うけど……この世界では。
「わたくしの見立てでは、10気圧以上の高圧を実現できていらっしゃるわ! 素敵! これなら充分にえんじんに転用できましてよ!」
「え、エンジン?」
つまり何だ? お嬢様は蒸気機関車の駆動システムを探していらっしゃったと?
えー????
(ど、どういうこと?)
バーガーの存在も知らないような上流階級のお嬢が、蒸気機関車?
意味が分からないよ……
「――お目が高い!」
すかさず飛んでくる合いの手。
いつの間にか(自称)天才錬金術師が工房へ帰ってきていた。
「この錬金術師めの成果、そこまで見抜けるとは! 見事な慧眼! どこぞの名門大学で研鑽を積まれた才女ですか、レイディー?」
華麗なる夜会の王子様も斯くや? とでも言わんばかりに、跪いてリリーの甲にキスをするフランチェスカ。
(お前、女だろ……)
フランチェスカ・フランケンシュタインは女である。
しかしその、(女性の割には)高い背丈と、メリハリくっきりの男顔。芝居がかった所作とハリのある声量は、まるで宝塚の男役の色気だ。
とてもじゃないが怪しい錬金術師には見えないよ。
もしも僕らの世界に連れ帰ったら、芸能事務所がほっとかないレベルだ。
だからこそ胡散臭いのだが。
なんでそんな女がガラクタに囲まれながら錬金術師など名乗っているのか?
彼女の美貌からすれば、錬金術師よりは歌劇役者の方が似合う。
「よろしければレイディー、お名前を伺っても?」
「リアンベルテ。リアンベルテ・リリー・リリエンタール」
「おう! これはこれは! この帝都に名高きリリエンタール家の!」
「わたくしの方こそ、お目にかかれて光栄ですわ、ミス錬金術師。まさか、こんな素晴らしい才能が埋もれてたなど、世界の損失ですわ」
「光栄の極みにございますリリエンタール嬢。あなた様こそ真の理解者! この出会いを天上の神に感謝申し上げたい!」
思い余ってフランチェスカ、小柄なリリーをハグしてるし。自由すぎるぞ、この錬金術師!
「おいフランチェスカ、初対面の人だぞ?」
興奮状態の愛犬にステイステイ。ボクシングのレフェリーよろしく、間に入って引き剥がす。
大人なら節度を持って下さい、社会人の常識ですよ?
「失敬失敬……つい興奮してしまって……まさかこの蒸気試験装置の価値を分かってくれる人がいるとはね……」
よだれ! よだれ垂れてるよフランチェスカ!
ほんともうどうしようもないな、この人!
「すいませんリリーさん、こんなヤツですけど悪いヤツじゃないんですよ」
何をするのかよく分からないけど、こんなクソデカ装置を組み上げられるようなヤツなんです、こいつならバイクの修理くらいお手の物じゃないかと思うんです。
「ええ勿論よ! こんな見事なえんじんを組める人なら、出来るはずよ!」
「出来る?」
こんなクソデカ装置とバイクの修理とは、あんま関係性が……なくない?
「親愛なる天才錬金術師さま、わたしく、あーたにオーダーしてもよろしくて?」
「ええ、なんなりと。リリエンタール嬢」
「ならば、わたくしのためにとらつくを作って戴ける?」