2-13 絶望の川を渡れ!
重量級トラックでも渡れる橋が、ケンタウロス商会によって焼かれてしまった!
もはや、道を失ったリリーと竜哉。
果たして彼らに、事態を打開する策はあるのか?
「知っていて竜哉? 常に困難を跳ね除けて進むのがトラッカーというものよ!」
半分以上諦めかけていた俺に対し、
「妨害なんて受けて当たり前よ!」
リアンベルテ・リリー・リリエンタールは全然諦めていなかった。
「スガワラがとらつくを駆る時は、毎度毎度『ぽりこう』なる悪の組織に追い回されてたらしいわ!」
「…………」
「とっても危険な組織なんでしょう? 『ぽりこう』は。小さな縄張りだけではなくて、全国各地の道路を牛耳る極悪集団なのよね? そんな輩の妨害を受けても、決して屈することがないのがトラックの魂なんでしょ!」
「…………」
「スガワラは預かった荷物を必死に届けようとしているのに、ぽりこうは執拗に嫌がらせをしてくるんでしょ? ひどい! 寄ってたかって、集団で!」
そんな、北斗の拳かマッドマックスみたいな組織は、いたっけか? 現代日本に……
「スガワラも泣く泣く、何度も法外な通行税を支払わされた、って言ってたわ!」
それ、交通法規を遵守していれば、払わなくてもいい通行税だと思うよ、スガワラさん……
「だけどそれでも! スガワラは荷を届けたわ!」
「!」
「頼まれた約束は必ず守る! それがトラッカーの心意気でしょ?」
「リリー……」
キミはなんて、「理解ってる」んだ!
貴族のお嬢なら、金持ち喧嘩せず――卑怯な妨害をするような輩は相手にしない。
後日、しかるべき手段で社会的に抹殺するのが正しい貴族の振る舞いだ。
こんなチンケな勝負にこだわる必要など、ない。
だけど、トラッカーなら――粋でいなせなトラック野郎なら。
お洒落でシックなトラック娘ならば、
意地でも勝ちに行くのが男伊達ってもんでしょうが!(女子だけど)
「よっしゃリリー! 受け止めるぜ、お前の心意気!」
「竜哉!」
「こんなところで挫けてたまるか! 希望の未来へ行くぜ! レッツエンドゴー!」
「夜露死苦!」
まず状況を整理しよう。
・この重量級トラックの渡河可能な橋(アマヤラム橋)は、焼け落ちた。
・他にも、トラックが渡れそうな橋はあるが、相当に遠回りである。
・ケンタウロス商会は、徒歩ならば渡れそうな近くの吊り橋で、先回りを目論む
・大河イマゴムの川幅は数十メートル、深さは完全にトラックが水没するくらいはありそう。
・当然、水没したら、蒸気期間は止まる。
「何か……策は無いか……?」
ハーピーから貰った地図を広げ、何か見落としているものはないか? 鵜の目鷹の目で再確認していると……
「ん?」
「どうしたの? 竜哉?」
「このオックスフォードって街は……」
「川沿いの街ね。特に大きな橋は架かっていないはずだけど……」
「この辺、畑が広がっているな……平地なんだろうか?」
ハーピーの地図に等高線は記されていない。しかし、たくさんの生活に直結する情報が書き込まれていた。
「ここに比べて、随分と川幅が広いな……」
なだらかな地形……広い川幅……
「……ん? ここは……」
オックスフォードの対岸にある村、名前はカワゴエ……?
「ん! これはもしかして!」
「どうしたの竜哉?」
「ここは『渡し』があるポイントじゃないか?」
「渡し?」
「行ってみないかリリー! ダメ元で、ここへ!」
「でも竜哉! 渡し船でも無理よ! このトラックを運ぶのは!」
「確かに、な!」
鉄の塊であるトラックを運ぶには、相当な排水量の船が要るだろう。それは承知だ。
だけどそれでも、俺は一つの可能性に賭けた。
☆ ☆
「これは…………」
「やっぱりな」
川底が見える。
なだらかな平野に流れ込んだ大河は、広大な河原に幾筋もの小さな流れを作っていた。
しかも石の河原で、ぬかるむ泥湿地じゃない!
「どうして分かったの?」
「オックスフォードだよ、リリー。牛が渡れる『瀬』だからこそ、そういう地名になったんだ!」
そしてカワゴエといえば、『洗い越し』だ。
橋をかけずとも、徒歩で渡れる渡河ポイントだから「カワゴエ」なのだ。
「すごいわ竜哉! あーた天才ね!」
「お褒めに預かるのはまだ早いですよ、リアンベルテ・リリー・リリエンタール嬢。こっからが、この淡口竜哉の本領発揮よ!」
「ええい! 起きろ!」
大型観光バスでいうところのラゲッジスペース。そこに収められてた二メートル×五十センチ×五十センチ大の木箱を僕は蹴った。
「ぷぎゃー!」
中身は【保険】である。
錬金術師フランチェスカ・フランケンシュタインが編み出した、【吸血鬼に血を吸われた者は不死性を得るので、たとえ人を轢いても決して死なせない】という悪魔的発想の保険である。
一応、積んではみたものの、どうせ使わないだろうと思っていたのだが……
「ぷいいいいいいい!」
今、必要なのは、お前じゃない。どっか行ってよし。野生の吸血鬼などいつでも捕まえられる。
「これだ」
棺桶内で仮死状態の吸血鬼を腐敗から守るアイシクルポリン。これが必要だ。
☆
「よし……行くぞ、リリー!」
「任せたわ、竜哉!」
俺は一人タイタニック――古いベンツのボンネットエンブレムの位置に陣取る。
イキりヤンキーばりの危険な乗り方だが、俺は大真面目だ。
「任せてくれ……と胸を張れないのが、厳しいが……」
しかし、やるしかないのだ。倒れる時は前のめり、潔く散るのがトラック野郎の美学だ。
それがリリーの意思なのだから。
それを尊重するのが、俺の務めだ。
どんなに無謀で危険な賭けであっても。
「正直、一発勝負にしても危険すぎる……」
緊張で心臓が張り裂けそうだ。なにせ、この作戦の成否は全て俺に掛かっているのだから。
「行くわよ、竜哉!」
「おうよ!」
ジャリ――――
遂にトラックは、底が見える浅瀬に足を踏み出した。もはや後戻りはできない。
洗い越しとはいえ、川の中である。どう考えても足場は悪い。いつ回復不能のスタックに陥るのか分かったもんじゃない。
しかし、
「そりゃあ!」
石を巻いたアイシクルポリンを力いっぱい、前方へ放り投げる!
水流に流されないよう、なるべく葦の密生する方へ向かって。
「当たってくれよ! 南無三!」
そこへ俺は矢を放つ。
そう、あのトラック完成祝賀会でフランチェスカが教えてくれた【異世界現地民のビールの飲み方講座】の応用編だ。
さすがに川底が深い場所では強度不足のおそれも感じるが――ここは洗い越し、ある程度の強度は河原の石が補ってくれるはず! たぶん!
ガシッ!
不安定な河原を揺れながら進んでいたトラックが、氷を噛んだ!
まるで硬いアスファルトの上を走っているように安定してる!
「すごい!」
「イケる! イケるぞリリー!」
無謀に思えたアイディアでも、起死回生の妙案だった!
しかし、安心するのはまだ早い!
「こなくそ!」
また外した!
「竜哉!」
「次は当てる!」
バシュッ!
(やっと当たった!)
トラックが深みハマる、その寸前で水面が凍る。
ヒヤヒヤだ。
この強引渡河作戦、ネックは俺の弓の腕だ。
アイシクルポリンに矢が当たらないと、水面が凍らない=トラックがスタックする確率が跳ね上がるのだ。
そもそも、こんな無茶な渡り方をする予定は全く無かったワケで……アイシクルポリンの数も、矢の残数も限られている。あくまで、野良吸血鬼の保冷と、山賊との交戦を想定した「念のため」装備でしかないのだ。
なので、
「外せない!」
俺は那須与一並みの集中を維持しなくてはならない! 川を渡りきるまで。
実はポリンは中型モブなので、ギチギチ棺桶から出せば、それ相応に(的として)膨らむが……
問題は、やはり俺の腕だ。
この異世界へ喚ばれてから、付け焼き刃で覚えた弓のスキルに全て掛かっている。
「くっ!」
「畜生!」
ハズレ! ハズレ! ハズレ!
野球なら完全にストライクバッターアウトでも、諦めちゃダメだ!
ここは確実に氷を張らないと、トラックが沈没する!
この『瀬』に船を通すため、意図的に浚渫された箇所が最後の難関だ!
ここさえ! ここさえ突破できれば!
しかし、浚渫箇所なので、ポリンが逗まってくれる葦も少ない。
あっ、流れていく! 貴重なアイシクルポリンが!
「ガッデム!」
ここで当てないと、トラックが深みにハマる! 動けなくなってしまう!
(失敗はできない!)
高鳴る心臓。
あの娘、僕がロングショット決めたらどんな顔するだろう?
青春でワン・ツー・スリージャンプ!
「バスタード!」
渾身の集中力では放った矢は――――アイシクルポリンのギリギリをかすめた。
そして、
パンッ!!!!
激しい破裂音と共に、厚い氷が川面を覆った!
「リリー!」
「最大船速!!!!」
応答性に劣る蒸気機関でも、精一杯のフルアクセルで最後の関門へ殺到する!
「いっけええええ!」
ここが勝負だ!
出来るだけセーブしていたアイシクルポリンを、出し惜しみせず前方へ放り投げ、矢も滅多打ち!
絶対に川底へ落ちないだけの強固な氷の地盤を作り上げた!
最大の難所を抜け、バッカンバッカンと川原の石を吹き飛ばしながら進むトラック!
もう少し、もう少しだ!
この小さなぬかるみを越えれば川岸へと上がれる…………と思ったのに、
「あっ!」
背中の矢筒をまさぐっても、
「在庫切れ!」
遂に矢が尽きた!
「こうなったら!」
うおおおおおおおお!
トラックから降りて洗い越しを走った俺は――川原の石を持ち上げて、最後のポリンに向けて投げつけた。
バリバリバリバリ!
至近距離でのアイシクルポリンの破裂。
結局、俺は逃げ切れず――氷像として固まってしまった。