2-11 掴んだぞ! ケンタウロスの尻尾!
地元のハーピーから教えてもらったショートカットで、一気にケンタウロス商会に追いつこう! と画策したのも束の間、
ここぞとばかりに待ち構えていた商会に、投石される始末!
行くも地獄、止まるも地獄の絶体絶命に、強引な正面突破を選んだリリーと竜哉だったが……
「よっしゃぁー!」
振り返れば、切り通しの上で地団駄を踏んでいるケンタウロスたちが遠くなる。
俺とリリーの「前のめり仏恥義理作戦」は見事、奴らの罠を振り切った!
いや……作戦と言えるほどの作戦でもなかったが。
『事を成すとも成せずとも、美しく散るが華』
スガワラ氏から受け継いだトラック野郎の心意気で、成し遂げた。
「やりましたわ竜哉!」
運転席のリリーもご満悦だ。
「おうよ!」
――ガンッ!
「痛え!」
油断していた後頭部に、トラックの部品が飛んできた。
身構えながら車体(機関部)を振り返ると――
「うわぁ…………」
激しい落石の修羅場をブッ飛ばしてきた痕が、生々しく車体に刻まれていた。
かろうじてボイラーの爆散という最悪の事態は免れたが……
フレームは歪み、一部が崩落し、ボイラーにも細かい亀裂が多数見受けられる。
全力以上の猛ダッシュ【仏恥義理】緊急回避措置の痛手は大きかった。
これではもう、再度のマリオカートダッシュは使えない。
次こそは、間違いなくボイラーが吹っ飛ぶことになるだろう。その可能性が相当に高い。
これはTVのバラエティ企画じゃない。
事故ったりすれば、俺だってリリーだって無事じゃ済まないんだ。
じゃあ俺の判断は間違っていた……?
さっきの切り通しの罠は、リタイア覚悟でも止めるべきだった?
そっちが正解だった?
「遠く~遠く~離れていても~ キミへ送るよ、なぐり書き~
東京タワーまで~続いてく道~
せつなくてせつなくて、胸が痛いんだ~
曲路でも~旅の終わりまで~ お前と道連れよ~」
村落オザラクを抜けて郊外の道へ入ると――リリーはリュートっぽい異世界弦楽器を持ち出して奏で始めた。
この世界の人間には、あまりに珍しい――
現代人の俺の耳には、ひどく懐かしい――
そんなメロディを即興で紡ぐ。
スガワラさんが望郷の念を込めて、唄っていた歌の断片なんだろうな。たぶん。
「ねぇ、竜哉」
「ん?」
「…………わたくし理解できたわ」
「リリー……?」
「お父様やお母様は、わたくしがねだれば何でも買い与えてくだすったけれど……ついぞ、私が最も焦がれたものは与えてくれませんでしたの」
「最も焦がれたもの?」
「物心ついた頃には、わたくしが自分の意思で出来ることなど、何もございませんでしたわ。何を着て何を食べてどんな遊びや勉学教養に励むのか? 教師も友人も既に用意されて、決められた予定通りに過ぎゆく毎日……なりたい自分ではなく、なるべくしてなる自分に仕立てられていく」
「…………」
「あの頃のわたくしは、それが正常なのか異常なのか? 判断することさえ出来ませんでしたわ」
「…………」
「でも、スガワラに会って初めて分かったのです。普段は驚くほど口数少ないスガワラが、人知れず夕陽に向かって慟哭する様で理解したのです。漫然と抱いていた違和感の正体が」
雁字搦めの生活を送ってきたお嬢さまが抱いた【漠然とした違和感】、
それを言語化してくれたのがスガワラさんだったのか。
貴族の所有物として「買われた」彼の諦め――――それでも諦めきれなかった、望郷の思い。
自由への渇望。
その慟哭に、リリーは違和感の正体を見たんだ。
「なんて清々しいのかしら……まとわりついていた枷から解き放たれたような気持ちよさ……」
「…………」
「これが『御意見無用』なのね……」
どうもリリー、日本語の理解が若干歪んでいるような気もするが……
「そうだな」
敢えて俺は、そんな重箱は突かない。
だって、トラック野郎の自由とは、そういうものだよ、俯瞰してみれば。
配達の期日を守りさえすれば、どんな時間、どんな道を走ろうがドライバーの勝手だ。どこで休憩して、どんな景色を見ながら走ろうと、自由だ。風の吹くまま気の向くまま、風来坊。
このトラックを飛ばしている限り、彼女は自由だ。御意見無用だ。
リリー・リリエンタール。
旅する人よ、自由であれ。
運転席のリリーは、トラック野郎の解放感を満喫していればいい。
「それよりも、だ」
俺はとにかく、無事にこの車を走り続けさせなければ。
ブシャー! とかバキン! とか妙な異音が聞こえるが、聞こえなかったことには出来ないよ。
このトラックは白鳥だ。
水面上は優雅に美しく、水面下では必死に水を掻く生き物だ。
(俺がリリーの旅を支えねば! そのために俺はここにいるんだ!)
計器類とにらめっこしながら、蒸気機関の動作に神経を尖らせていたところ……
「竜哉!」
「なんだ?」
「見えたわ!」
何キロも続く真っ直ぐな道。街と街とを結ぶ街道は、とにかく見晴らしがいい。
「まさか!」
「そのまさかよ!」
思わず身を乗り出して、側面から前方を眺めれば……
「マジか!」
遠く遠く、次の次の丘のテッペンあたりに、うごめく影が見えた。
しかも逆光のシルエットは――四つ脚!
二つの大きな袋を背負っているように見える!
「追いついた! 商会に!」
遂に俺たち捉えたぞ! ケンタウロスの尻尾に噛みついた!
『芸のためなら、脛齧り~ それがどうした? 俺たちゃニート~
たとえ一間の部屋でいい~ 嫁のフィギュアの部屋が要る~
箱根~、箱根八里は天下の険
セナとプロスト、唐獅子牡丹~』
ここぞとばかりの爆音で、蓄音機フルパワー!
歌姫ダイアン・レインズフォードのレコードが丘陵に木霊する!
そこのけそこのけトラックが通る、死にたくないなら道を退け!
「ひっ!」
その勢いに心を折られたのか?
最後尾を走るケンタウロスは道の脇へ逃れ、しかも青色吐息でへたばってしまっている。
さすがの強行軍、体力が有り余る精鋭なら耐えられても、能力に劣るケンタウロスたちは限界が近いようだ。
ダメージを負ったトラックは自転車程度の速度でも、そこは生物と機械。明白な違いがある。
ハードワークでは疲労が蓄積する生物と、燃料と水さえあれば淡々と動き続ける機械。
一定以上の負荷と稼働時間は、その現実を見事に証明していた。
「この調子なら!」
体力が限界に近づいた能力下位のケンタウロスよりは、確実に、先にゴールできる!
「見えた! 見えたぞ勝機が!」
「とらつくは不眠不休のモンスターよ! 生き物を越える革命機よ!」
バテバテの市民ランナーを追い抜いていくオリンピアンの勢いで、走り抜ける異世界トラック。
うおォン、俺はまるで人間機関車ザトペックだ。
オザラクの集落も突破し、いよいよ副都エーガスとの行政境界も間近。つまりもう残りは三分の一程度ってことだ。
勝ち筋は、見えた!
しかし、こういう時こそ「好事魔多し」だ。勝鬨の慢心を抑え、慎重に距離を稼いでいると……
「あれっ?」
なんだか赤い……空が赤い……
「火事か? 何が焼けているんだ? もう街は抜けたのに?」
「竜哉!」
運転席から双眼鏡で進路を確かめたリリーが叫ぶ!
「大変よ! 緊急事態だわ!」