2-9 卑怯だぞ! ケンタウロスの罠!
また一つ、粋なトラッカーへの階段を登ったリリー。
……登ったか?(竜哉談)
とにかく補給はバッチリ、道路の情報も得て、前途が開けた異世界トラック、
爆走でケンタウロスに追いつけるのか?
「意外と、いいヤツらだったな……」
最初は圧倒的アウェイ感で心が折れかけたのに、街を出るころにはマブダチ扱いだよ。
「陸はよ~、陸はよ~、陸の王者はよ~」
とか謎の鼻歌でゴキゲンな彼女のお陰だ。
リアンベルテ・リリー・リリエンタール。
人間を激しく毛嫌いするハーピー相手でも、臆することなく懐に飛び込んで信頼を勝ち取る。なかなか出来ないよ、そういう距離の縮め方。
まずは手探りで、おっかなびっくり行くもんだろう、そういう危険な相手には。
なのにこの名門貴族のお嬢様、怖いもの知らずで向かってく。
敵わないな、リリーには。
でも、そんなリリーだからこそ、本当に危ない時は俺が守ってやらないといけない。
万が一の場合は、この身を挺しても。
どうせ異世界で拾われた命だ――惜しくはない。
彼女にどうしても叶えたい夢があるのなら、それに預けるのもいい。
それで少しでも、俺の罪滅ぼしになるのなら。
「リリー! 次の三叉路、面舵を採ってくれ!」
「どうして竜哉? あちらは山の方ではなくて? 急斜面は避けていく方針ではなくて?」
「ハーピーの地図だと、地元民にはお馴染みの切り通しがあるらしいんだよ」
「切り通し!」
「そこは高低差も少ないし、地盤もしっかりしてる道らしい」
「あら!」
「しかもしかもだ、目的地までショートカットできる!」
「素敵よ竜哉!」
「おもぉーかじぃー!」
なんかよく分からん猛獣柄のハンドルをグルンと回せば、トラックは山を目指す。
遠目では、行く手を塞ぐ山塊が出張ってきているように見えるが、
ハーピー(地元民)の注釈入り地図に従ってと……
「「おー!」」
あった! 本当にあった! ショートカットの切り通しが!
「「いぇーい」」
天井(運転席)のリリーと、上から下からハイタッチ!
まさかこんなルートがあるなんて!
「これで追いつけるんじゃないかしら? ケンタウロスどもに!」
「いやいやリリー、油断は禁物だ」
なにせこのトラック初号機は試運転同然の機体なのだ。無理をしたら、いつ、どこで不具合が発生するのか知れたもんじゃない。
なので「勝負!」の場面までは、マージンを多めに採らないと。
「ステイ! ステイだよリリー!」
「えー?」
「いいかいリリー? 悪役には、人知れず雌伏するターンが必要なんだよ。怪しい気配を気取られずに『ここぞ!』という場面で出し抜く! そこが悪の華さ! いかに痛快に期待を裏切れるか、それが悪の醍醐味さ!」
こうでも言っておかないと、ハーピーの街で傾奇者衣装を手に入れたリリーは、グイグイとアクセルを踏んじゃうからね……多少の方便は許してくれスガワラさん。
「一理ある! さすがスガワラと同じ国から来た異邦人ね! レペゼントキオ!」
あくまで俺はリリーの夢を実現させるためにトラックに乗ってるんだ。
見せ場もないままリタイアなんて、させてたまるか。
「よーし、慎重に、ゆっくりとな~」
地元民がよく利用する切り通しとはいえ、平野の幹線路と比べたら路面は荒れている。
できる限り余計なトラブルを拾わないように。
特に落石など遭っては台無しだ。
落石……?
コロコロ……
何か嫌な予感がする、妙な予兆を伴った小石の崩落……
土砂崩れを誘発するような雨など、最近降った形跡もないのに。
カラカラ、カラカラ……
おかしい。不自然だ。なんだこれ?
「…………はっ!!!!」
虫の知らせで、崖上を見上げると……大きい! 当たったら即死級の【岩】が降ってくる!
「踏み込めリリー!」
いくら頑丈なトラック初号機であっても、あんな岩に直撃したらタダじゃ済まない!
一発で走行不能に陥る可能性もある!
「来たわね! トラック野郎の見せ場ね!」
待ってましたとばかりにアクセルを踏むリリー!
しかし、 ト ラ ッ ク は 急 に は 進 め な い 。
何故か?
それはこの異世界トラック初号機が蒸気機関で動いているからだ。操縦の反応応答性は、本物のトラック(内燃機関)には及ぶべくもない。
だけどそれでも進むしかない!
留まっていたら、この切り通しで立ち往生が必定。
だからリリー! 進むしかないんだ!
ガン! ガンガンガン!
降って来る岩がトラックの車体へ当たりまくる!
「くそ! どうなってるんだ!」
決死の思いで石炭をくべまくってるのに、落石地帯を抜けられないっておかしくないか?
「――竜哉、上!」
「あっ」
切り通しの崖上に人影が! いや、人よりも雄大な馬格の者たちがズラッと並んで、上から石を落としているじゃないか!
この崩落は、人(馬)為的な嫌がらせか!
「汚いぞ! ケンタウロス商会!」
トラックから身を乗り出し抗議するも、
「うるせーバーカ! 罠に引っかかる方が悪いんだよ! ハッハッハッハッ!」
「そぉれ落とせ、落とせ!」
「ここがポンコツの墓場だッ!」
火に油だ!
「クソっ、こんなところでやられてたまるか!」
(こうなったら……やりたくなかったが……)
最後の最後まで温存しておこうと思っていた【火種】を握りしめる。
そう、あのノーグロード火山でドロップするレアアイテムである。
これを炉にブチ込めば、爆発的燃焼を引き起こし、石炭を遥かに凌駕する加速力を生み出せる。
しかし反面、炉の強度がどこまで保つか、俺たちは一度も実証したことがない。
ぶっつけ本番で使うべきアイテムじゃないと分かっている。
(でも……このままではジリ貧だ)
直撃を運よく避けても、行く手を岩で埋められたら、そこを乗り越えていく能力は、このトラックにはない。
「やりましょう、竜哉!」
「リリー!」
「立ち止まるなんてとらつくらしくない! 壊れるにしても、走って、走って、走りきった先で潔く散る! それがトラッカーの心意気でしょ?」
「そう、かもしれない!」
俺はトラック野郎じゃないけど、正しいと思う。
美学を貫くのなら、滅びを恐れるな。浅ましく生き残るくらいなら、美しく散れ。
「やるか、リリー!」
「やらいでか!」
なんて晴れやかな笑顔だよ、リリー!
たとえ不運と踊っちまっても、後悔なんてしない目だ!
「よし!」
やってやる! 覚悟は決めた!
「そうよ竜哉! 仏恥義理よ、仏恥義理!」
「は?」
「竜哉の世界では、そういうんでしょ? 仏恥義理よぉー!」