2-8 異世界トラッカーに足りないもの
荷運び対決の途中、ハーピーの街へ立ち寄ったものの……
住民はトラックに対して、あまりにも非好意的。
物資の補給すら、ままならない有り様に、頭を抱える竜哉。
そんな中、勝手に持ち場を離れたリリーが向かった先とは……?
「素敵! 素敵だわ!」
「まったく……人の気も知らないで、フラフラ出歩きやがって……」
リアンベルテ・リリー・リリエンタールの名前は知らなくても、服の仕立てを見ただけで、この子は資産家のお嬢だって察しがつくのに。
誘拐されたらどうすんだ、全く……
それでなくとも俺たちは歓迎されていないんだぞ? この街では。
理由は知らんが、買い物一つ満足に出来ないほど毛嫌いされている。
何かの拍子に悪意のタガが外れたら、トラックを捨てて逃げなくちゃいけなくなるぞ?
「リリー!」
分かってんのか! 悪役令嬢!
荷運び対決以前のアクシデントで一発退場したいのかよ?
「見て竜哉!」
「はぁ?」
彼女はハーピーたちの溜まり場で大興奮だった。
ここは何だ?
様々な道具や資材が積まれている、倉庫みたいなところだ。
いくつか見覚えのある道具もあるな……これは大工とか鳶職の倉庫兼作業場じゃない?
「竜哉! わたくし分かったわ!」
「分かった? 何が?」
「わたくしたち【冬騎王】に足りないものよ!」
「足りないもの……?」
「思い出してみて竜哉! わたくしたちが出発する時、アタガメイの民は、どのような眼でとらつくを眺めてきたかしら?」
「そうだなぁ……貴族のお嬢が気まぐれで珍妙なことをやり始めたぞ? みたいな目?」
だって知らないんだから、トラックという【概念】が存在しないんだから、この世界には。
無理もない話だ。
どう反応すべきかも分からないだろうよ。
たとえるなら俺たち現代人が「これがUFOです」と謎の鉄塊を見せられたような感覚ではなかろうか?
「わたくしたちにはハッタリが足りなかったのよ! 外連味が必要だったのよ!」
「は?」
「ひと目見て『気合入ってんな!』とか『何だか分からないけど格好いい!』と思わせる、演出が足りなかったのよ――わたくしたち自身に! 自己表現が甘かったの!」
そ、そうなのか…………そうなんだろうか?
相槌も打てないまま、口ごもっていると、
「あぁ? ナ~ニ、勝手なこと言い腐ってんじゃ、殺すぞシャバ僧が!」
勝手に盛り上がるリリーに対し、いよいよ鶏冠にきたぜ、とでも言わんばかりに、ハーピー職人集団の若頭が睨んできた。
身長二メートルを越える立派な体躯と、それ以上に巨大な両翼。
近くで凄まれると、ケンタウロス並みにすごい迫力だ……
「だいたい俺たちハーピーはお前ら人間が大嫌いなんじゃい!」
そうだそうだ!
堰を切ったように感情が溢れ出す。
「何かにつけて俺たちを下に見て、蔑んできやがる! 小狡い知恵を働かせて、俺たち職人から散々搾取ばかり! 俺たちはニンゲンほどズルい生き物を知らない! 常に、俺たちの職人の足元を見て仕事を振ってくる!」
鬱屈した感情の代弁者である若頭、リリーを指差し、
「特に、貴族とかいうお高くとまった奴らは大嫌いじゃ!」
この世界の異種差別事情は知らないが、彼らが相当に昏い感情を抱えているのは分かった。
「わたくしは好きよ!」
「ハァ????」
しかしリリーは一歩も引き下がらなかった。
「あーた……素晴らしいわ……」
若頭の作業服を掴んだリリー、
「この服を戴きたいわ! 上から下まで一式全部! 最高に気に入ったのよ!」
とか懇願し始めた。
「この服と交換でいかがかしら?」
と自分の決闘用貴族服まで脱ぎ始める始末!
「おめぇマジかよ……」
「わたくし本気よ、この美しさこそ、わたくしたちに足りなかったものなのだから」
「美しいだと……!?」
それを手に入れるためなら、自分の持ち物など惜しくない、とばかりに、身に着けているものを次々に脱ぎ捨てていくリリー。
その勢いには、俺もハーピーたちも仰天だ。
正直、貴族の服なら、この作業場のハーピー全員の作業服を買ってもお釣りが来るだろう。
しかしリリーは躊躇うことなく、交換を申し出た。
「いかがかしら?」
その、あまりにも釣り合っていない等価交換に対して……
「ダメだ…………」
だが、それを若頭は拒否する。
「どうして! まだ対価が不足かしら?」
「カネの問題じゃねぇんだよ、貴族サマ! 服を着ろ! ついてこい!」
☆
「うわぁ……」
そこで俺とリリーが案内されたのは……その筋の人御用達の専門店だった。
「俺のサイズじゃブカブカだろうが、貴族サマ」
「若頭……」
「おい店主、コイツのを見立ててくれや! 一番いいのを持って来い!」
「ええ……人間に、ですか?」
「うるせぇ! 俺がやれってんだからやれや! 店ェ、潰すぞ!」
☆
若頭に恫喝された店主だったが、そこはそれ、職人なので。ちゃんと(ハーピーから見れば)子供サイズの【特注作業着】を誂えてくれた。
作業着か……?
基本は防水の黒スーツだが、装飾としてメタルの鋲が、これでもか! ってくらい散りばめられている。黒光りするブーツは高下駄みたいな厚底で、謎のヒラヒラとか謎のレースの手袋とか、独特な世界観のアクセサリが惜しげもなく……
しかしなんだこの威圧感……赤と黒のエクスタシーって感じだ……
「そして、コイツだ」
隈取りのような独特なメイクを施し、更に若頭、自分の頭に刺さっていた紅色の羽根をリリーにかぶせた。
「よろしいの?」
「餞だ、新しい仲間のよ」
その羽根、怒髪天を衝く、を地で行く派手な髪飾りで……
か、歌舞いている……傾奇者だ、これ傾奇者の格好だよ、リリー!
「どう、竜哉! これで舐められないわ! 御意見無用よ! 夜・露・死・苦よ!」
「た、確かに……」
これなら「貴族の道楽」とは侮られないな。どこへ行っても刮目されるぞ。
(しかし、これ……)
確かに(俺たちの世界の)アウトローのスタイルだが、トラック野郎の格好ではないよな……
スガワラ氏の美学とは、明らかに違う……たぶん彼が見たら苦笑いだろうな。
でも……
「悪役度が増したわ! わたくし漲ってるわ!」
リリーが満足なら、それはそれでいいか……
☆
「お前、見どころがあるな!」
「人間にしては、いいセンスしてるぜ!」
傾奇者ルックでトラックへ戻ると、ハーピーたちの好感度が豹変している。
「炭が足りないのか、持っていってくれや」
必要物資まで続々と集まってくる始末。
「こんなに変わるもの……?」
目を疑うほどの変貌に、
「俺たちハーピーは、ずっと蔑まれてきた種族だからナ……」
若頭がポツリと漏らした。
「この衣装も、この化粧も、俺らを差別してきた奴らへの抵抗の証なんだヨ」
そうだったのか……
☆
「頑張れよ、ダチ公! 初めてのニンゲンの友よ!」
「もちろんですわ!」
「これが、この先の地図だ。高低差や、道の状況も書いてある。オザラクの経由の方が湿地は少ないだろう」
「ありがたい! 助かる!」
到着時とは全く異なる歓迎ぶりで、俺たちはハーピーの職人街アマダッカを後にした。