2-7 炭がねぇ! 水もねぇ! 悪役令嬢ぐーるぐる!
ケンタウロス商会との荷運び対決、
なんとか荷を全部積み込み、出発に漕ぎ着けた異世界トラック、
しかし、前途洋々とは、なかなかいかないようで……
よっさほいさ、よっさほいさ。
せっせと火室へ石炭を放り込み、炉を加熱する俺、淡口達哉(機関助士)。
するとそれにつれ、トラックの速度も順調に上がっていった。
帝都アタガメイの街中では、子供たちの駆け足にも追いつかれるほどだったが、
街を囲む城壁を超える頃には馬を超える速度に達していた。
「こりゃ速い!」
走り始めるまでは手間だが、一旦、巡航に入れば相当にいい感じだぞ!
「この調子なら商会に追いつけるかも?」
そうだ。最後尾に追いつくだけでいい。
このルールならば。
管領エウスカルテルの勝利条件は【全ての小麦袋を副都エーガスの徴税倉庫まで届ける】だ。
序盤、ケンタウロス商会は人海戦術で俺たちをリードしている。
しかし、荷は運送役のケンタウロスがそれぞれ所持しているため、ペースについていけない落伍ケンタウロスが足を引っ張ることも予想される。
速いケンタウロスを追い越す必要はない。
遅いケンタウロスに追いついて、そいつをパスすれば俺たちの勝ちだ。
なにせこのトラックは、一台で全ての荷を運んでいるのだから。
圧倒的な積載能力を武器に勝ちを拾う――それがフランチェスカの策だった。
「アクセルを踏みすぎるなよ、リリー! あくまで巡航で行こう!」
そうすればボイラーや駆動部品にも負担が少ない。商会全員を抜く必要などないのだ。
「ダメよ、竜哉!」
「ダメ? なにが?」
「警告が出ているわ!」
☆
「ううむ……」
俺たちにとってこれは処女航海=試運転なので、トラブルは想定外の範囲内なのだが……
「予想外に給水ポイントが近いな……」
リリーが求めた積載量を実現するため、荷台を大きく取ったのが裏目に出た。
その分、石炭と水をストックしておくスペースが足りてない。
荷台を犠牲にしてでも、機関を駆動する物資のスペースは確保しておかないと……航続距離を伸ばせず、トラックの利点を活かせない。
「まさか石炭と水がネックになるとは……」
これも試験走行を行えなかったツケだ。
一度、距離を走れば、すぐに分かった改善点だろうに。
しかし……もはや、そんなことを言ってる場合ではないのだ。
「水と石炭を補充できる街を目指そう! リリー!」
「了解よ!」
この世界、ガソリンスタンドも石炭スタンドも存在しない。
草を食べれば腹を満たせる馬とは違うのだ。ケンタウロスが草食か雑食かは知らないが。
しかも懸案は補給だけではない。
この先、道は分岐して、ウーラン方面とオザラク方面、どちらかを経由するのだが……
どちらにせよ大河イマゴムへ向かうので、湿地の危険がある。
湿地はヤバい。
なにしろこの図体だ、もしトラックがスタックしたら脱出不能、そこでゲームオーバーとなる。
かといって、ただ川から離れるのも得策とはいえない。
傾斜地に紛れ込んでしまえば、そこで進めなくなる可能性だってあるのだ。
このトラックの登坂能力は、まだ未知数なのだ。
「悪路」「上り坂」……いずれにせよ、ぶっつけ本番ではリスクが高すぎる。
「頭が痛い……」
せめて一度でも試走できてれば……ここまで頭を悩ますこともなかったんだが……
「こうなったら近隣の町で聞き込みするしかないな。地元の情報が最も確実だろうし」
「竜哉! 街が見えたわ!」
上の運転席でリリーが叫ぶ。
「よし、そこで補給しよう!」
☆
「職人町アマダッカか……」
通りには鍛冶屋、靴屋、家具屋、大工と、それらの資材を調達するための店が軒を連ねていた。
そして、行き交う住民は亜人種が多く、特にハーピーが目立っている。
無駄に住民を刺激しないように、ゆっくりと街へ滑り込んだのだが……
「なんだこのアウェイ感……?」
少なくとも出発地、帝都アタガメイでは「ああ、貴族のお遊びかい?」的な苦笑いされたことはあっても、こんなにも明け透けな敵意を向けられたことはなかった。
何がそんなに気に食わないんだ?
訝しく思いながらも、とりあえず目的を果たすべく、街の燃料店を訪れ、
「あー主人、石炭を譲ってくれないか。あるだけ全部くれ」
「……あんた、あの貴族の関係者かい?」
「そうだけど……それが何か?」
「…………」
「主人?」
極めて無愛想なハーピーは、ササッっとペンを走らせ、請求書を俺に投げつけてきた。
「は???? ――――高!」
なんだこの金額?
ゼロの数が二つくらい余計じゃないのか? 帝都の相場に比べて!
いくら余所者相手だからって、こりゃないぜ!
「嫌なら買わなくていいんだよ?」
「ぐぬぬ……」
あまりにもフザケた値付けに怒り心頭……でも今はケンタウロス商会との「負けられない戦い」の最中だ。
くそっ、足元見やがって!
正直、リリエンタール家の財力なら、この程度の金額は屁でもないんだろうけど……
でも俺の金じゃないし。
リリーの許可を得るべく、トラックへ戻ったのだが……
「あれ?」
いない。
トラックの運転席は蛻の殻だった。
「どこ行った? 厠か? …………はっ!」
まさか……誘拐!?
この街で感じた「敵意」の正体は、貴族に対する憎悪だったのか?
それとも貴人に対する誘拐ビジネスの機会を虎視眈々と狙っていた?
いずれにせよ、リリーの身が危ない!
「リリー!」
まだ遠くには行っていないはずだ。
「リリー! どこだ! 返事しろ!」
大通りから狭い路地まで、必死に彼女を探し回ったが……
「…………あっ!」
リリーの姿は意外な場所にあった。