1-2 異世界Uber Eatsは、お嬢様?
吸血鬼に襲われかけた転生人・竜哉。
彼の窮地を救ってくれた異世界Uber Eatsの正体とは?
「よっしゃー!!!!」
吸血鬼の牙が後頭部の髪の毛を掠めた――それくらいのタイミングで、俺たちの異世界スーパーカブは街の門へ雪崩込んだ!
「ぷぎゃあああああああ!!!!」
ただ一心不乱に「ご馳走」だけを追いかけ続けた吸血鬼は、まるで、見えないガラスにぶつかったように墜落した。
街の門には、強力な魔封じ結界が施されているので、魔物は入れない。
俺たちの勝ちだ!
「あっぶね……」
マジでギリギリだったわ。
あの時、思い切ってエンジン内へ『火種』をブチ込んでいなかったらヤバかった。
コウモリに追いつかれた末に、悪夢のChoo Choo TRAINだったかもしれない。
軽く冷や汗をかきながら首筋を撫でると……
バホッ!
跨っているバイクから、盛大な異音がした!
「マズい!」
俺は咄嗟に異世界Uber Eats少女を抱え、全速力でダッシュした!
バホゥッ! ブホッ! ……ズガーン!!!!
彼女を抱え込むように蹲り、爆発音をやり過ごすと……
「あー…………」
案の定、異世界スーパーカブは大破の憂き目に。
マフラーとエンジンが派手に逝ってしまわれている。車両の心臓部が見るも無残に捲れ上がっている。
当然だ。
ノーグロード産の『火種』は、極上の可燃促進剤。想定を遥かに超える瞬間火力を浴びせつけられては、破砕も致し方ない。鋳造技術が拙ければ、圧力限界も簡単に突破する。
「何と言ったらいいか……申し訳ない……」
窮地を救ってくれた恩人のバイクをお釈迦にしてしまった……俺のせいだ。
「それに荷物も……」
俺を助けるために、配膳途中のリュックまで山中に投げ捨ててきてしまったんだ、彼女は。
「気に病む必要などなくってよ? 保険で賄えるもの」
捨てた荷は保険で弁済できるかもしれないが、
「だけどバイクは……」
大事な商売道具がこの有り様では……
「そうだ、錬金術師に修理して貰おう! 俺が頼んでみるから! な? そうしようぜ!」
助けてもらったくせに、何も恩を返せないんじゃ俺の気が済まないよ。
「なぁ、そうしよう! 俺が案内するから!」
と、半ば強引に壊れたバイクを押し始めた。
☆
「そういえばキミ、名前は?」
「リアンベリテ」
そっけなく応える彼女は相当に目線が低かった。
だけど、立ち居振る舞いは毅然としていて、受け答えも大人びている。
年齢不詳だ。
ローティーンにも見えるし、成人済みの女性にも見える。
「俺は淡口竜哉! よろしくな」
いったい何歳なんだ、この子は? 女性に歳を尋ねるのは憚られるが……
「リアンベリテは配達の仕事してる人なの?」
「リリーでよろしくてよ、異邦の人。わたくし、飛脚の用向きは、お仕事ではなくってよ」
「え?」
仕事じゃない?
仕事じゃないのに配達の仕事してる?
じゃあ何なのよ? CM撮影でもやってんのか? 進化する宅急便か?
「糧を得るための生業ではないのよ……よろしくて? 異邦の人」
職業ではないってこと? じゃあ何なのさ? ……趣味?
(宅配ボランティアが趣味のお嬢様……? なんだそりゃあ?)
分からない……
だけど、根掘り葉掘り訊くのも失礼かな?
――話題を変えよう。
「そうだ、お腹空いてない? お礼に奢るよリリーさん、ぜひ奢らせてくれ!」
最も手軽な恩返し、それはまず飯を奢ること。事務所の先輩には散々奢ってもらったし、後輩たちには逆に奢ってやったもんだ。
それに俺、こう見えて食にはうるさい男よ? この街の美食スポットだって既に把握済みさ!
「さて……どこへお連れしようかねぇ…………あ?」
ところが……
財布を確認すると、持ち合わせが少ない。ランチも心許ない程度の小銭しか!
(なんてこった!)
これが現代なら、ちょっとそこのコンビニで引き出せるのに! カードや電子マネーでも!
だが、残念ながらここは異世界、そんな便利なものはない。
☆
「すまん……リリーさん。こんなものしか……」
現代でも異世界でも、財布の味方だファーストフード。
安い肉にカサ増しされた餡、そいつに濃いめの味付けでジャンクフードの一丁上がりである。
ああ、懐かしき学生時代の味。仕事がない頃も、よく食べたなぁ……
(ほんと俺、ショッパイ)
恩人の女性(女子?)一人すら満足にエスコートできないとは……本当に価値がない。
二人分の皿をデッキ席までセルフで運ぶと……
「…………」
リリーさん、真顔でバーガーを凝視している。
「……どしたの?」
「庶民のお食事には、前菜も食前酒も出てこないって、本当でしたのね……」
などと仰る。
(リリーさんって、もしかして……)
いくらドレスが高級に見えても、コスプレの可能性もある。特に【謎のボランティア異世界SAGAWA】とか、そんなの、まともなお嬢様が嗜む趣味とは思えないし。
だけどリアンベリテと名乗る彼女は、どうやって食べたらいいのか分からない様子。
インタビューを受けているIT実業家か、あるいはミスターマリックか。そんな手振りで、「初めて見る」料理と対峙している。
ここら界隈の住民とは、明らかに違う階層の人じゃない?
「あの……こうです、包み紙を持って食べるんです、リリーさん」
埒が明かないので俺が食べ方の見本を示すと、
「……………」
ぎこちないながらも、真似して食べ始めた。
はむ。
はむはむ。
おもしろい。
頬張るたびに百面相。これはマジで初体験の人の反応だ……ビネガーテイストのキツいピクルスに当たると、目が「><」になってるし。
なんだこの可愛い生き物……
「あーた、これは何という食べ物なのかしら?」
「バーガーですけど?」
ケチャップ+チーズ+肉の油が渾然一体化したジャンクフードですけど?
これなら、直接農家さんから分けてもらった廃棄食材で俺らが手作りした方が美味く作れるんじゃないか? って程度のジャンク味ですが?
「初めて食べましたわ……こんな美味しい食べ物……」
えー…………
なにそれ、すごい…………
もう、画に描いたようなお嬢様だ。
「それにナイフもフォークも使わないで食事が採れるなんて画期的! 発明じゃない!」
(これは本物だ!)
こんな、普通の人ならば共感性羞恥で悶まくりそうな台詞を、真顔で言ってしまえるメンタル!
あまりにもナチュラルな浮世離れっぷり……
これ本物のお嬢だ! 間違いなく良家の御令嬢だ!
(だとすると……)
さっきリリーさん自身が言っていた「配達業は仕事ではない」も真実味を帯びてくる。
お嬢様は職業婦人である必然性がない。働かなくとも生きていけるのだから。
蝶よ花よと社交界で愛でられればいいだけの生き物だ。
じゃあどうして?
そんなお嬢様が異世界SAGAWAの真似事などやっているのか?
(街を離れてしまえば)魔物が現れるような世界で?