2-4 異世界トラックは異世界に不要である
行政トップ、春管領への根回しに失敗したリリーに続き、
今度は、工房がケンタウロスの群れに襲われてしまう始末!
どうするどうなるトラックの試運転?
無事に公道デビューできるのか?
「おい! 詐欺師ども!」
ケンタウロス商会は荒々しく通告する。
「我らケンタウロス商会は、とらつくなるガラクタの運行を認めない!」
「なんだと!」
「当然だ! こんな怪しげなガラクタに、客の大事な荷を任せられるか!」
そうだそうだ! と気勢を上げるケンタウロスたち。
「荷運びは遊びじゃねぇんだ! ド素人はすっこんでろ!」
工房のガレージに飛び交う怒号。文字通りの【打ちこわし】でトラックを粉々にするつもりか?
しかし!
「好き勝手にバラされてたまるか、糞餓鬼がぁ!」
「遊びでとらつく作ってんじゃねーんだよ!」
「タマ獲ったろかい!」
フランチェスカは謎の白煙を上げる紫色の液体入りビーカー、
タンユーは鮮血色の絵の具が付いたパレットナイフ、
ルーシーは修理途中の欠けた刀を振りかざし、
徹底抗戦の構え。
「みんな……」
気まぐれ貴族の珍妙オーダーでも、誠心誠意が職人の心意気。私的権力の横暴には、体を張って抵抗する。
勇ましい……勇ましいな、異世界のアーティスト。
これくらいの抵抗意思を示さねば、「自由」など簡単に蹂躙されてしまうのだ。現代人が忘れてしまった自由への闘争だ。
だけど!
相手はざっと二十~三十人はいるぞ?
こっちは俺を入れても四人しかいない。多勢に無勢もいいところだ!
どう考えても勝ち目はない! 怪我しないうちに降参する方が、どう考えたって正しい!
なのに……
誰一人、逃げようなんて考えはないらしい。
「どんなことをしても【作品】を守るぞ! おめーら!」
「「やらいでか!」」
目が血走ってるフランチェスカ・タンユー・ルーシー。
「こちとら、職人の名誉とプライドを込めて、作ったものだぞ!」
「おいそれと壊されてたまるかぁー!」
気持ちは分かる!
気持ちは分かるが、気持ちだけではどうにもならんだろう、三人娘よ!
(ああもう、どうしたらいいんだ?)
なんとか穏便に済ますことは出来ないか?
「いやはや、困った人たちですね……」
一触即発の鉄火場に、遅れて登場したケンタウロスは……より人間に近い馬人間だった。
耳と尻尾は馬のものだが、脚は二足歩行。高級感溢れるスーツを着用していた。
その出で立ちから、鉄砲玉のケンタウロスたちはブルーカラーで、人間寄りの馬人間はホワイトカラーだろうと推察できる。
野蛮な圧力で俺たちを散々脅した後で、有利な交渉に持ち込もうという算段だな。初めから計算づくなんだろう。
「ご紹介が遅れました、私ケンタウロス商会顧問弁護士モダスオペランディと申します」
「なにも、我々も荒事を望んでなどおりません、フランケンシュタイン工房の皆さん」
理知的な眼鏡の馬人間は切り出す。
「我々が訴えたいのは、ただ一つ――――誰が、現状の変更など求めているのか? ということです。分かりますか?」
上から目線の論破ビームを放ちながら、商会の顧問弁護士は説いた。
「このアタガメイに於いて、荷運びはケンタウロス族が一手に担ってきた仕事です。
なにしろ我らケンタウロス族は、馬の走破力と運搬力、そしてヒトの知性を兼ね備えた存在、
分かりますか? これがどういうことか?
荷運びという仕事に於いて、人を圧倒するチカラと、トラブルに対して臨機応変な対応力を持つ人材なのです。
荷運びでは道中、様々な想定外が起こりうる。
天気や、荷の異常、走破を妨げる各地域の事情、荷主の要請……届け先が遠くなるほど、不確定要素が積み重なっていく。
だが!
そんな場合でも我らケンタウロス商会ならば心配ご無用!
それぞれ運び手に与えられた裁量の内で、最善を判断できる即応性がある!
日時・時間・ルート……臨機応変な対応で、安全に荷を届けることが出来るのですよ!
しかも、それに伴う駄賃の計算や、料金の回収も可能。荷の毀損にも対応できる。
ただの馬畜生に、そんなことが出来ますかね?
我がケンタウロス商会、アタガメイの流通の担い手として、自他ともに認めるナンバーワン!
それが揺るがぬ事実です!」
確かに、単純な体力勝負でも人間はケンタウロスには敵いそうもない。
四つ脚の生み出すパワーは、まさに一馬力。喧嘩しても、まず組み合った時点で負けそう……
それが大挙して押し寄せているんだから、有力寺院の僧兵強訴も斯くやのド迫力だ。
「そんな現状で誰が革命など求めているのです?」
「……!」
「我々ケンタウロス便で、誰が不都合を感じているというのか?
いると仰るのなら、具体的にご教示戴きたい! フランケンシュタイン工房殿!」
「ぐぅ……」
正直、ぐうの音も出ない。
弁護士モダスオペランディの正論は俺たちの口を噤ませる。
存在しないもの(=トラック)を求める者など、それこそ、この世界には存在しないのだ。
余裕綽々で眼鏡を直しながら、顧問弁護士は続ける。
「いいですか、フランケンシュタイン工房殿。我々とて鬼じゃない。傍若無人な要求を呑ませるつもりなどありません」
よく言う!
鉄砲玉の集団に工房を襲わせておいて、その言い草はない。
「公道を走りたいのなら、どうぞ走って下さい。荷運び業を担いたいのであれば、客から注文を請け負えばよい」
「え?」
「ただ、我々の業務を妨げることは切にご遠慮願う。国内のあらゆる街道に於いて商会の通行を最優先すること――それを約束戴きたい」
「なん……だと!?」
「当然の話ではありませんか? 我々は古くから、責任ある荷運び業として人々の暮らしに貢献してきたリーディングカンパニーですよ? 我々こそが道を優先されるべき権利がある」
「そうだ!」
「俺たちに道を譲れ!」
「新参者は脇にすっこんでろ!」
「こんなウドの大木が道に転がってたら、危なっかしくていけねぇ! どいてろ鉄クズ!」
非難轟々のケンタウロスたちを野放しのまま、顧問弁護士は続ける。
「ここは共存共栄と行きましょう、フランケンシュタイン工房殿。ただし序列は序列として弁えて戴かなくては。それはマストです。先達に対する礼儀というものでしょう」
「何が共存共栄だ!」
「従属だろ! お前らが望むのは!」
商売の美味しい部分は、お前らには決して渡さぬ。それでもいいなら参入してもよい。商会の主張は、そういうことだ。
自分たちは参勤交代の殿様で、俺たちには地べたに平伏せと言っている。
商会は俺たちをフェアな競争相手と見ていない。
「このとらつく最大のアドバンテージは巡航だ」
さすがフランチェスカ、本来この世界に存在しない機械なのに、本質を見抜いている。
「それが、いちいちケンタウロスと遭遇するたび避けていたら、商売上がったりだよ! ふざけるな馬野郎!」
商会の条件を呑んでしまったら、「港町アカッサまで一刻」という触れ込みも不可能となる。
それは呑めない話だ。
拝金主義フランチェスカの儲け話も崩れてしまうから。
「――そうよ錬金術師先生!」
ケンタウロスの強訴へツッパる俺たちに、援軍現る。
「それでいいのよ、錬金術師先生! 竜哉!」
「リリー!」
我ら異世界トラックプロジェクト【冬騎王】の盟主にしてパトロン、
リアンベルテ・リリー・リリエンタール嬢の御出座しである!
「お聞きなさい、お馬の弁護士さん、
とらつくとは、自由よ! 自由でなくてはいけないの! イージーライダーよ!」
ちょっとそれは意味的にどうかと思うけど、まぁ分かる。
トラック野郎は何にも縛られない風来坊でなくてはならない。
余計な柵に囚われず、己が走りたい道を自由に走る。
だからこそリリーはフランチェスカの軌道路線案を却下したんだ。
「そうだよリリー!」
それで正解だ、スガワラさんの魂はそこにあるよ、リリー!
まぁ、みんなキョト~ンとしてるけど。
ケンタウロスたちは元より、
フランチェスカもタンユーもルーシーも、首を傾げながら賛同しているけど。
でもいいんだリリー!
キミが分かっていれば、それでいい! トラックとは、そういうものだと。
しかし――
こんだけキッパリと【拒否】してしまったら、それこそ全面抗争しかないじゃないか。
冬騎王 vs ケンタウロス商会、血で血を争う仁義なき権益争いに!
勝ち目ねぇよ! こんな人間のレベルを超えた種族が相手では!
だが、仲間たちは殺る気マンマン。
「フヒヒヒヒヒヒヒ! 地獄を見るぜぇ……お前らに地獄を見せてやるぜぇ……」
錬金術師の秘蔵庫から薬品を取り出すフランチェスカ、ああ、ダメだ、それを使ったら人が死ぬ奴だろ? 敵味方問わず。ノーマスクで化学兵器を使う気か?
タンユーはパレットナイフをバルログ持ちしてるし、
ルーシーも製鉄炉から赤く焼けた焼印とか取り出してるし、
こんなのマズいって!
「みんな落ち着け! そんなことしたら、双方痛み分け程度じゃ済まないぞ!」
両者を割って自制を呼びかけるも、
「やりなさい! 家事と喧嘩はアタガメイの華よ! 悪の華よ!」
リリーが焚きつける始末!
そんなところで悪を主張しなくていいから! お嬢様を野蛮な大乱闘に巻き込むワケには!
とはいえ――殺る気満々の三十人(ケンタウロス商会)と五人(冬騎王)を、俺一人で止めるのは無理な話。
このままズルズルと血戦が始まってしまうかと思いきや……
「――あいや待たれい」
そこへ現れた【救世主】とは……