2-2 処女航海は波高し?
遂に完成した異世界トラック!
祝勝会では、異世界ビールの美味しさに舌鼓を打つ竜哉だったが……
……あれ?
キミ、禁酒してたんじゃなかったの?
「やっちまった…………」
朝、狭苦しいベッドに、嗅ぎ慣れない体臭。
いつもと違う寝苦しさの原因は、明白だった。
目を覚ました俺の鼻先には、
鍛冶場の炉を思わす、赤い髪の後頭部――そんなの一人しかいない。異世界の知り合いじゃ。
刀鍛冶ルーシー・エインズワース。
昨晩、トラック完成の祝賀会で、互いの労をねぎらい合ったところまでは覚えている。
よく頑張ったな、と慰労のハグを交わしたところまでは。
――――その後の記憶がないのだが(※アカン
「ううん……」
ベッドの上、体育座りで頭を抱える俺の横で、目を覚ますルーシー。
「あれ? 竜哉さん……? ………………………………あ! あわわわわわ!」
どうやら彼女も「見慣れぬ天井」の理由を思い出したらしい。
「あ、あの……えっと……」
「ええと……ああ……」
互いに動揺して言葉が詰まる。
この状況、どう考えても言い訳ができない。一夜の過ちを犯してしまった男女の構図である。
(ああ――俺はなんてバカなんだ!)
ホンの一杯、味見のつもりで呑んだのに、気がつけば記憶をなくすまでビール呑んでるってどういうことだよ竜哉? アホか?
しかも記憶をなくしたまま、仕事の仲間をベッドに連れ込んでるって!
ダメだ、俺はダメだ! 人間として終わってる!
「死のう!」
素っ裸のまま、窓から飛び降りようとしたが、
「なにやってんだべ! 竜哉さん!」
ルーシーに止められた。
そうだな。
たかだか工房の二階から飛び降りた程度で死ねるか。
せいぜい脚の一本も折って終わりだろう。
確実に死にきるにはもっと周到な準備をしないと(※迫真
「というか!」
死んでる場合じゃないだろう? 竜哉?
まず謝れ、安易なワンナイトラブアフェアーに引きずり込まれてしまった被害者に謝れ!
「正直スマンカッタ!」
ベッドに額をこすりつけて平謝りである。全力DOGEZAである。
こんなことをしても償いにはならないと思うが、とにかく謝らないことには気が済まない!
「そんな竜哉さん、謝られるごとは……」
「いや本当に、何と言ったらいいのか……申し訳ない! 殴りたかったら殴ってくれ!」
「いえいえいえいえ! 頭、上げてけらっしゃい! 何も悪ごとないがら!」
そんな噛み合わないピロートークを繰り広げていると……
「――ん?」
不意に、顔面に感じる違和感……
妙な鉄臭さにシーツを確認すれば、これ血の乾いた痕じゃないか?
……血痕?
「え? まさか? ルーシー?」
すると彼女、毛布を被って答えを拒否した。
いや、拒否するってことは、認めているも同然なんだけど。
ひどい。
俺が一番ひどい。
さぁ、俺、どうやって死ねばいい?
☆ ☆ ☆
一方その頃。
門限なき自由放任貴族であっても、常識的な時間で祝賀会を切り上げたリアンベルテ・リリー・リリエンタールは、規律正しい朝を迎えていた。
定時に目覚めたお嬢様、テキパキと身なりを整え、
「――よろしくてよ」
鏡に向かって臨戦態勢の貴族令嬢スマイルを映した。
「おはようございますリアンベルテ様、朝食はいかがなさいますか?」
「包んで頂戴。馬車で戴くわ」
そう執事に伝えると、リリーは意気揚々【出陣】した。
☆
馬車が向かう先は、アタガメイ王城。
このアタガメイ全土を統治する最高機関、宮中政庁である。
武装した近衛兵が守るゲートは、関係者以外立ち入り禁止の厳重セキュリティゾーンだったが、
「これはリリエンタール嬢様」
彼女は顔パスだった。
勝手知ったる宮中政庁、顔見知りの高級官吏たちから会釈を受けつつ、リリーはその部屋を目指した。
電子取引システム導入以前の証券取引所、その喧騒を思わせる実務の中枢を抜けて、
「失礼致しますわ、春管領様」
奥まった個室の扉を開けると、
「ようこそリアンベルテ嬢」
そこで待っていたのは背の高い、青髪の男。
低く落ち着いた声と穏やかな話しぶりで、未婚既婚問わず女を魅了するイケオジダンディ。
その上、持ち回りで国政を預かる四管領家でも、一目置かれる実力者。
「この度は、このリリエンタールのためにお時間を頂き、恐悦至極にございます」
丁寧なカテーシーでリリーは【彼】に謝意を述べた。
【彼】――「春管領」エウスカルテル・エウスカディに。
「リアンベルテ嬢。そもそも四管領家の家格は同格、そこまで謙られずとも」
「いえ管領様。現在は春でございます。ならば我ら三管領家、春管領様に臣下の礼を取るのは当然のこと」
「リリエンタール殿も果報者よ。このような律儀なご息女をお持ちとは」
「恐縮でございます、管領様」
「してリアンベルテ嬢、此度のご来訪、いかなるご用件かな? リリエンタール殿のご息女ともなれば、格別の取り計らいも吝かではありませぬぞ」
「では、僭越ながら――――」」
☆
「とらつくですか……?」
春管領エウスカルテル・エウスカディは多忙を極める。それは、冬管領を務めるリリエンタール家当主=自分の父を見れば分かる。任期中は目が回るほどの激務であると承知している。
なのでリリーは、可能な限り簡潔に要点を伝えた。
この国で新たに事業を興す場合、行政トップである管領の許可さえ得られれば、あらゆる段取りがスムーズに運ぶと知っていたからだ。
強力な中央集権システムは、上意下達で話が通るものだと。
「アタガメイに革新をもたらす、新しい荷馬車のカタチでございます、管領様。このとらつくの実証試験が果たされた暁には、新たなる富をもたらすでしょう」
正直なところ、この世界に存在しない【トラック】概念を説明するには、こんな短時間のレクチャーでは不十分もいいところ。
(しかし、それでもいい)
それはリリーの確信的犯行だった。
大切なのは管領=行政の最高責任者エウスカルテルから「OK」の言質を得ることだ。
それさえあれば、後はどうとでもなる。
(悪い! わたくし悪い! ――まさに悪役令嬢!)
と腹の中でほくそ笑みながら、リリーはプレゼンを進めたが……
一通り話を聞き終えた末に、
「リアンベルテ嬢」
青い髪の切れ者宰相、薄く開いた瞳でリリーに問いかけた。
「本当に必要なものですか? そのとらつくなるシロモノは?」