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1-14 走れ! 悪役令嬢!

異世界の住民は誰も知らない「とらつく」なる奇怪な概念。

竜哉は各分野の職人に説明を尽くしてはみたものの……


果たしてトラックは無事に完成したのか?

「これは…………」

 名家の令嬢リアンベルテ・リリー・リリエンタールが錬金術師フランチェスカ・フランケンシュタインに「とらつく(・・・・)を作ってちょうだい」と発注してから数週間。

 フランチェスカの工房に姿を表したのは――――

「これは、何と表現したらいいのか……」

 と言葉に詰まるシロモノだった。


 【トラックとは何か?】―――答えられるのは俺だけだ。

 実物を見たことがあるのは俺しかいない=正解を知る、唯一の男なのだ。


「どうかしら出来栄えは? 竜哉の目から見て」

 プロジェクトの発注主であるリリーが、目をキラキラさせながら俺に尋ねてくる。

(この場合……何と答えるのが正解なんだろう?)

 相手は貴族様であり、潤沢な資金を提供してくれたパトロンである。

 嘘でも『素晴らしい出来です』とお大尽に(おもね)るのが絶対正義だ、と錬金術師は目で訴えてくる。余計なことを言って、お嬢の機嫌を損なったら殺す! 的な目で。

 そりゃ錬金術師的には、今後もパトロン様とは末永くお付き合いしたいんだろうから、肯定的評価を告げるのがマストなんだろうが……フランチェスカ的には。


「まぁ、しかし……」

 よくぞこの短期間で、組み上げたとは思うよ、これほどのものを。

 幅は大型の自動車とも大差ないが、長さがもう……二十メートル弱はあるだろうか?

 頑丈なボイラーと過大なペイロードを兼ねるため、こんだけ長くなってしまった。

 無駄に長いことで笑いのタネになる高級リムジンよりも、更に長い。

「よく作れたねぇ、こんなデカブツを……」

 車体担当・刀鍛冶ルーシー・エインズワースをねぎらうと、

「錬金術師先生のお陰で、新しい溶接を採用できたので。先生様様でさ」

「これは……」

 ボルタ電池を用いたアーク溶接!

「いつかやってみたいと思っていたんだ。でも材料を買い揃えるカネがなくてね」

 とフランチェスカは悪戯っ子みたいに笑った。


 そのフランチェスカ、工房では造り酒屋の酒樽級の規模だった蒸気機関を、このフレームに収めるまでの小型化を成し遂げた。

 いや、本当にお世辞抜きで天才なのでは? 錬金術師の肩書は伊達じゃない!

「フランチェスカ、キミ、単なる科学系の詐欺師じゃなかったんだ?」

「失敬な! もう出ていけよ!」

「ごめんごめん」

 ま、こんな軽口を叩けるのも、気心の知れた仲だからだ。

 素性も知れぬ転生者である俺を、居候させてくれる恩人だし。

 いつか、これまでに掛けてしまった迷惑と恩をまとめて返したいけど……いつになるのやら。


 そして車体後部へ回れば……大量の荷を積める荷台と、その両側に掲げられた巨大キャンバス。

「うひょぅ……」

 確かに構図は合ってる。

 四角い画面の両端に躍動感溢れる雷様と風神様が描かれている――――雷様? 風神様?

 いやぁ……伝統的な神様のイメージとは似ても似つかない、謎の生命体が描いてある。

 ように見える。

 俺の目には。

 だが「正解」の俵屋宗達を知らない異世界民には、

「悪そう……」

「禍々しい……」

「最高にワルだわ! いい仕事なさったわ、タンユー!」

 という反応だった。

「さすが! わたくしが見込んだ職人よ! 絵師タンユー・カノープス!」

「いやいや、こちらこそだよリリエンタール様、まさか異教の神を描かせてもらえるなんて、絵師冥利に尽きるねぇ! これはまさしく、権威に挑むテーマだよ! 危険でワルだねぇ!」

 貴族や富豪の庇護を受けない、野良の絵師だからこそ描けるモチーフなのか。

 たまたま訪れた異世界スーパー銭湯での出会い、本当に幸運だった。



「よし、水温も充分に温まったわ。行きますかリリエンタール様?」

「もちろんですわよ!」

 この異世界トラック初号機、石炭を火室に送り込む都合上、運転席は中央に存在するのだが……

 それでは前方が見えないので、潜水艦や空母の艦橋みたいにニョキッと上に張り出してる。

 つまり、見かけ上は、超ロングノーズのアメリカントラックである。

 スガワラさんが日本全国を駆け回った和風トラックとは似ても似つかない。


「い、いいんだろうか……これで?」

 これをトラックと呼んでいいのか?

 派手に煙を上げて(うな)る蒸気機関、

 禍々しい異教の神に彩られたアートワーク、

 日本よりもアメリカ大陸が似合うボンネットスタイルのフォルム、

 電飾じゃなくて、ヒカリゴケ的な謎の植物を散りばめたディティール……

 いいのか……?


「いいのよ!」

 超ハイリフト改造車よりも更に高い運転席に乗り込んだリリー、堂々と宣言した。

「これがわたくしたちのとらつく(・・・・)よ!」


「さぁ、錬金術師先生! わたくしたちの歌をターンナップザスピーカー!」

 ボ……ボボボ……

 盛大なホワイトノイズに続いて、


 芸のためならパトロン泣かす、それがどうした金が要るんだ

 この岸壁で今日も吐く

 なんでこんなに可愛いのかと

 箱根~箱根の伊太郎、渡り鳥

 吹けば飛ぶようなポーンの駒に、賭けた命を笑わないでね

 ああ、帰ろかな、帰ろかな

 散々な宿


 籠もった蓄音機の再生音源に続いて、荷台をステージ代わりにして、彼女の生歌が繋いだ。

 彼女――――マスカレードマスクの「謎の歌い手X」さんが飛び入りで、初号機の「進水式」に駆けつけてくれたのだ。とにかく忙しいはずなのに、義理堅い。

「ダイアンだ!」

「レインズ屋!」

 見物に来た村人から、荷台仮設ステージへおひねりが飛ぶが、

「ちがいます! わたしはダイアンではありません! 別人ですから!」

 という(てい)らしい。

 そうでないと色々と困るらしい。超売れっ子歌姫的な事情的に。


 しかしダイアン……

(完璧だ)

 コブシ回しの特訓を経て、独特の歌唱法を、歌姫ダイアン・レインズフォードは完璧に会得した。

 さすが王立歌劇場の歌姫、「誰も知らない唄い方」を手の内に入れやがった!

 やはり一流のシンガーは只者じゃない。

 キミでよかった!



「よーそろー!」

 ピストンへ高圧の蒸気を送り込めば、ゆっくりと車輪が回りだす。

 正直【本当にコレをトラックと呼んでいいのか?】に関しては、未だに納得しかねる部分が多々あるのだけれど……

 おそらくスガワラ氏の美学とは相容れない箇所が多数存在するんだろうけど……


「これがわたくしたちの船出よ! 惡の進水式よ!」

 だな!

 ここで余計な茶々を入れて、ああだこうだウンチクを垂れるのは粋じゃない。

 だよねスガワラさん?

 リリーが満足なら、それがトラックだ。これが異世界のトラックなんだよ!


「――おめでとうリリー!」

 リリーが受け継いだのはカタチじゃない。魂だ。スガワラさんのスピリットなんだよ!

 燃える男の赤いトラック魂だよ!

「竜哉!」

「リリー! 今日からお前がトラック令嬢だ! 異世界トラック悪役令嬢だよ!」

 心の底から、そう思えた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 概要を読まずに「異世界の冒険物」だと思ってここまで読み進めてきました。 なので不思議な感覚で読ませて頂きました。 まさか異世界で「とらつく」を作るものだったとは。 とりあえず、先が気になる…
[良い点]  1章(?)まで読ませていただきました。  御令嬢がトラック野郎に憧れて、トラックを作るという発想が面白いです。  そこに巻き込まれて行く主人公の心理もテンポよく、丁寧に描写されているので…
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