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1-13 悪役歌姫、ここに爆誕!

交通事故避けのクラクションの代わりに、歌でも流したらどうだい? という竜哉の解決案だったが……

「誰が唄うのか?」の懸案は残った。


突破口を探しあぐねる三人の前に、思わぬ救世主が!

 と、いうワケで……

 「謎の歌い手X」と名乗る彼女を伴い、馬車へ乗り込んだ俺たち冬騎王だったが……

「あの……何か、私の顔に?」

「いえ、その……すいません」

 ついつい、対面で座る彼女を凝視してしまってた。


 彼女――【謎の歌い手X】女史、派手派手のマスカレードマスクで目元を隠してはいたが……

 そもそも、そんな派手なマスクを普通の人は持ってない。まるで、一流のオペラ劇場の美術倉庫から拝借してきたようなシロモノじゃないか。

 それにその、眼を見張るような美しい金髪は――王立歌劇場の次回公演を告知する看板、あれのセンターにフィーチャーされた歌姫のようです。

「私、何かおかしいですか? 変ですか?」

 そしてその喋り方からして、普通じゃないんだ。

 訓練の行き届いたプロみたいに、自然と腹から出る発声といい、

 普通に喋ってるだけで、まるで唄うような抑揚が伴うトークライクシンギングといい、

 「唄うために生まれてきた子だ」と喝破(かっぱ)されてしまうんだよ、誰の目にも。

 存在自体が自己紹介みたいなものだ。

 バレバレだ。


 帝都にその名轟く、世紀の歌姫――ダイアン・レインズフォード。

 百年に一度の逸材として、揺るぎないスタアの地位を約束されたシンガーだ。


 そんな彼女が何故、俺たちのプロジェクトに参加を申し出てくれたのか?

(わからん……)

(わかりませんわ……)

 フランチェスカとリリーに眼で窺ってみても……二人とも怪訝そうに首を傾げるだけだった。


 ☆


 大聖堂に到着すると、フランチェスカは試作蓄音機のセッティングを始め、リリーは聖堂関係者への挨拶に出向き、

「では謎の歌い手Xさん、お願いします」

 俺はパイプオルガンを弾きながら、歌唱指導と相成った。

「これは……不思議な旋律ですね……遥か西方の労働歌のような感じもしますが、それとも違う。哀しげな哀愁のメロディ」

 さすが本職、見抜いてくる。鋭いね。

「それでですね、Xさんにはビブラートを効かせて唄って欲しいんですよ。思い切り。ちょっと過剰かな? くらいの味付けで」


 それから何度か試してみるも……

「いや、そうじゃなくて。ちょっと違うんですよ」

 思った以上に難しいなコレ。自分のイメージを相手に伝えることは。

 日本は思った以上に平均化された世界だったんだ。だから、さほど面識がない人でも阿吽(あうん)の呼吸でニュアンスを伝えられる社会だったのだ、と思い知らされる。

 ここは、頭と感覚を振り絞って相手に伝えないと全然伝わらない世界だよ……


「すいません竜哉さん……上手く唄えなくて……」

「い! いえいえ!」

 そんなにも真摯に頭を下げられたら、こっちが恐縮してしまうよ……

 唄うことに関してはプロ中のプロだぞ、彼女は。この帝都では知らぬ者がいないほどのスターなのに。

「あの、ダイア……じゃなくてXさん。一つ、お尋ねしても?」

「なんでしょう?」

「自分で言うのもなんですが……どうして我々のような、得体の知れない結社の企みに志願なされたんですか?」

「飽きてしまって……」

「へ?」

養成所(アカデミア)の頃から『王立歌劇場の歌姫は()くあるべき!」という理想形に近づくことばかり求められ……私も必死に頑張ってきたつもりです。ですが……」

 マスカレードマスクのダイアン、大きくため息ひとつ。

「飽きてしまったんです……煮詰まってしまったんです、歌い手として」

「飽きた?」

「音楽とは、歌とは……もっと豊かなものなのではないか? 窮屈な形式に囚われて、雁字搦(がんじがら)めになっている自分でいいのか? という疑問が、いつしか頭から離れなくなってしまって……養成所(アカデミア)の卒業生にはあるまじき思想かもしれませんが……」


 幼い頃から英才教育を受けてきた運動選手の、燃え尽き症候群か?

 あるいはインドに傾倒したビートルズみたいなもん?

 芸能界では特に珍しくもない【病】だが……

 いずれにせよ、「求められる自分」には飽き飽きした、という気持ちは真実のようだ。


「そんな時、たまたま『歌劇場を訪れた異邦人が珍妙な依頼を持ってきた』という話を耳にして、居ても立っても居られなくなった次第で……」

 そんな歌姫の告白に対して……


「あーた! 不良ね!」

 教会関係者への挨拶回りから戻ってきたリリーが吠えた!

「あーたも悪役志願ね! 悪役歌姫なのね!」

「あ、悪役歌姫……?」

 そんなジャンルがあるのかい? リリーさんよ?

 いや、確かに、王国芸術院付属の養成所(アカデミア)のカリキュラムを学んだ優等生が、異邦人の妖しげな歌を唄うとか、そりゃ、ある意味、冒涜的かも知れないが――芸術至上主義のお偉方から見れば。

「気に入ったわダイアン! あーたはわたくしたちのとらつく(・・・・)に相応しい、悪役歌姫よ! あなたが唄うべきよ! まちがいないわ!」

 目を輝かせながらダイアンの元へ駆け寄ったリリー、手を取ってブンブン振る。

「一緒に歩むのよ、【惡の道】を! ダイアン・レインズフォード!」

「よ、よろしくお願いします、リリエンタール様、がんばります!」



 ☆ ☆ ☆



 それから数週間――――


 刀鍛冶ルーシー・エインズワースは、頑丈なボイラーと過大なペイロードを積むフレームを組み上げることに注力し、

 ペンキ絵職人タンユー・カノープスは、リリーの拙い説明を元に風神雷神図屏風の再現に挑み、

 錬金術師フランチェスカ・フランケンシュタインは、小型高圧蒸気機関と蓄音機の完成に心血を注ぎ、

 歌劇場の歌姫ダイアン・レインズフォー……ではなくて、謎の歌い手Xは、俺と一緒にコブシの習得に励んだ。


 正直、みんながみんな、五里霧中。完成形を誰も想像できない。

 だけど、そんな茨道でも、充実した日々だ。

 各人それぞれ、為すべきことを追求し、目標向けて突っ走る。

 この船を漕いでゆくんだ、お前の手で漕いでゆけ!

 この研鑽が報われると信じて。

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