1-12 異世界Youtuber! そのメタルスライムは逃せない!
トラック製作と歌姫の選定を巡って、感情がすれ違うリリーとフランチェスカ。
しかし、雨降って地固まる。
結束を取り戻したチーム「冬騎王」は、再びプロジェクトを前へ進め始める。
「ところで、この『蓄音機』とやらに、何を吹き込む気なんだい、竜哉?」
やっぱ、そこが気になるよなフランチェスカも。
「このあいだの『アレ』ではなくて?」
リリーさん、ジャーミラ ジャミラ ジャーミラ 求人の歌を口ずさみ始めた。
どうやらお嬢も、あのフレーズに意識を侵されてしまったらしい。
グルグル脳内を回る中毒性があるよね、確かに、アレ。
しかし、それではない。
「あれよりもっと、相応しいものを用意しなくちゃな。俺に考えがあるんだ」
リリーが目指す悪役令嬢像は掴めた。
スガワラさんの武勇伝に目を輝かせた少女ならば、もっと似合う曲があるはずさ。
☆
と、いうワケで……
やってきました大聖堂。
「ほんと、これ使っていいの?」
「竜哉、使いたいんでしょ? 許可は取ったわ」
さすがリリエンタールのお嬢様、教会関係者へのコネもバッチリか……
俺としては、学校の音楽室レベルのピアノでも全く構わなかったんだけど。
「ほえ~……」
パイプオルガンとか初めて触ったぞ……しかもこれ、現代に残ってたら、世界遺産とかに指定されるようなレベルじゃないの? 一般人には鍵盤一本触れられない貴重な施設じゃないのかね?
(いいのかな……こんなの使って?)
「大丈夫よ! わたくしたちの崇高なる野望のためなのだから!(キリッ!」
ま、せっかくリリーが話を通してくれたんだし、使わせてもらいましょうか……
ぽろろん……
「「「「!」」」」
俺が鍵盤を叩き始めると……
礼拝に訪れていた信徒たちも「何事か?」とこちらに注目した。
ま、そうだろうな。
普段、鳴っている賛美歌とは全く違うテイストの旋律が奏でられているんだから。
俺の専門はベースだし、どちらかといえばギターの方が得意だけど……まぁ、作曲ならピアノだって弾けないこともない。
(そして、ここで俺が紡ぐべきは……)
教会の儀式に用いられる厳かな曲とは異なるものだ。
参考にすべきは、スガワラさんが唄ったという望郷のメロディ。二度と帰れぬ故郷を想い、慟哭を重ねた哀しみの歌だ。
具体的には、民謡の五音音階をベースにした短調の曲だな。
聖歌や賛美歌が独特の様式にこだわるように、俺もこだわる。
スガワラさんがリリー伝授した「美学」に沿った曲でなければならないんだ。
☆
「ふぅ……」
あれやこれやと試行錯誤しつつ、朝から晩まで鍵盤と向き合った結果……
「こんなもんかな……」
とりあえずカタチにはなったんじゃないかな?
一通り、最初から最後まで弾き終わると、
「竜哉……」
信徒席の最前列で聴き入っていたリリーの、頬を伝う涙がキラリ☆
「ぶええええ……」
おいおい、泣くな泣くな。
ここはフランチェスカの工房じゃない。公衆の面前で、リリエンタールのお嬢様が号泣してたら変な噂が立つでしょうが。
「だって……だって……」
まぁ、言わんとしたことは理解る。
思い出したんだろうな、スガワラさんのことを。
リリーの話には、欠落した部分があった。
スガワラさんは今、何をしているのか? が一切語られていないのだ。
貴族の興味本位で買われた奴隷が、まだお嬢の御伽衆として健在であるのなら、ここまでリリーはトラックの幻影を求めたりしていないだろう。
たぶん……そういうことだ。
「スガワラが……スガワラが……」
もう涙と鼻水で何を言っているのか分からなくなりかけている。
「落ち着けリリー、落ち着いて」
こんな姿は誰にも見せられないよ。
だって周りに説明できないんだから、彼女が何故泣いているのか? その理由を。
☆ ☆
(予定より、だいぶ遅くなってしまった……)
作曲に熱が入ってしまったのも確かだが、
泣き疲れたリリーが落ち着くのを待ってから、俺は馬車で屋敷まで送り届けた。
赤坂の迎賓館みたいな建物の前で俺たちを待っていた、執事と使用人のメイドは、
「お嬢様をお送り戴きまして、誠にありがとうございました」
と、寝入ったリリーを受け取ってくれた。
「いや……遅くなって申し訳ないです」
既に陽も落ちて、辺りはトップリと夜の帳が落ちてしまってた。
嫁入り前のお嬢様、普通は門限厳守の箱入り娘じゃないのか? 屋敷に着いた途端、父親や母親から劣化のごとく雷を落とされてしまうんじゃないか? ……と内心ビクビクしながら馬車を飛ばしてきたんだが……
「あ……」
僕らと入れ違いに、豪華な馬車が二台、意気揚々と邸宅から出ていった。
馬車の主は……まさか、こんな時間に来客でもあるまい。
「てことは、父親と母親?」
「旦那様は市長主催の晩餐会へ、奥様は伯爵夫人のサロンへお出かけと聞いております」
娘の帰りが遅くなっても、自分たちは自分たち、か……
「いつも、こんな感じなんですか……?」
思い切って、執事に尋ねてみると、
「御家族が揃ったディナーは、ここしばらく記憶にございません」
予想以上の疎遠さだった。
「もしかしてリリーがスガワラさんに懐いたのって……」
チラリと執事を窺ってみたが、
「私どもの口からは、なんとも……」
憚られる、と口を濁した。
(そういうことか……)
ふくよかなメイドに抱えられて、寝息を漏らすリリー――その頬には涙の跡が。
やっぱり俺が、叶えてあげないと、お前の夢を。
応援してやらにゃ、いかんぜよ!
☆ ☆ ☆
翌日。フランチェスカの工房にて。
「曲は出来た」
改めて、書き上げたばかりの曲をギター一本で披露すると、
「それよ! それだわ竜哉!」
リリーは諸手を挙げて大絶賛。
「なんとも不思議なメロディだねぇ……エキゾチックというか、なんというか……」
フランチェスカは「何と評していいのか分からない」な顔をしていた。
「竜哉!」
「おうよ!」
「やはりわたくしたちは極上の結社よ! 冬騎王――最高のユニットだわ!」
「まかせろリアンベルテ!」
まさか現代のスキルがこんな風に役立つとは……
褒められるよりも、人の役に立てることが嬉しいよ……
あのまま一生、うだつの上がらない時間を浪費するだけかと思ってたのに……俺の人生は。
ありがとうリリー。
感謝すべきなのは俺の方だ。
神様ありがとう、俺に居場所をくれて。
「これで、あとは『ちくおんき』に吹き込むだけね! 竜哉!」
「いや、リリー。それにも問題があってね……」
「どのような?」
「この曲を唄いこなすには、技量が必要なんだよ」
「そうなのかい?」
「そうなんだよフランチェスカ。演歌にはコブシと言ってな、独特のビブラート歌唱が必須とも言えるジャンルなんだよ」
「で、誰か目星はついているのかい? その歌手は?」
「それが……」
正直、王立歌劇場の歌姫、あれは惜しかったよなぁ……歌唱力も技量も申し分ない。
だけど「そんな怪しげな仕事に歌姫は貸し出せません!」ってキッパリ断られちゃったし……
あの調子じゃ、いくら頼み込んでも聞いてもらえそうもない。
芸術の最高峰を自認するアカデミアの城だからな……
異邦人が作った変な曲なんて、歯牙にも掛けてもらえないだろう。
「あーあ……どっかの極上歌姫がオーディションに来てくれたりしないかね……?」
「街の各所に告知の張り紙でも貼ってみるか?」
なんか前世紀のバンドメンバー募集みたいなノリだな。懐かしいというかなんというか……
「異世界まで来て『バンドやろうぜ』かよ……」
とかなんとか頭を悩ませていると……
「あのぉ~……」
工房を覗き込んでくる、女性の影が。
「はい?」
「あの……こちらで歌い手を募集していると聞いてきたんですが……」
はやっ!!!!
というか、まだ告知の張り紙も貼っていないのに、どうして来るの!?
「フランチェスカ、お茶! お茶! 茶菓子も! 早く! リリー、汚れてない座布団を!」
兎にも角にも、せっかく来てくれた子を無碍に帰すワケにもいかない。
お・も・て・な・しで歓待せねば。
爆速で応接間を整え、即席の面接会場とした。
「ようこそいらっしゃいました。俺……私は製作総指揮的なポジションの淡口竜哉、こっちがプロデューサー的なポジションの、リアンベルテ・リリー・リリエンタールです。よろしければ、お名前を伺っても?」
「ダイア……じゃなくて、謎の歌い手Xでお願いします……」
「な、謎の歌い手……」
異世界Youtuberかな?(※白目
「じゃあまず、お名前はそれでいいとして……舞台のご経験などは……?」
「王立歌劇……い、いえいえ! 大衆劇場で二、三度……」
「ところで今回の募集は、どこでお聞きになったんでしょうか?」
「劇場の支配人……いえ、知り合いです知り合い! 知り合いから小耳に挟んで!
……ぁゃしぃ……
というか、隠す気あるのかを問い詰めたいレベルだよ。
ダッサダサの庶民ルックで偽装してるが――ツルッツルツヤッツヤ玉の肌に、手入れの行き届いた金髪、どう見ても芸能人のクオリティだ。リリーなど興味津々で彼女の髪を撫で、使っている化粧品の名を訊き出したくてたまらない様子。
かといって、ここで「お前、平田だろ」級の直言したら、帰られてしまう!
帰ってもらっては困るんだよ! 今の俺たちには!
(彼女こそ救世主だ!)
今にも彼女の正体を口走ってしまいそうなリリーに、目線で釘を差し、
「では、実技オーディションと参りましょうか!」
この際、嘘の履歴書でも何でもいいのだ!
このメタルスライムは逃せない!