1-11 異世界Uber Eats、雨降って地固まる
トラックというものが全く分かっていない異世界の住民たち。
認識の齟齬は不和を生み、雲行きが怪しくなっていくプロジェクト。
果たしてリリーと竜哉の夢は、どうなってしまうのか……?
確かにこの、お金大好き☆錬金術師の案には合理性がある。
悪魔的な案ではあるが、理には適っている。
彼女の案なら、交通事故が起きても死人は出ない。永遠に0だ。
しかしだ!
「却下ですわ」
リアンベルテ・リリー・リリエンタールは敢然と拒否した。
「どうしてですか? リリエンタール嬢様?」
「ダメなものはダメよ先生」
「誠に失礼ながら嬢様! 嬢様おっしゃいましたよね? 『わたくし悪役令嬢になる!』と」
「ええ」
「ならば悪は悪らしく、堂々と悪を主張なさいませ、嬢様! 悪とは、策略上等のアウトローではありませんか! 凶器裏技なんでもアリの残虐ファイターではありませんか?」
フランチェスカ、意を決してパトロンさまに楯突くが……
「――――そうではないのですわ」
リリーは己を曲げなかった。
ぱくぱく、丘に上がった金魚のようなフランチェスカ。
相手がスポンサーでなければ、マシンガン罵倒台詞が飛び出してくるところを、
天地がひっくり返ってもそんなことは言えないので、バグってしまう。
「……!! ………!!」
目線がグルグル泳ぎ、完全に過呼吸になってる。行き場のない正論が彼女の内部で暴発してる。
そして錬金術師は、
「ウッキッキー!!!!」
まるでネアンデルタール人まで先祖返りしてしまったような奇声を上げ、工房から脱走した。
☆
主がいなくなってしまったガレージで俺とリリー、
ほとんどスケルトン状態のトラックに腰掛けながら、天を仰ぐ。
「竜哉……わたくし、間違っているのかしら……?」
「そんなことはないさ」
「本当に?」
「正しい悪役令嬢なんて、俺には分かんね。異邦人だしな。この世界にはこの世界の『正しさ』があるんだろう」
「…………」
「だけどトラック野郎なら分かるよ。トラッカーは単なる荒くれ者じゃないよな。アウトローにはアウトローなりの美学がある…………だろ?」
「竜哉……」
隣に座るリリーは、俺に身体を預けながら語り始めた。
★ ★ ★
わたくしが小さかった頃、お父様が見知らぬ男を家に連れてきたわ。
浅黒い肌に鋭い目つき。まるで軍人か山賊のような、怖い雰囲気の男性で……どうしてそんな人を傍に置くのか、わたくしには全く理解できなかったけれど……
お父様は喜々として彼を連れ回したわ。
後で知ったのだけど……お父様は奴隷市場で彼を買ってきたの。
この世界では珍しい黒い髪と黒い瞳の異邦人を見せびらかそうと思ったのね。
パーティでは、お父様自慢の「奴隷」は、まるで珍獣のように持て囃されたけど……
本人は、まるで唖のように黙ったままだったわ。
★
いつかの夕暮れ時――屋敷の裏庭で――
「あーた、喋れないの?」
たまたま彼が一人で佇んでいたところ、わたくし、訊いたのよ。一世一代の勇気を振り絞って。
「自分……不器用ですから……」
なんだ喋れるじゃない。
「それなら、どうして黙ってらっしゃるの?」
「…………」
再び彼は黙り込んでしまった。
いったいこの男は何を考えているの? 幼いわたくしにはサッパリ分かりませんでしたけど……
真っ赤に燃えタァァァァ~
彼は突然唄い始めましたの。沈みゆく夕陽に向かって。
それは……とても不思議な異国のメロディで、心を揺さぶるような響きがありましたのよ。
「――あなた、どこから来たの?」
「とても遠い所ですヨ」
「そこで何をしていたの? 軍人さん?」
彼ほど近寄りがたく、厳つい男性を、わたくしは軍人さんしか知らなかった。
「いえ、自分は運送業を営ンでおりましてネ」
「飛脚の方? それとも牛馬の御者かしら?」
「トラックですヨ」
「とら……つく?」
★
それから、お父様お母様や守役の目を盗んでは、わたくし、スガワラの住む離れへと足を運びましたの。
異邦人であるスガワラは、本当に色々なことをわたくしに話してくれたのだわ。
彼がとらつくなる乗り物で、国中を旅した武勇伝よ。
ぱとかあなる武威組織に追い回され、泣く泣く貢ぎ物を献上させられたこと、
同業のとらっかぁと派手な喧嘩になったこと、
寄港地ごとに愛人を抱えていたことを、仲間に自慢しあっていたとか。
わたくしには思いも寄らないような、破天荒な人生をおくっていたのよ。
「スガワラ、あなたは馬賊なの?」
「いや、自分そんな山賊まがいの連中とは違うンで」
「とらっかぁとは、悪いことをする人ではありませんの?」
「ま、ロクデナシには違いありぁせんけど……男には自分の世界があるンですヨ、お嬢」
「……自分の世界?」
「好き勝手に、生きいいように生きる風来坊かもしりゃあせんが、自分、大切な人を悲しませるようなことはいたしやせン。むしろ逆だァ。自分がトラックで届けたいのは笑顔ですヨ、増やしたいのは笑顔だ。それだけは分かって欲しいんダ」
そう語るスガワラの顔は、冷酷無比のシリアルキラーみたいだったけれど……
もう全然、怖くはなかった。
彼の言葉には嘘がない。
子供のわたくしにも本当のことだけを淡々と語ってくれる、そういう男性だったんだわ。
「他人様から見れば、傍若無人の旅烏かもしりゃせンがね、トラッカーにはトラッカーの誇りってもンがあるんでさァ。ゆずれない願いがあるんですヨ」
と俯きながら、しかし力強く答えてくれた。
「お嬢には、よく分からン話でしょうが……自分、不器用なもんで……」
★
「わたくしは、そんな悪役令嬢になりたい!」
とらつくは幸せを運ぶ乗り物なのよ! スガワラは、それを教えてくれたの!
「人を笑顔にする悪役令嬢か……」
確かにスガワラさんは、相当に不器用で口下手な人だったらしいな。
でもリリー、君だって相当不器用だ。そんなところまで「師匠」に似なくていいのに。
「理解る。理解るよ、リリー」
「竜哉……」
やっぱりキミを俺は応援したい! キミのために一肌脱ぎたいよ!
「俺も手伝うよ。一緒にフランチェスカを説得しよう。キミが目指す悪役令嬢は、どんな風にイカしたアウトローなのかを!」
「竜哉!」
そうだ俺たちのとらつくは人を傷つける道具ではない。
人を笑顔にする乗り物なのだ。
「きっとフランチェスカだって理解ってくれるさ。彼女は頭がいい」
そうさ、きっと上手くいく。
リリーの想いは無理解を突破できる! つよい気持ち、つよい愛だ!
「「まけるもんかー!」」
と、俺とリアンベルテ・リリー・リリエンタールの結社【冬騎王】が気勢を上げたところ……
「竜哉ー! これでいいか?」
フランチェスカ・フランケンシュタインが台車を牽いて、ガレージに戻ってきた。
そこに載っていたのは、千両箱を思い起こさせる無骨な木の箱と、その上に備え付けられた朝顔型の金属漏斗……
「それってまさか……」
「蓄音機なるものだよ。注文した本人が忘れたのかい?」
「マジか!?」
「試してみてくれないか竜哉? オーダー通りのものか」
ぼえ~……Mary had a little lamb. Little lamb, little lamb……ぼえ~
箱の手回し式ハンドルを回すと、ピッチのおかしい歌が聴こえてきた。ほぼホワイトノイズまみれだが、それでもフランチェスカの声だと分かる!
「すげぇ! すげぇよ、フランチェスカ! お前やっぱり天才か!」
実用化前の叩き台としては、すんばらしい完成度だ! おいおい異世界の発明王か!
「ま、喜んでもらえるなら、それでいいんだ、うん……それで、錬金術師的には……」
照れくさそうなフランチェスカに、
「錬金術師先生」
ドレスを摘んで優雅に頭を垂れるリアンベリテ。
「貴女の輝かしき才能に敬意を」
貴族式の最敬礼でフランチェスカを讃えた。
「わたくしたちには貴女が必要なの。貴女の力添えを失ったのならとらつくは走れないわ。ここから一歩も進めない。なのでどうか先生……このリアンベリテ・リリー・リリエンタールの願いを聞き届けては頂けないかしら?」
「…………」
「これからもわたくし、貴女を怒らせてしまうかもしれない……わたくし、不器用ですから」
「…………」
「でも、それでも、言葉を尽くすと約束するわ。わたくしの誠心誠意を貴女に」
師匠譲りの、まるで飾り気のない台詞で。
でも、そんなリリーの態度が、錬金術師の蟠りを氷解させたようだ。
「仕方ないな……そこまで言われたら」
俺は左手にリリー、右手にフランチェスカを抱き。まとめてギュッと抱きしめた。
仲直りだぞ、と言わんばかりに。
「チーム【冬騎王】、和を以て貴しとなす!」
皆の力で実現させるんだ、この悪役令嬢プロジェクトを!