表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/48

1-1 竜哉、異世界Uber Eatsに助けられる

「クソッ! 話が違うじゃねーか!」

 俺は追い詰められていた。

 ところはダンジョン。ノーグロードとかいう、クソ熱い火山のダンジョンで。

あんなの(・・・・)と鉢合わせするなんて、聞いてねぇぞ……」


挿絵(By みてみん)


 巨大な岩陰から覗き込むと――その大岩すらも凌駕する龍が、ブワブワと火を吹いていた。

 まさか科学忍法火の鳥が敵に回ると、こんなにも厄介な難物だったとは……

 ギャラクターの気持ちが痛いほど分かる。

 いや、分かりたくなかったが。


「これも報いか?」

 日頃の行い――というよりも俺自身の因果応報か?


 フランチェスカは言っていた。

『ノーグロードへ行くのなら、カーサに気をつけなよ。今のキミでは、秒で黒焦げだ。まぁ、会えたらラッキーくらいの確率だとは思うがね。通常であればボス狩りパーティの餌食だ。よほどの悪運の持ち主でもなければ、カーサには出会えないよ』


 遭っちゃったよフランチェスカ!

 超熱ブレスの温度を頬に感じるほどの距離に火喰い龍(カーサ)がいる!

 普段と違う「異物」の気配に、警戒心が昂ぶっているようにも見える。


 火喰い龍カーサ――

 対火属性の高級装備で固めたボス狩りパーティでもなければ対処不能な怪物だ。もし迂闊に飛び出したら、黒焦げは必至。

 ああどうして? 今日に限って討伐パーティが見当たらないのか?

「クソッ!」

 俺ならば、ここで死んだって構わない。

 どうせ俺は【死んでいる(・・・・・)】。生きていても意味がない男さ。

 異世界転生で今度こそ幸せを掴む、そんなことを望む資格もない(・・・・・)

 そういう男だと自分で分かっている。


 だが! コイツだけは!

 せっかく収集した、この『火種』だけは――アイツに届けてあげたい。

 拾ってもらった恩がある。迷惑をかけた罪滅ぼしでもある。

 たとえ死ぬにしてもコレだけは、なんとかアイツの元まで届けたいのに!


「む?」

 プラトーン状態で懇願した願いが天に届いたか?

 神経質に辺りを窺っていた火龍が……警戒を緩めて、ダンジョンの奥へ向かっていく。

(どうしたんだ?)

 もう異物の気配には興味を失ったのか?

「――ままよ!」

 そんなことはどうでもいい!

 考えるよりも先に動け! 躊躇なんかしてる場合じゃない!

 僅かの隙でも逃したら次はない!

(怖ッ!)

 背中側で巨大質量が(うごめ)く気配がする! 熱い風圧が後頭部を(かす)める!

 それでも振り返るな! そんな暇があるならば走れ!

 出口だけを目指して走れ! 決死のダッシュだ淡口竜哉!


 ☆


 助かった……奇跡的に。

 ダンジョンの(火龍カーサ)は、洞窟の外までは追いかけてこなかった。


「ハァ……ハァ……ハァハァ……ハァハァ……」

 しかし(なま)ったな俺も。

 体力だけならメンバーの誰にも負けない自信があったのに――息が、なかなか戻らない。

「仕方ねぇか……引きこもってれば、な」

 自業自得だよ。

「――追放系って言うんだっけ? ミジメよな……まさか自分が追放される側になるとか夢にも思わなかった……」


 たった一度の過ち。

 だけど取り返しのつかない過ち。

 俺は――仲間の期待を大きく裏切ってしまった。

 もはや俺には、合わせる顔がない。

 そんなドン底の中で――――俺は異世界へと飛ばされた。


 元の世界と何の繋がりもない【異なる世界】。

 居場所を失った俺には、ある意味僥倖(ぎょうこう)と言えるのかもしれないが……人間、どんな場所であっても人と人との繋がりは出来る。

 世話したり世話になったり、手を借りたり手を差し伸べたり。

 受けた恩は返さなきゃいけないし、かけた迷惑は挽回するのが男ってもんだ。

 だからこそ――

「コイツだけは届けないと……約束を果たさなきゃ、死んでも死にきれない」

 待ってろよフランチェスカ、漢・淡口竜哉、この身に変えても……


「は????」


 決意も新たに、山を降りようとした瞬間……目が合った。

 火喰い龍よりは遥かに人型に近い――しかし、明らかに人間とは異なる異形の存在。

 血のような紅い目に、尖った耳。不気味なほどに青白い肌。

 とりわけ違うのは歯だ。禍々(まがまが)しい牙が光を放っている!

(吸血鬼!)

 野生の吸血鬼が、舌舐めずりしてる! 滅多にない「ご馳走」を前にして!

「イヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!」

 古典の吸血伯爵とは趣の違う野蛮な笑みで、僕に襲いかかる!

 ブラム・ストーカーというよりはバイオハザードだ!

 近代型の全速力吸血鬼じゃん! 日光もへっちゃらなタイプかよ!

「やめろ! この野郎!」

 と拒んだところで、化け物の勢いが削がれるはずもなく、

「この! キメェんだよ!」

 力任せに振り解こうとしても、解けない。

 さすが人外の魔物は規格外、並みの筋力じゃ太刀打ちできない!

「俺はコイツ(火種)を届けなきゃいけないんだ……こんなところでくたばるワケには……!」

 必死の抵抗を試みるが……焼け石に水。

「イヒ! イヒ! イヒヒヒヒヒ!」

 ガッチリと組み伏せられ、身動きできない!

 助けを求めようにも、こんな辺鄙(へんぴ)なダンジョンじゃ……

「くそぉぉ!」

 恍惚の笑みを浮かべ、迫りくる牙!

 妖しく濡れて光る二本の牙が、俺の頸動脈を目掛けて……


 バコォォォォォォン!!!!


 消えた。

 俺を組み敷いていた野良バンパイアが、一瞬でフレームアウトした。

(何が???? 起きた????)

 代わりに視界へ飛び込んできたのはタイヤ。

 古めかしいスポークホイールに、軽く小気味よいピストンの音。

「バイク!」

 野良バンパイアを吹っ飛ばしたのは異世界バイクだった!


「あーた……まだ生きてらっしゃる?」

 まるで昔の複葉機乗りみたいな、オールドスタイルのゴーグルとヘルメット。

 金色の髪を後ろ手に束ね、くるぶしまで隠れるほどの黒いロングドレス。

 俺を助けてくれたのは、少女だった。

「あ、ああ……」

 バイクと言ってもチャリンコみたいな華奢なヤツだが。まさに「原動機付き自転車」と呼ぶに相応しい、ミニマムな単車だった。

 事故ったら、相手の車より自分がクラッシュしかねないくらいの。

(でも単車は単車!)

 人が走るよりも絶対に速いはず!

「俺は平気だ。それよりキミ、これを届けてくれ!」

 俺は咄嗟に『火種』の革袋を、バイクの彼女へ差し出した。

「これを街一番の変人錬金術師に届けてくれ! 頼む!」

「いやよ」

「え? だってキミ……」

 彼女は大きな緑色のバック背負っていた。ロゴ入りの。巨大サイコロみたいな形状の。

 それってUber Eats的なアレでしょ?

 まさかUber Eatsは異世界でもフードデリバリー専門だから、荷物は請けられませんってこと?


「あーた、吸血鬼に襲われてたんでしょ?」

「そうだけど……?」

「だったら、早くお逃げなさい。また襲われるわよ?」

 とか、森のくまさんみたいなことを言いだす異世界Uber Eats少女。

 その吸血鬼は、キミがバイクで吹っ飛ばし…………アッー!!!!


「フヒ……フヒヒ……」

 いつの間にか息を吹き返している!

 そうか! 吸血鬼といえば不死の怪物! トドメを刺すには対吸血鬼用殲滅武器が要る!


「あーた、乗りなさい!」

 バイクの少女は背負っていたバッグを放り捨てて、俺にタンデムを指示した。

「でも……」

「いいから乗るの! 窮地の民を見捨てるなど、リリエンタールの名折れでございますわよ!」


「フヒー!!!! フヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!」

 もはや躊躇(ためら)っている暇もない!

 このままでは、この異世界Uber Eatsまで巻き込んじゃう!


「分かった! 行ってくれ!」

 異世界スーパーカブの荷台に跨り、俺は彼女の好意に乗った。

 いくら価値のない命だとしても、吸血で干からびるのはゾッとしないし!


 ☆


「うぉぉぉぉぉ!」

 岩だらけのノーグロードを猛然と駆け下りる異世界スーパーカブ!

 タイヤの質が悪いのか、サスペンションの出来が酷いのか、とにかく最低の乗り心地だったが、

 吸血鬼に襲われるよりは随分とマシだ。


 ようやく傾斜も緩やかになり、ホッと一息。

「助かったよ。縁起でもない死に方をするところだったわ……」

「あーた、まだ安心は早いわよ」

「え?」


「フヒヒヒヒヒヒ! スワセロ―! 人ノ血ー!!!! 新鮮な生き血ィィィィ!」

「嘘だろ!?」

 まだ追ってきてる! コウモリに姿を変えて!

「そ、そんなのアリかよ!?」

 しかも異世界スーパーカブ、快調なダウンヒルとは違い、平坦では目に見えて遅い!

 超安全運転のオバちゃんスクーターよりも遅い! トロトロトロトロとしか進んでない!

「こいつ、もっとスピード出せないの?」

「わたくしに仰らないでくださる?」

 見れば彼女の右手は全開フルスロットル、加減なしの全速力だ。

 それでこの遅さ?

 いったい何ccのミニバイクなんだ?

(整備不良の原付きだって、もう少し速く走れるだろ?)

 何かトラブルでも抱えているんじゃないか? と思い、

 身を乗り出して、バイクの構造を確かめてみると……

(ん?)

 マフラーだとばかり思っていたパーツがマフラーじゃない。

 煙が出ていることは出ているが……内燃機関の排気ガスというよりは煙突のような……

(これは……!)

 駆動輪から逆算すると、ピストンの動力を生むシリンダーには、見慣れない筒状の突起が張り出しており、そこに熱源を当てられている――――まさかこれ外燃機関?

(す、スターリングエンジンか?)

 そりゃ出力が出ないはず!

 スターリングエンジンは進んだ耐圧シール技術がなければ実用には足らない。そう専門家から聞いた気がする。

 むしろよく動いている方だ、この世界の技術で!


 だが!

 そんなことに感心している場合じゃない!

「フヒヒヒヒヒ!!!! 逃さんぞオォぉぉぉ!!!! 血! 活きの良い人の血ィィ!!!!」

 コウモリにメタモルフォーゼした野生の吸血鬼が猛然と迫ってきている!

 完全にコウモリが速い! 街は見えるが遠く彼方。追いつかれるのは時間の問題だ!


「これはもう……ヤルしかないか!」

 もはや俺だけの問題じゃない。俺を救ってくれた彼女を巻き込めるものか!

 俺はもう、誰にも迷惑をかけたくない!

「後悔したくないんだよ! 俺はァ!」

 そう叫ぶと俺は――革袋に入った鉱石を握りしめた。

 それは、ノーグロードで集めてきた貴重なドロップ素材。巨大な火喰い龍が蔓延(はびこ)る高難易度ダンジョンを駆け抜け、フランチェスカのために採ってきた代物ではあるが――

 ここでくたばったら、何もかも水の泡だ!

 俺は生きる!

 生きてこの『火種』をアイツに届けなくちゃ、死んでも死にきれない!

「爆ぜてみせろ! カァァァァブ!」

 一か八か――シリンダーから伸びる金属の突起、それを加熱する熱源に、虎の子の『火種』を投入した!


 バフッ! ブフォォォォォォォォォ!!!!


 するとダッシュ! 目論見通りにダァァァァッーシュ!

 ニトログリセリンをブチ込んだレシプロエンジンのように、猛烈なマリオカートダッシュ!

 クランクシャフトが千切れんばかりの勢いでピストンだ!

「いっけえええええええ!!!!」

 豪快な土煙を上げて、疾走するバイク! 怪人変化のコウモリを置き去りにして。

 ライダーの彼女は必死にハンドルを抑えつけ、強引に前輪を地面に押し付ける!

 ちょっとでも気を抜けば、転倒の憂き目だ! がんばれ異世界Uber Eats!

 あと少し!

 もう少しだけ保ってくれよ! 異世界スーパーカブ!

 諦めの悪い、野良吸血鬼を振り切るまで!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] なにこれ! 超、面白いんだけど! 脳内再生アニメ化フルスロットル!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ