1-1 竜哉、異世界Uber Eatsに助けられる
「クソッ! 話が違うじゃねーか!」
俺は追い詰められていた。
ところはダンジョン。ノーグロードとかいう、クソ熱い火山のダンジョンで。
「あんなのと鉢合わせするなんて、聞いてねぇぞ……」
巨大な岩陰から覗き込むと――その大岩すらも凌駕する龍が、ブワブワと火を吹いていた。
まさか科学忍法火の鳥が敵に回ると、こんなにも厄介な難物だったとは……
ギャラクターの気持ちが痛いほど分かる。
いや、分かりたくなかったが。
「これも報いか?」
日頃の行い――というよりも俺自身の因果応報か?
フランチェスカは言っていた。
『ノーグロードへ行くのなら、カーサに気をつけなよ。今のキミでは、秒で黒焦げだ。まぁ、会えたらラッキーくらいの確率だとは思うがね。通常であればボス狩りパーティの餌食だ。よほどの悪運の持ち主でもなければ、カーサには出会えないよ』
遭っちゃったよフランチェスカ!
超熱ブレスの温度を頬に感じるほどの距離に火喰い龍がいる!
普段と違う「異物」の気配に、警戒心が昂ぶっているようにも見える。
火喰い龍カーサ――
対火属性の高級装備で固めたボス狩りパーティでもなければ対処不能な怪物だ。もし迂闊に飛び出したら、黒焦げは必至。
ああどうして? 今日に限って討伐パーティが見当たらないのか?
「クソッ!」
俺ならば、ここで死んだって構わない。
どうせ俺は【死んでいる】。生きていても意味がない男さ。
異世界転生で今度こそ幸せを掴む、そんなことを望む資格もない。
そういう男だと自分で分かっている。
だが! コイツだけは!
せっかく収集した、この『火種』だけは――アイツに届けてあげたい。
拾ってもらった恩がある。迷惑をかけた罪滅ぼしでもある。
たとえ死ぬにしてもコレだけは、なんとかアイツの元まで届けたいのに!
「む?」
プラトーン状態で懇願した願いが天に届いたか?
神経質に辺りを窺っていた火龍が……警戒を緩めて、ダンジョンの奥へ向かっていく。
(どうしたんだ?)
もう異物の気配には興味を失ったのか?
「――ままよ!」
そんなことはどうでもいい!
考えるよりも先に動け! 躊躇なんかしてる場合じゃない!
僅かの隙でも逃したら次はない!
(怖ッ!)
背中側で巨大質量が蠢く気配がする! 熱い風圧が後頭部を掠める!
それでも振り返るな! そんな暇があるならば走れ!
出口だけを目指して走れ! 決死のダッシュだ淡口竜哉!
☆
助かった……奇跡的に。
ダンジョンの主は、洞窟の外までは追いかけてこなかった。
「ハァ……ハァ……ハァハァ……ハァハァ……」
しかし鈍ったな俺も。
体力だけならメンバーの誰にも負けない自信があったのに――息が、なかなか戻らない。
「仕方ねぇか……引きこもってれば、な」
自業自得だよ。
「――追放系って言うんだっけ? ミジメよな……まさか自分が追放される側になるとか夢にも思わなかった……」
たった一度の過ち。
だけど取り返しのつかない過ち。
俺は――仲間の期待を大きく裏切ってしまった。
もはや俺には、合わせる顔がない。
そんなドン底の中で――――俺は異世界へと飛ばされた。
元の世界と何の繋がりもない【異なる世界】。
居場所を失った俺には、ある意味僥倖と言えるのかもしれないが……人間、どんな場所であっても人と人との繋がりは出来る。
世話したり世話になったり、手を借りたり手を差し伸べたり。
受けた恩は返さなきゃいけないし、かけた迷惑は挽回するのが男ってもんだ。
だからこそ――
「コイツだけは届けないと……約束を果たさなきゃ、死んでも死にきれない」
待ってろよフランチェスカ、漢・淡口竜哉、この身に変えても……
「は????」
決意も新たに、山を降りようとした瞬間……目が合った。
火喰い龍よりは遥かに人型に近い――しかし、明らかに人間とは異なる異形の存在。
血のような紅い目に、尖った耳。不気味なほどに青白い肌。
とりわけ違うのは歯だ。禍々しい牙が光を放っている!
(吸血鬼!)
野生の吸血鬼が、舌舐めずりしてる! 滅多にない「ご馳走」を前にして!
「イヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!」
古典の吸血伯爵とは趣の違う野蛮な笑みで、僕に襲いかかる!
ブラム・ストーカーというよりはバイオハザードだ!
近代型の全速力吸血鬼じゃん! 日光もへっちゃらなタイプかよ!
「やめろ! この野郎!」
と拒んだところで、化け物の勢いが削がれるはずもなく、
「この! キメェんだよ!」
力任せに振り解こうとしても、解けない。
さすが人外の魔物は規格外、並みの筋力じゃ太刀打ちできない!
「俺はコイツを届けなきゃいけないんだ……こんなところでくたばるワケには……!」
必死の抵抗を試みるが……焼け石に水。
「イヒ! イヒ! イヒヒヒヒヒ!」
ガッチリと組み伏せられ、身動きできない!
助けを求めようにも、こんな辺鄙なダンジョンじゃ……
「くそぉぉ!」
恍惚の笑みを浮かべ、迫りくる牙!
妖しく濡れて光る二本の牙が、俺の頸動脈を目掛けて……
バコォォォォォォン!!!!
消えた。
俺を組み敷いていた野良バンパイアが、一瞬でフレームアウトした。
(何が???? 起きた????)
代わりに視界へ飛び込んできたのはタイヤ。
古めかしいスポークホイールに、軽く小気味よいピストンの音。
「バイク!」
野良バンパイアを吹っ飛ばしたのは異世界バイクだった!
「あーた……まだ生きてらっしゃる?」
まるで昔の複葉機乗りみたいな、オールドスタイルのゴーグルとヘルメット。
金色の髪を後ろ手に束ね、くるぶしまで隠れるほどの黒いロングドレス。
俺を助けてくれたのは、少女だった。
「あ、ああ……」
バイクと言ってもチャリンコみたいな華奢なヤツだが。まさに「原動機付き自転車」と呼ぶに相応しい、ミニマムな単車だった。
事故ったら、相手の車より自分がクラッシュしかねないくらいの。
(でも単車は単車!)
人が走るよりも絶対に速いはず!
「俺は平気だ。それよりキミ、これを届けてくれ!」
俺は咄嗟に『火種』の革袋を、バイクの彼女へ差し出した。
「これを街一番の変人錬金術師に届けてくれ! 頼む!」
「いやよ」
「え? だってキミ……」
彼女は大きな緑色のバック背負っていた。ロゴ入りの。巨大サイコロみたいな形状の。
それってUber Eats的なアレでしょ?
まさかUber Eatsは異世界でもフードデリバリー専門だから、荷物は請けられませんってこと?
「あーた、吸血鬼に襲われてたんでしょ?」
「そうだけど……?」
「だったら、早くお逃げなさい。また襲われるわよ?」
とか、森のくまさんみたいなことを言いだす異世界Uber Eats少女。
その吸血鬼は、キミがバイクで吹っ飛ばし…………アッー!!!!
「フヒ……フヒヒ……」
いつの間にか息を吹き返している!
そうか! 吸血鬼といえば不死の怪物! トドメを刺すには対吸血鬼用殲滅武器が要る!
「あーた、乗りなさい!」
バイクの少女は背負っていたバッグを放り捨てて、俺にタンデムを指示した。
「でも……」
「いいから乗るの! 窮地の民を見捨てるなど、リリエンタールの名折れでございますわよ!」
「フヒー!!!! フヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!!」
もはや躊躇っている暇もない!
このままでは、この異世界Uber Eatsまで巻き込んじゃう!
「分かった! 行ってくれ!」
異世界スーパーカブの荷台に跨り、俺は彼女の好意に乗った。
いくら価値のない命だとしても、吸血で干からびるのはゾッとしないし!
☆
「うぉぉぉぉぉ!」
岩だらけのノーグロードを猛然と駆け下りる異世界スーパーカブ!
タイヤの質が悪いのか、サスペンションの出来が酷いのか、とにかく最低の乗り心地だったが、
吸血鬼に襲われるよりは随分とマシだ。
ようやく傾斜も緩やかになり、ホッと一息。
「助かったよ。縁起でもない死に方をするところだったわ……」
「あーた、まだ安心は早いわよ」
「え?」
「フヒヒヒヒヒヒ! スワセロ―! 人ノ血ー!!!! 新鮮な生き血ィィィィ!」
「嘘だろ!?」
まだ追ってきてる! コウモリに姿を変えて!
「そ、そんなのアリかよ!?」
しかも異世界スーパーカブ、快調なダウンヒルとは違い、平坦では目に見えて遅い!
超安全運転のオバちゃんスクーターよりも遅い! トロトロトロトロとしか進んでない!
「こいつ、もっとスピード出せないの?」
「わたくしに仰らないでくださる?」
見れば彼女の右手は全開フルスロットル、加減なしの全速力だ。
それでこの遅さ?
いったい何ccのミニバイクなんだ?
(整備不良の原付きだって、もう少し速く走れるだろ?)
何かトラブルでも抱えているんじゃないか? と思い、
身を乗り出して、バイクの構造を確かめてみると……
(ん?)
マフラーだとばかり思っていたパーツがマフラーじゃない。
煙が出ていることは出ているが……内燃機関の排気ガスというよりは煙突のような……
(これは……!)
駆動輪から逆算すると、ピストンの動力を生むシリンダーには、見慣れない筒状の突起が張り出しており、そこに熱源を当てられている――――まさかこれ外燃機関?
(す、スターリングエンジンか?)
そりゃ出力が出ないはず!
スターリングエンジンは進んだ耐圧シール技術がなければ実用には足らない。そう専門家から聞いた気がする。
むしろよく動いている方だ、この世界の技術で!
だが!
そんなことに感心している場合じゃない!
「フヒヒヒヒヒ!!!! 逃さんぞオォぉぉぉ!!!! 血! 活きの良い人の血ィィ!!!!」
コウモリにメタモルフォーゼした野生の吸血鬼が猛然と迫ってきている!
完全にコウモリが速い! 街は見えるが遠く彼方。追いつかれるのは時間の問題だ!
「これはもう……ヤルしかないか!」
もはや俺だけの問題じゃない。俺を救ってくれた彼女を巻き込めるものか!
俺はもう、誰にも迷惑をかけたくない!
「後悔したくないんだよ! 俺はァ!」
そう叫ぶと俺は――革袋に入った鉱石を握りしめた。
それは、ノーグロードで集めてきた貴重なドロップ素材。巨大な火喰い龍が蔓延る高難易度ダンジョンを駆け抜け、フランチェスカのために採ってきた代物ではあるが――
ここでくたばったら、何もかも水の泡だ!
俺は生きる!
生きてこの『火種』をアイツに届けなくちゃ、死んでも死にきれない!
「爆ぜてみせろ! カァァァァブ!」
一か八か――シリンダーから伸びる金属の突起、それを加熱する熱源に、虎の子の『火種』を投入した!
バフッ! ブフォォォォォォォォォ!!!!
するとダッシュ! 目論見通りにダァァァァッーシュ!
ニトログリセリンをブチ込んだレシプロエンジンのように、猛烈なマリオカートダッシュ!
クランクシャフトが千切れんばかりの勢いでピストンだ!
「いっけえええええええ!!!!」
豪快な土煙を上げて、疾走するバイク! 怪人変化のコウモリを置き去りにして。
ライダーの彼女は必死にハンドルを抑えつけ、強引に前輪を地面に押し付ける!
ちょっとでも気を抜けば、転倒の憂き目だ! がんばれ異世界Uber Eats!
あと少し!
もう少しだけ保ってくれよ! 異世界スーパーカブ!
諦めの悪い、野良吸血鬼を振り切るまで!