幕間「ミヅキという少年」
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俺の名前はミヅキ・ハラダ。
男なのに、ミヅキという女の子のような名前になった名前の由来は八月生まれだったから。
八月の異名に“観月”というのがあるから、らしい。
だから、というわけでは無いが、俺は昔から男であるこの身体に違和感を覚えていた。
子供の頃から、ヒーローより魔法少女に憧れ、カッコいいものよりカワイイものをより好きになったし、男子達と話すより、女子達と話す方が気楽で良かった。
そのせいで、周りからは変な目で見られることも多かった。
男子のクラスメイトからはからかわれ、女子のクラスメイトからも成長するに連れて奇異な目で見られることが増えていった。
性同一性障害、そういう言葉を知ったのは高校生くらいになってからだった。
身体は男なのに、心は女。
勿論、その逆のパターンもあるが、そんな身体と心の性別が噛み合わないという症例が、世の中にはあるらしい。
他のパラレルワールドではどうか分からないが、少なくとも俺達の世界では未だ馴染みのない症例で(病におかされたり、戦争で失ったりした身体の部位を、簡単に機械に置き換えられる世界ではあるが、逆に言えば機械文明だけが異常に進み過ぎたせいで、そういった精神的、内面的な学問はほとんど進んでいないというのが現状だ)、俺は“男のくせに女みたいなヤツ”として、時に仲間外れにされたり、イジメのターゲットにされたりした。
そんな俺だったから、高校には通わず、家に引きこもるようになった。
そして、週に何度か、俺は女装をして出歩く生活を始めた。
やはり、男物の服より女性服の方がしっくりくる。
日頃溜まったストレスを発散する意味でも、俺にとって女装している時間はとても大切なものとなった。
ちなみに、俺が女装して出歩いているのは家族にも内緒にしていた。
そんな日陰者だった俺にも、唯一自慢の出来る、7つ程歳の離れた弟がいた。
小学生ながらに、なかなか整った顔立ちで、カッコよさの中にもカワイらしさを残しており、おまけに文武両道で、性格も申し分ないという、お手本のような美少年だった。
そんな弟に、俺は…、恋心のようなものを、抱いていたんだと思う。
仮に姉だったとしても問題なのに、それが兄であったのなら、問題どころの騒ぎではない。
しかも相手は小学生だ。
だから、俺はその想いを必死に隠し、弟とは出来るだけ距離を置きながら生活をしていた。
だが、そんなある日、女装した俺の姿を弟に見られてしまった。
両親ならまだしも、よりにもよって弟に見られてしまったのは、本当に失態だった。
ただでさえ引きこもりで出来の悪い兄として軽蔑されていると思っていたから、余計に嫌われると思った。
他人からの罵詈雑言ならばなんとか耐えられる、だが、最愛の弟からの、となると、とても耐えられそうになかった。
しばらく呆然として、その場で立ち尽くしている俺を見た弟の第一声は、
『わっ!お兄ちゃんキレイ!!とてもカワイイよ!!』
一瞬、俺は何を言われたのか分からなかった。
脳がゆっくりと弟の言葉を理解するにつれて、俺は弟から『キレイ』『カワイイ』と言われたことが嬉しくて、気付けば俺の目からは、涙がこぼれ落ちていた。
『わ!?お兄ちゃん大丈夫!?何処か痛いの!?』
本当に、俺の弟はどうしてこうも良く出来た弟なのか…
俺にとっての人生の救いは、素敵な弟に出会えたことだけだった。
しかし、同時にそれは、弟の人生にとっては、とても不幸なことでもあったのだろう。
それから、俺は時々弟にせがまれて、女装した姿で一緒に出かけることが増えていった。
『僕ね、お姉ちゃんも欲しかったからとても嬉しい!!
今だけは、お兄ちゃんのこと、お姉ちゃんって呼んでもいい?』
とても純真な目を向けてくる弟の姿が眩しくて、俺はこんな弟と一緒にいていい人間なのか?と疑問に思うことが多々あったが、それでも、この幸せな時間がいつまでも続けばいいと思っていた。
しかし、そんな幸せな時間は唐突に終わりを告げる。
その日も、俺は女装して弟と街を歩いていた(弟曰く“デート”らしい)ら、弟の小学校のクラスメイトとバッタリ出くわした。
『お前んちの兄ちゃん女装してんのかよ!?』
『変態兄貴!変態兄貴!』
『お前、まさかその女装兄貴のこと好きなの!?』
『ははははは!弟も変態だ!!男女にホモ弟!』
俺に対する悪口だけなら耐えられる。
何度も言われてきたことだったから。
だけど、弟に対する暴言だけは許せなかった。
だから、俺は何とか誤魔化そうと、俺と弟とは何の関係も無いことを説明しようとしたのだが、その前に、
『うるさいうるさい!
兄ちゃんは変態なんかじゃない!
キレイでカワイくて、優しい、僕の大好きなお兄ちゃんだ!!』
弟がそんなことを言ってしまったものだから、クラスメイトからのからかいがさらにエスカレートした。
『わーお!ラブラブなんでちゅね~♪』
『弟もお兄ちゃん大好きの変態さんでしたか~♪』
『おいお前ら!あんまそいつに近付くなよ?ホモがうつるぞ!』
『うげー!エンガチョー!』
この糞餓鬼共が…っ!
俺の、俺の大切な弟を馬鹿にしやがって!!
コイツは、俺とは違うんだ!
コイツは、俺なんかよりもずっといいヤツで、立派で、素敵な男なんだ!!
俺なんかと関わってしまったせいで、弟の人生に汚点が付いていいわけがない。
やっぱり、俺は弟と関わるべきじゃなかった…!
怒りと後悔がない交ぜになり、つい出てきてしまった言葉が、
『違う…!俺とコイツは何の関係もない!
俺は、弟のことなんか好きでもなんでもないっ!!
だから、』
心にも無い嘘、なんとかその場を誤魔化そうとするためだけについて出た、一言。
その一言が、弟を傷付けてしまった。
『お…、お兄、ちゃん…、そっか、そうだったんだね…、ゴメンね、僕なんかに付き合わせて、女装までしてもらって…
本当に、ゴメンなさい…っ!』
気付けば、弟はその場から駆け出していた。
『あっ…、違っ、俺は…っ!!』
慌てて追いかけたが、引きこもりの俺の足では、小学生の足に追い付くことが出来ず…
そして、聞こえてくる急ブレーキの音と何かがぶつかるような衝撃音、続いて聞こえてくる悲鳴と『誰か救急車!!』『男の子がトラックにはねられた!!』という数人の男女の叫び声。
俺が再び弟を見たのは、病院のベッドに横たわる、冷たくなった弟の姿だった。
*
それからの数年の俺の記憶は曖昧で、気付けば“新人類教”にいて、“ポーション”と呼ばれる麻薬のようなものを受け取っていた。
『それを服用して自殺すれば、あなたの魂が覚醒し、
超能力者として生まれ変わることが出来ます』
俺に“ポーション”をくれたジョウゴと名乗る男の言葉を全て信じたわけじゃない。
しかし、人生の全てに絶望していた俺は、何か自殺するきっかけが欲しかったんだと思う。
それで転生して、別の人間として生まれ変われるなら儲けもの、という感じだった。
そんなある時、俺と同じように“ポーション”を受け取った男が、俺がアルバイトをしているカラオケ店で自爆テロを起こすから手伝ってくれと言ってきた。
何故カラオケ店で?と思ったら、その男、『カラオケ店ならギャルとかかわいい娘が大勢来るだろうから、あわよくばそいつらをヤッて、未練無く自殺したいだろ?そんで転生出来なくても悔いはねぇし、転生出来たならもう一回別の女共とヤリたい放題だからな!』とか最低なことを言ってきやがった。
何とか理由をつけて断りたかったが、その男は強引で、ある日、俺のシフト中にカラオケ店に乗り込んでくると、俺の予備の従業員制服を勝手に拝借し、何処で手に入れたのか睡眠薬をカラオケ店に持ち込み、従業員や客の飲み物に混ぜる準備を始めたのだ。
彼の行為を止めるべきだとは分かっていた一方で、この世界に何の未練も無かった俺は、もうどうでもいいか、という思いもあって、結局彼の行為をそのまま黙認することにした。
それから、彼は『カワイイ娘らのいる部屋を探すから、そいつら以外の連中に睡眠薬を盛った飲み物を配ってくれ』と言って、各部屋の監視カメラ映像を見られるモニター室へと入っていった。
ちなみに、その時点で俺以外の従業員はすでに眠らされている。
平日だから、そこまで客数も多くなく、俺は一人でもなんとか業務をこなせていた。
そして、夕方過ぎて、学校を終えた学生達がやって来る時間帯に、彼らがやって来たのだ。
『いらっしゃいま…、っ!?』
五人の女の子達に囲まれた一人の少年、その少年の姿が、弟にそっくりだったのだ。
いや、落ち着け!
そっくりと言っても弟は小学生で、あの子は高校生…、にしては少し幼く見えるが、でも、アイツが成長したら、あんな感じに、なってたのかな……?
何処となく雰囲気も少しに似てるし……
などと思っていたら、さらに衝撃の事実が俺を驚かせた。
『ムツキ君は最初に頼むドリンク何にする?』
ムツキ、だって…!?
まさか、見た目や雰囲気だけでなく、名前まで同じなんて…!?
八月生まれの俺に対し、弟は一月生まれで、その別名“睦月”から名付けられた。
弟にそっくりな見た目で、名前まで同じ男の子と、こんな所でこんな日に出会うなんて…
さらに彼の連れていた女の子達が、モニター室にいる男のお眼鏡にかなったらしく、彼は彼女達を犯した上で自爆テロを結構すると言ってきた。
…そうだ、アイツは俺の弟のムツキじゃない、アイツらがどうなろうと、俺には何の関係も無いんだ。
そう、自分に言い聞かせて成り行きを見守っていたら、何のことはない、男は作戦に失敗し、女の子達に返り討ちにあったのだ。
その際、ムツキが怪我をしたのが気になったが、彼はサイボーグらしく、連れの女の子達が手当てしてたから問題は無いだろう。
…いや、だから、俺とアイツとは何の関係も無いんだ。
だから、気にする必要なんて何も無い…
そのハズだったのに、俺はその日から彼のことが、ムツキのことが気になって気になって仕方なくなってしまっていた…
*
それから数日後、俺は“ポーション”を飲んで、一人暮らしをしているアパートの一室で自殺した。
超能力者になることにそこまで固執していたわけではなかったので、大勢を巻き込んでの自爆テロみたいなことはしたくなかった。
これ以上、アイツのことを考えているのが辛いと思ったから、楽になろうと思ってのことだったが、運命の神様とやらの悪戯で、俺が転生したのは、そのムツキの遺伝子上の兄となるクローンサイボーグNo.8、アハトンの肉体だった。
そして、今俺の目の前にはそのムツキが、俺の敵として存在している。
ああ…、本当に……
俺の、私の人生って、最低で最悪だ………




