第4話「ムツキVSアハトン」
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モモコ姉さんとサティス姉さんが戦っている頃、僕ことムツキはアハトン兄さんと対峙していた。
アハトン兄さんのサイボーグとしての能力は主に水中戦に特化したもの、そして僕のサイボーグとしての能力は主に地中活動(地面に潜って敵の不意を付いたり、罠を設置したりなど)に特化したものだから、お互いにこのコンクリートで囲まれた地下施設内ではサイボーグとしての能力が発揮できない環境ということになる。
だから、お互いに素手か、右太腿に収納された武器、レーザーガンを使った戦いということになる。
だけど、僕としては出来ればアハトン兄さんとは戦いたくない。
今のアハトン兄さんは、元々の魂無きアンドロイド型サイボーグではなく、何者かの魂が宿った転生者だ。
まずは、彼が何者なのか、その確認をしておきたかった。
「ねぇ、アハトン兄さん…、って、呼んでもいいかな?」
「…好きに呼べばいい。前の、この身体に宿る前の俺は、捨ててきた」
「うん、分かった。
じゃあ、アハトン兄さん、あなたは何者ですか?“新人類教”のメンバー、ってことでいいのかな?」
「それを知ってどうする?」
「まずは兄さんのことが知りたいんだ。
何も知らずに戦うのは、嫌だから」
「それは、俺がこの身体のオリジナルの関係者の、その前世の魂が宿ってるんじゃないか、ってことを心配してるのか?
心配しなくていい、俺はヨウイチってヤツとは無関係だし、会ったことも無い。
この世界で生まれ、この世界に絶望し、“新人類教”に入って全てを壊したいと願った、ただのどうしようもない社会不適合者だよ」
「そっか…」
ヨウイチ兄さんとは無関係の魂、という意味では僕と同じだ。
ただし、僕の場合は前世の記憶なんてものはなく、クローンサイボーグNo.6、ゼッツとしてこの世界に生まれてきた存在だ。
この世界に生まれ、“新人類教”のメンバーとして超能力者として覚醒するために、恐らくは一度自殺して、クローンサイボーグNo.8、アハトンの身体に転生した彼とは事情が少し違うけど。
でも、ヨウイチ兄さん達と前世の繋がりの無いクローン兄弟として、僕はアハトン兄さんと仲良くしたい、その願いがより一層強くなった。
「ねぇ、良ければもう少し兄さんのこと、」
「これ以上話すことはないよ、オレは命じられた通り、君達を捕獲するために戦う」
そう言うと、アハトン兄さんが両手をこちらへ向けてきた。
僕は咄嗟に両手をクロスさせて防御の構えを取ったが、何も起こらなかった。
「今、何を…?」
すると、次第に息苦しくなってきた。
「あ…、かっ…!?な…、にが…?」
「油断したね、俺にはサイボーグとしての能力だけでなく、超能力にも覚醒しているんだ」
「超…、能力…!」
やっぱりアハトン兄さんは超能力者に覚醒していたのか…!
だけど、この能力は一体…?
僕の周囲の空気だけ薄くなっているような…?
「俺の超能力は『圧力操作』、今君の周りの空気圧を一時的に下げている。
空気圧が下がれば、空気も薄くなる。
所謂、高山病のような症状が今君に起こっているというわけさ」
なるほど、それで息苦しくなったわけか。
これは、確かに人間同士の戦いだったら厄介だったけど、僕は改造人間、サイボーグだ。
僕は一時的に呼吸機能を停止させると、体内の酸素ボンベを起動した。
こうすることで、約30分間呼吸せずとも活動が可能になる。
そして、その状態で僕は右太腿に収納されたレーザーガンを取り出し、アハトン兄さんに狙いを付けたが、
「遅いよ」
アハトン兄さんは、一瞬で僕の左真横に回り込み、僕の後頭部目掛けて右足によるハイキックを放った。
「あぐ…っ!?」
その衝撃で、僕は前のめりに倒れ込み、さらに持っていたレーザーガンを落としてしまった。
「しま…っ!」
慌てて落としたレーザーガンを拾おうと右手を伸ばしたが、アハトン兄さんに右手を踏まれてしまう。
「痛っ…!?」
「呆気ない終わりだったな、ゼッツ」
アハトン兄さんは、すでに右手に自分のレーザーガンを構えており、僕の後頭部にピッタリと照準を合わせていた。
「…僕の名前はムツキだよ」
「ああ、知ってるよ。
最後に、言い残したことはないか?」
「最後なんかじゃないよ」
「この状況で、まだ諦めないのか?」
「勿論。
だって、僕は、ヨウイチ兄さんのような、大切な人全員が幸せになれるハーレムを作るんだ」
「ハーレム…、それは、あのカラオケ店にいた彼女達のことか?」
「…!?カラオケ店のことを、知ってるの!?」
「あ…っ!い、今はそんなことどうでもいいだろ!?
というか、君は弱いくせにハーレムの皆を幸せになんて出来るわけがないだろ!?
あの時だって、君は結局女の子達に守られただけで、ほとんど何も出来なかったじゃないか!!」
「そこまで、知ってるんだ…
確かに、僕は弱いよ、あの時もムツミさん達皆に助けられた…
だから、今度こそ僕は皆を助けたい、いや、助けてみせる!」
「そんな根性論みたいなことで、」
「その皆の中には、アハトン兄さんも入ってる!
あなたも、僕にとっては大切な…、愛すべき家族だから!!」
「…っ!?」
「だから、兄さん!僕は、」
「うっ…、うるさい!!
私…、いや、俺は、君のことなんか…っ!!」
アハトン兄さんの指が、レーザーガンの引き金にかかった。
しかし、兄さんが引き金を引く直前、僕は左手に隠し持っていたリモコンのスイッチを起動した。
「…あぐっ!?きゃああああああああああっ!?!?」
その瞬間、兄さんの全身に電流が流れ、兄さんの口からは女の子のような悲鳴が聞こえた。
*
「に、兄さん…?」
アハトン兄さんの足が僕の腕から離れたことで、僕は解放されて立ち上がり、未だ電流の影響で痺れるアハトン兄さんに駆け寄った。
「さ、触らないでっ!!」
だが、ふらつくアハトン兄さんの身体を支えようと伸ばした手を、アハトン兄さんは振り払った。
「に、兄さん…?いや、ひょっとして、姉さん、なの?」
「ち、違うっ!!わた…、俺は男だ!正真正銘男として生まれて、男として育てられたんだ!!
俺は間違いなく生物学的に男のハズなんだ!!なのに…、俺の心は…!くそぉおおおおおっ!!
見るなっ!!そんな目で見ないでよっ!!私は…、俺は男なんだぁああああああっ!!」
苦しそうに泣き叫ぶアハトン兄さんの身体を、僕は思わず抱き締めていた。
「なっ…!?お、俺に触れるなと、」
「大丈夫、大丈夫だから。
どんな兄さんだって関係ないよ、今の兄さんは僕にとって大切な家族なのには変わらないから」
「…そんな家族に、電流を流したってのか?」
「うん、ゴメンね…
後でいっぱい怒られてもいいから、今は、兄さんを助けるために必要だって思ったから…」
最初に、アハトン兄さんに何者か訪ねた時、兄さんは、
『この世界で生まれ、この世界に絶望し、“新人類教”に入って全てを壊したいと願った』
そう言っていたのを思い出す。
アハトンとして転生する前に、兄さんに何があったのかは分からないけど、きっと、凄い悲しいことがあったんだって思った。
だから、助けてあげたいって本能的に思った。
家族として、幸せにしてあげたいって思った。
そのために、まずは抱き締めよう、って思った。
僕の愛を兄さんに伝えるために、まずは抱き締めて、そして兄さんの悲しみを少しでも軽くしてあげられたらいいなと思って。
本当は、ゼロがアハトンに付けた首輪の電流発生装置なんかは使いたくなかったけど、綺麗事だけじゃものごとは上手くいかないから。
本気で誰かを愛し、助け、幸せにしたいと願った時、そのためにどうしても犠牲が必要なら、最低限の犠牲で済ませるべき。
最後に、絶対に後悔しないように…!
「兄さん、僕は兄さんのことが大好きだよ。
だから、僕達と一緒に幸せになろう」
「うるさいうるさいうるさいっ!!
オレは…っ、お前なんて大ッ嫌いだっ!!」
アハトン兄さんが僕を突き放し、そして両手を僕に向けた直後、兄さんの超能力『圧力操作』が発動し、僕の右腕周囲の空気圧が急激に下がった、それこそ、そこだけ真空状態になるような勢いで。
空気圧が下がり、真空状態になったことで、僕の右腕内の人工血液を含む水分が急速に沸騰し気化したことで、血管を含む身体の諸細胞が膨張し、僕の右腕は血渋きをあげながら吹き飛んだ。
僕の身体はアハトン兄さんのように海底や真空状態に耐えられるような身体ではないとはいえ、サイボーグの肉体が耐えきれない程の圧力操作が出来るなんて、とんでもない力だな…
などと、まるで他人事のように自分の状況を俯瞰する僕。
まるで世界がスロー再生されているような状況で、僕に両手を向けたアハトン兄さんの、ショックを受けて、今にも泣き出しそうな表情が目に入った。
「あ…、なっ……、し、しまっ…!
こんな、ここまでするつもりは……!」
そうか、アハトン兄さんは僕のために、泣いてくれてるんだ。
アハトン兄さんも、本当は優しい女の子なんだ。
その時、突然僕の脳内に、女の子の声が響いてきた。
『違う…!俺とコイツは何の関係もない!
俺は、弟のことなんか好きでもなんでもないっ!!』
そして、次の瞬間には、僕の意識はその女の子の意識と同調し、その女の子の過去へと飛ばされていた………




