馬車におもちゃが落ちてましたわ!
まだ旅立ってすぐですわよ!?
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「………どうしたものかしらね、これ?」
私は途方に暮れていた。
「ええっと……ど、どうしましょうか?」
イザベラも困ったように頭を掻いている。
今、私の腰には、とても小さなお猿さんがくっついていた。
埃にまみれた青色の短い髪と、ボロボロのドレスを着た、とても小さなお猿さんが。
そのお猿さんはさっきから一言も発しないまま、涙目で私のお尻のあたりにしがみついて動かない。
「………どうしたものかしら。」
私はもう一度呟き、溜め息とともに青空を見上げた。
私の名前はマリアンヌ・フォン・クローデル公爵令嬢。
隣国サランジェに向かう旅の途中、壊れた馬車の中から引っ張り上げたお猿さんに引っ付かれて動けなくなった麗しき令嬢。それが私ですわ。
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その半壊した小さな馬車を見つけたのは、私が出発に際し最高に気持ちいい高笑いをしたちょうど二時間後だった。はじめは魔物に襲われたものが打ち捨てられたのだろうと思ったが、それにしては馬車が真新しい。
しかも馬車の中からうめき声がするではないか。
私とイザベラは二人がかりで崩壊した馬車の瓦礫を掻き分けて、その中で丸くなっていたこのお猿さんを見つけて引っ張り上げた訳だ。
国外追放を命じられている以上、家に戻るわけにも行かないので、取り急ぎ近くに村があったのでそこの食堂で話を聞くことにしたのだが…。
「さて、まずはあなたのお名前を教えてくださる?」
「貴族に名乗る名前なんて無い!」
………この調子である。
開幕からカッチーンと来ましたわ。
よぉし、今日はまずあなたで遊んで差し上げますわ。
「…あ!マ、マリアンヌ様!?お、落ち着――」
「おーほほほほほほ!!そうよねぇ私としたことが失礼しましたわ!」
会心の高笑いに驚いたのか、お猿さんたら目を剥いてますわね?
でもここからですわよ?
「あなたと言えば!壊れた馬車から助け上げたこの私に!お礼の言葉も言えないまま!村までお尻にしがみついてきただけの野猿ですものねぇ!」
「なっ!?ち、違っ!?」
「あらあらー!全て事実ですわよー?今まで人間扱いされてたから勘違いしてたんじゃないかしら!でも仕方ありませんわねぇ!恩人に!お礼も!お名前も言えないんじゃ!やっぱりお猿さんに違いないですものねぇ!おーほほほほほほ!!!」
少女はこれまでここまで理路整然かつ小馬鹿にされたように罵倒されたことが無かったのか、顔を真っ赤にしながら涙目になっている。
「ぐぬうううううう!!わ、わかったよ!!助けてくれてありがとう!!あたしの名前はニノンだよ!これで満足!?」
「ええ、大変満足ですわ。野猿発言は撤回いたします。私はマリアンヌ。よろしくね、ニノン。」
だが、言われてることが屈辱的でも一応非は認めたようだ。
その柔軟さというか、子供らしい素直さだけは認めて差し上げましょう。
急に人間扱いされてまたしても驚いたのか、開いた口が塞がっていない。手玉に取るのって最高の愉悦ですわよね?むふふふふふ。
「マリアンヌ様、お人が悪いですよ。ニノンちゃん、私はイザベラ。マリアンヌ様に仕えてるけど、平民なんだ。よろしくね?」
「え、お姉さんは平民なんだ!よろしく!」
イザベラが平民と知っただけでこの満面の笑み。
徹底してますわねぇ。
「どうしてそんなに貴族が憎いのかしら?」
「貴族に…じゃなくて、マリアンヌに言う必要はない。」
「それはその通りね。失礼しましたわ。」
それに私にとってはそれほど重要でもない。
私が聞きたいのは後の質問だ。
「でもこっちには答えてもらうわよ。あなたは逃げた奴隷なのかしら?」
「…っ!?」
何故わかったのかとでも言いたそうだが、それほど難しい話でもない。馬車の状況がこの娘の正体を物語っていた。
まず横転した馬車の中には荷物が何も載っていなかった。手ぶらで旅行していた可能性も無くはないが、御者の姿すら無かった。10にも満たなさそうなこの娘が単身手ぶらで、しかも馬を操って楽しく旅行していたとは考えにくい。
もし仮に賊や魔獣に襲われて荷物を奪われ御者も逃げたとするなら、ニノンが無事であるはずもない。横転しただけなら御者がニノンを助けるはずであり、これも考えられない。
つまり、少女は手ぶらで不慣れな馬車を自分の手で走らせるしかなかったのだ。そして横転した際に背中から馬車の中に落ちた。そこから導き出せる可能性は主に2つ。一つは家出。もう一つは…逃げた奴隷。
「………奴隷じゃ………ないもん………っ!」
「え?」
「パパとママは………絶対に迎えに来るって…言ったもん……!!あたしは奴隷なんかじゃ……!!」
それはニノンの心の支えなのだろう。目からポタポタと涙を落とし、震えているのに、その瞳は希望を失っていなかった。
だがそれは暗い力でもあった。この歳で一体何を経験したら、ここまで暗い強さを持てるのだろう。
「どうしますか、マリアンヌ様。」
心配そうに眉を下げるイザベラも、どうしたらいいかわからないようだ。奴隷は未だにこの国を…この世界を蝕む毒と言うべき制度だ。人から権利や自由、名誉を奪い、その命を金と数字でのみ考えた結果生み出された唾棄すべき社会制度。多くの貴族が使い、勇者と呼ばれる人々も"仲間"や"家族"として平然と使っているが、やっていることは家畜を愛でるのと同じで、人権の陵辱に過ぎない。何故なら、奴隷には一切の人権が認められていないからだ。
余談だが、我が家では「基本的人権を尊重したい」という妙に徳の高そうな事を両親ともに公言していて、買った奴隷を一度養子縁組してから再度平民に処し、雇用の意思を確認する形であくまで平民として通常雇用している。無論、解放しただけで終わる事もあったり、望んで再び奴隷堕ちする子もたまにいたりしてあまり効率的でもないのだが、「やらない善よりやる偽善」と気にした様子もなかった。頭のおかしい両親ではあったが、この点は尊敬している。
この奴隷を解放する方法は基本的にはそれしかない。だが…。
「はいよ、お待たせ。ランチセット3つね。」
ちょうどそれを話そうとした時、私達の目の前にランチが届いた。あら、盛り付けは雑ですけど、意外と美味しそうなパスタですこと。
「き…貴族からの…施しなんて…。」
まだ何も言ってませんのに、この期に及んでまだそれを言いますのね。
だが直後にぐぅぅぅ〜という情けない腹音が食堂に響いた。やはり相当お腹が空いていたのだろう。まだ食べ盛りなのにだいぶ痩せているし、普段からあまり良い物を食べてこなかったに違いない。
ニノンの顔は涙と鼻水にまみれながらも真っ赤に染まり、花粉症にかかったお猿さんのような有様になっている。
その隙を逃す私ではない。間髪入れずにマウントを取っていく。
「あらぁ?あらあらあらぁー?それを作ったのは今運んできてくださった食堂のおばさまシェフですわよ?たぶん 平 民 の!この村専属のシェフが!貴 重 な 食 材 で!あ な た の 為 に!作ってくれたご飯を食べないというのかしらー?やっぱり野猿には作ってくださった方への感謝の気持ちも持ち得ないのかしらねえ?」
「ぐぬぬぬううううううう!!ま、また野猿って言った!!………お、おばちゃんシェフさん!美味しいご飯を作ってくれてありがとうございます!!いただきます!」
おーーほほほほほほ!
完全に言いくるめられた流れで召し上がってますわ!チョロっ!チョッロイですわ!やはり子供は素直が一番ですわねえ!いじり甲斐がありますわぁ!
「マリアンヌ様…なんか活き活きしてますね…。」
ええ、遊ぶのは大好きですもの。特に打てば響くタイプのおもちゃで遊ぶのはね。
しかしあなたは何にうっとりしてますの?ニノンの食いっぷりにかしら。
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「ごちそうさまでした。シェフ、素晴らしいお手前でしたわ!食材と盛り付けはお粗末でしたけど、味付けは抜群でしたわ!また来てもよろしくて?」
「あんた随分独特な褒め方をするねぇ。ありがとうよ、またおいで。あんたもね、小さいお嬢ちゃん。」
「………ご、ごちそうさまでした。美味しかった、です。」
食堂を後にした私達は、ひとまず数日分の食料と水だけ購入してサランジェに向かって再び歩き出すことにした。国外追放された私にはコルディエ王国の公共機関を使う事が許されておらず、基本的には歩くしかない。公爵家の移動支援も基本的には受けられない。
今回のように雇用主であるお父様がイザベラに旅費を渡し、間接的に支援を受けることは可能だ。あとは隣国の資産、例えば別荘や、隣国で馬車を利用するのは問題ないのだが、この国で私が必要以上の支援を得ることは出来なかった。
これもあのアホ王子が中途半端に"国外追放"という結果だけを勅命で命じたせいだった。裁判所を通して正式に命じてあれば、公共交通機関が使えない身であっても罪人として隣国のどこかに搬送されて楽できたものを。やれやれですわ。
ニノンが向かう方角も大体同じだったらしく、イザベラが同行をニノンに提案したところ、一見渋々と言った様子ながらも彼女もこれに同意した。仲間…いや、おもちゃは多いほうが楽しい。
「それで、あなたは今後どうするつもりですの?」
「それって貴族……じゃなくてマリアンヌに言う必要ある?」
カッチーン。
あらあら。あらあらあら!学習しないお猿さんですこと!
思うつぼですわよぉ!私のマウンティングから逃れようなんて10年早いですわぁ!!
「おーほほほほ!おーーほほほほほほほ!!人のお金でお昼ご飯を食べておいて何も!なぁんにも恩義に感じてませんのねえ!やっぱり、お、さ、る、さ、ん?なのかしらぁ??」
「そ、それはマリアンヌが好きに食べろって…!」
「私そんなことは言ってませんわよ?村のシェフがあなたのために作ったのに感謝の気持ちも無いのかと聞いただけですわ!おーほほほほほ!勝手に勘違いして泣きながら美味しい美味しいと貪る姿は滑稽でしたわよ!しかも お か わ り までしてましたのに!今更そんな澄まし顔をしましても!ただただ滑稽ですわぁ!」
「そ、そ、そ、そんなの屁理屈だよ!」
「さぁ、誠意を見せませんとねぇ?お猿さん?」
とびっきりの煽り顔を見せつけて、上から存分に見下ろして差し上げますわぁ!
「ぐぬぬぬぬぬ!!お、お前なんか嫌いだあ!!だけどご飯を食べさせてありがとうございました!!お腹いっぱいになれたのは久しぶりで幸せでした!!とっても美味しかったです!!これでいいっ!?」
「よろしい。誠によろしいですわ。それでもう一度聞くけど、今後はどうするつもりですの?」
ニノンはひどく言い難そうにしながらも、今度は正直に話すことにしたようだ。
「………あたし、家に帰りたいんだ。そこにあたしのパパとママと、お姉ちゃ…弟と妹もいる。この先にあたしの村があるから、そこまで連れて行ってほしい。ちゃんとお礼はするから。」
「国境は越えるかしら?」
「うん。ここからならサランジェ王国に入ってすぐだよ。」
それでも結構な距離がある。数日はかかるはずだ。
そして手元には2つのおもちゃ。
なら、遊びませんとねぇ?
「結構ですわね。…だけどただ歩くだけじゃつまらないわ。ゲームをしながら進みましょう。」
「遊びながら行くってこと?」
「…マリアンヌ様?」
イザベラは何を不安そうにしてますの?おもちゃの本懐を果たしなさいな。
「ええ。これから村につくまでの間、この三人で勝負をしましょう。勝った人間は、負けた人に何を願っても良いものとします。例えば…奴隷から解放されたいとかね?」
「願う?」
「お断りしても良いということですわ。無論、私は拒否しませんけども。」
魅力的な提案をしたつもりだったが、どうやら不信感のほうが上回ったらしい。懸命な反応ですわね。
「……なんでそんなことしなきゃいけないんだよ。」
「あら、これはかなり良い取引ですわよ?」
「取引?」
「ええ。あなたは多分、家に帰れば元の生活に戻れると思ってそうですけども、それは砂糖を混ぜた蜂蜜よりも甘い考えですわ。奴隷として売られた以上、今も売買契約は存在しています。簡単に言うと、あなたはまだ買った人の物になってますから自由ではありませんの。勝負に勝つだけであなたはそれからも自由になれますのよ?」
むしろもっと残酷な事態が待ってる可能性もあったが、それを今受け止めるには、この娘は幼すぎる。
「………マリアンヌに何が出来るの。ていうかそこまでする理由は何?全然マリアンヌの得にならないじゃないか。話がうますぎるよ。」
戦慄したニノンはなんとか衝撃から立ち直ると、強気な、しかし半分縋るような態度で聞き返してきた。今はそうするしかないと、内心わかっているのだろう。しかしそこに気付くとは、意外と歳の割に聡いのかしらね。
「まず私なら"地位と財力と暴力"で奴隷商人を黙らせる事ができますわ。」
「マリアンヌ様、その言い方じゃまるで悪徳領主ですよ。」
苦笑いするイザベラと鼻白むニノンに対し、構わず続ける。
「そしてそこまでする理由は、単に面白そうだからですわ。」
「お、面白いだと!?」
「ええ、とっても楽しそうじゃありませんか。」
今度こそ悪徳領主のようにニヤリと笑いながら言ってのける。
「私はね、調子に乗ってる人達のお鼻をへし折るのが大好きですの。だって楽しいんですもの。ニノンもよくご存知でしょう?」
ニノンはまるで、すがる相手がオーガだったのかと気付いたような、少しだけ後悔した顔をしているが、もう遅い。そして今の話は、恐らく今まで話したことのどれよりも納得できたのだろう。
よくわかったかしら。そういう人間なのよ、私は。
精々楽しませて頂戴ね?
「安心なさい。約束は守りますわ。き ぞ く、ですから。」
「マリアンヌ様も、お人が悪いですね。」
そう言うイザベラの頬は、少しだけ染まっていた。
--------
「勝負するゲームは、鬼ごっこですわ。」
「「おにごっこ?」」
あれ?イザベラもご存知ない?
「二人とも知らないのは意外ね?」
「聞いたこともないよ。コルディエ王国の遊びなの?」
「い、いえ。私も知りません。あまり遊ぶ暇が無かったというのもありますが…。」
そうなのか。子供の頃はよくお父様やお母様、あと今は海外にいる兄と一緒によくこれで遊んだものだから、有名な遊びなのかと思っていた。
「鬼になる役と逃げる役を決めて、鬼が追いかけるゲームですわ。鬼に捕まったら攻守交代して、今度は鬼だった子が逃げるのです。」
そう説明すると二人ともピンときたようだ。
「あ、それならわかる。あたしの国じゃ"狼と羊"って名前だな。やったことあるよ。」
「私もそれはわかります。けど、私の周りでは"猫遊び"って名前でした。逃げる子はネズミなんです。」
なるほど、そちらの方が直感的だ。何故両親は"鬼ごっこ"と言っていたのだろう?落ち着いたら聞いてみよう。
「勝負の内容を説明しますわ。まず基本ルールは変えないけど、私がはじめ鬼をやります。ニノンとイザベラは逃げて頂戴。そして私がニノンを捕まえたら、今度はニノンが私とイザベラを捕まえなさい。私から逃げ切るか、私を再び鬼に出来たらあなたの勝ちよ。夕方までにより多く勝てた方を勝者とします。」
「マリアンヌ様、私は?」
イザベラが、ちょっとだけ不満そうに頬を膨らませている。仲間はずれにされたと思ったかしら?
「イザベラは、私が鬼の間に捕まるか、ニノンに捕まったら負けよ。逃げ切れたらあなたも勝者ということで、負けた相手にお願いできることとします。もちろん、負けたら勝った人のお願いを聞くのよ?」
「わかりました!マリアンヌ様の敗北をお祈りいたします!」
………なかなか言うわねこの子。
「この先は両側とも森だよ。森に入って逃げるのはまずくない?」
「いい質問だわ。森の奥は危ないから入っては駄目だけど、道の一番手前にある木々はどう活用しても良いこととしますわ。」
今のでこのルールのポイントに気付けたら大したものだ。
「いいよ。他には?」
「基本的にはサランジェ方面に逃げること。遊びに夢中で距離が稼げないのでは意味がありませんわ。あと荷物は私とイザベラが背嚢で背負うけど、あなたは手ぶらで良いわ。ハンデにしてあげる。制限時間は一回に付き15分にして、休憩も取りましょう。」
むしろそれくらいのハンデがないとフェアとは言えまい。
「わかった。いつやる?」
「今からよ。10数えたら追うわよ!!1,2,3,4!」
「え!?え!?」
「く、くそ!ずるいよ!」
私が急かすように数を数えると、二人とも慌てて走り出した。背嚢のおかげか、二人ともほぼ同じ速度だ。
「9,10!さて、行きますわよ?」
私は背伸びをしてから腰を回し、目線を彼女たちが逃げた先に見据える。
お兄様から"鬼ごっこのオーガ"と呼ばれた私の実力を存分に見せつけて差し上げますわ。
--------
そこには息も絶え絶えになりながら床に寝転ぶ無様な半死体が転がっていた。
二人とも秒殺も良いところでしたわ。
「う…うそ…ぜ、全然逃げ切れなかった…。」
「な…なんなんだよお前…そのリュック本当に中身入ってるんだろうな…。」
もちろん入っている。むしろイザベラより少し重い。単に私がニノンとイザベラよりも脚が速いだけだ。
「イザベラはもっとスタミナをつけるべきですわね。そっちの荷物もよこしなさい。ニノン、あなたは身軽なのだから小回りを活かすべきですわ。急激に方向転換するなり、木々を盾にするなりなさい。それでようやくあなたは私と同じ土俵に立てます。」
「隙あり!!」
それは完全な不意打ちだった。正攻法では敵わないと見て、油断した私を捕まえようとしたのだろう。いい判断だが、肝心の動きが見え透いている。ニノンの手は空を切った。
「さてと、では私も逃げなくてはね?追加ハンデとしてあなたは数を数えずにすぐに追いかけてもよろしくてよ?」
そう言いきるが早いか、私はすべての荷物を背負ったまま全力で走り出す。
イザベラは地面に伏していたのが仇になり、ニノンにはあっさり捕まっていた。
数十回に及ぶ鬼ごっこの中で、ニノンは様々な負け方を覚えた。
「こ、こいつ!まるで木が無いみたいに動いて…!!」
「こんなの次のまた次の木の場所を確認すれば余裕ですわ♪」
「イザベラ姉ちゃんを盾にするなんて卑怯だぞ!?」
「あーあー聞こえませんわー?たまたま進路上にあの子がいただけですわよ?卑怯って美味しいんですの?」
「木に登るなんて有りかよ!?てかその荷物でなんで登れるんだよ!?」
「おーーほほほほほ!好きに活用しても良いと言ったはずですわぁー!」
「木から木に飛び移るとか!?お前、野猿かよお!?」
「本家本元さんからお褒め頂けて光栄ですわねぇ!おーほほほほほ!!」
そしてそれらを晴れの日に干したシーツのように吸収し、私から逃げるときに活用し始める。がむしゃらに逃げるだけだった時と比べれば、遥かに上達したと言えるだろう。
そして夕方に差し掛かる頃には、遂に私から逃げ切れるようになっていた。
なお、イザベラは大体地面で死んでいた。情けないおもちゃだわね…。
--------
数日後、私達は無事に国境を越えて村へついた。
もはや勝負にもなっていない鬼ごっこだったが、意外にもニノンは途中で腐ることなく私を追い続けた。どうやら根性と吸収力、それと身軽さはイザベラを超えているようだ。
とっくの昔に死んでいたイザベラがもはや声もなくうつ伏せている中、ニノンは悔しそうにこちらを睨みつけていた。
「ぜぇ…ぜぇ…け、結局三回しか逃げ切れなかった…。ていうかなんでお前は息切れ一つしていないんだ…。」
「おーーほほほほほほほ!!!私ってばおつむだけじゃなくて体力にも自信がありましてよ!!さあて、ではお願い事を聞いていただきましょうか?」
その言葉に目を剥いて驚くニノン。驚くようなことはありませんでしょうに。
「負けたらあたしも言う事聞かなきゃいけないのか!?」
いや、当たり前でしょう。
「大丈夫、そんなに難しい願いではありませんわ。………もしあなたが逃げたくなった時は、あそこに見える一番高い木のところまで逃げなさい。あそこまで行けば、まず安全だから。」
「………?いや、意味がわかんないけど……わかったよ。逃げるときはあそこに逃げる。………マ、マリアンヌ。あのさ………。」
何が恥ずかしいのか、真っ赤な顔をしながら見つめてくる。
「た、楽しかったよ。こんなに遊んだの、初めてだった。……また、会えるかな。」
「おーーほほほほほほ!!まあ山を歩いてればいずれお猿の群れの中にあなたが混ざってるかもしれませんものねぇ!意外とそこらへんで会えるかも知れませんわー!」
「ぐ、ぐぐぐぐぬぬぬぬぬ!!や、やっぱりお前なんか嫌いだ!!大っ嫌いだ!!もう二度と会うかぁ!!遊んでくれてありがとう!!さよなら!!」
憎まれ口を叩いて走って家路に向かう彼女を見送っていると、死んでいたイザベラがようやく復活し、私の荷物を受け取った。流石に疲れを理由に主人に背嚢を背負わせることは出来ないらしい。
「…マリアンヌ様。」
「ええ、わかってますわ。確認しますけど、もうここはサランジェ王国ですわよね?」
「はい。間違いありません。」
「よろしい。では紅茶と馬車の準備をなさい。あと、役人に話を通しておきなさい。どれもすぐに必要になるわ。」
そう、すぐにね。
--------
「ただいま!パパ!ママ!」
「なっ…!?ニ、ニノン!?」
「嘘!?ど、どうして!?」
あたしが、家のドアを開けると、そこにはあたしが連れて行かれた時よりも身なりが良くなったパパとママがいた。
「へへっ…ごめん、あの人から逃げてきちゃった♪ねえ、今日からまた一緒に――」
「逃げただと!?バカヤロウがあ!!」
……えっ、なんで怒るの…?なんであたし、怒られてるの…?
私、すごく大変だったんだよ?
毎日いっぱいお洗濯したし、毎日いっぱい怒られて、叩かれて、ご飯もまともに貰えなくて、今日まで……ううん、この前までいっぱい頑張ったんだよ?
「ほ…褒めて…くれないの…?」
「ふざけるなぁ!!あの人になんて申し開きをすればいいんだ!!くそっ、くそっ!このままじゃあ俺たちまで…!!」
「あなた、今すぐこの子を縛りあげましょう!あの方が来たときに誠心誠意謝ってすぐに引き渡せば、きっと許してもらえるわ!」
「ああ、そうだな、それがいい!おいニノン!お前を性奴隷にだけはするなと言っておいてやったが、一度逃げたお前はもう信用できん!好きに使えと伝えておくから、覚悟するんだな!!」
そこにいたのは、パパとママの顔をした、まるでオーガのような醜い怪物にしか見えなかった。
そして、逃げる場所を探そうとして、あたしは気付いてしまった。
「ね…ねぇ…レオとエマは…?」
あたしより、ずっと小さかった、弟と妹の姿がなかった。
「うるさい!もうとっくに売り払ったに決まってるだろうが!なんで金がないのに金をかけてガキを育てなきゃいけないんだ!全く無駄金だ!せめて奴隷として俺たちの役に立てば良い物を…恩を仇で返しやがって!!」
何を…何を言ってるの…?
まだ二人とも、やっと歩き始めたばかりでしょ…!?
「う、嘘だ!!エマもレオも、まだ働けるわけないじゃないか!!」
「そういうのにはそういうのなりに使い道があるのよ!お前の姉みたいにね!!」
「そんな!?お、お姉ちゃんは貴族から脅されたからって!」
だから私は貴族を憎かったのに…!?
「男を抱ける歳になったから売り払ったに決まってるでしょう!!お前と違って女になるのが早かったのだから!!」
そこから先のことはよく覚えていない。あたしは無我夢中で、あの人たちから逃げた。
足はパパとママ…みたいな人たちより遅かったけど、村の中でなら捕まる気はしなかった。
人と人の間をくぐり抜けた。
一気に方向転換しては急加速した。
あたしとあの人たちの間に他の村人を挟んで壁にした。
屋根の上に登った。
屋根から屋根へ飛び乗った。
そうやって、逃げて、走って、走って。
気がつけばマリアンヌが言ってた、村で一番高い木にたどり着いていた。
でもそこには、誰もいなかった。
「は……はは……ははは…そうだよね……いるわけないよね……っ!ここにくれば……安全かもって……それだけだよね……っ!!」
涙が溢れて、溢れて、いっぱい溢れて、何故か奴隷にされた時よりもずっとずっと胸が痛かった。
信じたかった。こんなにすぐ裏切られるなんて思ってなかった。
ううん、お姉ちゃんたちは…マリアンヌ達は裏切ってない。
あたしが勝手に期待したんだ。
傷付いて、逃げ出した先にあの人たちがいるって、勝手に信じてただけだ。
そんなこと、あの人たちは一言も言わなかったのに。
いっぱい遊んでくれたあの人たちが、大嫌いなあの人の高笑いが恋しかった。
「追いついたぞ…!ニノン!」
ビクリとして振り向くと、そこにはあの二人がいた。
姉を、弟を、妹を売った"鬼"がそこに立っていた。
「さあ、大人しくしろ!俺たちのおかげで生まれてこられたんだぞ!子供なら親に恩返ししろと教えただろう!」
この男は…誰だ!?どうしてあたしはここに帰ってきたんだ!!
どうして!?
いつも笑ってたパパは、こんなことをいつも考えていたというのか!?
「う…うるさい!うるさい!!あたしは売られるために生まれてきたんじゃない!誰かに使われるためだけに生きてるわけじゃない!もっと遊びたい!ちゃんとご飯を食べたい!ゆっくり寝たい!上手に働けたら褒めてもらいたいだけなのに!パパとママがあたしに何をした!あたしがパパとママに何をしたっていうの!?」
「育ててもらっておいてなんて言い草!」
この女は誰だ!あの優しかったママはどこだ!
いや…ママは…優しかったママなんていなかったのかもしれない…!
だって……!だって!!!
この人はいつも優しく笑っていただけじゃないか!!
「食べ物を取ってきたのはいつもあたしとお姉ちゃんだ!あんたはそれを茹でて分けただけじゃないか!まるで自分が料理したみたいな顔をして!お姉ちゃんがいなくなってからは洗濯だってあたしの仕事だった!夜になったら二人して裸で遊んで!新しい弟と妹が生まれたら、もっともっとたくさん食べ物が必要になって!」
泣いている弟と妹が、可愛くて、可哀想で、でも何も出来なかった。
お姉ちゃんを奪った貴族を憎んでいた。
パパとママに愛されなかったのは貴族のせいだと思ってた。
でもそれは、パパとママが言ってただけだった。
お姉ちゃんがいないのも、あたしが頑張らなきゃいけないのも貴族のせいだと。貴族が悪いのだと。そして子供は生んでくれた親に感謝して恩返ししなきゃいけないと。
あたしがこの二人から教わったのは、それだけだった。
「育てるってなんだ!あたしはあんたたちに育てられた覚えなんて無い!!貴族が悪いとしか言わなかったくせに!!返せ!エマとレオを!お姉ちゃんを返せぇ!!」
頬が熱くなった。足が浮いて、すごい勢いで地面にぶつかった。
パパだった男に全力で殴られたらしい。
元々グラグラしてた奥歯が抜けて、ポトリと落ちたのが見えた。
「クソガキがあ!おいお前、縄を持ってこい。今すぐ縛りあげろ!あの人が戻ってきたらすぐにでも――」
「おーほほほほほ!!おーーほほほほほほほほほ!!!」
その時、耳鳴りがする中で確かに聞こえた。
「なっ!?だ、誰だ!?」
「上ですわよおバカさん。"鬼さんこちら?"ってやつですわ。」
大きな木の上で、優雅に紅茶を飲むひどい変わり者の高笑いが。
「いっそ清々しい程の毒っぷりですわ。ですが…ちょっと調子に乗りすぎですわね?」
金髪の縦ロールを風で揺らしながら。
「よくも私の大切なおもちゃの顔を殴りましたわね。高く付きますわよ?」
あたしの前に舞い降りた。
--------
「ニノンちゃん!大丈夫!?」
「う……ううあ……うああああああ!!ああああああ!!!」
木から飛び降りた私は、イザベラの胸の中で泣き叫ぶニノンを背にして、私は目の前にいる二人の鬼と対峙した。
この子の徹底した貴族嫌いな性格と、奴隷として親に売られたことを考えて、てっきり私は貴族に脅されて奴隷になった平民なのだと思っていた。
………あらゆる意味で私の想像を超えていましたわ。
私が知る限り、奴隷から解放されてもまた望んで奴隷になる子はいたけども、それは奴隷以外の生き方を知らない子達だった。戦争で作られた肌色の違う子供達が、大人になったあとも他の生き方がわからない時、あの子達は奴隷を続ける道を選ぶことがある。
だが戦争もない中、親が自分の手で子供達にその道を選ばせるとは。貧しさを理由に、自ら選択して子供を生んでは売る人間が、まだいたとは。
自分の不見識に腹が立った。
それを選ばせたのは貴族である自分かもしれないと思い、自己嫌悪した。
だけども、今の私にはそんなことすらどうでもいいの。
よくも…。
よくも私の大切なおもちゃを傷つけましたわね?
「ムカッ腹が立ちましたわ。」
私は体の奥からみなぎる怒気をありのまま鬼二人に叩き込んだ。炎に適正のある私の魔力が漏れ溢れ、魔法を象ってもいないのに熱波となって辺りを包み込む。あまりの高温で陽炎が揺らぎ、草が煙を吐き出した。
以前、学園で風魔法によるスカートめくりの主犯と疑われそうになったが、この魔力を見てそう誤解できる人はいないだろう。私は魔力の制御が下手で、使おうとすればこうなってしまう。
「ひ!?ひいい!?」
腰を抜かして無様に尻を落とす二人を見ても溜飲が下がる事はなく、私は事実をそのまま伝えることにした。
「…ニノンちゃんは先程、我が家との養子縁組が決まりましたわ。義親は私のお父様とお母様になります。」
「……え!?」
泣くのも一瞬忘れて、ニノンが目を見張る。
両親からは予め押印済みの養子縁組書類を貰っていた。奴隷を解放したいときは自由に使えと言われていたので、遠慮なく使ったまでだ。悪用されたら危ないから持ち歩きたくないと断っていたものが、まさか役に立つとは。
この鬼二人がもう少しまともなら、平民に戻すだけにしようと思っていたのだが、どうやらそれだけではすまなさそうだ。
「無知な鬼2匹に特別に教えて差し上げますけど、奴隷になった瞬間、その人のあらゆる人権は剥奪されますの。ええ、あらゆる人権をです。奴隷はその身分にある限り、結婚する権利も、子を産む権利も、離婚も、食べることも、寝ることも、そして呼吸することでさえ、全て主人の裁量によって定められますの。そしてもちろん、主人の養子になることすら、自分では決められませんわ。」
そして牛の糞にも劣る存在を見下ろしながら嘲笑った。
「つまり、ニノンは奴隷である限り、誰かの養子になることを拒めませんの。」
これは法の抜け穴であり、法の不備でもあった。
現在お父様が必死に通そうとしている奴隷人権保護法の中には、本人の同意なくしての婚姻、養子縁組を禁ずる案が盛り込まれている。奴隷が現在の社会を回している側面は否定できず、いきなり奴隷をゼロにすることができない中、半歩前進と言える法案だ。だが概ね通りそうな案の中で、その部分だけが難航していた。
それは自分の娘を孕ませたり、自分の息子の子を孕んだ貴族が、一度自分の子供を意図的に奴隷に落として血縁関係を切り、出産後に養子縁組を結んで家族として扱い直すという事例が、高級貴族の中にも少なからずあった為だ。出産時点で片方の親が奴隷であった場合、如何なる訴訟も認められない。裁判に訴える権利すら、奴隷にはない。
スキャンダルを嫌う貴族の間で強い箝口令が敷かれたため、平民達には知られていないが、どうやらそんなことを知らなくとも人は鬼畜になれるらしい。
「ば…バカを言うな!ニノンは俺と女房が命を賭けて産んだ娘だぞ!?」
一体私の話の何を聞いていたのかしら?呆れて物も言えませんわ。言いますけど。
「まぁそこのメス鬼は命を賭けたかもしれませんけど、あなたはただ作るときに腰を振っただけでしょう?そして先程言いましたわ、あらゆる権利を失ったと。ニノンはあなた達のことをパパとママと言う権利すら失ったのよ。」
「な、何を言うの!?あなたが言うように、私がお腹を痛めて産んだ子供よ!自分の子供だと言って何が悪いの!!」
「悪いに決まってるでしょう?」
まさに、悪戯が成功したときのような会心の笑みを貼り付けて、バカ鬼どもに現実を突きつける。
「ニノンは私の義妹よ?あなたのような義妹の教育に悪い鬼はお呼びじゃないのよ、おバカさん。」
ニノンが、涙を流すのも忘れて私を見つめていた。
そしてちょうどよく最後の役者が現れたようだ。
恐らくこいつがニノンを買い取ったという男だろう。明らかに村にそぐわない、粗暴な空気と血の匂いをさせている。
「ひぃ!?」とニノンが怯えたので、ほぼ間違いないだろう。ニノンを探してわざわざ村まで探しに来たわけだ。
彼はすこぶる気分が悪そうに舌打ちしてみせた。
「来るとは思ってたけど、早かったですわね?」
「やってくれたな、クローデル公爵令嬢。まさかあんたまで親と同じ手を使うとはな。流石はあの奴隷潰しの長女だ。だが…。」
「奪ったのではなく拾っただけですわ、名も知らぬ奴隷雇用主さん。それにわかってますわよ、あなたの所有権がまだ切れてないことは。はいこれ、あなたがニノンを買った料金に上乗せした再購入資金になりますわ。直接渡せて良かったですわ。」
その革袋には旅費として渡された金貨の一部が入っている。結構な上乗せのはずだ。もし今日会えなかったら、このどうしようもない鬼が住む村に数日滞在しなくてはならないところだった。
「…これで手を打てってか。」
「そもそもこんな幼い奴隷に簡単に逃げられたあなたの管理不行き届きですわ。逃げられたくなかったならせめて養子縁組を組んでおくべきでしたわね。代金を上乗せで貰えるだけありがたいと思いなさい。それに――別の奴隷候補なら、そこにもいるでしょう?」
「ひいいい!?」と今度の悲鳴を上げたのは、未だに地面に座り込んでる鬼二人だ。
「…奴隷嫌いのクローデルのくせに、奴隷を奨励するのか。」
奨励?片腹痛いですわ。
「馬鹿を言わないで頂戴。奴隷制度自体は認められているわ。働きもせず、子供に集るしか出来ない毒親へ親切にも就職先を斡旋しただけですわよ。"奴隷も仕事"には違いないのだから。」
そう、別に私はそこの鬼を奴隷にしろとは言っていない。
だが、ろくに仕事もせずに自堕落に過ごし、子供達から何もかもを搾取した彼らに就職先を教えてやっただけだ。
今後真面目に働くことを覚えるか、自ら奴隷堕ちするかは、彼らが自ら決めることだ。
私はこんなやつらの未来に責任を持てるほど、デキた公爵令嬢でもない。
「さて、もうここに用もないですわね。行きますわよ、イザベラ、ニノン。」
「あ…はい!ニノンちゃん、行こう?」
イザベラが胸の中のニノンを促し、近くに寄せてあった馬車へ乗り込もうとしたが、ニノンは動かなかった。
どうやら、まだ迷っているようだった。
こんなどうしようもない親でも、親には違いないからか。
それとも、別れ方がまだわからないからなのか。
私にはその気持ちはわからない。私は愛してくれる親しか見たことがないから。
………わからない、けども。
「ニノン。」
新しく出来た義妹に、義姉として言えることは言ってやろうではないか。
「別れの言葉が浮かばなくても、あなたを産んでくれたことにお礼を言うくらいは、してもいいと思うわよ。あなたの今の気持ちをぶつける"権利"を、あなたはもう持っているのだから。」
はっとして顔を上げたその顔には、貴族のくせにという反発心は無かった。明るい力を手に入れつつある義妹は、力強く頷くと、元両親に向かって頭を下げて叫んだ。
「………っ!!あたしのことを産んでくれて、本当にありがとうございました!!大好きなお姉ちゃんとエマとレオに会わせてくれて、ありがとうございました!!パパとママのことが、大っっっ嫌いです!!!さようなら!!!」
そして、溢れる涙を拭わないまま、馬車の中へと駆けて行った。
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ガタゴトと揺れる馬車の中は、沈黙が支配していた。
あんなことがあった後だから当然だが、なんとも気まずい。
こんなとき、イザベラなら何かフォローしてくれるかと思ったが、何故か生温い目を送るばかりで助けてくれない。
………私にどうしろというのだ、我が忠実なるおもちゃよ。
あまり遊んであげられなかったから拗ねているのか…?
「…………えっとさ。」
最初に沈黙を破ったのは、ニノンだった。
「……マリアンヌのこと、なんて呼べばいいの?」
…?どういう意味だろう。
「あ、あのね!今までお姉ちゃんはいたけど、その、お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだ!だから、その…マリアンヌをお姉ちゃんとは、呼びたくないんだ。でも、義理のお姉ちゃんだし…。」
顔を真っ赤にして何を言い出すのかと思えば。
新しく手に入ったおもちゃ(妹)は、元気で、聡明で、素直なのに、こんなことが恥ずかしくてモジモジしてしまうらしい。
思わずその小さな青い髪の毛をクシャクシャと撫でると、抗議の声を上げた。
「マリアンヌのままでいいわ。」
「えっ…!で、でもそれじゃあ今までと…!」
「その代わり、私もあなたへ敬語は使わないわ。昔から欲しかったのよ、そういう妹ってやつを。」
樹の下でのやり取りを思い出したのか、ニノンは僅かに頬を緩めて笑おうとして…失敗した。
「あなたを妹として認めるわ。いえ、少しずつお互いに認めていきましょう?時間はあるのだから。」
ポロポロと泣きながら何度も頷くニノンの肩を、イザベラが撫でている。空気を読めるってのはいいことよ、イザベラ。
「やっとイザベラ以外に遊び相手ができたわ!私ってば友達が少ないのよねーおかげで遊びの幅も狭くて困ってたのよ。また一緒に遊んであげるわね?お猿さん?」
戯けてそう言うと、ニノンもいつもの強気な目で、それでも笑顔を貼り付けたまま叫んだ。
「やっぱり大っ嫌い!」と。
三人を乗せた馬車は笑い声を響かせながら、ゆっくりとサランジェ王国の首都へと向かっていった。
次は小鳥さんの出番です。