学園におもちゃが落ちてましたわ!
「悪役スチルフルコンプした公爵令嬢は大好きな悪戯が止められない」の短期連載版。
卒業パーティーの様子を描いた短編を読んでも楽しいと思いますわ!おーほほほほ!!
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私、マリアンヌ・フォン・クローデル公爵令嬢がイザベラと出会ったのは、学園の入学式当日。
その日、あの子はガチガチに緊張していた。
『イ、イジャ、イザベラでしゅ!へ、平民ですが、皆さんと一緒にお勉強頑張ります!』
思いっきり噛みながらの自己紹介だった。
彼女なりに精一杯挨拶したつもりだろうが、その格好は酷いものだった。服は洗剤も使わずに洗っているのか薄汚れていて、髪の毛も櫛を使ってないからか跳ねている。おまけにちょっとにおう。
だが顔立ちはなかなか整っていて美人だ。私ほどではありませんけどもね!
でも…それが逆に、私の婚約者の庇護欲を誘ったみたいだった。
恐らく小動物的な可愛らしさに惹かれたのだろう。
別のクラスにも関わらず、彼は事あるごとにこのクラスにやってきてはイザベラに声を掛ける。
「大丈夫かい?わからないことがあったら僕に聞いて?」
「君はそのままでも素敵だよ。皆君の可愛さがわからないのさ。」
「学園では身分の差は関係ないさ。言葉もそのままでいい。」
………うわなんだこの男気持ち悪っ!おっと失礼いたしました。
あの時はムカッ腹が立ちましたの。
私のことがまるで目に入っていない婚約者にも、戸惑いつつも声を掛けられて満更では無さそうなイザベラにも。
だから、彼女を徹底的に虐めることにしたのだ。私自身のストレス発散のために!
ふふふふ、私の婚約者の心を奪おうとした罪!贖って頂きますわよー!
おーほほほほほ!!
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次の日から、私は彼女を徹底的にいじめ抜いた。
「あーら!薄汚い格好ですこと!臭いもしますわねえ!ちゃんと洗剤で洗ってまして?」
「え……す、すいません!あの、私貧乏だから、洗剤とか無くて…」
来ましたわー!絶対に言うと思ってましてよ!私、平民だから貧乏なんですぅーアピール!まさに思うつぼですわー!
おーほほほほほ!!叩きのめしてさしあげますわー!!
「あらあらあらあら!貧乏で教養が無いと何でもお金のせいにしますのねぇ!!身だしなみに貧乏なんて言い訳にもなりませんわ!!」
むふー!気持ちいいー!最高のマウントですわぁー!!
ついでだから知識マウントも取って再起不能にして差し上げましてよぉー!
「"ムクロジの実"が洗剤の代わりになることも知らないなんて、無知も甚だしいですわねぇ!これだから貧乏平民は嫌ですわ!自分から学ぼうとしないのだから!おーほほほほほ!!」
「………え!?そ、そうなんですか!ムクロジの実って、あのスカスカの木の実ですよね!?」
……………ん?
「え?ええ、そうですわ。ついでにその辺の花でも惨めに絞って混ぜればいいのよ。あなた臭いですわ。」
「ありがとうございます!」
その次の日、彼女の服からは薄汚れた様子が無くなり、服や体からは仄かに花の香りがするようになった。
思ったより素直で打てば響く子だと知った。
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「あらあら!相変わらず酷い髪の毛ね!あちこち跳ねてますわよ!やっぱり貧乏だと櫛も買えないのかしら!」
むふふふぅー!もちろん知ってますわぁ!平民の中でもあなた特に貧しいですものねぇ!学費で毎日カツカツですものねぇ!
「は、はい…いつも手で整えてます。でも、癖っ毛でなかなか…。」
「お金が無いって哀れだわねえ!じゃあ可哀想な貧乏人には汚れたお古でも使ってればいいわ!あなたにはゴミがお似合いですわよ!おーほほほほほ!!」
そう言って私は随分前に使わなくなった櫛を投げ渡した。
き、き、気持ちいいいーー!
小生意気な小娘にゴミを恵んで差し上げるのって最っ高に気持ちいいですわあー!こ、これは癖になりそうですわね!!
「こ、こんなきれいな櫛…!ありがとうございます!ありがとうございます!!」
……………ま、またですの!?
「……ご、ごみですわよ?ほらここのところがよく見ると欠けて…。」
「大事にします!ずっと大事に使わせていただきます!」
次の日、彼女の跳ねた髪は収まり、ふわふわとよく揺れるようになった。
貰ったものを大事にする子だとわかった。
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「あなたのテスト結果を見せなさいな!!」
「あ!ま、待ってください!」
制止も聞かずにテスト用紙をひったくる。
私の点数はなんと98点!!今回のは特に難しいと先生方もおっしゃってたテストで!
きゅう! じゅう! はち! てん!!!
こう見えて私、結構おつむがよろしいですのよ!圧倒的な学力でマウントを取って差し上げますわぉ!!
「おーほほほほ!おーーほほほほほほほ!!!なぁーんて無様な点数ですこと!たったの97点でしたのね!!きゅうじゅうななてんんんんんんん!!?」
教室内がざわついた。明らかにイザベラを見る目が変わる。
…わ、私と僅差じゃありませんこと!?
「え、えっと…は、恥ずかしいです…。」
こ、小癪な…!もじもじするな!ちょっとかわいいじゃないか!
「………ふ、ふん!た、確かに半端な点数ですわねえ!半端に勉強できるくらいで、調子に乗らないことですわ!でもまあ、平民にしてはよくやったと褒めてあげますわ。私には到底及びませんけどもね!」
「あ、ありがとうございます!マリアンヌ様、流石です!」
彼女は人を素直に認められる子だと知った。
しかもその日から、彼女はさらに勉強に打ち込みだした。
おかげで結構優秀だったはずの私まで猛勉強せざるを得なかった。図書館にいる彼女の邪魔をしてやろうと足を運ぶが、逆に色々質問されてしまって妨害する暇もなかった。むしろその流れで一緒に勉強させられてしまった。
悩むに悩んだ結果、彼女の教科書とノートにパラパラ漫画を書いて邪魔してやろうと思ったが、逆に大笑いされてしまった。図書館の司書に二人して怒られた。
成績の方は最終的には勝ち越したけども、途中同点になって結構危なかった。
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「…あら?教科書はどうしまして?もうすぐ授業ですわよ?」
「………あはは、忘れてきちゃいました。確かに持ってきたと思ったんですけど…。」
いや、周りの奴らは笑っている。なるほど、そういうことか。
「おーほほほほほ!なんて可哀想な子なのかしら!教科書がないのに誰も!だーれも!助けてくれませんのね!お友達がいないって寂しいですわねえ!」
気まずそうな顔をする資格が、貴方達にありまして?
「それに今すぐ図書館に向かえば教科書くらいすぐ貸してもらえましてよ?そんなことも知らないなんて!物知らずな平民は嫌ねえ!それともそんなことすら教えてもらえてないのかしらー?」
「そ、そうなんですか!?ありがとうございます!行ってきます!!」
彼女が階段を下っていくのを確認してから、私は教壇をバンと叩いて皆を見下ろした。皆、ビクリと肩を震わし、教壇に置いてあった指示棒もカラリと音を立てて落ちたが、私はそれどころではない。私はひどく怒っていた。
「あなた方を心から軽蔑しますわ。テストで敵わない腹いせを、こういう形で発散させようとしますのね?」
「で、でもマリアンヌ様!あれは平民にも関わらず、生意気にも我々と対等に接しようとする不埒な女です!!」
「そ、そうです!恐れ多くもマリアンヌ様の婚約者様とも親しくなろうと色仕掛けをしているではありませんか!この学園にいるのはふさわしくありません!」
よくあの子に足を引っ掛けるセコい雑魚Aと、風魔法でスカートをまくる陰湿な雑魚Bが何か喚いていた。
「平民?学園では身分は関係ないと入学式で言われましてよ。学園長が間違ってるとおっしゃいますの?それに公爵令嬢である私から見れば男爵令嬢に過ぎないあなたも大差ないですわ。色仕掛け?別に清潔を保ってるだけですわ。胸は確かに、あなたよりも遥かにたわわですけども。」
そして私よりも遥かに。おのれ牛乳め。あら私としたことがはしたない。
AとBが悔しげに俯く。雑魚Bには私もちょっとだけ共感してたけども、同情はしない。
「た、ただいまもどりました!…あ、あれ?皆さん、どうしました?」
「なんでもありませんわ。さあ、席に着かないと怒られましてよ?」
このくそ陰湿なクラスメイト達には、その後もこの子が困ってたり体調が悪そうなのを無視して嗤うたびに高笑いを浴びせかけ、身分の低さが人間の卑しさと比例しないことを教えて差し上げた。
私ってば公爵家ですから、下々の皆様のこといつも考えてましてよ?
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昼食の時間はいつも笑い声が教室内に溢れる。
だが楽しげな笑いの中にはイザベラへの嘲笑も混じっている。
その中でイザベラは今日も窓際で一人でお弁当を食べていた。
「イザベラ嬢。たまにはそんな貧しい食事ではなく、食堂のランチを食べに行かないか?あそこのオムレツはなかなか美味しい。皆で食べる方がきっと楽しいよ。食べきれないなら今日のお弁当は残せばいい。」
「あ、あの…私、このお弁当があるので大丈夫です。いつもありがとうございます、殿下。」
なんと愚かな婚約者か。お反吐が出ちゃいそうですわ。
皆とは誰のことだ。そこで嗤ってる連中のことか。
イザベラも何故もっとはっきり答えない。
ランチに行くお金が無いのだと。
親に隠れて良いものを食べてお弁当を残したくはないのだと、何故はっきり言わない。
この時間が一番ストレスが溜まる。
ムカッ腹が立ちますわ。
「みすぼらしい弁当をここで食べるのはやめなさいな。行きますわよ。」
「え……えっ、マリアンヌ様、どこへ!?」
我慢できず、イザベラの手を引いた。
そこは私が一人で過ごしたいときに使っていた、校舎から少し離れたベンチ。
最近よくまとわりついてくる小煩い雑魚令嬢共から離れたい時に使っていた場所だった。
「あなたの弁当は見ていられませんわ。皆の食事が不味くなるから、今日からここで食べなさい。」
「あ………はい………すみません………。」
「ひどいおかずですこと。見た目はともかく量が少ないわ。ほら、私のを恵んで差し上げますわ。乞食のように感謝して食べなさい。」
「………え、こんなに!?で、でもマリアンヌ様の分が!」
「私はもうとっくに食べ終わってますわ。」
嘘だった。私はまだお昼を食べていない。二人のを合わせても二人分には届かない。それほど彼女のお弁当は少ない。
ただこの時はこの子の笑顔を見るのが一番のストレス発散になると思っていた。
それなのに。
「あ…ありがとう…ございます…!マ…マリアンヌ…様…!わ、私……私……本当は……つ、辛くて……っ!!」
「大袈裟な。泣くほどお腹が空いてたのねえ。」
まさか泣くなんて。
流石に食べ物に対して貧乏を嘲笑う気はない。
そこを嘲笑うようでは公爵令嬢として相応しくないだろう。
平民が貧しいのは、貴族の責任だ。
この子が貧しいのは、私達の責任だ。
断じてこの子の責任ではない。
だから泣かせたのは私だ。そこは間違えてはいけない。
「あ、あの…!私も二人分は無理なので…は、半分ずつにしませんか?」
「公爵令嬢の私に平民の食べ物を恵んでくださるわけですのね?良いご身分ですこと。」
「あ!す、すいません!で、でも!」
「仕方ありませんわね、じゃあ半分だけ頂きますわ。…あら?意外と美味しいですわね、この黒パン。」
それは母親が娘のために頑張って焼いてくれた黒パンだった。
みすぼらしくとも尊いお弁当だった。
少しだけ湿った塩味がしたのは黙っておいた。
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卒業試験後の昼下がり。階段の一番下で、彼女は倒れていた。
「私の後ろから彼女を押したのはあなたかしら!?何を考えていますの!?」
「あら、嫌ですわマリアンヌ様。マリアンヌ様が私に言ったのではありませんか。もっと彼女の背中を押して差し上げなさいと。私はマリアンヌ様の言う通りにしただけです。」
その悪意に満ちた笑顔には、イザベラに対するものと同じ量だけの憎しみが私に向けられていた。
「何を馬鹿な!?そういう意味ではありませんわ!!イザベラ、大丈夫ですの!?イザベラ!!」
イザベラは強く頭を打っていて、数日後の卒業パーティー前日まで意識が戻らなかった。
病院で眠る彼女が目を覚ました時、たまたま私も側にいた。
気になって毎日見舞いに来てたとか、断じて違う。
…これは、その…い、いじめ!そう、いじめでしたの!もうすぐ卒業だし、この哀れな小動物が卒業パーティーに参加できないのを横で嘲笑ってやるつもりでしたのよ!
「…イザベラ!!目が覚めたのね!?」
「…マリアンヌ様?…申し訳ありません…私の不注意で…。」
「ああもう、そういうのは良いから!押されたのはあなたでしょうに!…でも言いにくいけども、あなた随分寝てたから、卒業パーティーがもう明日に控えてますわ。…欠席なさる?」
「いえ……参加します。殿下からも…是非参加してほしいと…大事なお話があると言われてますから…。」
…あのムッツリ王子、何を考えてるのかしら。
恐らくロクな物ではあるまい。どうせスケベ心だろう。
あの人はよくイザベラの豊かな胸を見ていたから。
「…無理をしてはだめよ?」
「………マリアンヌ様。私、卒業したらマリアンヌ様にお仕えしたいです。……平民ですけど、雇ってもらえませんか…?」
「………おもちゃとしてなら考えて差し上げましてよ。」
ならおもちゃで構いませんと笑うイザベラの顔は、今までで一番可愛らしかった。
そして、あの卒業パーティーを迎えた私は、国外追放となった。
イザベラをこの国に置いたまま。
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卒業パーティーの数日後。いよいよ出発の日となり、お忙しい中で私の両親は門まで送り出してくれた。
「マリアンヌ。いよいよ出発だな。改めて、よくぞ悪役令嬢として虐めスチルを全回収してくれた。あのけしからん取り巻き共もたまには役に立ったようだな。メインヒロインに第一王子ルートまで導いて国外追放されたお前を、私は誇らしく思うぞ。」
「ええ、私もです。あなたは私達の自慢の娘です。」
「お父様、お母様。ちょっと言ってることが意味わかりませんわ。どこか悪いのではありまして?例えば、頭とか。」
私の両親は昔から頭おかしいですけども、今日はとびっきりですわね。別に取り巻きなんていませんわよ。可憐な花に虫が集ってただけですわ。
「まあ、そのへんの事を細かく説明するつもりは無い。する意味が無いからな。それにお前にこの世界の事や私達のことを教えると、きっと生きるのがつまらなくなるだろう。これも親心というものだ。」
どうしよう。いよいよ言ってることがさっぱりわからない………。
親心って難しいですのね。親になるの止めようかしら。
「…とにかく、今までお世話になりました。私はこの国を出て、隣国サランジェの別荘に向かいます。お話してあった、後日世話係を別荘へ送る件は考えていただけましたか?」
流石に普段色々メイドに任せていた私一人では生活に不安がある。別荘は普段使わずに、たまに掃除をしてもらってるだけの家で誰もいない。生活に関する知識はあっても、そこですぐに全て実践できるとは思えない。補佐が欲しかった。
「それなら適任者がいる。つい昨日雇ったばかりのメイドだが、お前に是非お仕えしたいと凄まじい熱意を持っていてな。教養があり、金銭感覚も庶民的で、生活力もかなりのものだ。」
「それは大変結構ですわね。」
そして随分良いタイミングで就職しましたこと。
いや、悪いタイミングなのかしらね?
初日から国外追放される娘に仕えるわけですし。
そんなことを考えていると、お父様は微妙な苦笑を浮かべていた。…何故苦笑なのだろう。
「だがマリアンヌ、お前はどういう攻略をしたらあの子の心をあそこまで掴めるのだ?私も妻もこのエンディングルートは一度も見たことが無いんだが。」
「いやだから私にわかる言葉で話してほしいとあれほど。で、そのメイドとは――」
「マリアンヌ様!」
そこには、桃色のふわふわした髪を持った乙女がいた。
「………なるほど?確かに適任ですわね、お父様。」
教養も金銭感覚も生活力も、あの学園では一番備えたメイド。
それら全てを満たせるとしたら、確かにこの子くらいだろう。
「第一王子の新しい婚約者様にお仕えいただけるなんて光栄ですわ。」
「やめてください!それは王様にも説明して即お断りしました!あの人、私の胸ばかり見るし、マリアンヌ様のことを悪く言うから嫌いです!」
あのパーティーでの一件以来、ずいぶんハッキリ物を言うようになったものだ。
だが悪くない。悪くないですわよイザベラ。
私に仕えるのでしたらそれくらいハッキリ物を言えなくてはね?
「それに私はマリアンヌ様にはお仕えしますが、メイドではありません!」
………ほう?
「私はマリアンヌ様のおもちゃです!」
両親がブッと吹き出すのが見えた。
「………むふふふふふ!良いでしょう、合格ですわ!あなたを私のおもちゃとして認めてあげる!」
これは早速なかなか面白いおもちゃが手に入ったではないか。
なんと幸先の良い国外追放ですこと!
「よろしい!大変よろしいですわよ、イザベラ!泣きべそかいたら捨てますからね!!」
「はい!マリアンヌ様!」
楽しい毎日になりそうですわね!笑いが止まりませんわ!
「よろしいですわ!たっぷり遊んで差し上げましてよ!おーほほほほほほほ!!!」
おーーほほほほほほほほ!!!
その日の高笑いは、今までで一番気持ちよかった。
イザベラ(やだ…マリアンヌ様生き生きしてる…素敵…。)
もうほんの少しだけ続くんじゃよ。