09 警護の採用試験
「君達が、凄腕の冒険者か?」
建築現場へ通じるゲートから出てきたのは、如何にも成り金と言う感じの商人だった。
「はい。護衛の人達から身辺警護の仕事があると、聞きまして」
商人の後ろに付いてきた、人相の良くない五人の冒険者達は、かなり機嫌が悪そうだ。
アキラ達に近付くと、その体格差から、思いっきり見下ろしてきた。
「生っちょろいし、たいして強そうじゃないがな?」
警護の冒険者の言葉を聞いて、商人が二人を品定めしはじめた。
「確かに、強そうじゃないな。それに警護を変えるメリットが無さそうだし」
商人は、あまり乗り気では無さそうだ。
「旦那。良いじゃありませんか?腕試しくらいはやってあげても。退屈しのぎの見せ物くらいにはなるでしょう?」
「兄貴、こんな二人は俺一人で瞬殺ですよ。娯楽にもなりゃしない」
「プロなら、多少は遊んでやるのも腕のうちだぞ」
完全に、生意気な奴で遊ぶつもりの冒険者達は、好き勝手に言い合い、笑っていた。
「見せ物で良いので、腕試しさせてもらえませんか?人がコテンパンに打ちのめされるのも、滅多に見れないですよ?」
「ハハハハッ!コイツら芸人か?マゾなのか?」
ヤーマの言葉に、冒険者が反応する。
『芸人』と聞いて、商人も多少は興味を持ったようだ。
「そこまで言うなら、お前達の『芸』とやらを見せてもらおう。負けても見物料は払わんが、勝ったら雇ってやる」
タダで見せ物が見れるとあって、商人も笑いなら了解した。
場所は、商人の屋敷の中庭。
屋外でホームパーティーをするには十分な広さを持つ場所だ。
屋敷の外側は、鉄板を幾つも使い、境界壁よりも強固に見える。
幾つか残った傷は、魔物に襲われた跡だろうか?
屋敷の内側は派手な装飾品が多く、マトモな仕事をしているとは思えなかった。
けっこう高価な椅子とテーブルが用意され、周りを執事やメイドが取り囲んでいる。
そこへ、着替えた商人がやって来て、椅子に座ってアキラ達に目をやった。
中庭の中央に立つアキラとヤーマの前へ、冒険者の一人が歩みでていく。
冒険者は、一本のロングソードを器用に振り回しながら、二人の元へとやって来た。
他の冒険者達は、商人の近くで見物するつもりらしい。
「遊んでやるから、頑張って見せろ!」
その言葉に、アキラが剣を抜こうとしたが、ヤーマが止めた。
「二人までは私に任せて、体力を温存しておけ。三人目からは任せるから、二刀流で刀背打ちにしとけよ」
アキラには如月の他に、元々持っていたミドルソードが一本ある。
ヤーマは、ロングソードを腰に下げているが、手にしていた楯からミドルソードを出して、冒険者に向かって歩き出す。
「どう言うつもりだ?一人だと瞬殺しちまうぜ?」
「前座には、前座で十分でしょう?彼を出したければ、三人以上で掛かってきなさい」
冒険者のコメカミ辺りの血管がピクピク動き、顔が真っ赤になっていく。
「舐めくさりやがって!遊びは無しだ。腕の一本くらいは覚悟しとけよ」
勢いよく助走をつけて振り下ろされるロングソードを、ヤーマはマトモに受け止めず、フットワークと楯の傾斜を使って、右に左にと流していく。
冒険者は間合いを取ったり、再び斬りかかったり、振り下ろし方を変えてみたりして、何度も挑むが、毎回、楯に流される。
手で楯を掴もうとしたり、足払いをかけようとすれば、ヤーマのミドルソードが迫り、仕損じていた。
繰り返す攻撃で、流石の冒険者も息があがりはじめていた。
それに対して、ヤーマは殆んど立ち位置を変えず、反復横跳びの様な姿勢で、最低限の運動量に抑え、余裕の笑顔すら見せている。
「イオ!いつまでも遊んでるんじゃねえぞ!」
傍観していた冒険者が一人、腰を上げて、剣を抜いた。
「ようやく、二人目が来たか!」
ヤーマは迫り来る冒険者を視界に納めながら、戦法を変える。
右手のミドルソードでイオと呼ばれた男の剣をこなしながら、楯を左側へと振った。
左手の甲を天に向けると、イオが攻撃の為に振り被ったタイミングで間合いを詰め、楯の縁を、その脇腹に叩き込んだ。
「ぐはっ!ゲホッゲホッ!」
ロングソードを振り被って、がら空きになった胴体に、剣の刀背打ちの様に楯の縁を打ち込まれたイオは、落ちるように、その場に片膝をついた。
そうこうしている間に、次の冒険者が襲い掛かってきた。
次の男はミドルソードの二刀流。
冒険者チームは、多くの状況に対応出きるように、武器の違う人員で構成されている場合が多い。
ヤーマはミドルソードを楯にしまうと、腰のロングソードを抜き、刀背打ち様に裏返す。
ヤーマのロングソードも日本刀に近い剣だ。
「舐めやがって!」
男の苛立ちが、二本の剣による乱れ打ちとして現れる。
二刀流は、一撃の威力が小さい分だけ、テクニカルな攻撃で小さい傷を多く作り、戦力を削っていくものだ。
だが実は、楯に対しては効力が薄い。
一見、不利に思える攻撃だが、これには裏があった。
二刀流に対応しているヤーマの背後から、無言でロングソードが襲い掛かる。
「それも、想定済みだ!」
二人目の男が、微妙に攻撃の向きを変化させ、腹を打たれたイオが、ヤーマの真後ろに来るようにしていたのだ。
やや回復したイオが、背後から襲い掛かったが、ヤーマは片手でロングソードを操り、その打ち込みを流す。
イオは腹部の痛みの為に、一撃に力が入らず、二刀流を対応しているヤーマの片手間な剣技で振り回される。
「ゼッド、バレてんじゃねえかよ。イオもだらしねぇ」
ヤーマは、一旦、二人から間合いを取り、二人を正面に見据える。
「どうですか?旦那様。この二人を雇うよりは、私一人を雇った方が安いですよ」
二人から視線を離さずに言ったヤーマの言葉に、商人は顎に手を当てて考え込んだ。
状況は、警護冒険者の方が不利だった。
動きも力も落ちているロングソードと、楯に押さえ込まれている二刀流。
対応を変えれば、今のロングソードは楯に力及ばず、二刀流はリーチの違いから直ぐに敗れるだろう。
ヤーマが手加減しているのには、誰の目にも明らかだ。
残る警護冒険者も、商人の判断に気が気ではなくなってきた。
「仕方ねぇ、ぶっ潰すか。行くぞ、アルフォード、ヨシュア」
「了解だナージャル」
座っていた三人が腰をあげた。