07 妖刀
アキラとヤーマは、片腕が折れた男を引き摺りながら、歩いていった。
正確には、ヤーマが方向を決めていたのだが。
「おいおい!本気じゃあ無いよな?冗談だよな?」
この世界では、腕が折れたくらいは、遅くても数週間で治る。
速度に個人差が有る理由は、アキラには分からないが。
しかし、命を落とせば、そこまでだ。
やがて男は、頭上/進行方向に大きな壁を目にする。
「境界壁?いったい、何を?」
境界壁の警備員は、三人の冒険者証を確認して、重厚なゲートを開いた。
ゲートの先は、更に二つのゲートに別れている。
一つは、境界壁新設の為のゲート。
もう一つは、建設の護衛の為のゲートだ。
ヤーマは、警備員に確認して、建設護衛のゲートへと進んだ。
言われて警備員がゲートを開く。
ゲートの外は異様に暑く、むせ返る熱気に、アキラが顔を顰めた。
「おいおいおい!いったい、どう言うつもりだ?」
境界壁の外側に放り出された男は、周囲を見回しながら立ち上がった。
遠方の建設現場付近には他の冒険者も居るが、この辺りには、件の三人だけだ。
遠目に見ているが、彼等とて配置を離れる訳にはいかない。
「そうそう。武器を準備しなくてはな」
ヤーマが、そう言うと、周囲に四人の人影が現れた。
深くフードをかぶり、顔は無地の仮面で隠されている。
「大丈夫だ。私の部下だ!」
アキラが、剣に手を掛けたが、ヤーマが抑えた。
フード姿のうち二人が、ヤーマの元へ近付き、恭しく十本の剣を差し出した。
「そうだなぁ、ダークは用途が違うし、キサラギかサツキか。アキラ。この二本のうち、どちらが良い?」
「如月と皐月?如月の方にする」
前世のアキラは二月生まれだった。
「これは、俗に言う『妖刀』だ。使用者の力を数倍にもするし、魔物を切り伏せる為の刀だが、使い終わると、一気に体力を奪われるから注意しろ。これが有れば、お前も『勇者』とやらに成れるだろう」
「なんちゅう物を渡すんだ?しかし、これくらい使わないと、魔物退治が出来ないのも確かか」
説明を聞いたアキラは、しみじみと剣を見た。
日本刀に似た、細身の片刃剣で、冒険者にしては体格も小さく、元日本人のアキラには馴染みやすそうだった。
「そして私は、この楯だ。私が討伐してしまうと、私が『勇者』とかにされてしまうからな」
ヤーマは大きな楯を、部下から受け取っていた。
そうこうしている間に、アキラ達は、どこからともなく現れた魔物に取り囲まれてしまった。
既にヤーマの部下達の姿はない。
「例え片手でも、あれだけ豪語した先輩冒険者のお手並みを拝見しようじゃないか?初心者の我々は、二人一組で相手をしよう」
周囲に集まった魔物は八匹。
角の生えたゴブリンの様な小柄な魔物だ。
魔物は黒い棒の様な物を持ち、訳のわからない叫び声をあげている。
ボロボロの布をわずかに身体に巻いているが、この暑い状態なら、下手に鎧を着ている方がスタミナを奪われる。
アキラはヤーマと背中あわせになって背後を取られない様に構えた。
魔物は、四匹づつ二手に別れる知恵がある様だ。
恐らく、アキラ達を足止めし、先に一人の方を倒して、その後で八匹全部でアキラ達に襲いかかるのだろう。
先輩冒険者は、左手で剣を持ち、必死に抵抗するが、四人掛かりで四方から打ち込まれては、小さな魔物でも苦戦する。
先輩冒険者が意識を失うまでに、さほど時間は掛からなかった。
一方、アキラ達の方は、ヤーマの鉄壁の防御に加え、妖刀如月は、魔物が持つ棒ごと切り裂く威力を発揮した。
「何だ、これは?全てがスローモーションの様にユックリに見える。意識に対して自分の身体の動きが重く、動きにくいが、魔物に十分に対応できている。更に、この切れ味!これが妖刀の力か?」
どんな素人でも、相手がユックリだと、そこそこ対応出きるものだ。
感覚的には、水中で動く時に似ている。
呼吸もしにくいが、刀を握る力を緩めると、その力も止まるので、タイミング良く息継ぎをして戦った。
この超加速に加えて、相手の武器ごと切断する刀が有れば、勝敗は自ずとしれている。
そうして、アキラは魔物を次々と倒していた。
先輩冒険者が地に付した後、魔物達がアキラ達に向かう頃には、そちらの魔物も全滅していた。
「さて、後半戦と行きましょうか!」
アキラとヤーマは、残りの魔物へと突進して行った。
結果として、二匹の魔物によって先輩冒険者の身体は持ち去られた。
いや、実際には、あえて見逃した。
生死は不明のままだ。
魔物は相手の実力を見定め、アキラ達相手に、付かず離れずしながら時間を稼ぎ、戦果を持ち帰っていた。
手を抜いたとは言え、アキラは魔物達の戦い方に感心している。
「魔物と初めて戦ったが、なかなか頭が良いじゃないか?」
「言葉が通じないだけで、完全に『獣』と言う訳では無いのだろう?」
「戦果は六匹か。初戦にしては、なかなかだな!」
建設現場から、数人の護衛が走ってくるのが見える。
目前の敵を倒し安堵して、刀を鞘へ戻した瞬間、アキラは目の前が真っ暗になった。