06 ギルド登録
ギルドとは、技術の独占などのため、限定されたメンバーにより組織された同業者の自治団体や組合、協会などを指す。
ギルドは通常、民間組織なのだが、冒険者ギルドに関しては先の犯罪者絡みから、半官半民の組織となっている。
それには、リストなどの情報を隠蔽されない目的がある。
実際には『官』の部分も、かなり汚れてはいるが。
「この用紙に、名前と年齢、性別と出身地を記入するだけで良いから」
「アキラ。他の欄は構わないのか?」
「無記入で構わない。名前や年齢だって、馬鹿正直に書く必要は無い様だ。ほら、奥で人相書きしているだろう?基本的には、あれで登録している様な物らしい」
ヤーマは、奥で人相書きをしているらしい女性に微笑みを送った。
目が合った女性は頬を赤らめ、画板で顔を隠してしまったが。
「研修は、どうしますか?冒険者を一名付けて三日ほど受けれますが」
「研修はチームメイトでもある、このアキラさんに付いてもらいますから、不要です」
研修は任意になっており、危険性や常識を知らないで死んでも自業自得と言うシステムである。
「では、登録料は銀貨五枚になります」
「これでお願いします」
「いやいや、それは意地悪だろう」
ヤーマが出してしまった白金貨に、受付が顔をしかめ、アキラが口を出した。
「済まない。あまり区別がつかないのでな」
ヤーマは白金貨をしまい、少しゴソゴソとしながら、金貨を出してきた。
ギルド職員は、金貨を受けとると、準備していた中銀貨一枚と銀貨45枚をテーブルの上に出した。
ヤーマは、初めて見る中銀貨を手に取り、しみじみと眺めていた。
「これで銀貨50枚分?」
「そうだよ。物の価値は、必ずしも量には比例しない。お前さんの金貨だって、珍しいからって二倍位に増えただろう?」
不思議そうに見るヤーマにアキラが説明をする。
ヤーマは古物商での換金を思い出して、なるほどと頷いた。
その間にも受付は、書類を確認して受付担当欄にサインをし、用意された握り拳大のプレートのシリアルナンバーなどを書類に転記していく。
「ではヤーマさん。こちらが貴方の冒険者証になります。無くさない様にしてください」
「御手数をお掛けしました」
プレートを受け取るとヤーマは、アキラを真似て上着の胸辺りに、それを刺した。
プレートの裏には、安全ピンの様な金具が付いているのだ。
登録受付を終えた二人は、掲示板のある待合い室の様な所へと移動し始めた。
「アキラ。冒険者登録には、意味が有るのか?」
「有るよ。ギルド登録しないと境界壁の外には出られないし、仕事の依頼を受けたり、先日の様な街中での魔物退治の報奨金も貰えない。いろいろと不便なのさ」
そう言って、アキラは依頼が貼り出された掲示板を眺めた。
「なるだけ、御婦人と触れ合える仕事が良いんだが・・・」
ヤーマの言葉に、眉間にシワを寄せながら、アキラは掲示板を見続ける。
約束もあるので、邪険にも出来ない。
「そうだなぁ。そうなると、大手商人や、貴族の身辺警護ってことになるけど、案外と無いな。やはり境界壁建設の警備が多いか!」
アキラが前世で読んでいたフィクション物とは違い、森へ魔獣の素材を取りに行くような仕事は、この世界には無い。
魔物の肉は食用には向かないし、体の部位も特に役立つ物ではない。
そんな存在は、家畜として飼育されていて当然の存在だからだ。
日本でも、ダチョウの卵を料理に使う為に、ダチョウを飼育する牧場があったりするし、野生のイノシシを家畜として育てていたのが、現在の豚だったりする。
貪欲な人間は、有益な物を自然から採取するのではなく、栽培や飼育により、安定した取得へと持っていこうとする。
つまり、この世界の冒険者の仕事は、魔物からの防衛関係の一択なのだ。
「境界壁の警備も、大手商人や職人が関わるから、目立てば身辺警護の足掛かりになるし、壁際の巡回警備も民家や商店の近くを通るから、顔を売るのには使えると思うが・・・」
アキラが牛の魔物に出くわしたのも、壁際の巡回と言う仕事だったが、これが、ほぼ歩合制で、魔物に出くわさなければ、食費も出ない低額の仕事だった。
そうして、思案していたヤーマの肩に、腕を回す者が居た。
気が付けば、体格の良い冒険者四・五人に囲まれている。
「兄ちゃん達、羽振りがよさそうじゃないか?少し融通してくれねぇか?」
「観光なら、俺達が引き受けても良いぜ」
ヤーマはアキラより体格が良いが、周りを囲む男達は、そのヤーマよりも更に大きかった。
冒険者を営む者は、幼少期よりも体を鍛え、常人よりも一回り大きい。
彼等は、根っからの冒険者体質と言える。
そして、冒険者の総評に沿う様に、ガラと性格が良くなかった。
ヤーマが目をつけられたのは、その貴族の様な装いと、白金貨を出した点。更には冒険者プレートを付けるシーンを見られたのだろう。
貴族の末弟や商会の跡取りが、冒険者を御供に雇い、冒険者登録をして境界壁の外へと物見遊山に出掛ける事があると聞いたのを、アキラは思い出した。
「アキラ。ここは融通してやるべきなのか?それとも無礼者に思い知らせてやるべきなのか?」
「お~っ、恐い!若様がお仕置きしちゃうんだって?」
ヤーマの言葉に、冒険者達は人数が居るのも相まって、誂い気味に反応した。
受付の者も、他の冒険者達も、『厄介なのに捕まって可哀相』と言う目で見ている。
「ヤーマ。死なない程度に、血を流さない程度に、お仕置きしてあげたら?」
ヤーマは頷くと、自分の肩に手を回している男の腕を、掴んだ。
「ぐあっってぇ~!」
男が在らぬ方向へ曲がった右腕を押さえて、訳のわからない悲鳴をあげた時には、ヤーマの姿は別の男の所へ行き、その膝を踏み砕いていた。
それから次々と致命傷にならない程度に、腕や脚を折っていく。
皆が剣を抜く暇も与えられないうちに、彼等は床へと這いつくばっていった。
「私には、男と肌を触れ合う趣味はない!今度、触れたら殺すぞ!」
それを見ていたギルドの受付が、カウンターを乗り越えて飛び出してきた。
「お前達、何てことをやってくれたんだ?ギルド内で争いなど」
職員が大声で叱り付けてきたが、アキラも前世で十分な人生経験を積んだ男だった。
「冒険者同士がじゃれ合っただけだろう?流血も、人死にも出てないじゃないか?」
「これの、どこが『じゃれ合い』だと?」
言い返されたアキラは、受付担当に顔を付き合わして迫っていく。
「見ていたギルド職員が止めていれば、こんな事にはなっていなかっただろ?これが『じゃれ合い』じゃあなかったら、新人冒険者が揺すりたかりにあっているのを、ギルド職員が黙認していた上での障害事件発生って事だよな?当初の見込みと怪我人が違うだけで」
「うっ・・・それは・・・」
「それとも、このギルド支部は、揺すりたかりを公認する犯罪組織って事か?職員なら俺の実家が中央寄りの商社だって判るよな?貴族にも連絡ぐらいつくのは判るだろう?証人だって、俺一人で十分だしな」
「ギルドを脅すのか?」
「俺は、現実しか言ってないし、チョッカイ出してきたのも、放置していたのも、俺達じゃない!」
状況を見ていたヤーマが、口を挟みだした。
「アキラ。私は、ここに居る全員と『じゃれ合う』のも吝かではないぞ!」
ヤーマの戦いぶりを見ていた全員が、目をそらした。
アキラは、魔物を一人で、あそこまで倒せるヤーマの実力を、把握している。
熟練の冒険者でも、魔物相手に一対一では無理だが、それをやり遂げた後に余裕のあるヤーマに、半端な冒険者では太刀打ちできない。
「ギルド職員としては、これは『じゃれ合い』なのか?『ギルド黙認の揺すりたかりの結末』なのか?ハッキリとしてもらえませんか?」
アキラに詰め寄られて、職員は後退りした。
「それは『じゃれ合い』だ!」
吹き抜けになっている二階部分からする声に見上げれば、貴族らしき姿があった。
「ギルド長!」
職員の言葉に、アキラが二度見する。
「ギルド長さんの裁決なら、間違いないですよね?」
半官半民の冒険者ギルド。
辺境に飛ばされた貴族に、更にケチが付けば、後は没落しかない。
ギルド長が保身の為に、裁決をしたのは、誰の目にも明らかだが、それに文句を言える者も居ない。
受付担当が苦い顔をする。
だが、それで黙っていられない者が居た。
「チクショウ!覚えてやがれ!」
最初に腕を折られた男が、半身を起こして叫んだ。
それを聞いたヤーマが、不快そうな顔をした。
「私は御婦人との関係以外、覚えていたくないのだ。アキラ。外なら問題ないのか?」
「ああ。人目につかない場所にしよう。冒険者の行方不明なんて、ざらに有るらしいからな」
男の顔は、一気に青ざめた。
商人の道楽者と思っていたら、とんだダークサイドだ。
既に誰も助けてくれそうにない。
アキラとヤーマは、腕が折れた男の襟首を掴んで引き摺り、ギルド支部の玄関を出ていった。