05 冒険者の酒場
『冒険者』と言えば聞こえは良いが、その協会登録は、実際には前科者リストとして使われる事が多い。
それでも、一応の身分証明にはなるので、命令重視の組織を嫌う多くの者が登録している。
マトモな仕事に付けない者。
短期で大金が必要な者。
同じ仕事が続かない者。
力を持て余してしまっている者。
正確な身元を明かしたくない者。
いずれも、一つ間違えれば、犯罪者となる要素を持った者達が集まっている。
世界の探求や、守護と言った本来の目的も、行われているが、派遣先で事件が起きれば、真っ先に疑われる者達だ。
実際、協会を通さない闇営業で、犯罪の片棒を担いでいる者も少なくない。
フィクションの冒険者とは違い、よほど偉業を成した有名人でない限り、尊敬される職業ではない。
マトモな者なら兵士になると言われている。
ただ、兵士の仕事は王宮の守備と、領内の定期巡回に限られ、実際の収入や能力は初級の冒険者並みだ。
決して、少数で魔物を討伐出きるほどの能力は、持ってはいない。
そんな理由も有り、急ぎの討伐や防壁の外での仕事は、必然的に冒険者に集り、需要も有る。
だが、実入りが良い半面、死亡率も断トツで、上級冒険者でも、毎年、約一割が命を落としている。
アキラが冒険者に成りたいと言った時には、当然、両親も反対したが、最終的には黙認の形を取って餞別まで持たせた。
アキラの能力では兵士に成れても、冒険者は無理だとわかり、すぐにあきらめると思ったのだろう。
そんな冒険者が集まる酒場に、アキラ達は来ていた。
お酒を楽しむなら、レストランや食堂でも出きるが、ここが、あえて『酒場』と呼ばれているのは、先に述べた様なガラの悪い者が集まるからだ。
そして、『酒場』は、いたるところに存在した。
勿論、宝飾店街の裏路地にも有った。
「水割りを二つ」
アキラはカウンター席で、何枚かの銅貨を出してバーテンダーに声をかける。
バーテンダーは、アキラの胸元をチラリと確認してから、酒の入ったグラスを差し出した。
アキラはグラスに軽く口を付け、カウンターに置くと、懐から銀貨を一枚取り出した。
「この辺りで、珍しい金貨を高額で買い取ってくれる店を探しているんだが、良い店を知らないかな?」
「裏ですかな?表ですかな?」
「表で」
グラスを磨くバーテンダーの手が、一瞬止まり、また動き出す。
ヤーマが自分の前に出されたグラスを呷ると、苦い顔をした。
バーテンダーは、磨いていたグラスを棚に仕舞いながら、独り言の様に喋り出した。
「数が少ないなら五番街のサンジェルマン宝飾店。多いなら多少は安くなるが七番街のカトラス古物商が珍品の買い取りをしていますよ」
言い終わると、バーテンダーはアキラの方へ視線を回した。
アキラは、手持ちの酒を一気に飲み干し、グラスをテーブルに置いた。
グラスの底には銀貨が伏せられている。
「ごちそうさま!」
「まいどあり!」
酒場はギルド以外での情報交換にも使われる。
地域の情報や、裏の仕事や情勢などが集まる場所だ。
アキラはギルド登録に伴う研修で、講師役の先輩と一緒に来て要領を掴んでいた。
伊達に、両親の客商売を手伝ってはいないし、前世の経験も物を言う。
アキラとヤーマは、酒場を出て、無言で少し歩いた。
「尾行はないな。で、ヤーマさん。話を聞いていたと思うが、金貨は多いのか?少ないのか?」
酒場での会話はフリースペースだ。つまり他者に筒抜け。
金貨を大量に持っているなら、多人数で、怪我を覚悟で襲って奪おうとする者も出るだろう。
しかし、金貨が数枚しか無かった場合、多人数ではリスクの方が大きくなる。
バーテンダーが金貨の量を聞かなかったのも、アキラが酒場近くで話さなかったのも、このリスクを減らす為だ。
「金貨は、かなりの量がある。だから、古物商だな」
ヤーマの言葉に、アキラは番地表示を確認した。
まだ、奪う目的の者が二人の動向をうかがっているかもしれないので、なるべく表通りで、どちらとも区別のつかないルートを通るのが安全だ。
「換金が終わったら、冒険者登録も必要だな」
「ああ。よろしく頼むよアキラ君」
「チームなんだから、御互いに呼び捨てにしないか?」
「そうだな、アキラ」
「よろしく、ヤーマ」
二人は大通りに出て、七番街へと向かった。