04 亭主登場
「もう、身体は大丈夫なのですか?」
アキラとヤーマの話し声を聞いて、家の奥から、寝間着姿の女性が姿を現した。
ドアから半身だけを覗かせているが、その姿は、かなり窶れて。いや、疲れている様だが、頬は赤く、瞳は潤んでいる。
「もう少し、休んでいた方が良いですよ。じきに、旦那さんも帰ってくるでしょう」
ヤーマが、そう言った瞬間、家の玄関から飛び込む男が居た。
「ソフィア!大丈夫か?」
リビングに入ってきた男は、妻の姿を確認して安堵し、室内に居た二人の男性にニラミをきかした。
「こちらの男性に助けて頂いたの」
ヤーマが立って剣を見せ、妻の言葉に亭主の表情が和らぐ。
「で、ソファを御借りしているのが、同じく魔物の被害者です」
ヤーマの追加説明に、寝ているアキラが片手を上げる。
「旦那さんですね?私はヤーマと言います。奥様に怪我は無いですが、魔物に襲われて怯えておられるので、休む様に言っていたのです。彼、アキラも目覚めたので、顔を見に来て下さった次第です」
アキラは、ヤーマの流れるような対処に『コイツ、場慣れしているな』と呆れるだけだった。
「これはこれは、妻の恩人に御礼も言わず、失礼しました。花屋の主人でガースと申します。知人に、店が魔物に襲われたと聞き、急いで帰って参りました。この度は、本当にありがとうございました」
丁寧な御詫びと御礼は、商売人らしい対応だ。
「あなた。私、もう少し休むわね」
「ああ、そうしろ。後は任せて、嫌な事は早く忘れるんだ」
扉を閉める直前に、奥さんの熱い視線がヤーマの方に向いていたのは、旦那の方からは死角になって見えなかったのだろう。
夫婦の会話を横目で見ながら、アキラは、下手に何も言うまいと決めた。
花屋の主人ガースに促されるまま、再びテーブルにつくヤーマ。
テーブルの上の状況に目をやる。
「お恥ずかしながら、魔物を倒した後に、腹の虫が鳴り続けまして、奥さんは気が紛れるからと、食事を準備して下さいました」
「命の恩人に、食事くらいは当然ですが、なぜ、それほど空腹に?」
ヤーマは、懐から数枚の金貨を出してテーブルに置いた。
「彼には話したのですが、この国に来て間もない為に、通貨の持ち合せが無くて、難儀していたのです」
見ると、確かに金貨だが、大きさや刻印が、この国の物とは異なっていた。
「外国の金貨ですか?これは通貨としてではなく、金の塊として換金するしか無いと思いますよ」
恩人の難儀に、よい対応が出来ないガースは、申し訳無さそうだった。
アキラは、金貨の一枚をツマミ上げて、裏表などを細かく見た。
「ガースさん。この近くに、宝飾店とかは有りますか?これだけ珍しい金貨なら、ペンダントヘッドにも使えるし、外国の金貨ならコレクターが居るかも知れません」
前世の知識と、こちらの両親の仕事を手伝った知識から、アキラがアドバイスをした。
「それならば、三ブロックほど北に、金持ち相手の通りが有って、そこに宝飾店も何軒かあった筈です」
アキラの言葉に、換金の目処がついたヤーマも、恩人の役に立てたガースも笑顔を浮かべた。
「アキラ君、もう歩けるかね?君は、この手の事に詳しそうだから、手伝ってはくれまいか?」
「ああ、何とか歩くぐらいは問題ない」
ヤーマの言葉に、アキラは、ソファから身を起こした。
アキラの本音は、まだ休みたかったが、いつ崩壊するかも知れない、妻と夫と間男と言う修羅場から早く逃げたいと言う気持ちが先行した。
「そんな。ゆっくりしていって下さい。アキラさんも休憩が必要なのでは?」
「いや、ガースさん。あなたには、店の修理や、花屋の仕事が御有りだ。我々をかまってはいられないし、御礼は十分に頂いた」
「ヤーマさんの言う通りです。それに、あまり遅いと今日中に換金出来ないかも知れない」
ガースは、二人の言葉に渋々と了解した。
三人は店を通り、再び通へと出て行く。
アキラは、ここで初めて魔物の死体と壊れた建物を見て、事の顛末を知った。
死体の周りには、冒険者ギルドの人間が来ていた。
「黒い髪に、長身の男。この魔物を倒したのは、君か?」
「ああ。私だが処置に困っている」
「魔物の処理は、我々でやる。しかし、見たところ君は冒険者でも兵士でも無さそうだが、規則で報奨金は冒険者にしか渡せない。どうしたものか・・」
困った顔のギルド職員に、ヤーマはアキラの方をチラ見した。
「ならば、こちらのアキラ君に渡してくれ。私よりも先に魔物に挑み、先ほどチーム入りを約束した」
「ヤーマさん。確かにそうだが」
ギルド職員は、迷わずアキラへと報奨金の袋を押し付けた。
「我々としては、報告も含めて早く処理したい。この魔物はアキラさんのチームが倒したと報告しておく」
職員は、アキラの胸のプレートナンバーを書き控え、魔物の死体を荷車に積み込み始めた。
「アキラ君。換金にも急ぎたいんだが?」
「ヤーマさん。本当に良いのかよ?」
「私からのチーム入り費用として受け取ってほしいなリーダー」
アキラは、報奨金を渋々と懐へとしまった。
「では、ヤーマさんアキラさん。近くに来る事が有れば、寄って下さい」
「ガースさん。必ず寄らせてもらいますよ」
二人の会話を聞いて、眉間を押さえながら、アキラは北の宝飾店を目指して歩き出した。