03 ボーイミーツ・・・
アキラが目を覚ましたのは、全身の痛みからだった。
頭もガンガンして、耳鳴りがしている。
半分は朦朧とする意識の中で、自分が生きている事だけは確認できた。
「ここは、どこだ?いったい何が・・・・」
痛みで回らない頭に、二足歩行する牛の魔物の姿が思い出される。
「魔物相手に、俺は生き残ったのか。それにしても・・・・」
その場所は、見たところ中級庶民の家で、居間のソファに寝かされている様だった。
室内には、誰も居ない。
背中を強く打っているが、傷はなく、確認できたのは、両腕が内出血している位だ。
おそらく反射的に、前世で幼年期に通わされた柔道教室での受け身が出たのだろうと、アキラは判断した。
居間のテーブルには、食事した跡があり、食器などが残っている。
アキラは、傷む身体を無理矢理動かして、テーブル上の水差しを取り、口に運んだ。
「フーッ!生き返る」
おかしな物で、人体は水分補給をすると、いろんな意味で落ち着いてくる。
アキラは、再びソファに身を沈めて、呼吸を整えた。
徐々に、頭痛や耳鳴りも小さくなり、身体の痛みも我慢できる程度に治まってきた。
この世界の身体能力は、前世の物とは異なっている。
即死しなければ、かなりの確率で生残り、完全治癒する。
逆に言えば、串刺しにされて放置されたら、なかなか死ねずに数ヶ月以上苦しむ場合もある。
ただ、欠損の回復には限度があり、魔物に半身を喰い千切られて、痛みと生活苦の為に自殺した者が居るとも聞く。
今回、アキラが五体満足だったのは、幸運と言わざるをえない。
「兎に角、誰かに助けられたのだ。待っていれば、その内に姿を現すだろう」
どうせ、ろくに身体を動かす事の出来ないアキラは、気長に待つ事にした。
耳鳴りも治まってくると、周りの小さな音が聞こえてくる。
窓の外からは、鳥の囀ずり、遊ぶ子供の声。
そして家の奥から聞こえてくるのは、圧し殺した女のあえぎ声・・・・・
「いったい、何をやっているのやら?」
多少、不快な思いをしながらも、アキラには待つ事しかできなかった。
一時間程で、アキラの居るリビングルームの扉が開く。
入ってきたのは、30代前半の見てくれの良い男性だった。
彼はシャツのボタンを止め、頭髪の乱れを直しながら、テーブルの方へと歩み寄っていく。
「なんだ。もう目覚めたのか?スズキ アキラ」
初対面の人間に名前を言われるのは、この十数年で慣れたが、いつもの調子で返せない。
その男の『タグ』には、見慣れない文字が表示されていた。
男は、テーブルの椅子に掛けてあった上着と剣を手に取り、身に付けだした。
この家の内装に似合わない、どちらかと言えば、貴族に近い装いだ。
「魔物から助けてくれたのは、あんたなのか」
「まぁ、そう言う事になるかな。魔物を倒して、この家の御婦人を助けるついでになるが」
「その御婦人とやらは無事なのか?」
「魔物の恐怖で怯えておられたので、御慰めしていたところだ」
アキラは『御慰め』ではなく『慰み物にしていた』のだろうと、心の中で突っ込んだ。
「それにしても、助けてくれて、ありがとう。礼を言おう。ところで、恩人の名を聞いておきたいんだが?」
「私の名は、ここでは『イェマ』とか『イシュマ』とか、色々呼ばれているが・・そうだな!『ヤーマ』とでも呼んでくれ。外国人だ」
男の『タグ』が、アキラにも読める『ヤーマ』という文字に変わった。
アキラは、この国以外にも、人の住む地域がある事を聞いていたが、実物を見るのは初めてだ。
何しろ、他の国へ行くには、一旦は魔物の領域を通らねばならないらしいのだから。
「冒険者か?どうりで魔物を倒せた訳だ」
「『冒険者』?済まない、私の国には無い概念なので、よくわからない」
「外国には無いのかもしれないな。魔物を倒して国民を守る仕事だ」
「『兵士』ではないのか?」
「兵士は国に雇われて命令に服従だが、冒険者は個人営業で拒否権がある。勿論、この国にも兵士は居るが、国王の守りが最優先になっている」
ヤーマと名乗った男は、フムフムて理解を深めている。
「で、見たところ、アキラは冒険者なのか?装備が兵士と呼ぶには軽装の様だが?」
「ああ、そうだ。将来は勇者を目指している」
「『勇者』とは何だ?何しろ、この国に来て日が浅いので常識と言うものが乏しくてな」
ヤーマは身なりを整え終わり、椅子に座って、テーブルに残っていたワインで喉を潤しはじめた。
「『勇者』は『魔王』を倒す為に戦う、力ある者だ。今はまだ遠い話だが、身体を鍛えて、必ずなってみせる!」
「『魔王を倒す者』ねぇ。面白そうだな」
ヤーマは不気味な笑みを浮かべて、アキラの方を見続けた。
「アキラ。私が君を『勇者』とやらに仕立てて、魔王の玉座まで導こう。代わりに私の手助けをしてくれないか?」
ヤーマは今まで彼が居た奥の部屋の方を見た。
アキラは、一瞬、嫌な顔をしたが、魔物を倒したと言う彼の力量と、自分の非力さを天秤に掛けて、渋々と頷いた。
これが、勇者を目指すアキラ青年と、マ男のヤーマの出逢い。
Boy meet Girlではなく、Boy meet Guyだった。