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第95話 その後始末的な話5



 「風の太刀(ウインド・ブレイド)、詠唱合わせろ!」


 古賀に請われるまま、祈率いる尾噛の軍は、魔の森の掃討を二月以上も付き合っていた。


 数を頼りにする小鬼(ゴブリン)犬面人(コボルト)等は流石に殲滅はできないが、削れるだけ勢力を削った。今では、人の気配を察しただけで逃げる程になっていた。人間を恐れる様になれば、充分な成果と言えるだろう。


 一般兵士では対処の難しい屍食人(グール)や、大鳥(ロック)、少数ながらも広大な縄張りを形成していた飛竜(ワイバーン)達は、使える魔術士全員を前面に出して出来うる限り駆逐した。


 祈達は、その仕上げの為に軍を動かしていた。確認されたものの中でも最大級になるであろう飛竜の巣の排除だ。


 「放てっ!」


 祈の号で一斉に放たれた魔法の刃によって、飛竜の群れは千々に引き裂かれた。辛くもそれを避けた個体を絶対に逃すまいと、他の属性の初級魔法達が一斉に降り注ぎ次々と撃墜していく。飛竜達にとって、今日と言う日は災厄の日であった。その災いをもたらした尾噛の魔術士団は、さしずめ死神といったところだろうか。


 「まだ生きている可能性がある。堕ちた個体には絶対近づくな! 止めの矢を放て」


 激しい戦いが続いた三ヶ月もの間、尾噛軍は一人も犠牲者を出してはいなかった。どうせなら全員無事に尾噛の地を踏まねば。それだけが、祈の願いなのだ。


 「群れの排除が終わり次第、巣を燃やせ。幼体、卵も全て見逃すな」


 ここで仏心を出してしまっては全てが水の泡になる。ここで芽を全て摘み取らねば、後に災いとして降りかかるのだから。


 祈は徹底的に、殺戮の将として振る舞ったのだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「おお尾噛の。よくぞ無事で戻ってくれた。ゆっくり休んでくれ」


 砦に帰投した尾噛軍を一光(まさみつ)が笑顔で出迎えた。


 古賀、尾噛の挙げた夥しい戦功は、帝国でも語り草になるだろう。それほどまでに、魔の森は恐れられていたのだから。


 「祈どの、我が儘を言って申し訳なかった。だが、お陰で当初の予定より遙かに早く事が片付きそうだ。何か礼をせねばなぁ」


 本来の予定であれば、祈達尾噛軍は地鎮の儀が無事終わった時点で、お役御免の筈だった。

 だが、斎宮に向かう際にみせた祈の指揮と魔術士達の魔術の腕が、是非とも欲しいと一光に請われたのだ。


 「それには及びませぬ。これは当主である望からの命にございますので。ですが、古賀様のお役に立てたのであれば、充分に我らの誉れとなりましょう」


 『その話は本家としてくれ。私に聞くな』


 と祈は言外に込めた。事実祈には、他家と交渉する権限は無い。ここで聞かれても困るのだ。


 「おおう、すまぬ。これはご当主殿に手紙を(したた)めねばな」


 それを察してか、一光は後で書簡を送る旨を祈に伝えた。請うた二月以上の軍費は、全て古賀家で持つ事になるだろう。そして恐らくは帝国からも恩賞が出る筈だ。


 これで少しは尾噛の家の財布が重くなってくれれば良いのだが……直近の望の記憶は、常に眉間に皺を寄せてそろばんを弾いている後ろ姿ばかりで、祈は常々心配していたのだ。


 「しかし、指宿から戻ってきた其方(そち)は、装いが恐ろしくも美しく、そして煌びやかになったなぁ」


 あの湖で手に入れた素材を使い、俊明とマグナリアは自身の趣味に全力で取りかかった。『祈』という趣味に。


 黒曜石の様な輝きを放つ脚鎧と全てが一揃えになる様に、腰鎧、胸当てを新造し、さらには鬼の篭手も同様の素材で作り直され、二の腕までを完全に覆う防具へと変化を遂げた。


 マグナリアの手で作られたヘッドドレスまでもが漆黒の輝きを放ち、祈の銀髪の美しさを更に引き立てていた。これら全てが敵対する者全てを葬り去る為の恐ろしい能力の数々を秘めているとは、きっと誰も思うまい。


 全身を黒曜石の輝きを持つ異形の鎧で身を包んだ祈は、いつしか”黒曜の姫将軍”。

 そう憧憬と畏怖を込めて、古賀の兵達から呼ばれる様になっていた。


 「あはは。私を心配する家族が、これを。ちょっと派手ですよね」

 「いや。それらは全て、其方の為に(あつら)えた特別製なのだろう。其方を含めてこその芸術品よ」


 一光は祈の足先から頭までをもう一度眩しそうに視線を巡らせ、深く頷いた。この様な異形の全身鎧は、帝国には無い。だが、こうして眺めてみると、元々尾噛の長女はこの様な姿だったのではないかとすら錯覚する程に似合うのだ。


 「この姿を、早うご尊兄にもお見せして差し上げねばな。今まで引き止めていた吾が言うのも可笑しな話だが」

 「その様な事は。ですが、そうですね。そろそろお暇する時かも知れませんね」


 「一度斎宮へ寄って、愛茉(えま)に挨拶していって欲しい。あれは其方に懐いておるしな」


 まぁその前に、ゆっくり羽を休めてくれ。一光はそう言うと手を振って砦の奥へ消えていった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「そうか、其方(そなた)もいよいよ故郷へ戻るのか…寂しくなるの」

 「愛茉様……」


 過ごした時間は長くはなかったが、その分濃密な時を二人は過ごしてきた。寂しそうに呟く愛茉の表情を見、祈は言葉を詰まらせた。


 「愛茉様、その様な我が儘は言ってはいけませぬよ? 祈様にも、お役目がございます。それをご理解なさいませ」


 愛茉の教育係兼、護衛役の白水(しろうず)美月(みつき)が、愛茉を窘めた。美月は尾噛の分家である白水家の出であり、祀梨の妹で祈の叔母にあたる人物だ。


 「美月よ、それは此方(こなた)も解っておるわ。じゃが、これは此方の本心じゃ。祈は此方にとって真の友じゃからな。別れを惜しんで何が悪いというのか」

 「愛茉様、ありがとうございます。私も寂しいと思っています。ですが……」


 「うむ、皆まで言うな。此方はちゃあんと分かっておる。じゃから、あえて言おう。斎宮(ここ)を其方の第二の故郷と思うてくれ。いつでも遊びに来るがええさ」


 泣き笑いで、愛茉は祈に応えた。これが、今生の別れになる訳ではない、筈だ。だが、愛茉と祈の間には、”種族の差”という大きな壁がある。流れる時間が違うのだ。その事を想うだけで、愛茉の心は千々に掻き乱れてしまう。


 祈は無言のまま静かに頭を垂れ、愛茉に向かい平伏した。身分があまりにも違うというのに、自身を真の友と言ってくれた事が凄く嬉しかった。そんな愛茉の想いに、絶対に報いたい。そう思える程に。


 「それでは、またの。此方は斎宮におる。守り神様も其方の事を、常に案じておるでな」


 ◇ ◆ ◇


 「……結局、貴女とは言葉を交わす機会は、ほとんどありませんでしたね…」


 斎王の間から退出した祈は、美月と二人、無言で廊下を歩いていた。何となく気不味いままの沈黙を破ったのは、美月の方だった。


 「そうですね。ここまで色々と有り過ぎました。申し訳ございませぬ、叔母様」

 「良いのです。実を言うと、ワタシは貴女とお話するのが怖かった」


 「怖い、ですか?」


 今日の祈は平服で、武装の一切をしていない。まさかその様な事を、美月が言っている訳ではないだろう事は分かるが、自身の装いを確認してしまった。完全武装でいると、最近よく「圧が凄い」と言われるためだ。


 「貴女は、我が姉祀梨様によく似ていらっしゃいます。そんな祈様のお姿を拝見する度、お声を耳にする度に、どうしてもワタシの弱い頃の記憶が蘇ってしまうのです」


 一番に慕っていた祀梨が輿入れする際に、美月は人目を憚らず大泣きした。それまで泣いた記憶が無かったのに、だ。姉祀梨との思い出は、美月にとってキラキラと輝く一生の宝物だ。


 だが、そのキラキラと輝く日々は、女を忘れる様に修行に明け暮れ、現在の地位を築いた今は封印せねばならない一番脆い部分なのだ。祈の姿は、今の美月が決して表に出してはならないそれらを全て晒してしまうのだ。


 「かあさまは私にいつも言ってました。子を成し、母となりなさいと。その教えの通り、(いず)れ私も他家へ嫁ぐ日が来ましょう」


 祀梨は旧来から続く古い考えの人間だった。女の幸せは、子を成し次代に血を繋ぐ事だ。それしか無いのだと。それはこの時代において、正しい認識なのだろう。


 美月の生き様は、祀梨の考え方、強いては時代の考え方から言えば異端に映る事であろう。だが、その異端を貫くとしても、女を捨てる必要は無いのではないか。そう祈は考えている。何故ならば美月が女であるからこそ、愛茉の教育係兼護衛の任を拝したのだろうからだ。


 「ですが、叔母様も女性(にょしょう)であるからこそ、こうして愛茉様のお側にお仕えしていらっしゃるのではございませぬか?」


 その縁までをも、否定しないで下さい。祈は目を伏せ、美月に言葉を紡いだ。人と人を結ぶ(えにし)を、当人に否定して欲しくなかった。


 「やはり、貴女はお強い。その差を目の当たりにする事こそが、ワタシは怖かったのかも知れませんね……」


 美月は祈に背を向けたまま、振り絞る様に声を発した。最愛の姉の忘れ形見である祈より、自分は脆く弱い。その事実を、今はどうしても受け入れられなかった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「それでは、尾噛の。この恩は何れ返そう。古賀の名にかけてな」

 「いいえ、こちらも良い経験になりました。また鐙を並べる事もありましょうや」


 集団戦の指揮と周囲を観察する眼、情報を精査する為の勘等は実戦の中でないと養われない。それらは全て祈にとって得難い経験だった。一光の指揮と人心掌握の術は、近くで見ていて大変に勉強になったのだ。


 「その日が来る事を、吾も楽しみにしておくとしようか。尾噛の、姫将軍どの」


 口の端をつり上げ、一光は笑った。祈は古賀軍にも絶大な人気を誇っていたのだ。軍を預かる将の身として、嫉妬してしまう程に。だからこそ、心の底から一光は願う。黒曜の姫将軍と鐙を並べる、その日を。



 「それじゃ皆、尾噛の地へ帰ろうか」

 「ですな。おひい様」


 こうして、祈率いる尾噛の軍は、帰路へついた。予定より三ヶ月近く遅くなってしまったが、誰一人脱落者が出なかった事が吉報となる筈だ。


 古賀と尾噛の両軍の働きによって、魔の森の呼び名は変わる事だろう。


 どの様な名になるか……それは、後の歴史に聞くしかない。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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