第94話 玄武と朱雀
更新滞っていました。申し訳ありません。
「祈、おかえりー」
「ただいま。タマちゃん」
廃坑の探索を終え、指宿の長の家に戻ってきた祈を最初に出迎えたのはタマだった。
「聞いてよ、祈。古賀のボンったら、起きたすぐに長の顔見てまた気絶しちゃったんだよぉ~」
いくら何でも失礼だよねっ? タマはぷりぷりと擬音が出る勢いで、一光の反応に対し怒っていた。
だが、長の姿は普通の人間の眼には、あまりにも刺激的過ぎた。
同じ人類と呼ぶには、あまりにも規格外の身の丈だけでも仰天モノなのに、上半身は二人の人間が左右融合しているのだ。所謂、両面宿儺と呼ばれる異形である。
『望む物が何でも揃う』とさえ言われた都ですら、この様な異形は存在しない。
言動、行動はすでに大人と言っても過言ではない一光だが、翼持つ人の中では、40なぞまだまだ子供でしかないのだ。その事をちゃんとタマに伝えるべきか、祈は一瞬悩んだが、何も言わない事にした。正直に伝えた所で、長の姿を見慣れているタマには多分通じないだろうと思ったからだ。
「長にちょっと報告したい事があるんだけど、取り次いで貰えるかな?」
「うん、大丈夫だよ。欲しい物、決まったんだ?」
────そういえば、そんな話だったな。
タマに言われるまで、祈はその事をすっかり失念していた。我ながら欲の無い事だと、苦笑いしか出てこない。
「……あはは、それとは別件。悪いお知らせと良いお知らせの両方かな」
「良いのだけじゃなくて、悪い方のお知らせもあるのかぁ…それは喜んで良いのやら……」
残念そうに、タマはこやんと鳴いた。
長達と別れてからのその後の行動を、祈は全て長に伝えた。
廃坑内に溜まるマナの異常な量と、その影響による生物の異常成長。
その原因となった最奥の湖と、そこに棲む精霊神の存在。
集落付近の河に、湖の水を地下水で薄めて放水する予定である……等々だ。
「確かに、あそこの鉱脈は異様に純度が高かったせいか、やたらとマナが濃かったの。お陰でワシらは助かった様なモンだが」
「で、そこの水を流しても大丈夫だと、その精霊神とやらが言うたそうだが、多少は影響あるだろうて? それはどうなのだ?」
「河に棲む生物や付近で採れる作物が、少しばかり大きくなるだろうが、豊作は約束された様なものだ。と……」
万物の源であるマナが、全てに良い方へ作用する筈だ。玄武はそう言っていた。
集落に住まう鬼達は、他の人種に比べても総じて体躯が大きい。恐らく燃費も悪い事だろう。ならば、この報は福音になるのではないだろうか。祈はそう考えていた。
「もしそれらが本当ならば、我らとしては大歓迎すべき話よな。確かに我らはよく喰う。山からもたらされる鉱物のお陰で、何とか喰ってはいけておるが、いかんせん蓄えができぬでの」
「どう足掻いても、喰う量は減らせぬでなぁ……わかってはおるのだが」
「皆がお酒をやめれば、今でも充分に賄えるし、貯蓄できる筈なんだけどね、長?」
「タマよ、それはわしらに死ねと言うておる様なもんだぞ」
「そうだそうだ。酒はワシらにとって命の水よ。これが無くては生きてはおれぬ」
「……その量を、少しでも減らしてみようって一切考えないのが、ここの男共の悪い所なんだよ。ホントにさ、苦労してるんだよ、ボク」
祈に向かい、苦々しくタマはこぼした。どうやらこのやりとりは何度もあったらしい。それだけは、何となく祈も理解できた。
『お酒って、美味しいの?』
成人を迎え、継承の儀を終えた兄に、祈は一度だけそう聞いてみた事がある。その時望は顔を顰めて、無言のまま首を左右に振っただけだった。
他の大人は見るからに美味そうに呑んでいたのだが、どうやら望にはそうでもなかったらしい。だから祈もお酒については、まだ良く分からない。何れ呑んでみたいとは、思ってはいるのだが…
タマの言い分は理解できるし、頷きたい気分ではあるのだが、長の言い分は自身が子供でお酒未経験の為に、全然理解ができないのだ。これでは全く公平とはいえまい。
「しかし、この辺りは米が上手く育たん。代わりの作物は何がええかのぉ?」
「そういえば、玄武さんは”畑作”って言ってました……ね?」
彼の精霊神は、確かに田んぼとは言わなかった。つまりここは、稲作に向いていない土地だと分かっていたと言う事だろう。
「甘薯ならどうだ? あれはあれで美味い。ようけ採れるなら、あれも斎宮の人間との交換品にもなるだろうて」
甘薯は、中央大陸から伝わった芋の一種だ。保存性に優れた作物で、名の通り甘い芋なのだという。どこの国の民も甘味に飢えているので、充分に価値のある作物だと言える。
「ボク、甘薯好きだよ。ホクホクして美味しいのっ」
「肴にはならんが、干した奴を炙ると美味いな」
(そういえば、火山灰で積もった地層だと、大豆とかも栽培してたって昔小学校で習った記憶が……合ってるかは知らんが)
守護霊その1が、”俊明”であった頃の記憶をひっぱり出し、祈にその知識を披露してくれた。合ってるかは知らんが……等と余計な一言が付いていたが、祈はそれを無視してそのまま告げる。もし違っていてもマナの力できっと育つだろう。その辺は結構いいかげんでも良いのだ。
「良いのではないでしょうか? あとは大豆ならば、この地でも育つかと」
「ふむ。この集落にどちらもある。試してみるかの」
その水が河に放流されるまでには、まだまだかかるだろうが準備は進めねばならない。これから集落は忙しくなるだろう。
「……っはっ?! 尾噛のっ! い、いい今化け物がっ!」
起き態に祈の姿を確認した一光は、布団を蹴り上げるなり凄まじい速度で這い寄ってきた。そのあまりの速度に、祈は怯んだ程だ。
「お? ボンが目覚めた様だの。どうだボン。もう身体は大丈夫かの?」
「ひっ、ば、化け、もn……きゅう……」
「まただ。本当に古賀のボンは失礼な奴だなぁ」
長の顔を見るなり、綺麗に弧を描き後方に倒れこんだ一光の姿に、タマは盛大な溜息を吐いた。
流石に三度目の正直とはならなかったか。祈もそれには苦笑いしかできなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
精霊神同士の間で、空間と時間を超越した精神感応波による通信がひっきりなしに行われていた。
『本当に、お前はこれで良いと思うか?』
『……それを我々が定義してはならん。そう言うたのは玄武、お主ではないか』
『それを言われると弱いな。だが、ワシが竜の娘に逢うたせいで、未来はまた混沌に入ったわ。幾万通りもの経路と、結末ができてしもうた』
『我も確認しているが、まだどれも”可能性”と呼ぶには、あまりにも細く薄い。大凡の経路は、ほぼ決まった様なものではないのか?』
多次元同時存在である彼らには、世界の開闢から終焉までが同時に見渡せる。勿論世界の始まりは一つだが、終焉は幾兆、幾京通りも存在する。時間という概念に縛られる事のない彼らは、その全てを同時に視る事ができるのだ。
『いや、そうでもない。この世界の”神”は、事象に介入する権利を放棄した。これでいよいよ混沌が深まるだろう』
『”成り行きを見守る”といえば、多少聞こえは良いかも知れぬが、要するに”諦めた”だけではないか』
『そう言うてやるな。一つの選択肢としてアリだろうよ。手を出し過ぎたがために、現在の泥沼の状況になった訳だしの』
『我ら精霊神だけでなく、闘神、守護天使、果ては明王まで来ておるからな。この世界の神は、我らを互いに争わせたいのかと一時疑ったぞ』
『その様な世界も、実際にいくつか在る。だが、この世界に限って言えば、絶対にあり得ぬ。ワシらの様な上位存在を使役できる素質を持つ人間が、殆どおらぬからな』
『だから、我は人と交わり子を成したのだ。この世界の人類は、総じて生命力が弱過ぎる』
世界に散らばった大魔王の魂の欠片と、それに従う魔族に対抗する為に、朱雀は自らの血族を使う手段をとった。一時は、朱雀の手が及ぶ範囲に在る魔王の魂の欠片を全て封印できたのだが、あれからあまりにも時が経ちすぎた。愛茉の代では血が薄まり、大魔王の欠片ですらも、血族の巫女と朱雀だけで対処する事が出来なくなっていたのだ。
おそらく尾噛の長女、祈という存在が無ければ、魔の森は完全に魔王の支配下に置かれ、世界が終わるその始まりの時を迎えていた事だろう。
『竜の娘が生まれるその時まで、ワシらが視る経路の中でも、最悪の道筋ばかりを通っておったからの。斎王の有り様は、お主の失態ではあるまいて』
『だと良いがな。我の視てきた未来と、お主の視ている未来が微妙に食い違っておるのではなかろうか?』
『それは否定せん。ワシらは所詮精霊神でしかないのだ。全知全能ではない。だからこそ、こうして語りおうとる訳だからの』
『青竜と白虎の眼には、一体何が視えておるのだろうか……?』
彼ら上位存在のそれぞれが視る、世界の終焉の時。それがどの様なものなのかは、誰にも解らない。
解った時には、世界が終わるその寸前なのだ。回避の仕様なぞあり得ない。その前に、できる限りの事はしてやりたいと彼らは考えていた。未来は、一つではないのだから。
ただ、今だけは、この世界に生きる者達の成長を願うばかりだ。
この世界を守るのは、彼らの力が必要不可欠なのだから。
四聖獣である青竜と白虎は、朱雀、玄武の呼び掛けには、今は一切応じなかった。
誤字脱字があったらごめんなさい。




