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第93話 最奥の湖



 灯火(ライト)の魔法を複数展開し、闇を駆逐しながら、廃坑の中を一行は道なりに真っ直ぐ歩いていた。


 鉱脈を掘り尽くして閉鎖された坑道の中はとても広く、道標になるものが無いせいか、真っ直ぐ進んでいる筈なのに、方向を見誤る可能性が多分にあった。


 そして、光の差す事のない鉱山の中では、時間の経過がはっきりとしない。そのため、自身の体内時計に頼る以外の術が無かった。


 更には、今はまだ帰り道を覚えてはいるが、これ以上先が続くとなると、次第にそれも怪しくなってくる。安全策を採るならば、一端戻る選択もそろそろ視野に入れねばならないだろう。


 「結構奥まで来ちまったな」

 「で、ござるな。しかし、見た感じ何も変化は無い様で。マグナリア殿は何か?」

 「うーん、そうね……マナの密度は、さっきよりも上がったかしら? ちょっとこれは、不味いかも知れないわね」


 この高濃度の中を、マナに接する機会の少ない者が長時間行動をすると、酒による酩酊状態にも似た”マナ酔い”の状態になる危険があるのだという。当然、マナを行使する術を知らぬ指宿(いぶすき)の鉱夫達ならば、ほぼ間違い無く酔うだろう。


 「この先からも異様な気配を感じるのでござるが……これは、凡そ生物とは思えませぬが……はて?」


 ────すまぬが、判断つかぬ。

 組んだ腕を解き、武蔵は降参した。自身の記憶のどれにも当てはまらない気配に、武蔵は明言を避けたのだ。


 「武蔵さんが判断つかないっつんなら、こりゃ、行って確かめるしか手は無いか」


 いつもの癖である寂しくなった額をピシャピシャ叩いて、俊明は嘆息した。さっさと目的の物を探し出して帰りたい。これが本音だ。


 「どうせ、全部を見て回るつもりなんだし、別に良いんじゃないかな?」


 何せ、祈の性格がこの通り。善良で真面目だからだ。問題が発覚した以上、放っておく事なぞ絶対に無い事が、最初から解っていたのだから。


 「そうでござろうな。この原因を探らねば、祈殿も枕を高くして眠れぬでござろう」

 「だねー。”乗りかかった船”って、こういう事を言うんだろうなーとは思うよ。ちゃんと解決しないと、モヤモヤが残って気持ち悪いんじゃないかな。皆には悪いけどね」


 「……イノリ。貴女って、本当に損な性格よね。別に指宿の鬼達に、義理なんか無いのに……」

 「うん。そうなんだろうけどさ。もう関わっちゃったかんね。だったら私ができる事は、やらなきゃ……ね?」


 こういう娘だからこそ、守護する価値がある。三人は、改めてそれを再認識したのであった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 どうやら、坑道の最奥に到達した様だ。


 灯火の魔法による明かりに照らし出された岩肌は、微細なミスリル鉱を含んだ岩特有の薄緑色の光をこちらに反し、その真下には、同じく淡く薄緑色に光る水を湛えた湖が、一杯に広がっていた。


 「これが異常なマナの正体だったのね……」

 「マナを多く含んだ鉱物が、染みだした地下水によって溶け出してできた湖……って所か。さて、これどーっすかねぇ?」


 どう考えても、このまま放っておくことはできない事態なのだが、この問題を解決するにはどう処理すべきなのだろうか? 一同は首を捻った。


 『おや珍しい。この様な奥地にまで人が来るとは……』


 湖面から顔を出したのは、巨大な亀だった。


 亀は精神感応波(テレパシー)を祈だけでなく、守護霊全員にも送りつけてきた。守護霊3人の存在を、しっかりと認識している。そういう事なのだろう。


 「うわぁ、大きい亀さんだ」

 「<四聖獣>の一つ、玄武だ……なるほど、武蔵さん正解。こいつは生物じゃない。<精霊神>の一柱だ」


 (……そういや、冥亀(めいき)。お前も来ていたんだったな)

 『おお。主様、奇遇だな。ワシも知らぬ間にこの世界に呼ばれとったんだが、丁度良い住処があって何もせず、こうして(くつろ)いでおった所よ。何せ朱雀の奴が張り切っておったでな。仕事を取ってしまっては悪いと思ってなぁ』


 懐かしき主である俊明の顔を見て、冥亀は破顔(?)した。四聖獣全てがこの世界に招き入れられたと、朱雀こと鈴女(すずめ)は言っていた。ならば(いず)れ逢う事もあるだろうと俊明は思っていたが、その機会は存外早かった様だ。考えてみれば、今回の指宿行がそもそも鈴女のせいなのだ。これが彼女の目的だったのだろう。


 (ここに来たのは、鈴女の奴にハメられて、だよ。で、ちょっと相談なんだが……)


 ここまで来る事になった経緯(いきさつ)を、俊明はざっと掻い摘まんで冥亀に説明をした。そもそも玄武も、多次元同時存在である精霊神の一柱なのだから、説明は不要の筈なのだが、あえて俊明は玄武に人間の時間の流れというものを体験させたのだ。


 『ふむ。この湖の底に沈んでいる砂が全部それだ。好きなだけ持っていけばええ』

 (マジかよっ?! 取り放題じゃねーか!)


 求めていた素材が、大量に湖の底にある。その玄武の答えに、俊明は大いに喜んだ。これで思う存分祈の武装強化ができるのだ。いくらでも趣味に走れるとなれば、早速行動開始とばかりに、勢いよく湖に飛び込む。


 「おおおお。すげっ、マジでスターダストサンドだっ!」

 「え、本当なの? やったー!」


 その声に釣られる様に、マグナリアも湖面を駈けた。素材はいくらあっても良い。特にそれが希少で強力な物となれば、もっと良い。今の内に補充できるだけ補充したいと思うのは、無理なからぬ事だ。


 「玄武さん、あのね、ちょっとお話を聞いて欲しいんだけど」


 大はしゃぎの俊明とマグナリアを見ない様にして、祈は玄武に正面から向き合った。この湖を”良い住処”だと、玄武は言った。だからこそ、祈は、誠実に話さねばならないと思っていた。このままにしてしまっては、指宿の集落に良くないからだ。


 『娘よ、お主の言いたい事は分かっておる。確かに、この水は生命エネルギーが過剰に溶け込んでおるでな。器の小さい動物には、色々と悪影響があるだろうの』

 「では……?」


 『ここを地下水脈と完全に繋げてしまえば、影響は薄まる筈だ。そうなると水を外に出さねばならんが、まぁ影響は少ないだろう。河の周りで畑作でもやれば、豊作間違い無し。と言った所かの?』


 河に棲む魚達が一廻りほど大きくなってしまうだろうが、まぁ気にするな。玄武は笑いながらそう答えた。


 「玄武さん、ごめんなさい。こっちの都合ばかり押しつけてしまって……」


 玄武にとって住み良いという環境を、こちらの都合だけで無理矢理改めさせてしまう事に、祈は強い抵抗感があった。どちらか一方を選べと言われたら、絶対に祈は指宿の住人の方を選ぶ。だが、それによって玄武側が割を食う現状も無視が出来ないのだ。


 『ほほほ。お主は熟々(つくづく)難儀な性格の様だなぁ。ちょっとくらい我を押し通せ。そうせねば、無駄に胃を痛めるだけだぞ? それに、そもそもワシは精霊だ。多少の不便なんぞ気にもせぬよ』

 「ありがとうございます」


 祈は玄武に対し、深々と頭を下げた。差し出せる物が一切ない、交渉と呼ぶにはそれはあまりに稚拙で一方的なものだった。相手の行動にこちらが示せるのは、深い感謝の意のみなのだ。ならば、誠心誠意をもってそれを示さねばならない。玄武はそんな祈の姿に対し、ただ優しく笑うのみだった。


 『すぐに終わる。元来ワシは水を司るのでな。この程度なんぞ、作業にもならんよ』


 湖面の様子に、少しずつ変化が現れた。薄緑色に淡く光っていた水面が大きく波打ち、透明な波紋と混ざる。湖の中央部から真水が湧き出ているのだろう。これでマナを多く含む水が徐々に薄まる筈だ。


 『ある程度水が薄まってから、これを河に流す。集落の者達への伝言、然と頼むぞ』


 マナを多く含んだ栄養豊富な水が、河に流れ出でる。その恩恵は指宿の集落にとって、とても大きなものになる筈だ。この事を長に伝え、早く準備をせねばならないだろう。


 「ありがとうございます。玄武さんっ!」

 『ワシはずっとここにおるでな。いつでも遊びに来くるがええさ』


 「はいっ! また来ます」


 祈はもう一度玄武に頭を下げ、集落に向けて駈けだした。早くこの事を長に伝えないと。祈は逸る心を抑えきれなかった。今からしっかり準備を進めていけば、秋の収穫までにはきっと間に合う筈だ。豊作に喜ぶ鬼達の姿を想像するだけで、ワクワクしてくるのだ。


 「……お二人共、そろそろ()()()に戻っては来ませぬか? 拙者、流石に恥ずかしゅうなってきたのでござるが」


 「「……あ?」」


 二人が正気に戻ったその時には、守護するべき存在である祈はすでに彼らの視界には居なかったという……




 『ほほほ。主様、欲の皮がようけ突っ張っとるなぁ』

(うっせ。これも全部祈のためなんだよ!)


 『主様が護るあの娘、良い眼をしとった。ワシで良ければ、いつでも喚ぶがええと伝えとくれ。あの娘なら、ワシの力を正しく使える筈だて……』

 (おお。お前からそう言ってくれるなら助かる。鈴女には断られたんだが)


 『あれは仕方ないさ。自分の子孫達が可愛いのだ。だが、あれもこの国の外で喚べば間違い無く応える筈だて。あの娘になら、きっとワシ以外の奴ら(四聖獣)も、全員協力を惜しまぬだろうよ』


 (あとの二人(白虎と青竜)は、どこに居るんだ?)

 『この国の外だ。今のワシには、それしか言えん』


 時が来れば、きっと会える筈だて。玄武はそう言って笑う。焦る必要はない。祈が必要だと思った時に、四聖獣は揃うのだ、と。


 (時が来れば……ねぇ? そんな日が来るとは、正直思いたくないな)


 四海竜王だけでなく、四聖獣までもが必要になる局面なぞ、本来あってはならぬ筈だ。


 それこそ、大魔王出現レベルの危機でもない限りは。そこまでの戦力が必要になる事なぞ、本来あり得ないのだ。


 (この間滅した魔王の欠片が、まだ他にもあるとでもいうのか? ああ、本当にこの世界は、どうなってやがんだ……)


 俊明は額をピシャピシャと叩きながら、大きく溜息を吐いた。


誤字脱字があったらごめんなさい。

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