表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/422

第92話 欲の皮



 「……うぬ? 長年鉱山におるが、その様なモノは聞いた事が無いな」


 職人(クラフター)二人の要望を指宿(いぶすき)の長に伝えた所、この様な答えが返ってきた。


 (……もしかして、この世界には存在しないのか? だがミスリルが存在するのなら、アレは近い属の物質だ。あってもおかしくは無い筈なんだが)

 (名称が異なるだけの可能性もあるわ。ああもう、異世界って本当に面倒臭いわね)


 髪の毛を掻きむしり、マグナリアは呻いた。素材の名称は、基本的に全世界共通の筈である。そうせねば、とある世界で何らかの技術革新があった場合、他の世界に拡散できないからだ。


 だが、その認識が通じない世界も勿論ある。なまじ半端に共通点がある異世界ほど、面倒臭いものは無いとも言える。


 (なれば、実物を長に見せれば、それで済む話ではござらぬか?)


 名前で躓いているのなら、実物を見せてしまえ。至極尤もな意見を武蔵は言った。目の前に居るのは、指宿に住まう鉱夫達を束ねる長だ。実物を見れば、すぐにそれと判る筈である。


 (……残ってねぇ。全部使っちまった)

 (……はい、終了。終了にござるぅ~)

 (だったらさ、見て回ろうよ。無かったら、その時考えれば良いんじゃないかな?)

 (そうね。それが良いわね)


 「それでは、申し訳ありませぬが、この中を少し見て回っても良いでしょうか? そこで気になる物を頂く……そういうことで」


 口で説明できないのであれば、もう自分達で捜す他は無い。無ければその時改めて他の報酬を提案すれば良いのだ。

 かなり我が儘で自分勝手な事を言っているなと、祈は内心苦笑いした。だが、守護霊達がそれを欲しがっているのだ。できれば要望に応えてあげたかった。


 「ふむ。尾噛殿がそれで良いと言うなら、儂らは止めぬよ。好きな物を選ぶがええさ」

 「それでは、長。ぼくらは屋敷に戻りましょうよ。ぼく、ちゃんと毎日お掃除欠かさなかったんですよっ」


 褒めて褒めて。タマは長の巨体を駆け上がり、器用にじゃれついた。スケール差がありすぎる組み合わせは、そのまま集落に向けて歩いて行った。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「んじゃ、行くか。もし目的の素材がみつからなかったら、オリハルコンを貰っちまおう。どうせこの国の技術力じゃ、アレを加工なんてできやしないんだ。いくらでもくれる筈さ」

「……まぁ、普通に考えたら、相当困難なミッションだった訳だし? その位の役得があっても、ねぇ?」


 何もしなかった二人が、かなり勝手な事を(のたま)っていた。人間、欲が絡むと碌な事にならぬ。武蔵はあえて二人にツッコミを入れなかった。


 「良いのかなぁ? 何だか、すっごく指宿の長に悪い気がするんだけど…」


 『オリハルコンは、とても加工が難しい金属だ。どうせ奴らの技術力じゃ加工なんかできないだろうし、結局はゴミ扱いになるのがオチだ。だったら俺達が美味しく貰ってやろう、その価値については黙ったままで』


 俊明達の言葉を意訳すればそういう事だ。

 オリハルコンの価値が分からないのであれば、確かにそれでも良いのかも知れない。だが、祈は後ろめたい気持ちで一杯になった。それが伝説の武具の材料になるのだと、もう知ってしまったのだから。


 「こういう時の彼らに逆らっても、良い事は一つもござらぬよ。流れに身を任せるのも良いかと…」

 「……良いのかなぁ? なんか後で恨まれそうで……」


 やっぱり俊明達の暴走は、何とかして止めよう。身体を張ってでも私が頑張るしかない。祈は密かに決意を固めたのであった。



 「……やっぱりミスリル鉱脈があったせいかしら? ここは、マナが異常に濃いわ」


 マグナリアは両手を広げ、この区域のマナを測定してみたが、その密度の濃さに驚きを隠せなかった様だ。この坑道内に限っての様だが、遙かに濃いという。


 「もしかして長の術が上手いこと全身に回ったのって、これのせいだったりして」

 「それは充分考えられるわね。あの術の特徴は、呪文が極端に短い事だけれど、その分、詳細設定の宣言ができないもの。咄嗟に集めたマナがあまりにも多すぎて暴走した……その可能性もあるわ」


 咄嗟の防御にしか用途のない術の効果が5年間も続いたという事実が、そもそもおかしな話だ。マグナリアの指摘通り、術が暴走してしまったのかそれは判らない。


 長は意図して行った様だが、術の改変なぞ早々上手くいくものではない。この地の異常なマナ濃度を計算に入れていたのであれば、逆にそれは驚嘆すべき技術だ。マグナリアもその可能性に思い当たり、つい唸ってしまった。


 「……ああ、世の中は広いわ。イノリ、あの長に請うて学んでみなさい。あたしじゃ思いもつかない裏技を、あの人は持っているかも知れないわよ?」

 「マグにゃんでも知らない事、あるんだ? 長って、凄いんだなぁ」


 祈にとって、マグナリアは魔術の師匠だ。万能で無敵だと思っていた師匠ですら知らない技を、指宿の長は持っているかもと言うのだ。それを聞いて、興奮しない訳がない。


 「……お二人とも、暫く。この先に異様な気配が複数ござる。ご注意召されい」


 この坑道は3年前に掘り尽くされ閉鎖された区画だ。何かが棲み着いていても、誰も知らない可能性がある。


 武蔵も、これがどの様な存在であるかまでは、気配だけでは判断できない様だ。だが、祈に注意喚起をしたという事は、危険な存在ではあるのだろう。祈は腰の小刀を抜き、それの襲撃に備えた。


 「……来るっ!」


 目の前に勢いよく飛来してきたのは、黒く大きな生物達だった。


 「コウモリ? いくら何でもデカ過ぎねっ?!」


 祈は素早く印を結び、念の網を坑道一杯に広げる。捕縛呪の応用だ。これで防ごうというのだろう。


 「アレが本当にコウモリなら、障壁術じゃ避けられちゃうからねっ!」


 網に捉えられ藻掻き続ける巨大なコウモリ達は、次々に祈の手でトドメを刺されていった。戦闘自体はあっさりと終わったが、場に残された巨大なコウモリの死骸を見て、祈達は息を呑んだ。


 「……流石にデカ過ぎんだろ、こいつら。最大級のジャイアントコウモリでも、普通この半分だぞ」


 翼を広げたら、軽く祈の身長の4倍はあろうかという巨大な生物だ。この大きさならば、ワイバーンの幼体程度なら捕食してしまうかも知れない。


 「瘴気の気配はござらぬ。ただの生物の筈……であろうが。しかしこれは面妖な。斯様な巨体を維持するに、何を喰っておるのやら。とんと見当が付きませぬなぁ」

 「やっぱり、マナが濃すぎる環境のせいかしらね? 普通ここまで大きくなる筈ないもの」


 生物界では、身体の大きさこそが力だ。だが身体の大きさは、その生態によって厳重な縛りが発生する。


 例えば鳥類ならば、自由に空を飛べねば生活はできない。翼を広げはためかせて揚力を得ようとすれば、多くのエネルギーが必要になる。そして、それは重さが大敵なのだ。軽量化の為、彼らは骨の耐久力を捨てた。眼球を動かす筋肉や、少しでも身体を軽くする為に様々な物を捨ててきたのだ。空を自在に飛ぶ為だけに。


 当然、巨大な鳥類も世の中には存在する。だが、その分だけ翼が大きくなり、胸の筋肉が異常に発達した。そうせねば飛べないからだ。


 だが、目の前に転がるコウモリの死骸は、普通のジャイアントコウモリが、ただスケールアップしただけにしか見えない。流石にこれは異常だと言えよう。


 「……マナ、おっかねぇー。ここに居て祈は大丈夫なのか?」

 「短時間でこんな風に化ける訳ないでしょ、このオタンチン。でも、年単位で生活していたら、何らかの異常は出るかもね? マナとは、万物に宿る生命のエネルギー。この濃度なら、異常成長はあり得るわ」

 「……背、もっと欲しいから。私ここで生活しちゃおうかなぁ……」


 「「「やめて」」」



 坑道に棲む生物は、どれもこれも異常な大きさだった。そして、あまりにも凶暴だった。物音や気配にすら反応して、すぐさま襲いかかってくるのだ。それらの強さは、祈にとって大した事は無いのだが、次々に来られては流石に嫌気がさしてくるというものだ。


 「これ、長に報告した方が良いよね? ここは閉鎖区域だって話だから今は良いかも知れないけれど、もし溢れてきたら集落が……」

 「だな。これはちょっと不味いかも知れん。マナの異常濃度のせいなら、せめてその原因箇所の特定はしてやらんとな」


 指宿の鬼達の強さが如何程かは俊明達には判らないが、集落のすぐ側にこの坑道はあるのだ。いくら人間より遙かに強い鬼といえども、老人、子供達も暮らす集落に、坑道から巨大生物が溢れたとしたら。その()()は、充分恐怖に値する。


 「……なんだか、あたしたちっていつも行動する度に、当初の目的から外れていってないかしら? たまにはちゃんと目的達成して、凱旋したいものだわ……」

「それが叶えば、我ら苦労はしておりませぬよ、マグナリア殿……」



 ────当初の目的より遙かに健全で、人助けにもなるのだから、これはこれで良いのでは?


 祈はそう思ったが、決して口には出さなかった。


誤字脱字があったらごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ