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第91話 見たか! オリハルコン斬り



 (ささ、祈殿。拙者に身体を貸して下され)

 (ムサシ、あんた本気で言ってるの? そんなのあたし反対よっ! ズルいズルい。あたしだって一度で良いからイノリちゃんと合体したいのにっ!)

 (……マグにゃん、流石にそれドン引きだよ……)


 (ああっ、つい本音が漏れちゃったっ!)


 欲望の魔術士を放っておく事にした祈は、何故その様な要求をしてきたのかを問いただした。


 (拙者はしがない脳筋物理侍でござるので、肉の器が無ければ現世では何も出来申さん。仮初めの肉体でも構わんのでござるが、いきなりタマ殿の前に姿を現すのも変でござろう?)

 (あー。確かにそうだね)


 肉体を持たない守護霊達も現世にそれなり順応した様で、普通に生活する分には、人と同様の事がほぼできる。

 だが、今回武蔵がやろうとしているものになると、途端に話は変わってくるのだ。


 (まぁ、そこには何とかして眼を瞑るとしても……あんた、得物はどうするつもりなのよ? あたしの”大地割り”は、絶対に貸さないからね)

 (それには及ばぬ。というか、マグナリア殿の”大地割り”は、主と認められた者にしか扱えぬ、自我持つ武器ではござらぬか)


 強力な武具ともなると、自我を持つ物が数多く存在する。強力過ぎるが故に、それ自身が世界への安全装置も兼ねているのだ。


 (ああ、そういえばそうだったわね。すっかり忘れてたわ)

 (まぁ、そんな訳でござるので。祈殿、お頼み申す)

 (判った。さっしー、良いよ)


 所有者の許可を貰い、武蔵は滑り込む様に祈の身体の中に入っていく。祈は武蔵に身体の支配権を譲り、外に出ようとするが、それを武蔵が引き止めた。


 (祈殿、感覚を共有しますので、残っていて下され。これも修行にござる。拙者の動き、しかと受け止め後にとくと吟味するべし)


 「長殿の上に在る岩塊を、拙者が斬ってみせようぞ。タマ殿、少し離れておりなされ」


 身体を解すかの様に、祈の中に入った武蔵は、左右の手足をぶらぶらと動かして感覚を慣らし、具合を確かめた。それなりに鍛えられた肉体は、思った通りの動きをしっかりと伝える事ができそうだ。これなら充分だろう。武蔵はニヤりと嗤った。


 「えっ……? 祈?」


 今まで鉄と化した長に触れたまま黙りこくっていた娘の様子が、急激に変わったのを感じたタマは、戸惑いを覚えた。娘から発せられる気の質が、先程までと全然違うのだ。


 そして狐の怪異であるタマには、娘の身体から炎の如く溢れ出る覇気は、焼ける様に痛すぎた。


 「さて、証の太刀よ。拙者の呼び掛けに応え、出でませぃ」


 娘の身長をも張るかに超えた透き通る美しい刀身を持つ大太刀は、その呼び掛ける声に呼応し、娘の右手の内にその姿を現した。


 (あーっ! 武蔵さん、それズルくねっ?!)

 (さっしー酷いっ! 私がまだ認められていないの知っててソレ使うなんて、人でなし過ぎるよーっ!)

 (あー、拙者何も聞こえん。全然聞こえませぬなぁ~?)


 無数に建つ柱を蹴って、一気に岩塊の上に到達する。右に担いでいた太刀を諸手で握り、大きく振りかぶると、身体の所有者である祈に語りかけた。


 (実を言うと、腰にあるその二振りの小刀でも、この塊を充分に斬れるだろうと思いまするが、そちらは拙者を主とは認めて下さらなんだ。なので、証の太刀殿にお願いした次第にござる。それに……やはり剣術の基本ならば、一刀こそに限り申す)


 (……ふん。一度でも認めてしまった以上、話が違うと翻す訳にもいかんじゃろ?)


 悔しげに唸る祈に対し弁解するかの様に、証の太刀は語った。まだ主と認められていない祈にとって、証の太刀を手にする事こそが現在における最大の目標である。正直に言ってしまうと、それを蔑ろにする武蔵の行いは、祈にとって到底許せるものではないのだ。


 (絶対に、絶対に。私の手で取り戻してやるんだから……)

 (……てか。何だか、趣旨が完全に変わってきてね?)

 (もうツッコむ気力も無いわよ、あたしは)



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 (さて、今からこれを斬ってみせる訳でござるのだが、一つ問題が在りますな。目標の真下には絶対に斬ってはならぬモノ、指宿の長がおりまする。これを巻き込まない様に、上手く斬らねばならぬ)


 証の太刀に剣気を込め、祈の身体を操る武蔵は跳んだ。


 眼下にある超硬金属であるオリハルコンの塊目掛け、透明な刀身を幾度も振るう。


 共有する感覚が、結合する分子達を断ち切る様子を、両手からしっかりと伝えてきた。しなる筋肉繊維と、勢いと速度を増幅し、伝達する関節の動き。そして、誰かに必要とされ、その使命を余すこと無く果たす証の太刀の歓喜。その全てが折り重なって混ざり、祈の経験として吸収されていくのだろうか。


 (こうやって、こう……そうか。無理に身体に力を入れちゃダメなんだね)

 (左様。脱力とは、身体を動かす際の基本にござる。無理にでも斬ってやろうと考えると、どうしても余計な力が籠もりましょう。それによって骨のしなりや、関節の自然な動きを阻害するだけでなく、力が分散してしまう悪しきものと覚えておきなされ。物を断つという行為は、それに必要な力を一点に集約せねば、絶対に出来申さぬもので)


 そう言う間にも、するすると滑る様に刃が岩塊をすり抜けていく。やがて、それら一片が拳大程の賽の目状の金属塊にまで、細かく斬り刻まれていた。


 (それでは、俊明殿。賭けは拙者の勝ちの様にござるな。後でお覚悟召されよ?)

 (はいはい。俺の負け。負けですよぉ~っだ。ここで証の太刀を出すなんて判ってたら、絶対に乗らなかったってのによ……コンチキショー)


 いくら証の太刀が強力な武装だとはいえ、一般の剣士程度では、オリハルコンに傷を付けるなぞ絶対に不可能だ。それ程にオリハルコンという素材は堅い。

 ましてや、そんなオリハルコンの塊を賽の目状に斬り刻む芸当なんぞは、剣聖クラスの技量があってはじめて成立する。それ位は俊明でも判る。判るのだが…


 (でもなんか、イマイチ釈然としねぇ…目の前で思いっきりインチキされた気分だ…)

 (本当に、そんなのは今更よ。素直に負けを認めなさいな)


 (ああ。でも、なんか悔しいなぁ……)

 (うん。本当に悔しい。でも、あの動きは私じゃまだ真似できそうにないなぁ……要修行、かなぁ)


 祈は想像の中で、今の武蔵の動きを何度かトレースしてみたのだが、どうしても途中で引っかかってしまう。多分、現在の自分の技量では、足りない何かが其処にあるのだろう。動きをはっきりと認識し、追尾できなかった所が数カ所も、だ。まだまだ自分は未熟なのだと落ち込んでしまう。


 (今は全部判らなくとも仕方の無い事にござろう。ですが、拙者はあれを祈殿の身体でやってのけ申した。それだけは、覚えておくと良かろう)


 少なくとも、あの芸当をやってのける程度には、身体の方は仕上がっている。そう武蔵は言う。あとに続く技量の部分が、一番の大問題な訳なのだが。


「すご。祈、君凄いよ。朱雀様が言った通りだ」

「それじゃ、今から長の呪いを解かなきゃね」


 これは、自分の手で出した結果ではない。そんな事は祈自身が一番判っている。興奮気味に贈られるタマの惜しみない賞賛は、祈には逆に堪えた。それは自身の未熟さを、浮き彫りにするだけなのだから。



 指宿の長の全身を金属へと変化させたのは、超硬質化防御術ハーディング・プロテクションで間違い無かった様だ。祈の解呪(ディスペル)は正常に機能し、長が元の肉体を取り戻したからだ。


 「うぬ……重くない? あの岩は()ぉなったんか」

 「その様だの。だが、誰があの術ハーディング・プロテクションを解いたというのだ? 男衆共は魔術を使えぬ筈だが?」


 宿儺の鬼にある左右両面の顔は、それぞれが独自の自我を持っている様だ。二人分の意識達が状況分析と検討を始めてしまい、祈達は話かけるタイミングを失ってしまった程にそれらはお喋りであった。


 「長っ!長っ! こっちに気付いてっ! ぼくだよ、タマだよっ」


 両面宿儺の前を飛び跳ねて、一生懸命にタマはアピールをした。一度集中してしまうと、周りが一切目に入らなくなる悪癖を持つ長に、いつも手を焼かされている。その為に、タマも必死なのだ。


 「「おおっ、くそ狐よ。息災だった様だなっ」」

 「……長達、酷いや……」


 タマは長が生き埋めになってから起こった事を、全て長に報告した。


 5年もの間、ずっと長に化けて働いたが、いよいよ隠し通せなくなってきたと感じ困り果てていたタマは、朱雀に助言を貰い、祈達を招いて長を救出した事も伝えた。


 「お初にお目にかかります。尾噛が長女、祈と申します。本日は、斎宮より使者として、罷り越しました」

 「うむ。尾噛とな? 竜殺し一族の、尾噛で()ぅとるかの?」


 「初代駆流は確かに竜殺しでございますが、子孫の我らはお恥ずかしながら、竜殺しを成してはおりませぬ……」

 「すまんすまん。儂らはどうも話を大袈裟にしてしまう悪癖があっての。まぁ気を悪くせんでくれると、儂らも助かる」

 「いや、しかし助かったわい。わしらじゃもうどうにもできんかったでな。土砂が降り注ぐ中、足下に男衆もおるから、あれを放り投げる事もできん。だからといって、持っているのも限界だったでな……」


 「アレは儂の独断だ。すまんの。お前に聞く前に術を唱えてしもうたわ」

 「いや気にするな。どうせあのままでは、わしら死んでおったわ。こうして今があるだけで由としよう」


 どうやら長の左面が魔術に長けている様だ。上級魔術にアレンジを加える程の高位の術者となると、そうはいない。


 「尾噛の祈殿、わしらを助けてくれて感謝する。指宿の地は数々の鉱物を産するが、加工をする程の技術は無い。そなたに礼をしたのだが、金も、酒も無いのでな……」


 (祈、だったらあのオリハルコンとか貰っちまえ。あれを加工する技術なんか、帝国にゃないから無用の長物だ)

 (そうね。でも、できればオリハルコンよりスターダストサンドの方が……そう云えば、この鉱山には無いかしら?)

 (こういった素材の話になると、拙者全く判らぬ。やはり職人の技も磨いておくべきでござったなぁ……)

 (ホントだねー。私も全然わかんないや)


 報酬として、長に何を求めるのか?


 どうやら合成(クラフト)技能を持つ二人の意見を、そのまま伝えるだけにした方が良さそうだ。祈はあーでもない、こーでもないと議論する二人の姿をただ眺めるしか無かった。


誤字脱字があったらごめんなさい。

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