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第90話 指宿の長



 「きゅう……」


 巨大な異形を目の当たりにし、一光(まさみつ)は自身の意識を放り投げ、その場に倒れ込んだ。


 指宿(いぶすき)の鬼……その長がただの巨人ならば、怯みはすれど一光も失神する事はない筈だ。だが、目の前の巨人は左右に二つの顔を持つ異形は宿儺(すくな)鬼だ。常識が理解を否定し、その意識を落とすのは必然なのかも知れない。


 「ほっほ。たしか古賀とか言うたか? まさか礼を尽くさねばならぬ相手を目にして気をやるとは。熟々(つくづく)無礼なボンよ」


 お前もそうは思わんか?

 両面宿儺は祈に向かい、そう嫌味っぽく声をかけた。


 「……そちらに無礼呼ばわりされる覚えはない。姿形を偽り、指宿の長を(かた)り、脅かして因縁を吹っ掛ける輩などと。私は気が長い方ではない。さっさと長を出しなさい」


 宿儺の嫌味に全く怯む様子も無く、語気強く祈は殺気を孕んだ視線を、宿()()()()()()向けた。


 「私の眼に、幻術は効かない。痛い思いをしたくなければ、正直に言え。長はどこだ?」


 祈の異能の眼は、霊界に通じている。魂魄を持つ全ての存在を、ありのままの姿で捉える。そのため、錯覚を用いた幻術の類い一切が通じないのだ。


 「なっ、何を無礼な。指宿の長は、このオレだぁ! 鬼を舐めるのも大概にしぃや?」


 全てを見透かす祈の視線から逃れる様に大声を上げ虚勢を張る宿儺に対し、祈の態度は厭くまでも冷淡であった。


 「……へぇ? この地では狐の(あやかし)が鬼を名乗るか。それはそれは……」

 「んぐっ! お前、どこまで知って?」


 「ふん。お前の事なんか、元より興味もないし何も知らないよ。現状を理解できていない様だから、もう一度言ってやろう。私の眼に、幻術は効かない。長は何処だ? さっさと言わないと……」


 腰に差した二刀の柄へと、それぞれ手を添える。この所作の示す意味が判らない様な愚か者ならば、それはもう仕方の無い事だろう。祈達には時間があまり無い。悠長に構ってはいられないのだから。


 「解った。わかったからっ! 待って、殺さないでっ! 今幻術を解くからっ」


 宿儺の鬼は、祈の放つ殺気が本物だと漸く理解した様だ。抜かれた刃がこちらに向く前にと、慌てて自身にかけていた幻術を解いた。


 「朱雀様の言ったとおりだ。この娘殺意有り過ぎ……マジで冗談が通じないや」


 巨大な異形だった両面宿儺は、みるみる内に縮んでいき、今二人の(一人は気絶したままだが)目の前に佇むのは、三つ叉に別れた尾を持つ子狐であった。


 「私に殺意を抱かせる様な事するからだろうに。何で私達に姿を偽って脅す様な事をしたの?」


 ただの冗談という理由だけであの様な事をしでかしたのならば、お前は今すぐ絶対に殺す。あの時の娘の顔は、雄弁に語っていた……子狐は恐怖に身を震わせながら、後にそう述懐したという。


 「実は……」



 子狐は”タマ”と名乗った。


 タマが言うには、あの異形の姿は指宿の長のそのものなのだという。


 何故タマが長の姿を模して、この様な仕儀に出たかのかというと、集落の者達を心配させないが為だと言うのだ。


 「では何故、長は戻らないの?」

 「5年前に、地震があってね。鉱山の一部が崩れた。そのせいで長が生き埋めになっちゃったんだ。長は死んではいないけれど、ぼくらの力じゃ助けられない。だからぼくは、集落の皆を心配させない様にって、長に化けてこうやって今まで誤魔化してきたんだ」


 タマの言う事が本当ならば、集落に住む者達の安心を第一に考えねばならない。

 長の長期不在を知る者は、集落でも男衆の極一部だけだという。そういう意味でも、確かに集落の外から来た祈達の相手を”長”がするのは当然の事だ。一応理には適っている。祈は頷いた。


 「でもさ、五年間も何もしないなんて……長を助け出す事はできなかったの? 少なくとも周りを掘る事はできるでしょうに」


 祈の尤もな指摘に、タマは頷いた。当時、集落の男衆達は、長や中にいた作業員達を助け出そうと懸命に掘削を続けたのだという。


 長は崩落時に降ってきた巨大な岩塊を全身で受け止め、作業員達を護った。だが、途中で支えきれなくなってしまったのか、長は身体を鉄化させる呪いを自身に掛けた。男衆達の懸命な救出作業のお陰で、作業員全員が助かったが、長だけは帰還できなかったのだ。


 そして鉄の塊と化した長は、その岩塊を今なお支え続けているのだという。


 「周りは全部掘削したんだけど、色々問題があってね。長の上に乗っている岩塊が堅すぎるわ、重すぎるわで。ぼくらの手じゃ無理なんだ。それにどうにかあの岩をどかした所で、長にかかっている呪いは、ぼくらなんかじゃ解けないし……」


 (ふむ。まだツッコミ所はあるが一応、話の筋は通っているな)

 (5年もあれば、色々手は尽くせように。途中で諦め放置……といった所でござろうか?)

 (鉄化の呪い、ねぇ? 上級の<超硬質化防御術ハーディング・プロテクション>の亜種かしら?)


 <超硬質化防御術>とは、地属の上級魔術だ。

 上級に位置づけられてはいるが、発動に必要な呪文がとても短いという特徴がある。身体の極一部を金属化させ、咄嗟の防御に使うという余りにも狭い用途の為そうなっているのだ。使い所が難しく、また限定的過ぎるが為に遣い手が極端に少なく、当然ながら人気も無いニッチな術である。


 (もし長に掛かっている呪いっていうのがそれなら、解呪(ディスペル)で解けるよね?)

 (そうね。それの正体が魔術なら大丈夫よ。あたし達の知らない術系統だったら、お手上なのだけれどもね)


 「集落に魔物が何度も来ているのは本当だよ。だけれど、ここの鬼達なら、あの程度の雑魚なんか何でもない」

 「私達を呼んだのは、長を助けて欲しいからだよね? そんな回りくどい事しなくても、正直に言ってくれれば来たのに」


 祈が本気で攻撃の意をタマに向けた理由が、正にそこだった。何かを隠したまま、マウントを取って人を無理に動かそうとする意図を感じたからだ。正直に相談してくれれば、祈だってあの様な攻撃的な反応はしない。


 「うん、ごめん。反省してる……朱雀様の言った通りの娘だね、君は」


 小さな狐は、さらに身体を縮めながら素直に頭を下げた。多少の戯れが混じっていたのは事実だが、まさかそのせいで死にかける羽目になるとは、タマも思ってもみなかったのだ。


 「あの人が私の事をどう言ったのか、ちょっと気になるけど、まぁ良いや。それじゃ、長の所へ案内してくれるかな?」

 「そうだね。その前に、其処のボンを布団に寝かせようか。風邪でもひかれちゃ問題だしね」



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 指宿の集落は、温泉が豊富に出る土地だった。地面近くにまで源泉があるのか、地面が高温になっている箇所も多い。そのお陰か、温帯に生息する野生の植物が覆い茂る豊かな土地であった。


 集落にもたらされる大地の恵みは、それだけに留まらなかった。


 鉄、銅が出る。そしてミスリル等の希少な金属の鉱脈もあるのだというのだ。


 長が崩落事故に巻き込まれた鉱山は、そのミスリルの鉱脈の一部であった。


 「3年前に、ここのミスリルの鉱脈は尽きたそうだ。今は放棄されてしまった坑道だよ」


 (ああ、だから長は……)

 (ある意味清々しい話にござるな。誠に哀れ)

 (ミスリル鉱は残ってないのね。ざーんねん)


 ミスリルは加工が容易な金属として、古く制作者から珍重されてきた素材だ。ミスリルで作られた武具は、軽くて丈夫。強化魔法を良く通し、長く保持する性質がある為か、それを素材に魔法の武具が数多く制作された。そのお陰で、冒険者達からも人気の素材である。


 「祈。()()が長だよ」


 巨大な岩塊を四つの腕で支えたまま、タマの指さす方向に鉄の宿儺像は佇んでいた。


 岩塊の周りには、石と木で組まれた柱が幾本もあった。長を助けたいと願う男衆の気持ちは、確かに本物だった様だ。だが、力及ばず……タマの言う通りの結末を迎えたのだろう。


 祈は、鉄の宿儺像に指を這わせる。確かに鉄と化した長の身体には、魔術使用後特有のマナの残滓を感じた。効果が全身に及んではいるが、地属の超硬質化防御術でほぼ間違いないだろう。これならば解呪で簡単に解ける筈だ。だが……


 「長が支えている岩塊が問題かなぁ。今解呪したら、そのまま長がペチャンコ……なんて、そんな風になっちゃいそうだ」


 (……これさ、全部オリハルコンじゃね?)


 僅かに見えた異質な金属の輝きに興味を持ったのか、俊明が岩塊の表面をぺたぺた触って回った。堅すぎるとタマの言っていた事が引っかかっていた様だ。


(うん? まさか。こんな巨大な塊で、安定して存在する訳が……って、嘘ぉっ!)


 俊明に倣い、マグナリアも岩塊の触診をはじめ、同じ結論に達した様だ。普通に考えて絶対にあり得ない状況に、ついつい大声をあげてしまう。


 オリハルコンは、神々がもたらした金属である……と云う伝説が、とある世界にもある程に希少で強力な素材だ。


 これで作られた武具は基本的に不滅であるとされる程に、時間経過による劣化が極端に少なく、超硬質で温度変化に強く、また電気を通さない。更には魔法に対しても強い抵抗を示す性質があるため、武器は勿論、防具にも用いられる。世にある伝説の聖剣や勇者の鎧の大半が、これで作られているのだ。


 (参ったわ。オリハルコン相手なんかじゃ、少しずつ削るなんて手段は採れないわよ。最低でも、同じオリハルコンで作った工具が必要になるわ)

 (この大きさの岩塊全部がオリハルコンだと仮定したら、重量だけでも相当だ。障壁術で支えている間に長を引きずり出すって強引な手段は危険だな。下手しなくても術が保たない)


 そんな超質量を持つ物体が落下してきたというのに、それを受け止め、更には支えてみせた長のトンデモフィジカルに、俊明はただ嘆息しか出来なかった。


 恐らく自分がその場に居合わせたら障壁術を複数展開し受け止めようとするだろうが、ちゃんと支えきれるかどうか。少なくとも、俊明には断言できる自信が無かった。


 (えー? 私それやろうって考えてたよ。やっぱり無理かな?)

 (オススメしない。素直にやめとけ。安全にやろうと考えたら、お前レベルの結界術者が最低あと二人は要る。そんな奴はすぐ用意なんかできないだろ?)


(そっかー、そっかー……どうしよう?)


 事態を軽く考えていた祈だが、ここに来て漸く事の深刻さを理解した。


 持ち上げれない。壊せないとなると、タマの言う通り打つ手は無い気がしてくる。


 それに、集落の人達が建てた柱の強度も解らない以上、強引な手段は採らない方が良いだろう。


 (この程度の岩なぞ、斬ってしまえば良かろう?)

 (武蔵さん、それができたら苦労しないって)


 (なれば、俊明殿。一つ賭けをいたそうか。オリハルコンの塊というあの岩を斬れれば拙者の勝ち。失敗すれば俊明殿の勝ち。それでようござるか?)

(おーっし乗ったっ! やってやろうじゃねーか)


((え? えっ?))


 (これで賭けは成立しましたな。では、マグナリア殿、祈殿は証人ということで。ささっ、祈殿。それでは拙者に身体を貸して下され)

 (はいぃ?)



 守護霊同士だけで勝手に話が進んで蚊帳の外になりかけていた所で、いきなり当事者に巻き込まれた態の祈は、困惑しかできなかった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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