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第89話 指宿



 「尾噛の。本当に助かっている。ありがとう」

 「ひえっ!? ……一光(まさみつ)様? いきなり、何の事でしょうか?」


 温泉で汗を流し、よく冷えた果実水を飲んでのんびりしていた祈は、背後から不意打ち気味に一光に声をかけられた。


 「すまん。驚かせてしまった様だな。いや、其方らのお陰で、順調に討伐が進んでおるからな。噂には聞いていたが、尾噛の軍は本当に強いなっ! 改めて礼を言わせてくれ。助かった」

 「いいえ、これも一光様のご采配の賜物でございましょう。私達、尾噛が被害無く上手くやれているのも、それのお陰でございます」


 地鎮の儀により、魔の森一帯を覆う瘴気と穢れが祓われた。その影響が出てきたのか魔物の動きが鈍ってきたとはいえ、それでもやはり数という脅威があった。


 当初、戦いは熾烈を極めたが、一光の指揮により、味方の被害を最小限度に抑える事ができた。特に、森の中に砦を築く事が出来たことは戦略上とても大きな意義が在ったのだ。


 「謙遜するな。特に其方らが屍食人(グール)の巣を一掃してくれたのは、本当に将として感謝してもし足りない位なのだ」


 屍食人は動きが鈍く、攻撃は噛み付きと引っ掻き程度。そういう意味では、戦力として大した事は無い。


 だが、その噛み付きや引っ掻きが非常に不味い。傷口が膿み、確実に死に至る屍毒が、その牙や爪には含まれているのだ。備えが無ければ、大量に犠牲者が出る厄介な魔物なのである。


 祈率いる尾噛軍が点在する屍食人の巣を根こそぎ一掃してくれたお陰で、数は多くとも、従軍する魔術士の質が低い古賀は、屍食人相手に無駄な犠牲者を出さずに済んだのだ。


 「これは、我が魔術士共の修行にもなりますので。尾噛は武を誇るが故に、魔術士の数があまりにも少のうございます。そうなれば、後は質で補う他ありますまい」


 お恥ずかしい限りです。そう言って祈は微笑んだ。


 尾噛家の本質は脳筋である。垰の時代までは、兵科としての魔術士部は存在だけはしていたが、実情”穀潰し”の代名詞だった。そこに所属する魔術士12人全員が、中級魔術を扱える一流揃いだったのは、ただ単に個人各々の努力の賜物でしかない。


 「いや、これは厳しい。だがその甲斐あって、あの精強な魔術士部隊があるのだな。いつか我が軍の魔術士達にも、指南していただきたいものだ」


 (尾噛家も魔術士を本格的に運用する(コキ使う)つもりなら、最低あと4ダースは欲しい所だがな……)

 (魔術士60人は、ちと大過ぎではござらぬか? そんなのを相手取って軍を動かせと言われたら、拙者断固拒否して逃げを打つ所存でござるが)


 (だからだよ。そんだけ大量の魔術士を抱える所相手に、戦を仕掛ける馬鹿なんか、絶対にいないだろうからな)

(……それだけの数の魔術士を育てるお金と時間があったら、そのお金で10倍の兵士を雇った方が、よっぽど手っ取り早いし効率的だと、あたしは思うのだけれどね)

(おおう。魔術士、魔術士不要論を唱えるの巻。でござる?)


(ま、実際そうだろうなぁ。魔術士一人育てる為の金と時間があれば、一般兵ならば最低20人は育成できると聞いた事あるしな)

(そそそそそ。魔術なんて、誰でも身につく技術って訳でも無いのだから。そんなアテにならないモノを、無理矢理勉強させるよりは……ね?)

 (これだけマナとやらが潤沢にある世界でも、魔術が万能ではござらんとは。いやはや……)



 『古賀の坊や。それと竜の娘よ。すまぬが、我に時間をくれぬかの?』


 国の守り神様である朱雀の思念波が、一光と祈の二人に投げられた。斎王の愛茉ではなく、何故この二人なのだろうか? 祈と一光は、無意識の内に、互いに顔を見合わせていた。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 『いきなりですまぬな。其方らに頼み事があるのだ』


 砦の中庭に、朱雀は在った。その身体の大きさは烏程だ。ひょっとしなくても分霊であろう。


 一光は分霊の前で跪き、頭を垂れる。祈もそれに従う様に、後方で同様にしてみせた。


 「いいえ。貴方様のご加護により、こうして我らの今が在るのです。何なりとお申し付け下さい」

 『そう言うてくれると、我も助かるわい。さて、この地の南の方に、鬼の住まう集落があるのは、其方らは知っておるかの?』


 「さて? その様な話は、聞いた事はござりませぬ……と言うか、集落などと。そも、鬼とは、魔物ではございませぬので?」


 魔物とは、地に淀む悪霊や悪意の残滓から発する”穢れ”から生まれるモノだと謂われている。群れなら判る。だが、その様な者共が、寄り集まって集落を結成する程の知能を有するとは、一光は考えられなかったのだ。


 『否だ。鬼は、この地にあった”穢れ”から発した魔物ではない。この地に住まう固有の種だ』


 過去、都に現れ、悪行狼藉の限りを尽くしたという一つの鬼が、時の帝の子の手で退治されたというのは、幼い頃から良く聞かされたお伽噺だ。


 実際はどうなのかは一光も知らぬが、恐ろしい膂力とあやかしの術を使う魔物だと、ずっと言い聞かされてきた。あれは、人の手では対処なぞ無理だと。その様な特異な者達が、この地固有の種だとは…正に初耳であった。


 『その鬼共は、指宿(いぶすき)と名乗っておってな。酒欲しさに、物々交換をしに時折、斎宮にまで来ておるわ。奴らの持ってくる鉱物資源は、中々に質の良い物が揃うておるのだそうな』


 我には良く解らんがな。そう分霊は言う。だが、そこからもたらされる貴重な鉱物資源は、帝国の大事な収入源でもあるのだという。


 『……少し話が逸れたか。その指宿から苦情が来ておってな。『今まで居なかった筈の魔物どもが、集落にまで出没して来て困る』とな。其方らで挨拶も兼ねて謝ってこい』


 魔物の討伐が、あまりにも順調過ぎた弊害だろうか。古賀、尾噛の勢いに押し出されるかの様に、魔物達が魔の森から出ているのだ。


 そのせいで、逃げてきた魔物達が指宿の集落にまで出没する様になっという事だろう。確かにこれならば、責任者の両名が呼ばれる訳だ。二人は納得したかの様に、両手をポンと打った。


 「なれば、我らが頭を下げるは道理でございますな。承知しました。我ら、直ちに指宿の集落へと赴きましょう」

 『それは話が早くて結構な事だ。どれ。我が其方らを集落まで連れて行ってやろうか』


 そう言うが早いか分霊が翼を広げると、二人の周囲は結界に覆われ、あっと言う間に天高く舞い上がった。忽ち地上にある砦の大きさが豆粒程になり、一光は目玉が飛び出んばかりに驚愕する。


 あまりの突然の出来事に泣きそうチビりそうになりながらも、声を挙げるのだけは必死に堪えた。ここで悲鳴を挙げてしまえば、尾噛の長女に聞かれてしまう。格下の者に無様な姿を見せる訳には、絶対にいかない。そう教えられてきたのだ。


 (鈴女、これって古賀の坊主だけで済む話だよな、なんで祈まで呼んだんだ?)


 未だ繋がる二人だけの霊糸線に思念を飛ばし、俊明は鈴女に問うた。先程の鈴女の説明ならば、一光だけが赴けば済む話だ。そこに祈も呼んだ事に疑問を持つのは当然である。必要が全く無いからだ。


 『主様はすぐにそうやって誰でも疑う。それは主様の悪い癖だぞ』

 (生前のトラウマって奴だ、気にすンな。で、なんでだ?)


 俊明は生前、裏切りにあって死んだのだ。たとえそれが仲間であろうが、突然牙を剥く。その事を嫌と言う程味わって。そのせいか、誰にでも人懐こく接するが、どれだけ親しくなっても、一定以上の距離を詰める事は一切許さなかった。いつ裏切りに遭うかという恐怖が、魂の奥まで刻み込まれているからだ。


 『それは着いてのお楽しみ……などと言うても、主様は納得はせんのだろ? ま、主様が今一番欲しい物がそこにある。とだけ、言うておこうか』

 (なんか納得できんな……全然祈が拒んでないから、俺は何も言えんが…特に危険は無いんだよな?)


 『さて。それは古賀の坊や次第かの? 場合によっては、少々主様の娘にお願いせねばならん仕儀が出るやも知れぬ』

 (うわぁ、大丈夫じゃなさそー……鈴女よ、ホント頼むぜ)


 『すまぬな主様。こればかりは揺らぎが大きすぎて何とも言えぬ。(まぁ、未来が確定していても教える訳にはいかんのだが……)』


 何か含みを残したままの鈴女の様子を訝しみながらも、俊明はあえてその先を追求しなかった。どうせ深くした所で、鈴女はいつも話をはぐらかせるのだ。口では絶対に勝てる気がしない。そういうことだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 二人が降ろされた所は、古い民家が建ち並ぶ集落の、正に中心地であった。


 斎宮に渡る手前にあった港の集落同様に、時折風に乗った火山灰が降り注ぐ為か、どの屋根も灰褐色に染まっていた。


 突然人が天から降りてきたというのに、集落の者達は、中心で翼を広げる朱雀の姿を見慣れているのか「ああ、またか」といった態で、特に驚いた様子も、畏れを見せる事も無くそのまま日常に帰って行った。その様子には一光も祈も、少しだけ肩すかしを食らった様な気がした。驚かれるのではないだろうか? そう覚悟をしていたからだ。


 「……鬼、といっても……なんだか、見た目は普通の人類種と変わりませんね?」

 「で、あるな……」


 道行く人々を見ると、ほぼ見た目は人類種と変わらなかった。強いて違いを挙げるならば、体躯が一廻り程大きいかなといった所か。


 「だが、尾噛よ、見てみろ。角がある」


 はしゃいで回る子供達の頭上には、一本角やら、二本の角やら……様々な形状と本数の角が見てとれた。

 確かにお伽噺に出て来る鬼の特徴が揃っていた。この土地固有の種族という、鬼種。一光の恐れていた魔物ではないという。確かにそんな不穏な気配なぞ、微塵も感じなかった。


「申し訳ありません、私にも角、あるので……」

「ああすまん。そうであったな。それを言ってしまえば、唔の背には翼がある。考えてみれば、我ら純粋な人類種ではなかったわ」


「その様で」


『長の家は、このまま真っ直ぐ行けば判るだろう。後で迎えに来るでな。坊や、行ってこい』


 朱雀は翼を広げ舞い上がると、すぐにその姿が見えなくなってしまった。迎えに来るとは言っていたが、それは何時になるのやら。一光は少しだけ不安を覚えた。


 「では、尾噛の。いくとするか」

 「そうしましょう。手早く済まさねば、皆が心配しましょう。誰にも告げずに砦を出てしまいましたし……」


 あれよあれよと言う間に話が進んでしまい、何も口が挟めなかった事を、祈は少しだけ後悔していた。もし誰かが二人ともいない事実を知ってしまえば、忽ちに混乱の渦に巻き込まれるのは目に見えているからだ。指揮官二人も不在というのは、かなり不味い。



 「御免。我ら斎宮よりの使者、古賀。それと尾噛と申す。指宿の長に挨拶に参った」


 長の屋敷というには、それはあまりにお粗末な代物であった。


 門は無く、当然塀も無い。


 ただ、普通に考えたら、巨大過ぎる玄関と、それに見合った大きな家という、あまりにも特徴有り過ぎる態ではあった。


 玄関には扉は無く、大きすぎる口がぽっかりと空いていた。


 そこから中に入ると、家の内部の様子が何となく判った。これも玄関同様、全てのサイズが大き過ぎた。二人は自分達が縮んでしまったかの様な錯覚を覚え、頭を振る。どうやら怪の類いでは無さそうだ。


 「ああん? そんなデケー声出さなくても聞こえているよー。この家は、オレ以外誰も居ねぇ。さっさと入って来な」

 「……この玄関を、登れと?」


 玄関の段差だけで、優に成人男性の背丈位はある。同年代の子に比べても身長が低い二人である。自分の背丈を遙かに超えるこの段差を登れと言われて、直ぐに実行できる訳なぞ無い。土間で二人顔を見合わせ、困惑しかできなかった。


 「致し方ありませぬ。一光様、失礼いたします」


 祈は鬼の篭手に魔力を込めると無数の鬼の手が現れ、一部は一光をしっかりと抱きかかえ、残りは上がり(かまち)の端を掴む。鬼の手は軽々と二人を持ち上げ、廊下に降ろした。


 「……すまんが尾噛よ、先に何をやるか説明してくれ。唔、流石にビビったぞ…」

 「申し訳ありません。時間が惜しくて」


 「ほれ。さっさと()ぃ。玄関越えたら後は真っ直ぐだぁ」


 この声が長であろうか? 確か先程『オレ以外誰もおらぬ』そう言っていた筈だ。言われた通り真っ直ぐ進むしかあるまい。二人は声に従った。


 突き当たりの部屋の敷居を越えると、中は薄暗く、様子が窺えなかった。だが奥から家屋のスケール感に見合う様な、大きな人の気配がした。


 「御免。我ら斎宮よりの使者だ。守り神朱雀の命により、罷り越した」


 奥の人間に向ける様に、一光がもう一度、訪問の口上を述べる。


 「だから、そんなデケー声出さなくても聞こえらぁな。ボン、緊張してんのか? ここでは、そんなモン不要よ。仲良くせにゃあ、な?」


 家の暗さに目が慣れてきて、奥にいるであろう長(?)の姿が何となく判る様になってきた気がする。


 一光は、良く目を凝らしてソレ見てみた。


 その姿を我が目で確認した、正にその瞬間。一光は絶叫した。


 「ボン、お前は本当に賑やかだなぁ。この姿にここまで驚いてくれる奴は久しぶりだねぇ。滑稽、滑稽」


 頭部に顔が左右に二つ。腕も左右計四つある巨大な異形。

 所謂”両面宿儺”と呼ばれる異形の者が、そこに在ったのだ。


誤字脱字があったらごめんなさい。

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