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第87話 その後始末的な話4−1



 岩盤の如く固まった地面を内から穿ち、()()は漸く地上へと這い出る事ができた。


 不定形の汚泥は、やがて人の(かたち)をとり、どかりと腰を降ろした。


 周囲一帯の地面に土は一切が無く、完全に結晶と化していた。それ程の高温で灼かれたのだという事実に、それは怖気と戦慄を覚えた


 「ぬう。全く酷いメにあったわい……」


 念の為、力の一部を地中深くに潜めていて正解だったと言わざるを得なかった。あれ程強固な呪縛を仕掛けてくる様な術士は、世に大魔王と恐れられた彼ですら、久しく相手にした事なぞなかったのだ。


 更には、殺意高い煉獄(インフェルノ)と来た。あの術は、大魔王である彼ですら扱えぬ火系の究極魔術だ。それも二重詠唱(ダブル・キャスト)という超高等技術まで付けてくるという徹底ぶりである。絶対に助かる訳が無い。


 魔王を名乗るには、確かに心許ない哀れでちっぽけな存在でしかなかったが、それでも散り散りになった魂の断片を、かき集めて漸くここまで回復した存在だった。人間如きに遅れを取る筈の無い、力を持った魔神の筈だったのだ。


 だが、それがどうだ?

 小娘と思しき術者にあっさり捕縛され、何も出来ずそのまま炎の魔術で灼き尽くされたのだ。しかも徹底的に。


 保険として、地中にこうして魂の一部を逃れさせていなければ、完全に消滅させられていたのだ。この大魔王が、だ。


 いつもならば相手の魂の一部に自身の力の一部を送り込み、寄生する手段を採っていた。それのお陰で、彼の世界で滅された後も、こうして存在し続ける事ができたのだが、今回は不可思議な力によって弾かれた。なればと、虫けら同然の二人の女にも送り込もうとしたが、同様に出来なかった。


 生き残りを賭けたあらゆる手段が通じなかった上に、抵抗すら叶わなかったのだ。完全敗北と言って良いだろう。


 「ははは……まさか、この新天地で完璧なまでの敗北を喫するとはな」


 だが、今ではこの辺に蠢く小鬼(ゴブリン)程度の、塵芥に等しい力しか残されてはおらぬが、まだ大魔王としての記憶と知識、”唔”としての意識はある。生きているのだから、まだ負けではない。今はそう思おう。


 まずは、周辺の魔物共を喰らって再起を図る。この森は、魔王の波動によって形成された、魔の領域なのだ。幾らでも力を蓄える事ができよう。充分に力を蓄えた暁には、まずあの小娘に復讐をしよう。この大魔王に、敗北の味を知らしめた彼奴に。


 「……そうだ。絶対にあの小娘にも同じメに遭わせねば、唔の沽券に関わる。絶対にだ。絶対に!」


 手足をもぎ取り、逆さに吊し惨たらしく殺す。身動きが取れぬ屈辱を味逢わせねば、絶対にこの屈辱を雪ぐ事が出来ぬ。それから魔王として、この世界に覇を唱えよう。唔はその為に生み出された存在なのだから。たとえ世界が違おうと、これは魂に刻み込まれた宿命なのだから。


 復讐心に猛る大魔王は、ここに来て漸く自身の生きる意味を思い出したのだ。歓喜に打ち震える邪悪なる魂は、煌々と輝く月に向け、大きく両手を広げた。


 「……みつけた」

 「ひっ?!」


 聞き覚えのある声に、大魔王は恐怖した。


 (やはり。しぶとく生きておりましたな)

 (まさかとは思っていたのだけれど、アレを喰らってまだ生きているだなんて……ああ、何だか自信無くしちゃうわ)

 (封印なんて生ぬるい。ここで完全に潰すぞ、祈)


 祈の持つ五十鈴の音が響くと、大魔王の身体が硬直した。祈に対する恐怖によって動けなくなっていたのは確かだが、鈴の音に込められた破邪の念が、魔王の魂を空間に縛り付けたのだ。


 「ぐっ……小娘ぇぇ……」

 「消えて。お前は、この世界に不要だ」


 あの時、大魔王に対し破邪呪が抜群に効果を発揮した。なれば、聖なる浄化の鈴の音は覿面だろう。この祈の判断は正しかった。浄化の念を込め五十鈴を振る度に、大魔王の魂の輪郭がぼやけ、色を失い、存在に必要な熱量を着実に奪っていったのだ。


 「ああ、消える……唔が……き、え……r」


 シャン。


 砂の一粒にまで小さな存在となった大魔王を、祈は渾身の力で踏み抜いた。黒曜石の輝きを持つ踵に、ありったけの破邪の念を込めて。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「……守り神様、この地に居る理由がのうなったと、仰りませんでしたか?」

 『うん? 我、そんな事言うたかの?』


 祭壇の最上段にある止まり木に、帝国の守り神である火の鳥はあった。


 暢気に欠伸をする守り神の姿に、斎王としてお初となるお務めを果たすべく参った愛茉(えま)は、腰が砕ける思いであった。


 あの別れ言葉は、一体何だったんだろうか?

 あの時の涙を返せ。


 ……そんな言葉が、愛茉の頭をグルグルと駆け巡る。


 『まぁ、細かい事は気にするでない愛茉よ。若い内からその様な事では、(いず)れ禿ようぞ?』

 「ハゲるのは、ご勘弁願いたいものですが。それを年頃の娘に言うのは、流石にどうかと思いません?」


 光流(みつる)が言っていた通り、これから長い長い付き合いになるのだ。腹に貯めて我慢するのは、姉達相手でもう懲りた。だったら、言いたい事を言い合おう。愛茉はこれからの人生が楽しいものになるだろうと確信した。


『ほっほ。言うではないか、愛茉よ』

(それで良い。我は傅く者が欲しい訳ではないのだ。今の位がとても心地よい)


 「そういえば、光流様は何処にお出かけになったのでしょうか? この地に居て下さるのなら、この愛茉も心強いのですが……」

 『光流はな、遠くに行ったのだ。お前に直接別れの言葉を言えなかったと、すまなそうにな。我は言伝を受けたのだが……すまぬの、言うのを忘れておったわ』


 鈴女は嘘を言ってはいない。ただ、大切な言葉が足りなかっただけだ。それも意図的に。


 「そうですか……残念です」

 『何れ、逢える日も来よう。それまで、斎王としての修行を、怠るではないぞ?』


 その日までに、斎王として力を付けよ。そう鈴女は愛茉に言った。今回の地鎮の儀は、尾噛の娘がいなければ、全員があの地で死ぬ未来しかなかった。せめて再封印ができる程度には、力を持ってもらいたい。そう遠くない未来に訪れる、魔王の欠片との対峙に備えて。


 (愛茉は本当に素直だ。今のままであれば、恐らく問題は無かろう。光流よ、安心して眠れ……)


 光流は、斎宮に着いたすぐに天へ還った。彼女の遺体は、鈴女が火山にある祭壇の横に埋めた。その墓標には、ただ一言『我が娘』とだけ、刻まれていたという。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「やあ、またまた遊びに来たよー」

 「……なんだ君か。何しに来たんだい?」


 今までとは全く違う塩対応に、今は無職となった元管理官は驚いた。周りを見渡してみたら、小洒落た高級酒場の様子が一転、周囲には空になった酒瓶が散乱し、酷い荒れ具合であったのだ。


「一体どうしたんだい? 君は結構な洒落者として、その筋では有名な存在だった筈だろうに」


 元管理官に訊ねられ、管理官は一瞬だけだが、怒りの貌を露わにした。だが、すぐに思い直したのか、カウンターに顔を伏せ、ただ深く溜息を吐いただけに留めた。


 「……気に障ったのなら、ごめん。でも、本当にどうしたんだい?」


 この世界の管理官は、もう一度深い溜息を吐いた。


 「……いや、ボクがちゃんと確認しなかったのがいけなかったんだ。今更君に言っても詮無きことだ。もう、ただの八つ当たりにしかならない」

 「本当に、ちゃんと説明してくれないか? 君のその言い方だと、私に何か落ち度があったとしか思えないんだけど……」


 元管理官の言い方に、ついにこの世界の管理官は我慢の限界に達した様だ。カウンターの天板を力一杯両手で叩き、怒りの形相そのままに、元管理官に詰め寄ったのだ。


 「貴様っ! 本当に気付いていないのかっ! 貴様の所のっ、あの魔王がっ、4000人の魂達の中にっ、断片として紛れ込んでいたのをっ!!」

 「ええっ?!」


 管理官の形相にも驚いたが、その内容が元管理官には信じがたい衝撃の事実だった。もしそれが本当ならば、他の世界に送り込んだ優秀な魂達の中にも、魔王の断片があるやも知れないのだ。


 「……どうやら、全く気が付いていなかった様だな……はぁ、どんだけボンクラなんだい、君は」

 「それは不味い、不味いぞ……あの魔王は、”自己進化”の因子が組み込んである。たとえ断片だろうが、状況が許せば、確実に大魔王へと成り上がる……」


 魂の断片同士が呼び合って大きくなるのは勿論、たとえその一片であろうとも、進化の果てに何れ大魔王にまで成長する。それは、充分に生命の滅びのトリガーに成り得るのだ。


 「事の重大さが伝わってくれたみたいで結構。お陰で、その対応に追われてこの態だよ。ボクは絶対に”勇者”をこの世界には入れたくない。だから、対処には強力な”神々”を呼ぶしか手は無かった」


 一度配置したオブジェクトを、”無かった事として”排除する事は、たとえ管理者権限であろうと不可能である。それがいかに矮小な影響であったとしても、その後の歴史はそれに対応して必ず動く為だ。


 その世界を真っさらな初期状態にするのだけは、許されてはいた。だが、それを行うには、自身に大きなペナルティを課せられる覚悟があって……という、その程度の話だ。


 「まさか、君の世界の優秀な魔術士達の魂の一角に、あんなとんでもない”罠”が隠されているなんてね。お陰でできる限りの過去に送ったのが裏目になったよ。慌てて他の世界の管理官達に頭を下げて、強力な神々を配置してのギリギリの事態だった……」


 何度世界を改変をしたか。もう、安定した世界のままではいられない。管理官は自嘲気味に語り、強い酒を一気に煽った。


 「八大天使に、仁王と明王。四海竜王に四聖獣。更には八部衆、十二神将まで送り込んだよ。他にも細かい上位存在を含めたら、本当に数え切れないくらいだ」

「うへぇ。そんな強力な存在を送ってしまって大丈夫なのかい? いくらウチの魔王が凶悪でも、どれもこれも本気になったら、ほぼ一撃じゃないか。オーバーキル過ぎるでしょ」


 「彼らはボクらパートタイム神と違って、そんなちっぽけな存在じゃない。本当に魂の昇華(ブレイクスルー)を果たして修行をし続けた神々だからね。そりゃ強力さ。でも、世界の管理権限はこっちにある。いくら強力な神々であっても、その法則には、絶対に従わなきゃならない。そういう意味では、力に溺れる”勇者”なんかより、よっぽど扱いやすい」

「それを言われちゃうと、何も言えないなぁ……」


 「でも、大きな誤算もあった。あれら神々を扱うには、ウチの世界の住人が弱すぎた。出力が全然出ないんだよ」

「ありゃりゃ……」


 「お陰様で大魔王の魂の断片が、いくつか定着しちゃったよ。そこかしこに魔物が跋扈する危険な世界の出来上がりさ……この始末、どうしてくれるんだい?」

 「ごめんとしか……」


 詫びの言葉なんぞでは、この末期的な状況は改善される訳も無い。管理官は深く深く溜息を吐いた。


 「もう諦めた。もうボクは世界に一切介入しない。成り行きを見守る。どうせこれ以上手を加えた所で、余計にこんがらがるだけだ」

 「……本当に、何と言えば良いのか。私には……」


 元管理官は本当にすまなそうに、深々と頭を下げた。魔王に関する事がここまで尾を引いて、さらには他の世界にまで迷惑をかけ通しとあっては、面目は丸潰れだ。


 「もう気にしなくて良いよ。あとはこの世界の住人が、どれだけ進化してくれるかだ」


 グラスになみなみと注がれた琥珀色の液体を、一気に煽る。半分はヤケクソだが、もう半分は彼らの生き様を見続けてきた管理官の願いがそこにはあった。



 (ただ、彼らには。悪い事をしちゃったな……)


 『少なくとも魔王だの、勇者だの、なんて「このままだと世界が滅びますぞー」的な、ハチャメチャな世界設定はしていないつもりだから、そこはどうか安心して欲しい』


 まさか、このまま世界が滅びますぞー的な話になっているとは、きっと彼らも思うまい。


 (彼らがこの天界に戻ってきた時には、一発くらい素直に殴られてやっても良いかな)



 空になったグラスを置き、管理官は一人瞑目をした。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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