第84話 俊明のプレゼント
「え? そんなのやるに決まってるじゃないか。愛茉様のためなら、私頑張る」
たとえ相手が神様だろうが、魔王だろうが…という奴であろうか。そんなもの、祈には関係無かった様である。大事なものを傷つけようとする者は、これ全て討ち倒す。そう祈は言い切ったのだ。
「あ……ああ、そう言って貰えると本当に助かる。だが相手は欠片とはいえ、正真正銘の魔王だ。いくらお前でも、油断していたら喰われちまうかも知れないぞ」
実際に対峙した訳ではないので、異界の魔王とやらの実力は未知数だ。今の祈の実力ならば、油断さえしなければ充分対処の可能な相手だろうと予想はしているのだが、想定外の事態というのは何処にでも付きまとう。楽観視はできない。
「そうだね。魔物相手の戦いも、ここに来て初めての経験だったし……」
「まぁ、人間相手だろうが、魔物相手だろうが、基本は変わらないさ。まず、先手を取らせない事。そして、深追いはしない事。常に自分の身を守る事を第一に心がける。特に最後が一番大切だからな」
いくら魔物とはいえ、基本的な肉体構造が生物の範疇にあるのであれば、どれも同じである。関節の稼働範囲は一定域を超える事はまず無いし、全体の挙動が物理法則を超える事も、まずあり得ないのだ。
そこに魔法等の外的要因が混ざると、途端に瞬時の判断が難しくなるのだが、それを防ぐ最も有効な手段が”常に相手の先手を取る”事なのである。相手の出方を待つのは、無駄に先手を与えてしまうだけはでなく、その手数を増やす一助となる悪手に過ぎない。
「とは言っても、今回のお前の仕事は、斎王の支援が主だ。本来ならば、これは斎王の”お役目”なんだからな」
ただでさえ、その一部だけとはいえ、異界の魔王を相手にしなくてならないという難題を課せられたのに、更には愛茉を護りつつ、出しゃばるなと俊明は言うのである。言うなれば、両手を縛られた状態で泳いでこいと言われている様なものなのだ。
「え、そうなの? 殲滅魔法ドーンはダメ?」
「ダメに決まってンだろ」
祈は魔法一発で済む簡単なものだと考えていた様だが、それは一番やってはいけない事なのだ。そう俊明はしっかりと祈に言い聞かせた。
「どこの世界の魔王もっていう訳じゃないが、魔法を反射してくる奴も結構いる。考えてみ? もし、マグナリアが放った獄炎が跳ね返されて、こっちに飛んできたとしたら……お前、これを押し戻せると思うか?」
彼女の魔法は、蝋燭に火を点すという目的でしかない筈の入門魔法ですら、数多の中級魔法を一方的に潰した挙げ句、さらには人間が消滅する程の威力を出せる異常事態を引き起こすと云うのに。
もしそんな物騒過ぎる上級魔法が、超級魔法へとグレードアップしてこちらに飛んでくる事態となってしまったら……どれだけ脳内でシミュレートしても、周囲を丸ごと巻き込んで一緒に消滅する未来しか、祈には思い浮かばなかった。
祈はぶるりと身を震わし、あまりに気楽で安易な考え方をしていた自分を恥じた。
「怖いね。すっごく、すっごく怖いよね……」
「だろ? 先手を取る事は、戦いにおいて確かに重要だが、こういうカウンターが来る場合もあるってことを、常に頭の片隅に入れておかなきゃな。特にお前の魔法は、お前の周りにいる奴らじゃ、誰も防げやしないんだからな」
自身が最も得意とするものにこそ、そういった危険が潜んでいる。
特に祈の場合は、魔術がそれに当たる。広範囲にも及ぶ最速の高火力魔術。これがもし跳ね返される事態となれば、当然ながら先程の祈の想像通りとなるだろう。誰も防ぐ事なぞ出来ないが故に、周囲にいる者は、絶対助からないのだ。
「お前が一人で戦う分には、そこまで深く考える必要は無いさ。何せ、全て自己責任なんだからな。だが、今後はお前も集団戦を視野に入れておかなきゃならない。将として軍に関わる以上は、乱戦、混戦なんか普通に起こり得るんだからな」
個人ならば、全ての結果は自身に跳ね返るだけで済む話だ。
だが、いざ集団戦となれば、良い意味でも、悪い意味でも、自分の行動選択如何によって常に他人に影響を及ぼし続けるのだ。味方に損害を与えてしまう様な行動は、慎まねばならないのは当然の事なのである。
「……難しいね」
「そうだぞ? だから、安易にどこかのおっぱい魔女みたいな事を言うのは、絶対にやめなさい」
祈が『魔法一発で全て解決』などと考えているのは、絶対にあのおっぱいの悪い影響だよな。そう俊明は決めつけていたが、当たらずとも遠からずといった所であろうか。
まだ剣術なぞは、兄には遠く及ばないのを祈も自覚していた。そうなれば、一番に祈の自信の源になるのは、当然ながら魔術となるのだ。こればかりは仕方の無い事だろう。
「はい。精進します……」
「おっし。良い返事だ。そんな素直な祈に、おじさんからご褒美をあげよう」
おじさんが指をパチンと鳴らすと、祈の足下に光の渦が現れ、そこから黒い金属製の足防具と、白いコートが現れた。
「うわぁ、凄く綺麗だ……」
祈は興奮気味に、金属製のそれに指を這わせた。これが異国の文化によるものなのか。この様な形状の防具を、祈は初めて目にしたのだ。
まるで黒曜石から削り出して作られたかの様な、深い深い漆黒。なのに強く輝きを放つそれは、つま先から腿の半ば辺りまでを完全に包む様に形成されていた。これが重鎧の一部なのだと言ったら、きっと誰もが信じるだろう。
「あー、すまん。本当はそれ、胸当てと腰鎧のセットで作るつもりだったんだが、材料が足りなくてなぁ……結局、脚だけになっちまった」
だが、その分防御力は凄いぞ。そう俊明は太鼓判を押した。
そして純白のコートを広げてみると、祈の膝上辺りにまで裾の長さがある様だ。背面は尻尾が邪魔にならない様にか、中央部のスリットが腰辺りにまで入っている。完全に祈の為だけに誂えたのが良く解る逸品であった。
「そいつを着込んでいれば、竜の火炎息程度なら完全に防げる筈だ。あと、あの黒い篭手の邪魔にならない様に、袖を折りたためる様にもしてある」
マグナリアのプレゼントである武具達と干渉しない様にと、それは考えられていた。本来ならば、脚防具と同じ素材で作られた鎧の上にこれを羽織る予定であったのだが、コート単体でも十二分に高い防御力を示すだろう。
「ありがとっ、とっしー! 凄く嬉しいよ」
両手一杯にそれらを抱きかかえ、祈は本当に嬉しそうに笑顔を見せた。
普通の年頃の娘ならば、確かに美しい輝きを放ってはいるが、この様な剣呑で無骨な品々なんぞを手渡されても、きっと喜びはすまい。
だが、祈は違った。プレゼント自体も、当然ながら嬉しいのだが、それが大切な家族からの掛け替えのない贈り物なのだという、その事実がたまらなく嬉しかったのだ。
「これで元気勇気100倍だっ。よーし、明日は絶対頑張るぞー!」
魔王なんか、一気に蹴散らしちゃうぞー! 大きく両手を空に突き上げ、祈は雄叫びを上げた。
「……だから、お前は支援だと……」
────こいつを与えるのは、少しだけ速まったか?
一瞬だけ、俊明は後悔をした。
だが、今祈に与えた防具は、必ずや祈のピンチを救う筈だ。その為にこの世界には存在しない、貴重で強力な素材をふんだんに使用ったのだから。
朱雀の鈴女は言った。この世界は、幾度も改変をされていると。
守護霊としてこの世界に降り立ったが為に、守護対象の祈と同じ時間軸に固定されてしまった俊明には、もうその改変を知る事は、一切できない。
だが鈴女は、多次元世界に同時に存在する精霊神の一柱だ。世界の改変によって、変動してしまった世界の結末を、今俊明達がいる時間とそれらを同時に視ている。それは、変動した事によって無かった事にされた世界の結末も識っているという事なのだ。
(もしかしたら、世界の終わりに向かう改変を喰らった可能性も、あるのかも知れないな……)
もし現状が、俊明の心配の通りに推移していたのだとしても、鈴女はそれを伝える訳にはいかないし、彼女がちゃんと説明をしたとしても、住んでいる時間軸と認識域が異なる為に、俊明には理解ができないだろう。
ならば、俊明にできる事は……
(少なくとも、祈一人でどうこうできる規模の話な訳は、絶対に無い筈なんだがな……)
祈の生存率を、少しでも高める事だけだ。
明日は、その祈を死地に送る癖に、随分と勝手な話だよな。苦笑が僅かに漏れる。だが、それも結果としては、祈の為になる筈なのだ。
欠片とはいえ、魔王の魂を放置する訳にはいかないのだから。
(ま、危なくなったら、俺が禁を犯せば済む話だ)
そもそも一人に憑く守護霊としては、三人それぞれが過剰戦力過ぎなのだ。別に一人減ったところで、何とも無いだろう。
今は大丈夫でも、何れその様な事態が起こらないとも限らない。
だったら、今の内にその覚悟だけでもしておかねばなるまい。
(今の生活は割と気に入ってるから、できればそんな日なんか、来ないで欲しいんだがな…)
貰った装備を身に付けはしゃぐ祈を眺めながら、俊明は薄く寂しい額を、いつも通りピシャピシャと叩いた。
足装備の見た目イメージは、某聖闘○☆矢の冥衣まんまです。
誤字脱字があったらごめんなさい。




