第83話 守護霊ミーティング3
「すまないが、聖晶石と黒竜の瞳と天蛾の繭……ああ、そうそう。あとな、オリハルコン、ガマニオン、スターダストサンドも一緒にくれ」
「はぁ? ちょっ、ちょっと待ちなさいよ。何で急にそんな希少で危ない物ばかり要求してくんのよ、あなたはっ!?」
俊明が要求した素材は、どれもこれもマグナリアの世界で希少な素材ばかりであった。
それこそ下手をしなくてもその素材を入手する為には、軽く御殿が建つ程の金額を覚悟せねばならないくらいに、高価な品ばかりなのだ。
「気にすんな。チョいと祈の為に本気を出すだけだ。お前だって、祈の為に色々と武具をプレゼントしただろ? 俺だってええカッコしたいんだよ」
「あなたねぇ……イノリの名前を出せば、あたしが必ず折れるって、誤解しているのではなくて?」
「……違うのか?」
「……そうなのだけれど。ああもう否定できない自分が、心底嫌んなってくるわね……」
『イノリの為なら、たとえ火の中水の中』
それを公言して憚らないマグナリアにとって、その言葉を前に逆らえる筈もなかった。
だが、俊明の要求してきた素材が、流石に色々と問題あり過ぎたのだ。その為、例え他の守護霊たちをして”物騒過ぎる”と云われ続けるマグナリアであっても、慎重にならざるを得なかった。
「……で? そんな希少でヤバい素材ばかり要求してきたのは、一体何故なのかしら? あなた、もしかしてイノリを神とでも戦わせるつもりなの?」
どうやら、あのマグナリアですらも心配する程に、どれもこれもヤバい素材である様だ。
実際、これらを素材を合成に使用した場合、成功すれば最低でも伝説の一歩手前になるレベルの武具が出来上がる事が確実に保障される。その事実を鑑みるに、仕方の無い話なのであろうか。
「なんつーか……まぁ、それに近い奴相手に、大立ち回りさせにゃならなくなったのは確かなんだが……」
「はぁっ?! ねぇ、ちょっと、ホントに待ちなさいな。何でそんな話になっているのか、あたし達に順を追って、ちゃんと全部説明なさい!」
マグナリアの言う事は尤もである。何せ、守護対象である筈の祈を、神様のそれに近い存在に戦わせる次第になったと、其処なハゲは言うのだ。
その理由を、納得のいく様に説明出来ないのであれば、素材の提供は勿論、戦いの許可なぞも与える事は絶対に出来よう筈もない。
……というより事の次第によっては、マグナリアは容赦をするつもりなぞ無いのが、その表情からも明らかに看てとれた。当然ながら俊明は、平常心のままではいられる訳がなかったのだ。
(こりゃ、下手をしなくても死を覚悟せにゃならないか……とっくにもう死んでるんだから、この場合は”消滅”かな……?)
守護霊三人の間の力関係は、ほぼジャンケンの様なものだ。俊明はマグナリアに強く、マグナリアは武蔵に勝つ。武蔵は俊明を圧倒できる……そんな具合だ。
だが、今回の件を正直に話した場合、怒らせた二人を同時に相手しなければならない可能性も出てくるだろう。もし仮にそうなってしまった場合、俊明の生き残る可能性は、万に一つも無い。
「んじゃ、聞いてくれ。あのな……?」
朱雀との関係だけは何とかボカし、俊明は順を追って説明した。
「へえぇ。”異界の魔王”……ねぇ?」
「正確には、その欠片にござるぞ。マグナリア殿」
「そういや武蔵さん。さっきまでずっと黙っていたのは、なんでだ?」
「いや拙者、錬成についてはトンと判らぬので。判らぬモノには、一切の口なぞ挟めぬなぁと……」
何せ拙者、ただの脳筋物理侍でござるからなぁ。などと、完全に開き直った態で無精髭を撫で付けた脳筋物理侍。自身に理解できない話には、一切口を出さない様にしているというのだ。
上手に世渡りをする上で、武蔵のその選択は正しいのかも知れない。
「ってゆうか、そんなのは今更どーでも良いのよ。で、その”欠片”とやらと、何でウチのイノリちゃんが戦わなきゃならないのって話でしょう?」
全くマグナリアの言う通りである。
”地鎮の儀”自体が、帝国の催事の中の話であり、”斎王の儀”のその範疇なのだから、そもそも祈がその列に加わらねばならないというその時点で、すでにおかしいのだ。
「簡単に言っちまえば、今の斎王じゃ、その魔王の欠片に絶対勝てないからだな。もし仮に、再封印に失敗して捕り逃がしでもしたら、奴は確実に力をつけて世に仇成す存在となるだろう。もしそうなったら、平穏な生活なんてなぁ、絶対にあり得ない世の中になっちまうだろうよ」
「しかし、あの様な強力な精霊が、魔王……それも欠片なんぞに遅れを取るとは、拙者到底考えられんのでござるが?」
「いくら精霊の力が絶対で強大であったとしても、それを使役する精霊使いが、あれじゃあなぁ……精霊の出せる”火力”は、精霊使いの能力がそのまま上限になる。そういう世界の制約の元に、精霊ってなぁ存在が許されているのさ」
────まぁ、それは俺の住んでいた世界での話だけどな。
そう俊明は一応の注釈をつけた。だが、この世界もその範疇であるのは間違い無いだろう。朱雀もそれに近い事を言っていたのだから。
「まさか、主人の側がネックになるだなんて……難儀な技術よね」
「逆を言えば、精霊使いの能力が高ければ高い程、精霊側もより強い力を世界に行使できる訳なんだがな。まぁ、どちらにせよ、あの斎王じゃ、全然頼りにならないって話だよ」
必死に頑張っている愛茉には悪いが、俊明の目から見て、今現在の彼女の能力には『落第』という評価しか与えられない。彼女には、確かに”資質”があるのは認めよう。だが、いくら初陣なのだからと贔屓目に見たとしても、それが魔王関係ともなれば、流石に相手が悪過ぎる。
「そんな訳だ。悪いが、お前達にも手伝って貰わなきゃならないかも知れない。どこの世界の魔王だか知らんが、好き勝手させちまうのは、”元勇者”の沽券にも関わってくるかんな」
「拙者達は、それで全然構わん。構わんのでござるが……ですが、祈殿は”勇者”ではござらん」
「そうね。イノリは勇者ではないわ。それなのに、あなたはあの子を巻き込むというの?」
冷ややかな4つの瞳が、俊明を射貫く。いくらお前でも、返答次第では容赦しない。そう語っていたのだ。俊明は、覚悟を決めるしかなかった。
「……だな。確かに、祈は俺達と違う。だが、全てではないが、勇者である俺達の持つ技術を扱える無二の存在だ。この世界において”魔王”に対抗できる戦力は、他にはないだろう」
この様な言葉で、二人は絶対に納得すまい。そう思っていた。だが、これ以上の言葉を重ねる事なぞ、俊明にはできなかった。
どう言い訳をしようが、祈を危険極まりない戦地に連れ出す為の詭弁に過ぎぬのだから。それは守護霊にあるまじき考えなのだから。
最悪の場合、祈に自身の現界を願おうとも、俊明は考えていた。魔王の欠片とやらがどの程度の強さかは全然解らないが、少なくとも刺し違える程度ならばできよう。祈の守護霊は、二人もいれば充分であろうし…
「……はぁ。ダメ。そんなのじゃ、全然ダメよ。本当にあなたって、損な人よね」
やれやれと言いながら、つい先ほどまで険しかった表情を緩め、マグナリアは大きく溜息をついた。それと同時に自己主張激しい豊かすぎる胸が、たゆん。と揺れた。
「だが、それが良い。なればこそ、我らが魂の長兄にござる。祈殿は、拙者達で全力を持って御護りいたそうぞ」
武蔵は力強く頷き、祈の守護を改めて誓った。相手にとって不足は無い。彼の心は、常に戦場に在る。
「……本当にすまない。よろしく頼む」
俊明は、二人に向け深く深く頭を垂れた。守護霊の本分を曲げての願いなのだ。これでも足りないだろう。
後は祈にどう説明するか。それが一番の難題になるのだが、逆にあっさりと承諾されそうな気もする。まずは、明日の朝にでも正直に話すしか無いだろう。
「うん、それじゃ、ここらで解散よね。みんなおやすみー」
「待て。さっきも言ったが、聖晶石と黒竜の瞳と天蛾の繭……ああ、そうそう。あとな、オリハルコン、ガマニオン、スターダストサンドも絶対に置いていけ」
「……ちっ、此のハゲ。全部覚えていやがったか……」
結局、希少で危険な素材の数々を、ここで放出させられる事になったマグナリアであった。
誤字脱字があったらごめんなさい。




