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第82話 鈴女



(…何か、あれ以来さ、あいつ妙に静かじゃない?)


(で、ござるな…もしかしてあの御仁、どこかで悪い物でも拾い食いしたのではござらんか…?)


(ぷぷぷ…確かに。あいつならあり得るわね…)


(…で、ござろう?)


(聞こえてるぞ、オメーらっ!)


((おおう。くわばらくわばら…(でござ)))




禊ぎを終えた愛茉(えま)が、斎王の修行を始めてから五日が経った。


光流(みつる)が言うには、愛茉はとても筋が良いらしい。すでに斎王としての実力は、自身に遜色ないと太鼓判を押す程だ。


斎王の儀は、明後日早朝より行われるという。


新旧斎王の二人が火山中腹の社に上がり、当代斎王が前斎王の記憶を継承した後に、奉られた守り神と契りを結ぶというものだ。


新斎王との契りにより、守り神は生まれ変わるのだ。そう帝国の史記にはある。


その後魔の森に入り、その中央部に作られた社にて、魔を鎮める地鎮の儀を執り行う事で、全ての儀式が終了する。


祈達の役目は、愛茉が斎王を継ぎ、魔の森に入り地鎮の儀が終えるまで続くのだ。


「…まぁ、それが全部終わるまで、アタシらは暇なんっちゃんねぇ…」


「ここに来た時、確かにわたくし達はオマケだ…そう言ったけど…本当に、オマケだった」


姉妹達は何かに焦っていた。何もせず、ただ無為に時間が過ぎゆく…姉妹達は、今までその様な経験が無かったのだ。


「…だから、私が魔術を教えようか? って、あの時聞いたのに…」


「いや、そいがね…アタシ達ん頭ん悪さば、再認識させられたちゅうか…」


頬を掻きながら、ボソボソと言い訳を並べる妹に…


「人聞きの悪い事を言わないで。頭が悪いのは、そこの愚妹だけ。わたくしは、ほんの少し不器用だった。そう。きっと、そう…」


そして、人のせいにして現実逃避を始める姉。


態度こそは違えど、結局は二人とも、魔術の基礎知識の段階で蹴躓いていたのだ。


(少しは現実見ようばい、(クー)(ねえ)…)


流石にこれを口に出してしまえば、(たちま)ち必殺の肘が飛んでくるのはとうの昔に学習済みである。なので、心の中でのみ蒼はツッコミを入れた。それは、悲しい抵抗でしかないのだが。


「…二人とも、魔術を習いたいって言ってた癖に…」


だが、ここで無理強いしたとしても、技術が身につく筈もないだろう。更に言えば、魔術は元の資質によって、習得の難度が大きく変わる。そして、誰も彼もが身に付けられる技術ではないのだ。彼女達がその気にならなければ、本当に無意味な時間にしかならない。


無為の時間を過ごす姉妹達とは違い、祈は鍛錬に余念が無かった。マグナリアに貰った(元は尾噛家の財産なのだが)武具の具合を確かめ、その使い方を研究したり、火山で足を踏み外した事を反省し、今一度、足腰を鍛え直していたのだ。



守護霊達も暇をしている訳ではなかった。


武蔵は、祈の鍛錬を熱心に指導していた。マグナリアは当然、魔術の指導を。そして俊明は…


「祈、こっちに立ってちょっと後ろ向け」


「やだ」


祈は、一言で俊明を両断してみせた。


「何でだよっ? いいから、黙って後ろ向けよ」


「絶対に、い・や・だ・よ。また痛い事、するんでしょ?」


問答無用で尻尾の鱗を引き抜かれた事を、祈は深く深く根に持っていた。あの時は、本当に痛かったのだ。そして祈は、まだその時の報復をしていない。俊明の髪の毛を全部引き抜くその日までは、絶対にこいつには後ろを取らせたくない。そう思っていたのだ。


「…あー、そうか。いやぁ残念だなぁ。マグナリアみたいに、俺も装備をやろうと思ってたんだけどなぁ。折角お前の為に、全力で作ってやろう。そう思っていたのになぁ。ああ、残念、残念」


「…え? とっしー、それ本当?」


「(おっし、食いついたっ!)いや、だってお前、嫌なんだろ? 祈があんな風に言うから、何だか俺もうやる気無くしちゃったもんなー、ああ残念、残念…」


「あわわわ、ごめんなさい。ほら、すぐ後ろ向くからっ。痛いのも我慢するし。ねっ? ねっ? お願いっ。作ってとっしー!」


慌てながら祈は、俊明の正面に回り込み、すぐさま後ろを向いて尻尾ふりふり猛アピールを開始した。俊明謹製の装備ともなれば、兄望が持つ新生証の太刀同様、伝説級間違い無しの逸品になるのだ。何が何でも絶対に欲しい。


祈の慌てた様子に、俊明は内心ほくそ笑んでたのだが、必死に尻尾をふりふりする彼女の姿を見て、猛烈な後悔の念が内から急激に込み上げてきた。


「…なあ、祈」


「なに、とっしー?」


「俺さ、お前の教育、何処で間違ったのかな…?」


「ナニソレ? いくら何でも、それ酷くない?」


こうして、祈の悲鳴が火山島一帯に木霊した。


祈の尻尾にあった鱗は、その大半を俊明に無理矢理引っこ抜かれ、痛みのあまりに涙する少女の姿だけが、多数目撃されたのである。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



主様(ぬしさま)よ』


草木も眠る丑三つ時。


帝国の守護神であり、かつては(しもべ)でもあった朱雀からの精神感応波(テレパシー)が、直接俊明に届けられた。


鈴女(すずめ)か。お前からコンタクトを取ってくるなんて、一体何があったんだ?)


『いきなりですまぬ。だが、主様にお願いがあるのだ』


(俺にできる事ならば、いくらでも聞いてやるさ)


かつては共に死線を潜り抜けた仲だ。それに本来であれば、朱雀とは最上級の精霊神、その一柱(ひとはしら)なのだ。その様な存在からの直接ご指名のお願いともなれば、俊明でなくても張り切る事であろう。


『主様にそう言って貰えると、非常に助かる。そもそもこの国の皇族とは、我が血と力を受け継いだ者達の、その裔なのだが、その血が薄くなり過ぎた。恐らくは、次代斎王の継承までには、その限界が来よう』


この世界に降り立った時、朱雀は人としての器を持っていたという。そこで彼女は現地人と交わり、帝国を築く父祖の家系がこうして誕生したのだ。


だが、時は流れ、その血は薄まり、力を失って久しい。


光流の後に続く次代の斎王の資質を持つ者が、今まで現れなかったのはその証拠なのだ。


『斎王とは、この地に根付く魔を退け、封印する責を負う者の事なのだ。契約とは、我がその力を、現世で行使する為に必要なもの。だが、帝家の血は薄まってしまった…』


光流の時には、すでに朱雀がその力を充分に行使できないまでに弱くなっていた。素質があるとはいえ、愛茉では朱雀の力を引き出せないだろう。


『だから、主様にお願いしたい。我と共に、この地に眠る魔を祓って欲しい。もう斎王という”お役目”の必要なぞ、一切無い国にしたい。一人の人生全てを奪う、斎王なんぞの必要の無い様に…』


(確かに、真名を知る俺ならば、お前の力を最大限引き出せるだろう。だが、俺はもう肉の器を持たない、ただの魂魄だ。悪いがそれは無理な相談だな)


『それは我も承知している。この国で我を使役するは、斎王のみだ。そうせねば、他に示しが付かぬからな。主様が守護するあの娘に、我は協力を願いたいのだ』


(おいおい、今の俺は、あいつの守護霊なんだ。そんな危険な目に遭わせられるかよ…)


守護霊の仕事とは、守護対象を霊的に守り、危険を察知し、先んじて回避させる事にある。それをねじ曲げで危険な戦いに送り込むなどとは、当然出来よう筈もないのだ。


『主様の立場も分かる。だが、これはこの地に生くる者全ての問題なのだ。その相手とは、”異界の魔王”。その魂の欠片なのだから…』


(なんだと?)


この世界の管理者は、この世界に魔王の設定はしていない。そう確かに言った筈だ。なのに、鈴女は、相手が魔王だと言うのだ。その欠片だと。


ああ、だから”異界の魔王”なのか。俊明は少しだけ得心がいった気がした。だが、聞き捨てならない事態であるのは確かな様だ。


『そう。異界の魔王。その欠片に過ぎぬが、今の帝家に流るる血の力では、封印すら怪しい。光流の時は半月近くかかった』


当時は、新旧二代の斎王が揃ってやっとの封印しか出来なかった。その前の代では、力を大きく削ぐ事ができたのに、である。


『すでに封印は解けかけておる。魔の森の魔物どもが活発なのは、その証拠なのだ。放ってはおけぬ。だが、再封印は敵わぬやも知れぬのだ。主様よ、どうか頼む』


(むう…)


これは確かに由々しき事態である。だが、これは俊明の一存では決められぬのだ。


鈴女の願いは、できれば聞き届けてやりたい。


だが…返答に窮した俊明は、固まったままその場を動く事ができなかった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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