表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/418

第80話 斎宮


 湾内にそびえ立つ火山島に、それは在った。


 本殿である斎宮(さいぐう)を囲う様に、正面に斎宮寮が置かれ、神事を執り行う主神司(かんつかさ)、警備部門の門部司(かどのつかさ)、内地を結ぶ船の運航一切を受け持つ水部司(もひとりのつかさ)……等々、いくつもの役所の建物が並んでいた。


 斎宮とは、ひとつの行政区であり、もう一つの帝国の姿でもあったのだ。


 船から降りてみれば、そこにはまさしく宮殿と呼ぶに相応しい威容がそびえていた。神事を司る場所特有の、清廉で荘厳なる空気に、祈達は圧倒された。


 「ほへぇ、こりゃ凄かね。何か場違いやなかかな? アタシたち」

 「愚妹よ、わたくし達は今回オマケ。目立ってはダメ。だが、騒がなければそれでよし」

 「そだねー。私達はオマケだよ。後は”斎王の儀”が終わるまで、ここで待機かな。その後は古賀様の軍に付いて、少しだけ魔の森掃討をお手伝いしなきゃならないだろうけど……」


 愛茉の護衛という勅を受けていた為に、尾噛が戦いの全てを取り仕切ってきたのだが、ここからは古賀軍魔の森の掃討をしなければならない。そのまま知らぬ顔で去る事も可能なのだが、尾噛家は武門を誇るが故に、まずそれが許されない。


 当然ながら古賀軍に並び、魔の森の掃討をせねばなるまい。


 だが、それはあくまでも祈達の善意の協力という態に留めねばならない。あまりにも目立つ武功を立てては、古賀の面目を潰しかねないという面倒な状況でもあるのだ。


 (本当に、鳳様が関わると、録な事が無いよねぇ)

 (全くだ。もうこういう面倒事は、これっきりにして欲しいモンだな)

 (然り。これでは気が休まらぬよ)

 (だから、あの時燃やしちゃいなさいって言ったのよ。あたし)


(うん。ちょっと反省してる……)

((おいっ。そこで頷くのかよっ(でござ)))



 「愛茉様、お待ちしておりました。これより、禊ぎの行を行いまする」


 主神司付きの巫女達が、愛茉の前に傅いた。ここから斎王の儀のあるその日まで、愛茉は俗世の穢れを払う為に、三日間にも及ぶ”禊ぎ”を行わねばならない。


 それはとても過酷なものだという。朝昼晩の行水から始まり、聖別された供物のみしか口にする事を赦されない。徹底的に身体の穢れを落とさねばならぬのだ。



 祈達三人は、斎宮寮の部屋を与えられた。斎王の引き継ぎの儀が行われるまで、ここで生活をする事になる。


 「ばってん、あん娘さんな大丈夫かな? 根性無さそうだけどしゃ」

 「愚妹よ、口を慎め。あんなのでも一応次期斎王だ。不敬だぞ」


「……(くう)(ねえ)こそ、人ん事ば言えんのやなかとか?」

「……失言だった。忘れろ」


 姉妹の中にある愛茉の印象が、古賀邸を抜け出す所を無理矢理ふん縛った時のものだから、この様な評価になるのは仕方が無いだろう。姉妹の会話を聞いていた祈は、本当に苦笑しかできなかった。


 この世に生を受けてからずっと、姉達に頭から抑えつけられ、散々罵られて生きてきた。そんな今までの愛茉は、自分の中に確固たる自信を持つ事が出来なかったのだ。その様な人間が、試練に耐える事なぞできる訳もない。


 だが、愛茉には、斎王となる資質が充分にあった。無条件で精霊に慕われる。それが何よりの証拠なのだ。その事が、愛茉の自信に繋がっていれば良いのだが……こればかりは、祈にも何とも言えなかった。


 (愛茉様、頑張って……)


 愛茉を信じて待つ。それしか、今の祈にはできなかったのだ。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「……もし……もし。起きて下さいましな…」

 「んん……誰ぇ……?」


 誰かに声をかけられ、祈は瞼を擦りながら身を起こした。今の刻はどの辺りか良く解らないが、窓から見える月から察すると、まだ真夜中の時分であろうか。


 寝ている間から覚醒するまでに、守護霊達からの警告は一切無かった。であれば、危険は無いということだろう。祈は警戒を解いた。


 「夜分遅くに申し訳ありませなんだ。この婆に、御身の貴重なお時間を、少しだけ下さりませぬかの?」


 自身を婆と嘯く女性は、祈の眼からは、どこをどう見ても妙齢の女性のそれにしか見えなかった。月明かりに照らされた艶やかな肌には、皺も染みも一切無いのだ。これで、どこが婆なのだろうか?


「はぁ。ですが、貴女は……?」


 婆を自称する年齢不詳の女性は、少なくとも翼を持つ人種であるのは、背にした大きな紅の翼で判った。そして、紅の翼を持つという事は、帝家の血族である筈だ。だが、その様な妙齢の女性は、はて? 何処にも祈の記憶には無かった。


 「今この婆の事を詮索なさらぬよう。何れ判る事でございます……」


帝家に連なる女性が、祈を前に両手を添えて伏した。序列を考えるのすら馬鹿らしい程に、祈とこの女性の間には、絶対的なまでの身分の開きがあるのだ。完全にあべこべなのである。


「ちょっ…お、待って、下さい。帝家に連なるお方が、私なんぞに…」


 祈は混乱の極みにあった。逆はあっても、こちらが帝家に頭を下げられる謂われは無いのだ。もしこれが第三者に見られでもしたら、祈の命は無いだろう。それほどの大事件なのである。


「ほっほっほ。申し訳ござりませぬ。この婆が悪ぅございました。さて、これより本題に入りましょう」


 婆を自称する女性の瞳が、楽しげに揺らぐ。女性の纏う空気は本当に暖かく、そして何より慈愛を感じるのだ。祈はこの時点でなんだかこの女性を好ましく思っていたのだ。



 「まず。貴女様は、すでにお気付きかも知れませぬが。今のこの婆は、生の身ではございませぬ。肉の器は、とうに寿命が尽きてございます」


 (え? 全然気付かなかったよ。だって、この人、殆ど生身と変わらない熱量持ってるんだよ?)

 (あー。俺らは気付いていたが、やっぱり祈は、生者、死者の区別を眼でやってないんだな……)


 霊界にも繋がる祈の眼は、生者と死者の区別が付かない。その為に、存在から発せられる熱量で、祈はその区別を付けていた。


 肉の器を持つ者は、内から燃え上がる生命エネルギーがあるため、当然熱量が高く、死者はそれを補う事ができない為に、徐々に自身の存在が消えてしまう。だから極力熱量の発散を抑えねばならない。その差で、祈は区別を付けているのだ。


 だが、目の前の女性は、どう見てもその発散されるエネルギーが、肉の器を持つそれとほぼ同じ様に、生き生きとしているのだ。祈に区別が付かないのは、仕方の無い事なのである。


 「ですが、この婆は、まだ黄泉路に旅立つ訳には参りませぬ。その為に、こうして貴女様のお力を貸して頂きたく、恥を忍んで参った次第にございます……」

 「ええっと、ごめんなさい。私には、貴女が生きている様にしか見えないんですが。その……」


「ああ。それはこの婆に、長年連れ添って下さったお方のお陰かも知れませんなぁ…まさか、この婆が四百年以上も生きるとは、誰も思っておりませなんだ」


 ……400年っ!

 祈達尾噛の血族の寿命は、人類種とほぼ同じだ。だが、翼持つ人達は長い時を生きると聞く。だが、それでも400とは……きっと空や蒼が聞いても驚く数字の筈だ。祈は気が遠くなる思いだった。


 「まぁ、そんな訳でございまして。この婆に、一週間で構いませぬ。仮初めの肉体を、貸してはいただけぬでしょうか?」


 そう言うと、また女性は祈に向かい、両手を添え拝み伏した。


 「ええと、面をお上げ下さい、光流(みつる)様。その様な事をなさらずとも、私にできる事でしたら、何でもお手伝いいたしますので……」

 「ほぉ。そうかえっ!? いやぁ良かった良かった。余もこの様な言葉遣い、てんで忘れて久しかったでな。ああ、疲れたぞい」


 急に砕けた態度になったかと思いきや、光流は両手両足を投げ出して、床に寝転がって大声で笑い転げだしたのだ。

 ああ、光流が霊体で良かった。これが生身であったら、蒼も空もその声で飛び起きた事だろう。大惨事は免れないのだ。



 「あははは……光流様。凄い……変わりよう、ですね……」



 光流の態度の急激な変化に全くついて行けず、祈は苦笑いしか出来なかった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ