第8話 妾がやりました。反省はしてない
「かあさまだいしゅきー」
「母も祈が大好きですよ」
「マグにゃんもしゅき-」
「えへへへぇ~。わたしもイノリちゃんの事大好きよー」
俊明の不安は的中した。
この世に生まれ出て、早6年……
祈の特異な霊能体質は、肉体の成長と共に埋没するなんて事は一切無く、それどころかより強力に発現した。
祈は地縛霊、浮遊霊等の低級魂魄だけでなく、歳経て自我を持つ様になった付喪神、俊明ら上級霊、果ては妖精や自然霊すら含む全ての精神的存在を視て触れるに留まらず、自身の生命力を分け与え、現世にその姿を顕現させる事さえできるまでになっていた。
祈にとって俊明達守護霊三人は、ただのイマジナリフレンドではなく、見て、触れて、会話をし、笑いあえる本当の家族となっていたのだ。
しかし、その様な異能を祈が周囲の人間に話す事は無かった。
偶然なのか判らないが、マグナリアや草木の精霊と遊んでいた所を布勢に見られ、酷く気味悪がられ口汚く罵られた為だ。
それから祈は、布勢からまるで幽鬼でも見るかの様な、恐怖と殺意を含む眼を常に向けられる事となる。
祈が生まれて後、布勢は祀梨の呪殺を再開した。
垰の興味が祀梨から離れたのを良い事に、次の子が出来る前に……もうあの恐怖を味わう前に……と、自身の焦りに追い立てられるが如く……
待望だったその時は、布勢にとって本当に簡単に、あっけなく訪れた。
祀梨は祈が数え2つになる前に、この世を去った。
我が世の春を、布勢は確信したのだが。
祈の生活を、それとなく監視させていた布勢だが、祀梨の娘が人成らざるモノを呼び込む異能を持つ忌み子である事を知ってしまったのだ。
異形の娘が、確かに葬ったはずの祀梨を伴い離れの庭を散歩する姿を見てしまった……
あれは錯覚なのだと、布勢は何度も何度も自身に言い聞かせてきた。
だのに、あの娘は。周囲に多数の光の玉を従え当たり前の様に笑っていたのだ。
あれが何らかの自然霊なのだという知識はあったが、その様なモノを自在に操ってみせた祈の異能に、布勢は底知れない畏れと恐怖を感じた。
そしてその異能の力によって、祀梨はまだ成仏できていないのだと理解したと同時に、布勢の恐怖はそのまま祈への明確な殺意へと切り替わったのだ。
更には、自身の権力の源であり、最愛の息子でもある望がちょくちょくあのバケモノの娘の所に通っているのも許せなかった。
布勢は何度も言い聞かせたが、望は自分の妹と遊ぶのが何故悪いんだと頑なに拒む。
それが布勢の黒い殺意を、より強く大きく燃え上がらせる結果となったのは言うまでもない。
「あーあ。ま~た呪詛飛んできた…はいはい、呪詛返ぇ~死っと」
「こちらは何ともあからさまな…分かり易い毒でござるな。ほりゃ、お膳ごとひっくり返す空気投げ~でござ」
「こらっ! あたしの可愛いイノリちゃんのご飯が無くなっちゃったじゃないのさっ!」
それ以降、祈は布勢の手勢から幾度となく呪詛や毒殺の被害に遭っているのだが、全て三人の守護霊達の手により未然に防がれていた。
そして、その失敗が続けば続く程に。祈に対する布勢の恐怖が増していき、手段がより直接的に、より強引にエスカレートしていくのだ。
「奥様。流石に自重して頂かなくては、これ以上は隠しきれませぬ……」
室入り前からの古い使用人が、布勢に苦言を呈した。
食事に毒を混ぜるのは、途轍もないリスクが伴う。
毒混入が発覚する度に、担当者はその場で処刑された。
同様の事件が幾度も起これば、いくらもみ消したとしても何時かどこかで足が付く。当然の話である。
そして、祈の食事の毒味と配膳をやりたがる使用人は、もうこの家には何処にも居ない。
知らぬ間に毒殺の犯人に仕立て上げられ、弁明する事すら許されず即刻処刑なのだから。
そんな目に見える地雷、引けば確定の貧乏クジなど誰がやるというのか。
「何故じゃっ!? もうこの家で妾に逆らえる者はおらぬ。おらぬはずじゃ! 何故、妾が我慢せねばならぬのじゃ?」
目の上のたんこぶである祀梨がこの世から永久に退場し、家内に敵の居なくなった布勢は完全に増長していた。
多少の無茶な贅沢の要望は平気で通ったし、中央の職務に追われる垰は家内の事象に全然関心が無かった為だ。
流石に祀梨の死には喪に服し、その間何も手が付かない程に深い悲しみにくれた垰ではあったのだが、その死に疑問を持つ事はついぞ無かった。
祀梨は元々身体が弱かった為に、その死に勝手に納得してしまっていたのだ。
お陰で布勢は、家中である限り最低限度すら取り繕う必要が一切無いと学習した。
なのに、そこに祀梨の亡霊(?)が出たとあっては、この世の春を謳歌したい布勢にとってたまったものではない。
「いくらお館様に軽んじられているとはいえ、祈様は正当な尾噛の血族なのです。望様の将来を想うのであれば…これ以上の軽はずみな行動は、なにとぞ、なにとぞお辞め下さります様、どうか……」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬん」
幼少の頃から長年仕えてきてくれた幼馴染みでもある女房にここまで言われては、増長万の布勢も流石に堪えた。
「其方の言う事はもっともじゃ……じゃが、妾はあの娘が怖い。怖いのじゃ……」
あの娘の異能がもしこちらに向けられたら……それを想像するだけで全身が総毛立つ。
”知らない”という恐怖は、自身の勝手な想像妄想によって、より強い恐怖へと簡単に変貌を遂げる。
恐怖に任せたまま動けば、より強大な恐怖を自身の内に創り出す皮肉に気付く事はない。
あの娘を葬る事さえできれば……
その時である。
大きな破裂音が、部屋全体に幾重にも響き渡った。
「なんじゃああああああああああ?!」
家鳴りというには、あまりにも大きく、あり得ない程に頻繁に出る派手な音だ。
その音に誘われたかの様に、布勢の目の前に色とりどりの光の玉が現れ、周囲を乱舞した。
「Hey、Hey、へーーい! ラップのお時間ですよー!! ……まぁ、俺にゃそんな音楽の才能なんか欠片も無いから、テキトーに言ってみただけですが」
ド派手なラップ音を盛大に鳴らし、俊明は布勢の部屋へ乱入したのだ。
超常の眼を持たない布勢や女房には、俊明の姿はちょっと大きな光の玉としか認識できないし、何を言ってるのか当然解る訳もない。
「っかー! ちょっと小粋なジョークをカマしても、全っ然理解してもらえないってつまんねー!!」
俊明は面倒臭そうに荷物を放り投げた。
いきなりの超常現象に恐れ戦く布勢の前に現れたのは…呪術師の骸であった。
祈へ呪詛を向け、そのままの呪いを返された哀れな末路である。
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ。な、ななななななんじゃ?! いきなり何が起こったのじゃっ」
「へーい! ラップ音、三・三・七拍~子!! あれ? なんか、たのしくなって、きたぞ~☆」
周囲の自然霊と一緒に大きな動作で踊り出す。
布勢と女房の周りを、ラップ音のリズムに合わせ大小様々な光の玉が円になって乱舞していた。
現実離れした数々の出来事がいきなり目の前で強制的に繰り広げられる恐怖。
布勢と女房は気絶する事すら許されず、ただただ目の前に起こる超常現象の恐怖に震えるのみだった。
「あんまりチョーシこきやがるなら、お前も呪い殺すぞ。判ったかBBA?」
俊明は声に権能を込め、一般人にも理解できる様に言葉を発した。
呪術師の骸を目の前に晒し、お前なんかこんな風にいつでも殺せるんだぞ、というあまりも直接的な剣呑なる”死のメッセージ”である。
母屋にボロ布を引き裂くかの様な、年増二人の叫び声が大きく響き渡った。
誤字脱字あったらごめんなさい。