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第78話 愛茉



 「叔母上殿は、その先にござる」

 「ちょっと先に、美月(みつき)叔母様に話を聞いた方がいいかな?」


 白水(しろうず)美月とは、あれから話す機会がついぞ訪れる事は無かった。今なら愛茉の事含め、色々話を聞く丁度良いタイミングなのかも知れない。


 「叔母様。祈でございます」

 「おや、祈様。どうなさりましたか? ……申し訳ございません、またの機会にしていただけませぬか? 今、少し手が離せませぬので……」


 祈の顔を見、美月は一瞬だけ笑みを見せたが、すぐに表情を改めた。どうやら愛茉が野営地から離れた事に気付いている様子だ。


 「愛茉様が野営地を離れた事、でございましょうか?」


 身内同士で腹の探り合いなぞをしても時間の無駄と判断し、祈はすぐさま核心を突いた。その為に祈はここに来たのだから。


「……何故、それを?」

 「()()()()()()……人ならざるモノを視る、遠くを見通す眼を持っています。それで、お解りになりませぬでしょうか?」 


 尾噛に流るる血は、普通ではない。人よりも遙かに強靱な肉体を持ち、歴代の中には異能を持つ者さえいたのだ。この祈の一言で、美月も諦めたかの様に肩から力を抜いた。


 「きっと愛茉様は、怖いのでしょう。姉君様達から受けた数々の仕打ちの為に、ご自身には何も無いのだと、そうお思いなのです……」


 だからこそ、逃げ出したくなる気持ちが、きっと心の何処かにあるのだろう。だが、それは赦される事ではない。


 なれば、せめて近くに控えていても、すぐそれと判る位置にはいないでおこう、遠くで見守るだけに留めておこう。そう美月は考えていたのだ。


 「叔母様、大丈夫です。私が愛茉様とお話ししてきます」


 できればお友達になってくれると嬉しいなぁ……なんて、そんな下心もあるのだけれど。そう屈託無く笑う姪の顔に、幼き頃の姉祀梨の姿を美月は重ねた。


 「はい、では祈様。愛茉様の事、お頼み申します。あのお方にも、ワタシには言えない話もございましょう……」

 「任されました。行って参ります」


 叔母の承諾を得、祈は闇の迫る森の中へと、音も無く駆け出すのであった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 「はぁ……何で此方(こなた)なんじゃ……」


 父である帝の決定を覆す事なぞ、誰にもできない。それはもう愛茉(えま)も諦めた。


 だが、何故その決定が、我が身に降りかかってきたのか……それが愛茉には解らなかった。


 「お前には、その資質があるのだ」


 そう言われても、自覚なぞ全く無い。”勘の鈍い子”とは、姉達からよく言われ罵られた。”愚鈍(ぐどん)”やら”愚図(ぐず)”とも。


 その様な()()自分が、何故(なにゆえ)に、この国においては巫女の最高峰とも言える斎王(さいおう)に抜擢される事態になってしまったのか…それが解せない。


 自分はただの”お飾り”で、適任者が他にいる……そういう事なら、まだ解る。


 どうせこのまま成長しても、どこかの地方領主の家に嫁ぐか、下手をすれば現在敵対している国へ、人質としての輿入れも充分にあり得る。所詮、その程度の身だ。


 だが、斎王だけは話が違う。国の守護神を奉り、慰め、帝との間を取り持つ重要なお役目なのだ。ただのお飾りでは、務まらぬ。


「怖い……もし此方のせいで、守り神様を怒らせてしもうたらと考えるだけで、怖い……」


守護神が斎宮より飛び去ってしまったら、国は荒れ、滅ぶと愛茉は聞いた。


 もし、自分のせいでそうなってしまったら。そう考えるだけで、愛茉は身体の芯から震える様な恐怖を覚えるのだ。


『愛茉っ、またお前のせいでっ!』


 そう何度、姉達に罵られたか。自分が何かしら姉達の逆鱗に触れてしまう事をしでかしてしまったのだろう。それだけは理解できる。だが、それが何なのか、さっぱり解らないのだ。


 だから、きっと自分は人を怒らせてしまう何かを持っているのだろう。そう愛茉は結論付けた。


 それによって、守護神様を怒らせてしまうのでは。そうなれば、国中から姉達に浴びせられたものと同様の言葉が、自身に投げかけられるだろう。


 (そうなったら、此方は、何処にも居場所が無ぉなってしまう。だから怖い……怖いのじゃ)


 だが、もう決定は成されたのだ。


 匿ってくれた異母兄の一光(まさみつ)には、本当に悪い事をしてしまった。そのせいで魔の森に住まう魔物達の討滅と、その開墾などという重責のオマケまで付いてしまったのだから。


 「やはり此方なぞ、産まれてこん方が良かったのかも知れぬのぉ……」


 元々後ろ向きな思考をしている為か、ついには自身の存在すら、愛茉は否定をし始めた。他人に誇るものなぞ、愛茉は何ひとつ持ち得なかったのだ。


(あれ? ここは何処じゃろうか?)


 後ろ向きな思考の迷宮から抜け出せぬまま、ただただ歩みを続けていた。そのせいか、気が付けば森の真っ只中に、愛茉はその身ひとつで突っ立っていたのだ。まだ微かに夕焼けの灯りが残っているが、辺りは夜の支配が進む森の中だ。もう少しすれば、完全に夜の闇に覆われてしまう事だろう。


 「おおう。此方は何しとるのじゃ……白水? おい、美月よ…何処ぞにおるかえ?」


 次第に心細くなり、ついには教育係兼護衛の白水美月の名を何度も何度も呼んだ。産まれてこない方が良かった。そう言いはしたが、当然そんな度胸なぞ皆無だ。こんな所で死にたくない。


「おい、美月よ……何処じゃ……美月、おらぬのかえ?」


 呼べば直ぐに飛んでくる筈の美月が来ない。その事実は、愛茉にとって絶望と同義であった。


 常に側に控えている白水の存在を、疎ましく思う事は多々あった。だが、この様な時におらぬとなると、その考えを悔い改めねばならないだろうか。


(……まさか愚図な此方に、とうとう愛想を尽かしたのではあるまいか?)


 あの時一光の誘いに乗り宮中から脱出できたのも、全てが嫌になって癇癪を起こし、美月を無理矢理下がらせていたからだ。


 愛茉が知らぬだけで、美月はその時の咎を負わされたのではあるまいか? それで愛茉に愛想を尽かした……考えられぬ話ではない。そんな気がするのだ。


 獣の遠吠えが聞こえる。辺りには人の気配は、全く無い。そうこうウジウジ考えている間に、周囲をすっかり闇が浸食していた。


 愛茉は何も言わず踵を返した。このまままっすぐ戻れば、野営地に帰れるかも知れない。そうだ、そのはずだ。きっとそうに違いない。そう思おう。


 獣に気付かれでもしたら、まともに抵抗なぞできずに獣たちのご飯になれるだろう確固たる自信があった。


 そろり、そろり。物音は絶対に立てない様に。声は当然の事。そしてなるだけ息も殺さねば。気配を断つ事なぞ、愛茉にはできる訳もない。だから、せめて。


 「愛茉様?」

 「うっひゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 夜の帳の降ろされた森の真っ只中に、翼持つ少女の悲鳴がこだました。




 「うぅ~、心の臓が飛び出るかと思ぉたわいな…(此方、しかぶ(※1)っとらんよな?)」

 「ご、ごめんなさい」


 腰を抜かし、地面にへたり込んだ愛茉に、祈は平謝りになっていた。気配無く突然後ろから声をかけられれば、大体の人間はこうなるのだ。怒られて当然なのである。


 「ん、其方は確か……尾噛家の娘じゃったな? 此方を無理矢理縛りおった無礼者の」

 「はい。尾噛が長女、祈と申します」


 これが空や蒼ならばきっと「ちっ、覚えてやがったか」とでも言ったのだろうが、流石にそれを口に出す祈ではなかった。恨まれていたら嫌だなー。とは、密かに思っていたのだが。


 「ま、もう済んだことじゃ。それについてはええわいな。じゃがすまんが、ちと手を貸してはくれんかのぉ? 腰が、完全に抜けてしもうたわい……」




 「格好付けても仕方の無い事じゃ。此方如きに斎王なぞ務まる訳もない。じゃが、此度の事は帝の勅である。誰も逆らえぬわ」


 なぜこの様な事になったのか? その問いに対し、愛茉は正直に、全てを吐露した。格好を付け隠したところで何も変わらないのだ。全てを包み隠さず吐いてしまう方が楽になる。そう判断しての事である。


 「資質……ねぇ?」


 (事、精霊に関しては、俺は完全に専門外だ。式神に連なる存在なら、ある程度は言えるんだがなぁ……そういや、帝国の守り神ってなんだろな?)

(拙者は脳筋物理侍でござるので、どうせ……)

(拗ねないでよ、今回はあんたが居なかったらどうなっていたか。殊勲賞モノなのよ?)


(多分、愛茉様は自信が無いんだと思うなぁ。だって……)


「愛茉様には、充分にその資質があると思いますよ……何故ならば」


 祈が手を振り上げると、愛茉の周囲には、彩とりどりの光の玉(オーブ)が沢山現れた。これら全てが、祈の異能により、現界した森の精霊達である。


 「これら全てが森の精霊達です。愛茉様を慰めようと、皆がこうして集まっていたのです」

 「ほおぉぉぉぉぉ……」


 この様な光景は、初めての体験であった。


 光の玉達は、愛茉の周囲をゆっくり、ゆっくりと明滅しながら漂う。不思議な事に、愛茉は恐怖を一切感じなかった。


 何故だか判らないが、光の玉……精霊達からの感情が、しっかりと流れ伝わってくる。それは、愛茉を気遣う様な、少しの畏れと、遠慮勝ちではあるが深い親愛の情。知らず知らずの内に、愛茉の両目からは涙が零れていた。


 「これら全てが、精霊であるのか……」

 「はい。ここまで精霊達に慕われるだなんて。これこそが、愛茉様に資質がある証拠にございます」


 「此方に、斎王の資質が……本当にあったのじゃな……」


 それが辺境に追いやる為の詭弁ではなく、まさか真にある資質であるとは、愛茉はついぞ思ってはいなかった。


 「今はまだ、視えないでしょう。ですが、精霊の存在を、気配を感じる事はすぐにできる様になると思います」

 「そうか。此方は愚鈍だ、愚図だと思うておったが、此方を慕ってくれる者が、こうもおるのじゃな……」


 嬉しかった。


 ただただ、愛茉は嬉しかった。



 精霊達に励まされて、漸く愛茉は次代の斎王になる決心をつけたのだ。



※1 おしっこ漏らした

誤字脱字があったらごめんなさい。

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