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第77話 南へ




 「お帰りなさいませ、愛茉(えま)様。あまり我ら臣を、困らせないでいただきたいものですな。帝も大変お心を痛めておいででございますよ」


 この日、祈達三人は両手の指でギリギリ足りるだろう、数々の罪を犯した。勿論、それらは鳳翔の名の下に行われた正式な依頼に基づくものなので、罪に問われる事はない……多分。


 だが、もし翔がこの場でさらりと意趣返しをしてきた場合、祈達は確実に死罪を免れぬ程の大罪を犯した事にされてしまうだろう。


 (まぁ、そうなったら、そうなった時ばってんね。絶対に道連れにしてやるばい……)

 (奴だけ殺して、わたくし達は生きる。それが正義。それが道理)

 (……ねぇ二人とも、本当にあの人が、お父さんであってるんだよね?)


 ((……認めたくない(なか)))


 愛茉と一光(まさみつ)は、揃って翔のお説教を延々と喰らっていた。


 その場に三人は同席させられていた。本当にそれは成り行きでしかなかったのだが、何故こうなってしまったのか、三人ともさっぱりであったのだ。


 祈達三人は、正直に言ってしまえば暇で暇で仕方が無かった。そもそも愛茉をここに連れてこいと言われただけなのである。何故、愛茉達同様に、こうして正座しなくてはならないのだろう……? そのことを考えるだけで、今にも悟りの境地に辿り着けそうな気がしてくるのだ。


 「さて、臣からはここまででございます」


 ようやく長々とした小言の乱打が終わった。そう一同が微かに気を緩めた途端、それが来た。


 「ここからは朕自らが、言の葉をくれてやろうぞ。いかに朕の子といえど、決して容赦はすまいぞ」


 態々瞬間移動術(テレポート)を使っての、皇帝自らの御出座である。祈達だけではなく、愛茉も一光も、帝の姿を確認するや否や慌てて平伏した。


 「さて、愛茉よ。此度の一件、どういう了見であるのか。正直に申せ」


 すでに決定事項である斎宮行きを拒み、周囲の混乱を他所に行方をくらませた理由を、帝は愛茉に問うていた。そこに正当な理由があるのか。どうあっても行きたくない理由があるならば、この場でしかと言え。そう率直に投げたのだ。


「……あ、う。その……」


 平伏した状態で固まったまま、愛茉は言葉に詰まっていた。帝を前にして、素直にそれを言える訳が無いのだ。ただ単に、辺境の地なんぞに行きたくない。都に住み続けたい。それだけの我が儘な理由なのだから。


 「……言えぬか。ならば一光に問おう。何故愛茉を拐かした? 申してみよ」

 「ははっ。臣は、愛茉が不憫に思えましたので、臣の独断で宮より連れ出しました。愛茉に何ら責はござりませぬ。何ぞ罪を問うのでありますれば、臣只一人に、その責を賜ります様。お願い申し上げまする」


 愛茉は悪くない。全て自身の責任である。

 一光は、帝を前にしてそう言い切ってみせた。そこに一切の気負いはなかった。その堂々とした物言いに、祈はつい関心してしまった程だ。


 「ほう? で、其方は何故(なにゆえ)、愛茉が不憫に思えたと?」

 「はっ。斎宮とは、最南端にある辺境の地。そう聞き及んでおりまする。そこに住まうとなれば、都での生活しか知らぬ身には、何かと不便と不自由が付きまといましょう。なれば……」


 「ふむ。確かに一光の言う通りよな。斎宮の周囲に集落はある。であるが、都とは比ぶるべくも無いわな」

 「おお。一光様の仰り様、臣は誠に感服の極みにござりまする。斎宮周辺の開発を、臣は具申致す次第にございまする」


 翔は大袈裟に頷き、帝の前に芝居がかった仕草で跪き、そう意見を述べる。まるでここまでが既定路線であるかの様な、あまりにスムーズな話の流れに、つい違和感を覚えた祈は小首を傾げる。


 (これってさ、もしかしなくても私達って、無理矢理証人にさせられちゃってる流れだよね?)

(だな。もう色々諦めろ。この際、利用されるだけされてやれ……)

 (これでは、斎宮とやらに行って帰ってくるだけでは、到底収まらん話にござろうな……)

 (やっぱり、もう全部燃やしちゃいなさいな……)


 「で、あるか。ならば朕はこう言うしかあるまいか。一光よ。愛茉に付き、斎宮へ赴くが良い。その周辺の開発を赦す。切り開いた土地は、全て其方にくれてやろうぞ。この太陽の都に負けぬ、輝かしい都市を、その手で築いてみせよ」


 愛茉が不憫と思うならば、お前が辺境と言う斎宮周辺を、その手でこの都と変わらぬ都市に造り変えてみせろ。帝はそう一光に言い放った。それは正に青天の霹靂であった。


 これはとんでもない事である。帝国直轄領である南の土地を、一光は帝の一言で、そのまま全て譲り受ける形となったのだ。『魔の森』と呼ばれるその土地を切り開き、人が住める様に整えれば……という条件が付いてはいるのだが、それらは全て無償なのだ。


 初代駆流が、現在の尾噛の地に封ぜられたのは、その地を荒し続けた邪竜退治の恩賞である。

 だが、それはとても人の住める様なものではなく、荒廃した土地であったのだから、一光の待遇は傍目から見れば、正に破格と言えるだろう。


 (酷かね。勿体付けて恩着せまくった挙げ句、魔の森ん始末ば、完全に押しつけやったと……)

 (帝は本当に狡猾。だから”ケチんぼ大帝”と、影で言われている)

 (そういえば、初代様も”貧乏くじ”を押しつけられたって話だったなぁ……)


 帝国って、昔からそういう体質なのかな。何となく兄の苦労が、今頃になって判った気がした祈であった。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 当初の予定より一週間程遅れて、一行は斎宮への道のりを歩む事になった。


 一光を含む古賀の家臣達が一行に加わった為に、大幅に準備の時間を食われたからでもある。ついにその規模は、当初の倍以上に膨れあがっていた。


 魔の森に住まう邪を振り払い、森を切り開く事を目的とした武装集団が、その列に加わったからである。尾噛の衆にとって、それはとても心強い助っ人でもあった。


 一行は、南へ向けひたすら歩いた。


 尾噛領を脇にかすめ、小田切領を越え、ついに帝国直轄領に、一行は足を踏み入れたのだ。



 すでに一行は野営の準備も手慣れたもので、誰も行き詰まる事はなかった。


 天幕を張り、火を焚いて夕食の準備をし、その火によって獣を払う。祈は火を前に、鍋に具材を次々に放り込んで汁を作っている最中であった。


 「恐らく明日の昼頃には、魔の森に入る事になりましょう。おひい様も、くれぐれも油断なさらない様にお願いしますよ」

 「うん。大丈夫だよ。そういえば一馬さんって、魔物と戦った事ある?」


 祈にとっての魔物とは、守護霊三人から話を少々聞いただけでしかなく、良く分からない存在だった。


 まず多分問題無く戦えるとは、祈も思うのだが、誰かに不安は無いかと問われれば、正直に言うと不安しかないのだ。とにかく『知らない』という恐怖は、拭いようが無いのだから。


 「ええ、まぁ。修業時代にチョコチョコと。小鬼(ゴブリン)と、犬面人(コボルト)って奴でしたかね。どちらも集団で、何も考えずこっちに真っ直ぐ向かって来るんで、本当に怖いですよ……」


 この二種の魔物は、個々の戦力なぞ大した事はないのだが、あまりにも繁殖力が高い為なのか、群れとして一度に向かってくるその物量が、とにかく異常の一言なのだ。いくら目の前で同胞を倒されようが、まず突進をやめない。強引に集団で押し寄せてくるのだ。相対する者にとって、その恐怖は計り知れない。


 一瞬その時の光景がフラッシュバックしたのか、一馬は、おおう。と身震いをした。


 「あン時は、丁度この先でしたかね。多分、今回もそいつらが主に向かってくる筈です。問題は森の中ですんで、火の魔法はなるだけ控えた方が良いって事でしょうかね。もし火事にでもなっちまったら、俺達も火達磨ですんで」


 だから、いくら劣勢でも煉獄(インフェルノ)はやめて下さいよ? そう釘を刺されてしまった。


 「考えてみたらさ…私ってば、人間相手は結構数をこなしてるんだけど、実は、魔物相手って初めてなんだよね……正直、何だか怖くて……」

 「ああ。確かに人間とは勝手が違いますね。でも、おひい様。何か変な話じゃないですかい? それじゃまるで人間相手の方が、マシって聞こえますぜ?」


 「あはは、そうかも。だって、人間や動物相手なら、怖がらせたら勝ちって所、あるよね? それが通用するのかなって考えたら、ね」


 人間や動物相手ならば、圧倒的力量差を見せつけてやれば確実に怯み、たちまち戦意を無くしてしまうだろう。泥沼の戦いを強いられる事はまずないのだ。


 だが、魔物はどうだろうか? 小鬼や犬面人は兎に角物量で戦うと、一馬は言う。その様な相手に、どう戦えば良いのか……祈はそれに対し、明確な答えを持ち得なかったのだ。


 「ああ、なるほど。確かに言われてみりゃ、そうかも知れませんな。ですが、まぁ、奴らも勝てないと分かれば、ちゃんと退きます。その判断は、人間より遅いンですがね」


 尾噛の目的はあくまでも、愛茉を斎宮に送り届ける事であって、魔物を討滅する事ではない。それを目的とする古賀に協力せよという、帝からの勅は無かったのだから、そこまで躍起になる必要なぞは無いのだ。


 だが、一光の方はそれこそが勅である。それに同行する以上は、武家として何かしらの協力をしてみせねばなるまい。ほとほと帝国とは、狡猾な罠を仕組んでくるものだ。祈は溜息を吐いた。


 「ま、そんな訳で、明日からが本番って奴でさぁ。おひい様は、早めにお休みになって下さいよ。明日は、期待してますんで」


 そう言って一馬は、自身の天幕へと帰って行った。明日は、魔の森に住む魔物達を退けねばならない。街道をそのまま南下するとはいえ、そこは魔の領域なのだ。気を引き締めなければならないだろう。


 (確かにこれより先は、瘴気漂う魔の気配がしますな。ですが、油断さえせねば、問題はござらぬかと)

 (小鬼程度なら、人でも充分対処ができるだろうさ。奴らの怖さは、”集団”っていう、ただその一点だけだ。奇襲さえさせなきゃ、そんなに脅威じゃない)

 (でも、森を燃やしちゃダメだとなると、ちょっと面倒ね。圧縮水流砲ウォータ・プレッシャーカノンとか風の太刀連斬ウインドブレイド・コンティニがメインになるのかしらね? ああ、やっぱり面倒だわ……)


 魔の森ごと全部燃やしちゃいなさいな。そう物騒な提案をする守護霊その3は、本当にブレない。それは流石に皆を巻き込む事になるので、祈は丁重に、その提案を無視する(聞かなかった)事にした。


 (うぬ? 祈殿。確か、愛茉様と仰いましたか。そのお方が、伴も連れず離れ申した)


 足音と気配だけで、完璧に個人識別ができる武蔵の感知能力は、本当に脅威だ。今もこうして非常事態に直ぐに備えられるのだから。


 (え? 美月(みつき)叔母様は、近くに居ないの?)


 愛茉には、常に教育係兼護衛の白水(しろうず)が、側に控えている筈。それを伴わないとなると、確かに異常事態だ。


 (一応、近くにはおられるご様子。でござるが、これでは離れた事に気が付いておるのか、少々判断に迷いますなぁ)

 (だったら、様子を見に行かなきゃね)



 祈は立ち上がって、すぐさま愛茉の方へ向かう事にした。


 冷静になって考えてみたら、祈は愛茉とまだ会話をした事がなかった。屋敷を抜け出す現場をふん縛った時は、発見即問答無用だったのだから。


 (ああ、あの時の事、恨まれてたら何か嫌だなぁ)


 そんな考えが、祈の脳裏を一瞬過ぎる。だけれど、そこを今は考えないでおこう。彼女の身に何かあっては、それこそ大問題なのだから。


 夜の帳が降りかかった広場から、少女の影だけが音も無く駆け抜ける。次代の斎王の身を案じるその影は、誰にも気付かれる事が無かった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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