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第76話 しかして脳筋には荷が重い様です



 「……そうか、そうか。やはり君達にお願いして正解だったよ。流石だね、ありがとう」


 鳳翔は、祈達の報告を聞いて、嬉しそうに何度も頷いた。


 「うん。じゃあ、あとは愛茉(えま)様をこちらまで、お連れしてくれるかな?」


 (((ああ、やっぱり……)))


 ニッコリと微笑みながらの理不尽な指令に、三人は抵抗する気なぞ一切起きなかった。予想通りの返答が、そのまま現実となっただけなのだから。


 はいはい。わかりましたよー。と、すでに諦めの境地に三人は到達していたのかも知れない。


 姉妹はさっさと部屋を後にした。もうどうにでもなれ…という気持ちで一杯なのだ。父である翔の顔も見たくない様である。


「おや、祈クン。何がまだあるのかい?」

「ええ。それについて鳳様に、ひとつお願いが…」




「案の定。やはり絶縁を考えねばっ」

っちゃんね(そうだね)。何も策も()う行ってこいって、あン糞親父ばっ!」


 予想通りの展開に半ば諦めてはいたが、それでもやはり腹は立つ。

 時間が経つにつれ、沸々と腹の底から沸き上がってくるのだ。翔の執務室を出た後、二人は扉の向こうに居る父親に聞こえる様に、大きな声で壮絶に毒を吐いてみせた。


「……ばってん、どがんしようね? 力ずくちゅう訳にはいかんし」


 古賀家の屋敷に突入して、愛茉を連れ出す。三人の実力ならば、それも可能の筈だ。だが、それではやっていることが賊と変わらないのだ。


 「でも、疑問が残る。一光(まさみつ)様はどうやって誰にも気付かれずに愛茉様を宮の外にお連れできたのか?」


 遅れて、鳳の執務室の扉から、祈がひょっこり顔を出す。


 「それなら、透明化術(インビジ)が使えればいくらでも。それに、多少不審な点があったとしても、門番さん達じゃ、引き止める事なんかできないだろうしね」


 透明化術は、光に属する初級魔法のひとつだ。魔術にそれなりの心得があれば、使えない事もない程度の術である。それに、帝に連なる血族の証でもある紅の翼を持つ人間に対し、門番風情が引き止めるなどという不敬を、当然ながらできる訳もない。


 門番に赦されるのは、ただただ平伏して、彼らが通り過ぎるのを待つ事のみである。

 当然、不審な点に気付くことも無いだろうし、よしんば何かしらの違和感を覚えたとしても、それを引き止める事は、自身の破滅とイコールだ。いくら職務に忠実であったとしても、誰がその様なリスクを背負うというのか。


 「なるほど。確かに一光様なら、魔術の手解きを受けてらっしゃる筈。皇族の男子は必須と聞く」

 「アタシも魔術ば習いたかねぇ。便利そうやわ」


 もし透明化術があれば、苦手な潜入任務でも楽ができそうだ。それだけでも充分に、魔術を習う価値はあるだろう。蒼は華麗に魔術を使いこなす姿を想像した。

 ……これは良い。その甘美な妄想の世界に、翼持つ少女は暫く浸った。


 「何なら、私から一馬さんにお願いしようか? 蒼ちゃんならきっと会得できると思うし」 

 「……ぶるぶるぶるっ。嫌だ。あの八尾一馬(おっしゃん)には、絶対に習いとねえ。なんか、(よご)されそうやし」


 蒼の中の、八尾一馬という人物は『常識人の皮を被った(けだもの)』だった。本人の名誉の為に一応記述するが、それは完全に彼女の誤解である。”いきなり姉共々口説かれた”という第一印象のせいで、哀れ一馬は、すでに蒼の中では”ない”のだ。


 「わたくしは、式の技術をもっと深く知りたい。これを自在に操る事ができれば、もっと望さまのお役に立てると思う」


 空の言葉に、祈は何と返答すれば良いか一瞬迷った。俊明から教え伝えられた数々の術は、それこそ式神の技術ひとつ取っても、充分にこの世界のパワーバランスを破壊できるものだったからだ。


 祈には、全てを包み隠さず教えてくれたが、それは師でもある俊明が、()()()()()()()()()()()()()()()に過ぎない。祈はそう思っていた。それ程までに、式とは危険な術体系なのだ。


 「そ、その辺は、おいおいに……ね? 派生の前に、基本をしっかり習熟しなきゃダメだし……」


 今はこう返すだけで精一杯。兎に角誤魔化すしか他に手はなかった。戦闘系……特に鬼クラス以上は、絶対に伝えてはならない。ここまで来ると人の身では、絶対に対処できないからだ。


 「それは感じている。今のわたくしでは、まだ満足に操れない……」


 古賀の屋敷へ偵察に出した物見の式の惨状を、空はまだ気にしている様だ。逆にアレを一日で自在に使いこなされては、祈もたまったものではないのだが、自身を優秀と言って憚らない空には、あの無様は耐えられなかった様だ。


 天翼人の姉は、絶対に使いこなしてみせると、そう鼻息荒く宣言したのだ。


 (祈、あんま気にすんなよー? どうせ彼女達の総霊力じゃ、鬼は絶対に無理だ。必ず途中で行き詰まる)

 (でも、公式は教えちゃダメじゃないかな? 特に形が残ると……)


 仮に彼女達がダメだったとしても、後々に才能ある者が出てこないとも限らない。善鬼護鬼の二対だけでも、十二分に人の軍を蹂躙できる戦力を持つのだから。


 (まぁ確かにそれはあるが、そもそも式を喚ぶ為には、その存在を術者がちゃんと認識していなきゃならない。逆を言うとその存在を教えなければ、そいつにいくら才能があろうと式は喚べないし、もし仮に喚び出せたとしても、そのクラスの式と契約する為には、真名を知っていなければならない。要はそこまで教えなければ良いのさ)


 真名を知らなくても、喚び出した存在を力ずくでねじ伏せてしまえば契約はできる。だが、そこまでの力を持つ人間が出た時点で、パワーバランス云々等という問題はとうに過ぎているのだ。その時はもう俺の知ったことか。薄くなった額をピシャピシャ叩きながら、そう俊明は言い放った。


 (イノリ、貴女がそこまで考える必要なんか全然無いのよ。貴女は、貴女と近くの人達の事だけを考えなさい。パワーバランス? 世界の均衡? そんなの、貴女の幸せに全然関係無いわ。自分の手の届く範囲で物事を考えなさいな)

 (左様にござる。結局は自分の手の届く程度でしか、人は成しようがござらぬもので。いくらでも手は伸ばせよう。しかして、それは自身の限界を思い知らされるだけにござる)

 (そだね。うん、皆ありがとう……)


 この世界に生を受けた以上、世界に責任を持つべきなのだろうとは思う。

 だが、それでも祈は勇者でも、また神でも無いのだ。自分に憑いた守護霊たちが非常識に強いだけで、自身はただの数え12の小娘にしかすぎない。あまりうじうじ考えても仕方がない。そう自身を納得させた。



 いつか、ちゃんと向き合わねばならぬ日がきたら、その時は。

 その覚悟だけは、しっかりとしなくてはならないのだろうが。



 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 三人は、古賀の屋敷の前まで来ていた。結局、ここに来るまで完全に無策(ノープラン)である。


 脳筋その1が、今後の方策について、二人に問うてみた。


 「ばってん、ここからどげんするつもりと? アタシら何も考えとらん訳なんやが」

 「……愚妹よ、人のせいにしてはダメだ。そこは、祈がちゃんと考えてくれている筈」


 脳筋その2も実はノープランだった。しかもその癖、平然と祈に丸投げまでしてきた。

 脳筋その1は「人ん事言えんやんか」と猛抗議をするが、その2は聞こえない振りをしてやり過ごしたのだ。


 「当然、屋敷に強行突入っ! ……なんてしないよ? 一光様が何かの意図を持って、愛茉様を匿っているのは間違い無いから、そこを揺さぶろうかなって考えてる」


 つまりはこうだ。


 愛茉が居るのは判っている。身柄を引き取りに来たと正面から言えば、相手はシラを切るか、屋敷を抜け出すかのどちらかを選択するだろう。


 何時までも待たせるなら押し入るぞと脅しをかけてやれば、もう抜け出さざるを得ないだろう。そこをふん縛るのだ。


 「……結局、強引な手段ば選ぶんやなあ」

 「”私達は鳳様の使いだぞ”って言えば、ちゃんと私達の行動にも正当性が出るし、何と言っても、そうなったら鳳様への嫌がらせにもなるよ?」

 「祈は中々の策士。()()様に嫌がらせ……ふふふ、良いと思う。すごく、すごく良いと思う」


 仮にも実の父親であるのに、嫌がらせができると喜ぶ娘がいるだろうか?

 すぐ目の前にいた。あまりにも黒い姉のその表情に、妹はかなり退いてしまっていた。


 「その為に、鳳様に手紙をお願いしたかんね。”そこにいるのは判ってるんだぞ”って一筆」

 「うへぇ、抜け目なかね。アタシ、たまに祈が怖く(えずう)感じるばい。本当に(ほんなこつ)しゃ」


 本当に、こんまま友達でいて良かとやろうか。アタシ染まりとねぇんだけど……清いからだのままでいたい蒼は、彼女達との今後の友情について考えてしまうのだ。


 「失礼な。私はちゃんと先々まで考えてるだーけーでーすー」


 ノープランの人達に言われたくありませんよーだ。と、冗談交じりに祈は返す。このやりとりがとても新鮮で楽しい。友達って良いなぁと、しみじみと祈は思った。


 「方針が決まったなら、早く仕掛けるべき」

 「だねー。じゃ、やっちゃおう」

 「へいへい。何で(くう)(ねえ)が仕切るんか全然判らんばってん、やるとね……」


 姉の黄金の肘の届かない間合いを保ちつつ、静かに妹は毒を吐いた。これが彼女なりの精一杯の抵抗なのであった。



誤字脱字があったらごめんなさい。

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