第75話 やっぱり脳筋には荷が重い様です
「……これ、ちょっとおかしくないかな?」
「うん? ああ、確かに。ばってん、ここまであからさまなんな、どげんね?」
出入りの名簿を見比べて、祈はおかしい点をひとつだけ見つけた。
それまでほぼ毎日と言って良いほど宮に出入りしていたのに、愛茉が失踪したその翌日からの訪問が、急にぴたりと無くなった者が一人だけいたのだ。
「……しかし、元々このお方は”気まぐれ”との評判です。ふいに訪問が止まったとしても、誰も不審に思う事は無いでしょう」
「うん。だから、それを知ってる人達は、逆に何も思わなかったんじゃないかなーって、さ?」
「ああ。なるほど、確かに。このお方でしたら、奥の院への出入りも赦されております。可能性はありますね」
「だばってん、可能性ばあるけんってだけじゃ、アタシら乗り込めんよ? 身分が違いすぎるっちゃけん」
確かに、古賀一光……名簿に記載されたこの名前の人物が、本人で間違いがなければ妾腹であるとはいえ、相手は継承権を持つ皇族の端に連なる者になるのだ。
『その嫌疑がある』
…その様なあやふやな理由だけでは、乗り込む事なぞは、当然祈達には不可能なのだ。
「でもさ、確認だけはできるよね?」
「……忍び込めって? 尾噛ん姫様ば、本当に人使い荒かねぇ、もう」
やんごとなきお方の屋敷に忍び込め。
その指令は、確かに”草”としては、かなり燃えるシチュエーションであろう。
だが、当然その魅力とは、労力と危険の隣り合わせの代物である。どちらかというと力ずくの強引な手段が得意な蒼にとって、かなりの願い下げに部類される命令だ。
「そんな酷い事言わないよ-。蒼ちゃん、その為の便利な道具、教えたでしょ?」
「ほへ? そげんばあったっけ?」
「……やはり愚妹。わたくし達には、”式”という手段がある」
「そそそそそ。これなら、遠くからでも中の様子が判るし、安全だよね」
もし屋敷の中に結界が布かれていたら、当然式は入れないのだが、それならそれで、後で対策を考えれば良い。割りきろうと祈は言う。どうせこのまま無為に時間を浪費する訳にもいかないのだ。多少強引な手段に訴えるしか道は無いのだ。
(……でも、この技術。元々この世界には無かった物っぽいし、やっぱり広めるのは、不味かったりしないかなぁ……?)
(別に良ぉはござらんか? これが闘神を喚ぶ式なら流石に不味かろうとも拙者も思うが、雑兵と、物見と、伝言の式……これくらいならば、大した脅威にもなりますまいて)
(どうせ何を教えたって、人間なんて、結局どれもこれも戦争の道具にしてきたのだから、今更あなたが気にすることなんか、何ひとつ無いとあたしは思うのだけれど。それに、多分ここから発展させられないのではないかしら? この国の魔術レベルは、本当に低すぎるから……)
事実、人は使える物は何でも戦に利用してきた。火もそうだ。
弓だって元は狩猟の手段でしかなかったと云うのに、今では主力兵器だと言っても良い。
結局、人類にとっての新たな技術とは、必ず戦の道具とイコールに繋がるのだ。それを一々気にするのであれば、何も技術を伝える事なぞできはしない。
(戦いに使えそうな術は、なるだけ人に見せない方が良いのかな? あとで教えろ。なんて言われても、私も困っちゃうし……)
(いや、そこまで遠慮する必要なんか無いさ。それでお前に怪我でもされちゃ、教えた意味が無くなっちまうからな。だが、確かに他人に教えるとなると、少々話は変わってくるかもな。俺の呪術なんか教えちまったら、マナ支配の不利を無視して戦況をひっくり返せる訳だし……)
(拙者の剣術なぞは、大いに広めて欲しいものでござるが。祈殿、いっそこの国の剣術指南役を目指してみるのも、良ぉござらんか?)
(あたしの魔術は、あの世界と根っこが同じっぽいから、特に気にする必要ないわよん。気兼ね無くバンバン撃っちゃいなさいな)
((……やっぱり、こいつは破壊神しか道はないな(でござ)))
本当に一ミリたりともブレない、どこまでも物騒な守護霊その3であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
牛頭家ほどではないが、古賀家も格式ある名家である。
帝とその配下の者達が辺境であるこの島に落ち延びた際、当時一地方管理官の末席にしか過ぎなかった古賀家の尽力により、豪族達の協力を得て再興ができたのだ。
もし古賀達までも乱に参加していたら、帝国はそこで確実に滅びていただろう。
その功績によって、古賀家の者は重用される様になった。そしてついには、帝室との血の交わりを持つにまで至った。その子こそが、継承権を持つ一光なのである。
古賀の屋敷は、門や囲いこそしっかりとした堅実な造りであったが、その規模としては家の格式の割に、こぢんまりとしていた。
門構えを見ただけで判断する限りではあるが、当代の古賀家当主は、無為に栄華を内外に誇示する様な事を由としない、さっぱりとした人物である様だ。
「で、ここんお坊ちゃんが愛茉様ば拐かしたと?」
「……恐らくは。愛茉様と歳も近いし、当然ふたりは面識がある。条件としては、またと無いとも言える」
どちらも年齢は40を越えていない筈だと空は言う。通常の人類種に換算すると、それは祈より少し下か、同じ位の年齢に相当する。
「でも、どうして連れ去ったのかって疑問は残っちゃうんだけどね。だから、まずは確認かな?」
姉妹は懐からヒトガタを取り出し、手順通りに式を放った。呪の書き込まれた型紙は、姉妹の念の通りに烏の姿に変化し、古賀の敷地内に侵入っていった。
(ごめん、さっしー。念の為に見てきてくれるかな?)
(承知)
まだ式の操作に慣れていない姉妹達では、不測の事態も充分にあり得た。その為に祈は保険として、武蔵にお願いする事にした。それはかなりのズルと言えよう。
(……しかし拙者、愛茉様という方のお顔を、てんで存じない訳でござるが)
(……あっ)
冷静になって考えてみたら、祈自身も愛茉の顔を知らなかった。これでは武蔵を出したのも半分以上意味を失う。これでは本当に姉妹達の物見の式のフォローしかできないのだ。
(……! ああ、そうそうそう。確か、帝の血を引いてる方々は、真っ赤な翼をしてる筈だった。その特徴で捜して貰っていいかな?)
(承知した)
「うーん……あだっ、柱にぶつかってしもたばい」
「全然、見つからず」
二人は式の操作に手間取っている様だ。意識を同調させながらの式の操作は、一朝一夕でできるものではない。だが、祈はあえて姉妹達にこれをやらせた。何れこの経験が、二人の役に立つと信じて。
「二人とも、焦る必要は全然無いよ。烏はどこにだっているんだからね。だから、落ち着いて回りを視よう」
(祈殿、赤き翼を持つ少女を確認したでござる。同じく、赤き翼の少年も近くに)
紅の翼は、帝家だけに現れる血の特徴である。恐らくその少女こそが愛茉の筈だ。その近くに居るという少年は一光だろう。
(うん、ありがとー。二人の式を誘導するね)
さて、どう言えば二人に怪しまれる事無く、式をその部屋に誘導できるか?
祈にとって、それはかなりの難問であった。
「愛茉様いたね。これば、お父さんに報告で良かっちゃんね?」
「”連行してこい”とまでは言われてない。それで良い筈。流石に古賀の屋敷に乱入なんて、できる訳がない」
「だよねー? でも、私達が愛茉様の居場所を報告したとして、それですんなり終わってくれるのかなー?」
愛茉がこの家に居るのは判ったが、だからと言って古賀の屋敷に押し入るのは、当然できる訳も無い。
それは鳳 翔であっても同様の筈、なのだ。
「……怖い事言わないで欲しい。あのとと様なら、と思うだけで心底怖気がする」
「ああ、嫌や嫌や。絶対に碌でもなか目にあうんやろうなぁ、アタシ達」
「……本当に、あの人が二人のお父さんなんだよね?」
娘達のあまりにあまりな反応に、つい祈は不安に思えてしまうのだった。
誤字脱字があったらごめんなさい。




